走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「じゃあ覚悟は良いわね。ここから本気で詰めるわよ」
「はい。よろしくお願いします」
「スカーレットも」
「はい! お願いします!」
ダービーも見えてきたある日。私達チームエルナトは、ダービー前最終追い切りを行うということで、約束通り特別コースを行っていた。すなわち、私は今から担当をズタボロになるまで追い詰めることになる。
「じゃあまずストレッチとジョグ。終わったら私のところに来なさい」
「はい」
「はい!」
一応、この日のために二日間の休みを取らせている。一日休めば取り返すのに三日かかる……というのは貧弱な我々人間の話。ウマ娘にとっては休んだ分の体力で鍛えた方が効率が良い。もちろん、休まなくて済むならそれで良いんだけど。
特に、ブルボンはともかくスカーレットはそう身体が強い方じゃない、というのはありそうだ。本人の気合いが半端ではないので何となく強いように見えるものの、並のウマ娘と大して変わらない。だから、休ませないとこのトレーニングはすぐ脱落してしまう。
「今日はいい天気ですね……」
「そうねえ。走るにはちょっと暑いかな」
「そんなことありません。暑い時は暑い時なりの楽しみというものがありますし」
「それだけは一生解らないわ。あと雨の日と風の強い日。というか走るのが楽しいってのがそもそも解らない」
「知ってます」
二人でストレッチを進める二人を、スズカと一緒に眺める。一応今日からの練習メニューにはスズカも参加して貰うことになっている。それを今日伝えた時の喜びようと言ったらなかった。今も隣でかなりご機嫌である。
「はあ……もう想像しただけで最高です……」
「大げさ」
「前回走ったの、いつだと思ってるんですか?」
「いつだっけ……四日前くらい?」
「え……あ、はい。四日前です」
あらあら目がすいすいと。
「……また勝手に走ったでしょ」
「……ほんのちょっとですよ? ほんのちょっぴり、ちょこっと身体を動かす程度です」
「わー」
「あややゃゃ」
嘘のつけないスズカの頬をつねる。さて、結構待ち、スズカの頬が赤くなってきたところで二人のウォームアップも終わったらしい。私の前に並んでくる。
「完了しました、マスター。スカーレットさんも同様です」
「ん。真っ直ぐ立ちなさい」
「はい」
視線を合わせ、ちゃんと確認。体力に溢れていることと、怪我率が出ていないことをだ。身体のどこかを痛めていたりすると、元気でも怪我のリスクがある。二人ともゆっくり目を合わせて、よし、と横に並ばせる。
「じゃあやるわよ。まずはブルボン、坂路ダッシュ。タイムはいつも通り、スカーレットはこっちでミニハードル。足首に重り着けなさい」
「はい!」
「私は重りは着用しないのですか?」
「とりあえず良い。スカーレットはこれね。ブルボンが帰ってくるまでに四往復すること」
「四……は、はい!」
「では始め」
一礼の後ブルボンが走り出す。スカーレットが重りを着け、ブルボンがスタート位置に着いたのを見てからホイッスル。ミニハードルをひたすら越えていくスカーレットと、いつも通りの坂路を行うブルボン。
さて、この練習もまあそこそこキツくはあるものの、二人のトレーニング耐性からすれば大したことはない。こんなものは準備運動のようなものだ。
ブルボンは想定タイム通り、スカーレットは少し遅れている。これはまあちょっと良くない。ただ、二人の消耗はそこそこだ。もちろんここまでは前座。ブルボンはスピードをメインに鍛えたいので追い込むのはここではない。
「じゃあそのままトレセン外周してターフに集合。スズカもアップ代わりに走っておいで。それからブルボンは、はい重り。ここから着けて」
「はあ……はー……はい……」
「スカーレットは完遂しなかった分重り外して三往復やり直し。それから追い付いてきなさい。ブルボンを待たせないでね」
「ぐ……はい!」
「頑張って。じゃあ移動」
うう……心が痛くなってきた。まあでもこれが私のできることだし三人が望んでいることなのよね。真剣に顔を歪ませた後ハードルに戻るスカーレットを途中まで見てから、私も動く。
厳しくいこうと思うとどうしても口調がキツくなってしまう。もっとこう、いつも通りに指示ができる方が良いんだけど……三人がそういうことを気にするタイプじゃなくて良かった。
