走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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みなさんの応援のおかげでかなりお話も進んできました。これからも是非高評価コメントお気に入り等していただけると励みになります。

あと、見てみたい展開などあればそれも(可能なら)受け付けようと思っていますので是非どうぞ。

これを書いてるのは気紛れで、別に何かあるわけじゃないです。


強く残酷で無自覚なサイレンススズカ

 

「サイレンススズカさんと、そのトレーナーさん」

「ん?」

「七十二、七十三っ……七十四……」

 

 

 大雨はやみ、うって変わってカンカン晴れとなった日。いつものように走りたい走りたいとだだをこねるスズカを何とか説得して、今日のメニューは筋トレ一式。フロントブリッジをするスズカの上に座って一緒に数を数えていると、トレーニングルームに入ってきたウマ娘がそのまま私達に話しかけてきた。

 

 この子は……グラスワンダー。三日前の朝日杯フューチュリティステークスの勝者である。つまりクラシックウマ娘。あんまり詳しくは知らないけど、ステータスを見るにスペシャルウィークに十分届く……ややスペシャルウィークの方が強いかな? しばらく見てないけど。

 

 

 トレセンの制服を着て、何かを覚悟したような表情で私達の前まで歩いてきたグラスワンダー。もっとこう……人に話す時は笑顔にしない? 怖いって。いつもスズカしか見てないから、たまに気性が難しそうなウマ娘を見るとビックリするのよ。

 

 

「私はグラスワンダーと申します。トレーニング中、申し訳ありません」

「あ、ご丁寧にどうも。スズカのトレーナーです」

「本来ならば事前に手紙をお送りしようと思ったのですが、いかんせん時間がなく……不躾をお許しください」

「はあ」

 

 

 何だこの子は……この人を殺してそうな目付きからめちゃくちゃ柔らかな物腰で話しかけてくるな……スズカの丁寧語は元来の人の良さと、まあトレーナーだしとりあえず敬語使っとくか、みたいな使い方だし。信愛はともかく敬意は……どうなの? スズカさんさあ。

 

 

「九十九……百……百一……百二……」

「それで、今日参りましたのは、一つお願いがあってのことなのです」

「うん。あ、グラスワンダー、朝日杯はおめでとうね」

「……ありがとうございます。ですが、私が頼みたいのはそのことなのです」

 

 

 スズカのプランクも折り返しに入ったところで、グラスワンダーは私達の前で正座をして座り、ゆっくりと、しかし確実に私達に聞かせるのだという強い口調で語り始めた。

 

 曰く、グラスワンダーはレースで勝ったし、それはトレーナーにも認められたしそれを否定するつもりはない。

 ただ、あの勝ちはあくまで二着に沈んだジャラジャラが脚を取られたせいだと思っているし、それがなければ差すこともできなかった。

 

 思い返すと自分の仕掛けも遅く、心のどこかで相手を侮っていたのだと気付いてしまった。油断したこの体たらくのまま練習を続けたところで、同期のライバル達に勝てるはずがない、とのこと。

 

 

「ですので、どうかお願いします。私のこの高慢を、折っていただけませんか」

「ええ……」

「百七十二、百七十三……っ、と、トレーナーさん、揺らさないで……っ」

「あ、ごめんつい」

 

 

 めちゃくちゃストイックな子が来たことに驚いてたじろいでしまった。嘘でしょ、なんだこの子。あまりにも勝負に……というか、自分に厳しすぎる。もっと自分を甘やかした方が良いよ。スズカみたいに。

 

 ただ、さらに聞くとトレーナーの許可も貰っている……どころか、その激情に気付けなかったことを謝罪され、場合によっては私に拾って貰うことすら匂わせていたとか。

 

 

 ……重すぎる……グラスワンダーもそうだけどトレーナーもヤバい。いや、トレセンのトレーナーはそっちの方が多いのかな。私の熱量が低すぎるだけのような気もする。

 

 

「……二百っ」

「あい、スズカちょっと休憩ね」

「お疲れ様です、サイレンススズカ先輩。グラスワンダーと申します」

「ふー……こんにちは。スペちゃんから何度か名前を聞いてるわ。サイレンススズカです」

 

 

 どちらにせよ、グラスワンダーを拾うのは……まあ、スペシャルウィークに並ぶ逸材だし、欲しくはある。でも、流石の私も現グラスワンダーのトレーナーである先輩に失礼ってことは解るし、今からもう一人スカウトしようっていうのにちょっと、とは思う。

 

 いやあ……迷うなあ……私が言ったら本当に私のところに来るんだろうなあ、この子。

 

 

「このままでは私には戦う資格すらありません。私は弱い、それを認めなければ、強くはなれません」

「いやいや……強いでしょ……」

 

 

 G1に一回勝つだけでも本当に名誉なことなのだ。中央でスポットライトが当たるのはトップウマ娘だけだから勘違いしそうになるけど、一般的なウマ娘の現実的な目標は重賞レースに勝つことである。G1ではない。重賞だ。そのレベルが一般的なのだ。

 

 

「あの、強いかどうかは別に良いんですけど」

 

 

 なんてこと言うのスズカ。全然興味無さそうじゃん。何も言わずに外を眺めて「走りたいなあ」ってぽけーっとしてたじゃん。

 

 

「折って欲しいと言うのは、具体的にはどうやって……?」

「それは……不都合でなければ、私を何度も、完膚無きまでに負かせていただきたいと思っています。立ち直れなくなるまで、私は弱いのだと自覚させてくだされば」

「なるほど。引き受けましょう」

「待ってスズカ。勝手に言わないで?」

 

 

 このあほ栗毛、自分が走れると知った瞬間妙に神妙な顔をして手を取りやがった。目を見れば解るからね? ただ走りたいだけでしょ。薄情とは言わないけど後輩の進退に大して興味無いもんね。

 

 

 後輩の手前いつものように叩いたりはできないので、とりあえず手を引いて二人を引き離し、不満げにこちらを見るスズカに後ろから手を回しながらグラスワンダーに笑いかける。

 

 

「ごめんなさいね、断るわけじゃないんだけど、今スズカはその、走れないというか」

「走れない……? まさか、何か故障が……?」

「いや、そうじゃないんだけど、走るべきじゃないというか……」

 

 

 くそっ口が下手すぎないか私。スズカとしかマトモに話していない弊害が出てるな。彼女も口下手だし好意か欲望しかぶつけてこないので私の頭が悪くなっている。

 

 

「いえ、トレーナーさん。私は走れます。お手伝いしてあげませんか?」

「いや……ちょっと来てスズカ」

「わわっ」

 

 

 グラスワンダーから離れ、部屋を出てドアを閉めてさらに遠くへ。ウマ娘相手のひそひそ話とはこのレベルである。

 

 

「スズカ」

「はい」

「お仕置き中だよね?」

「後輩のお願いは聞いてあげるのが先輩の役目ですよね?」

 

 

 そう、今日のスズカへの説得材料は、二日前、つまり朝日杯翌日に、結局我慢できなくなって勝手に走ったことへのお仕置きである。あの時はびっくりした。一緒に寝たのだけど、寝る前は「流石に大丈夫です、信じてください」と言っていたスズカが起きたらベッドから消えていたのだから。

 

 しかも、「夢で走っていたのにトレーナーさんの寝返りで起こされたので消化不良」とかいう理由で行った。私の寝相は良い方だし、これまでそんなことはなかったので嘘である。即堕ち一晩だった。

 

 

「お仕置きが優先です」

「……スペちゃんのライバルなんですよ? スペちゃんのためにも、しっかり助けてあげないと……」

「そ……れとこれとは話が違うでしょ、このあほ栗毛。言い訳ばっかり上手くなってからに」

「いふぁふぁふぁふぁ」

 

 

 グラスワンダーを叩きのめすだけなら、シニアのウマ娘に頼めば大体何とかなるはずだ。クラシック級だと半分くらいグラスワンダーが勝つ可能性もあるが、エアグルーヴやメジロドーベル、タイキシャトルなど安定してボコボコにしてくれるウマ娘はいるだろう。

 

 ……なんて一瞬思ったが、無理だ。普通の感覚があれば、敵でも心を折るまで負かすことに本気になれるウマ娘がいるとは思えない。スズカのように無自覚に相手を蹴散らすタイプでなければならないのだ。

 

 グラスワンダーがどこからスズカのそういう性質を聞いてきたのか知らないが、たぶんトレセンで一番適任なのはスズカだろう。強く、残酷で、無自覚だ。

 

 

「とにかく駄目。スズカは向こう五日走ってはいけません。ずっと筋トレとプールです」

「そんな……うぅ……でも、彼女のために何かしてあげたくて……」

「う……うーん……まあそれはそうなんだけど……」

 

 

 いや、絶対自分が走りたいだけなのは解ってるんだけど……それが原因だとして、言ってることは殊勝で涙ぐまれると弱い。まるで私が悪いみたいじゃん。信じてくださいって言って即欲望に負けたスズカが悪いのに。

 

 

「お願いします、トレーナーさん……彼女のためです。未来ある私の後輩のためですよ……?」

「んんんん……! この栗毛、言わせておけば……!」

「トレーナーさん……?」

 

 

 縋るな縋るな胸に縋るな。自分が好かれてると思ってそれを利用するとろくな大人になりませんよ。だからやめよう。ほんとに。揺らぐから。

 

 

「お願いしますトレーナーさん……私に先輩の仕事をさせてください……」

「くっ…………ぐ……ご……後日……後日なら……」

 

 

 なんてことだ、なんてことだ。折れてはいけないのに。スズカのなかで併走は走った感が弱いらしく、野良ランニングほどすっきりしないことが解っている。ここで流されると併走をたらふくした後その勢いで走ってしまうのは目に見えているのに……くそっ……

 

 

「ありがとうございます、トレーナーさん」

「このっ……この……!」

「わぷぷぷぷぷ」

 

 

 可愛さと涙でごり押しなんて卑怯だぞ、という気持ちを込めて頬っぺたを挟む。もう知らん。こうなったらグラスワンダーを再起不能になるまでボコボコにしよう。あの子の根性を信じて、ということになるが。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「ありがとうございます。是非ともよろしくお願いします」

「一緒に頑張りましょうね、グラス」

「はい、お世話になります、スズカ先輩」

 

 

 グラスワンダーの元に戻り、引き受けるという旨を伝える。ただし、スズカをそう連続で走らせたくないこと、少なくとも少しの間走れないので、それまで待って欲しいということ。

 

 グラスワンダーはもちろんと承諾はしてくれたが、トレーナーのもとに戻るわけにもいかないのでしばらく見学として私達にくっつくことになった。

 

 

 スズカが、ん? おかしな流れですね? という顔をしていたが……あなたが悪いのよスズカ。後輩の前でいつものおねだりができると思わないことね。




グラスのトレーナーは普通にいい人です。『基本的に』トレセン関係者はいい人しかいません。スズカトレーナーが一番の悪まであります。

厳しい資格試験と就職試験の後、理事長が全員面接してウマ娘を下に見るトレーナー候補生は弾いているからです。
スズカトレーナーは試験もギリギリ面接点も本来ならば熱意が足りず落第でしたが、なんか色々あって受かっています。たぶんその辺のウマ娘か何かが怪我しかけているのを調子と体力から予見したとかそんな感じじゃないですかね。

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