場所は変わり、坂路から芝コースへ。私は校舎をショートカットしてきたので、当然二人が、そしてさらに遅れてスカーレットが現れた。
「じゃあスズカ、好きに走ってて良いよ」
「す、好きに……?」
「うん。流石に貸し切りにはできなかったけど、どう飛ばしても良いからね」
「ふへへ……じゃ、じゃあ行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
よし。今さら申し訳ないとも思わないが、スズカが走るトレーニングに参加するというのは「ついでにスズカを鍛えるか」ではなく「速く走るNPCが欲しいな」である。放っておいてもしばらくびゅんびゅん飛ばしてくれるので、早速飛び出していったスズカに手を振って見送る。
んで。
「じゃあ二人とも。今からスプリント。400ね。スタートはここ。スズカが来たら並んで追い縋りなさい。400走ったらジョグで戻ってくる。これをひたすら繰り返します」
「追い縋る」
「うん。とにかくスピード出しなさい。向こうはひたすら走ってるんだから追い抜くくらい当然と思うこと。良い?」
「了解しました。オーダー、『スズカさんを追い抜く』を開始します」
二人がコースに戻っていく。そして、くるりと一周して戻ってくるスズカ。こちら正面、どんどんと近付いてくるスズカに合わせて、ホイッスルと共に二人も思い切り駆け出した。
「えっ……!?」
そんなスズカの嘆きの声が聞こえたような気がする。当たり前と言えば当たり前か。自由に走れると思ったら後輩達が横で並んでるんだから。
当然とばかりにスズカのペースが上がる。眼光が鋭くなり、絶対に先頭を譲らないという逃亡者スズカが見え隠れしてきた。しかし、ゼロからの加速とはいえ400mだけ走ればいい二人とのスピード差は大きい。
……それでも最後には振り切っているあたり、やっぱりスズカは怪物だけど。
スプリントを走り、元の場所まで戻ってもう一度。普段の坂路よりは回数がこなせるだろう。目論み通り二人のスピードがちゃんと上がっている。よしよし、この調子でダービーまでスピードを鍛えていこうね。
「スカーレット、遅れてるわよ」
「解ってるわよ……! 次! 見てなさい!」
フリーランニングのスズカ、重り付きのブルボン。結果的にスカーレットへのハンデになっている。それでもやはり少し厳しいかな。あまりにもスピードが違いすぎる。何だかんだブルボンは一時的にとはいえ並べているものの、スカーレットは全体的に少し遅れ続けていた。
私の指摘に大声で返すスカーレット。もう取り繕えてないじゃん。ジャージを脱いで私に投げ捨てる。シャツの裾を引き絞って結び、少しズボンを上げた。ついでとばかりにブルボンもジャージを脱ぎ捨てる。
「二本目ー」
ぴっ。
────
覚悟が決まっていてゆっくり休んだ分、二人のトレーニングはかなりの回数続いた。
「スカーレットー。まだできるわよー」
「は……ぁ、はっ……話し……げほっ、はぁっ……かけんな……ッ!!」
担当が怖すぎ。
しかしまあ、流石にそろそろ限界かもしれない。スカーレットもブルボンも、ほとんどスズカに並ぶことができなくなっていた。数回前からブルボンの重りは外したものの、それでも届いていない。
一方のスズカもそろそろ満足する……と思いきやそんなことはなく、むしろ時々並びかける後輩相手に熱くなってしまったのかまだまだ止まる気配を見せない。心の底から楽しそうにはしてるから良いけど。
「ブルボン。気合い入れなさい。これ以上離されるなら中断するわよ」
「努力……します……ッ」
スタート位置で膝に手をついて震えるブルボン、地を這ってでも多少の回復を図ろうとするスカーレット。そんな彼女達の頭から水をかけつつ、怪我率も見ていく。まだ行ける。もう二本くらいだとは思うけど。
「来たわよ立って」
「はぁっ、はあっ、はっ、はーっ……行ける、絶対行ける、やれる、アタシはやれる……ッ!!」
「よーい」
ぴっ。恐らく二人にとってはさぞ無慈悲だろうスタートの合図が鳴った。同時にしっかりと走り出し、一瞬遅れてスズカが後ろから吹っ飛ばしていった。
ぐんぐんと追い抜いて、そのまま離していくスズカ。だが、ブルボンがトレーニングを終わりたくない一心……あるいは、対抗心や負けん気もブレンドしてそれに必死に追い縋っていく。
スカーレットは……まあ、まあ。これはしょうがない。いくら才能に溢れているといっても、相手は異次元の逃亡者と坂路の申し子だ。数回だけでも追えていたのが不思議なくらいで、心を燃やそうが何をしようが身体スペックは埋められない……一部の化け物以外は。
案の定、差をつけてスプリントを終えたスカーレットが、そのまま再び膝から崩れ落ちた。もはや気遣う余裕もなくスタート位置にふらつきながら戻っていくブルボン。
「……はあ」
心が痛い。けど、こうなった以上私も何か言わないと。小走りでスカーレットに駆け寄り、とりあえず支えてコースから引きずり出した。くるりとひっくり返して、膝枕にして口元にストローを持っていく。
「大丈夫、スカーレット」
「ぃ……ぁ、は……はっ……ぉぇ」
「落ち着いて」
「んぐ……んく……はっ、はっ、はぁっ、はぁっ……と、トレーナー……え、アタシ……」
「む、無理して喋らなくても」
「まだ……まだできる……!?」
後ろで、スタート位置についたブルボンが、またスズカと並んで走っていく。どんどんと迫ってきて、私がスカーレットを見て返答する前にスズカに遅れ走りきった。
「ぁ……」
それを見て、スカーレットが目を絞って掠れた声をあげた。
「まだできるわよ。立てるようになったら立ちなさい。ブルボン、次あたりラストだと思ってやりなさい」
「了……解……しました……」
「まだできる……アタシはまだやれる……!」
「……頑張って?」
「上等……ッ」
あまりにも鋭い眼光に私がビビってしまった。待って待って怖すぎる。こ、こんなに? 知ってたけど。こうなると薄々感じてたけど。それにしてもこう、もうちょっとさ、せっかく可愛いんだし、顔に気を付けていかない?
「いける……いけるいけるいけるいける……ッ! まだやれる、まだ走れる……気合いよスカーレット、負けてたまるか……アタシが……アタシは……!!」
私の身体を支えに縋るように立ち上がってくるスカーレット。やはり根性の塊、ダイワスカーレット。身体が限界でないならつまり気合いで何とかなる、という人間では決して為し得ない理屈で折れることがない。
しかし怪我率は無いものの少しふらついている。ちょっとだけ時間を置きたいということで支えたままスタート位置に戻ることに。一方、ブルボンは再びスズカを追いかけて、後ろから私達に追い付いてきていた。
「……待ったブルボン。こっち向いて」
「……はい」
息を大きく乱し、汗だくになりながらスタート位置に戻ろうとするブルボン。腕が震えている。目が少しぶれているような気がしないでもない。頬を挟んでしっかりと目を合わせる。スカーレットが私の支えを失い倒れそうになったが、何とか腕に掴まって事なきを得……待って今袖からちょっと笑えない音したな。
「まだ……まだ……オーダーを……完了……していません……」
「うん……まあ次が最後かな」
「……そんな」
「そんなじゃないでしょ」
やっぱりゆっくり休んだだけあってブルボンも頑張った……んだけど、流石に怪我率が出始めた。歩いて戻ってもう一回が良いところかな。
「スズカさんに……まだ……」
「今日はもうダメ。スカーレットもゆっくりね」
スズカも止めないと……なんだけど、よく考えたら止める力が無いな。ブルボンとスカーレットは限界だし、私単独では走っているスズカは止められない……終わったか……? まあ、仕方無いから一旦二人の最後を見届けてからにしようか……
────
「スズ──」
びゅん、とスズカが目の前を駆け抜けていった。これは私の話なんか聞こえてないかなあ。
何が不味かったかな。時々競り合わせたことで火がついちゃったことかな。とにかくスズカが止まらなくなってしまった。気を失っているブルボンとスカーレットを扇ぎながら、どうやったら止まるかなあ、なんて考えていた。
「……はあ」
最悪私がコースに出れば無理矢理にでも止めることはできるだろうけど、普通に危ないし怖いから嫌だなあ。ため息をついて、仰向けで倒れる二人に目を向ける。
ブルボンならダービーは間違いなく勝てるとは思っている。やたらとライスシャワーを警戒しているみたいだけど、スペックを見るなら負けるはずがない。スタミナ最大値の勝負になれば厳しいとは思うけど、いくらスタミナがあっても結局はスピード勝負だ。ブルボンがスタミナ不足ならそれで終わりだがそうではない。
……ただまあ、ブルボンの話では今もどこかでブルボンをストーキングしているらしいライスシャワーについては是非一度会ってはみたい。相当ぶっ飛んだ子だろうし、覚悟が決まった後でね。
「帰っちゃうよスズカー」
……愛バとのコミュニケーションもとれてないし。