走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
ライスとの会合はカット。
「やはりマスターも気付いていただけましたか」
「嬉しそうねブルボン。やっぱり走りたいだけじゃないの?」
「そんなことはありませんが」
結論から言うと、何も解らなかった。
元々、私の目はウマ娘の現在のステータスと調子、怪我率諸々が見えるに過ぎない。しかし、トレーニングはともかくレースの結果はそれだけでは決まらないのだ。
例えば、スズカを筆頭に一流のウマ娘は、レース中能力以上の速度や加速力、スタミナを発揮することがある。これを私は伸び脚と呼んでいるが、これは私には把握できない。何度もレースを見て、どんな条件でそうなるのか見抜くしかない。もちろん、ステータスが見えるからこそ伸び脚の存在に気付けるわけだけど。
そしてもう一つ解らないのがこの、爆発力のこと。マチカネフクキタルは運気が良いと能力を遥かに超える力を発揮するし、グラスワンダーは標的を決めそれを上回る輝きを見せる。これも、ステータスが見えるからこそ気付けるものだ。
しかしまあ、この爆発力というのは伸び脚以上に見抜くのが難しい。なにせ実際に走るまで解らないのだ。マチカネフクキタルの場合は軽率に併走を挑んでくるためほぼ完全に把握しているが、グラスワンダーはいまだ推測の域を出ていない。
「ヤバいかヤバくないかで言えばヤバいんだと思うわ」
「トレーナーにあるまじき雑な言い方ね」
「こればっかりはね。見抜けるものと見抜けないものがあるから」
トレーナー室にて、エルナトは全員集合で話していた。今日はスパルタは休みなので、ブルボンやスカーレットも普通にしている。筋トレはやったはずなんだけど、今更その程度じゃ騒ぐほど疲れもしないらしい。
ライスシャワーを誘って行った食事……結局おやつを食べさせたらさらにお腹が空いてしまったということで晩御飯まで連れていったのだけど、収穫は微妙なところだった。
ライスシャワーが爆発力を持っているかどうかは私には解らない。ただし、爆発力を持っていることを前提にその条件を考えることは不可能ではない。会話の中で、ライスシャワーのブルボンに対する執着が見てとれた。
『ブルボンさんは、みんなを笑顔にするウマ娘……だから、ライスもそうなりたい。追い付いて、ライスもみんなを笑顔にしてあげたいんです……っ』
……執着というか、憧れというか。
とにかく、正々堂々勝負をするために、というグラスワンダータイプではない。ないが、徹底的にブルボンのことしか見ていない。他のウマ娘をほとんど眼中に入れていないあたり、やはり強者だ。
「仮だけど、グラスワンダーと同じタイプとしておくわ。グラスワンダーもそんなことを言っていたらしいし」
「じゃあ、何か対策をとるってことはできないんですね」
「そうなるわね」
スズカが私の隣で微笑んだ。私はスズカ最強主義だが、マチカネフクキタル、グラスワンダーが完全にスズカを捉えることを恐れている。それはスズカも解っているのだろう、私の太ももに手を置いて、こてん、と寄り掛かってきた。
「本当に何もできないわけ?」
「それは本当に申し訳ないけど、こればっかりはね。爆発力に対抗するにはこっちも爆発力を持つしかないわ。身体能力差で押し切れるならスズカがマチカネフクキタルに負けるわけがないもの」
「しかし、勝率は上げられるはずです。トレーニングの強度を上げましょう」
「……まあ、私達にできることを考えるとそういうことになるわね。ダービーもそうだけど、菊花賞は特に」
それに関しては仕方がない。ブルボンが可哀想とか心が痛むとかそんなことを言っている場合ではないのだ。気休めにもなるし、たぶんだが爆発力にも大きさというものがある。小さければ何とかなるかもしれない。
「爆発力を後天的に獲得する方法は無いのですか」
「まあ、あるのかもしれないけどね。私もウマ娘レースをちゃんと見たのはここ数年だけだから」
「……そうなの?」
「そうよ。映像でも何となくは解るけど、ちゃんと追っていないと正確な把握は無理」
そもそも、身体能力を覆すようなものをそう簡単に獲得できるとも思えない。マチカネフクキタルの運勢フリークやグラスワンダーの勝負フリーク、スペシャルウィークの主人公の素質がそう簡単に身に付くかという話だろう。
「じゃあひたすら頑張るだけってことですね。ふふっ」
「ダービー過ぎたらスズカはブルボンのトレーニングには関わらないのよ」
「えっ……」
「えっじゃなくて」
「話が違います。菊花賞まで毎日一緒に走って、夜はその分走ってトレーナーさんのお家で寝ても良いって話でしたよね、今」
「ここぞとばかりに欲望を詰め込んできた……」
「夜はその分走るって何ですか。日本語おかしいでしょ」
そんな話してないでしょ、とスズカの口に飴玉を突っ込む。むー、と私のシャツのボタンを外したりつけたり。ぴこぴこと動くウマ耳をマッサージしながら擽ると、んあー、と間抜けな声をあげて膝に倒れ込んでくる。
「へぅ」
「宝塚に向けてのトレーニングはするから」
「ランニングですか!?」
ばっと顔を上げたスズカの鼻先をつつく。
「き、ん、と、れ。はあと」
「ふぇぅ」
「ブルボン先輩コーヒー飲みます?」
「苦味は得意ではありません」
「じゃあミルク出しますね」
人数分のコーヒーと牛乳が用意され、苦い……と呟くスズカのそれに横からガムシロップを注ぐ。ところで、スカーレットって紅茶派じゃなかったっけ。紅茶もあるよ。ここ、もう第二の自室みたいになってるから。チーム制度さまさま。
「いや……目の前でいちゃつかれると心がね……羨ましくはないんだけど、それはそれとして一旦ムカつく」
「いちゃついてるわけじゃないけど」
「面白い冗談ね。はっ倒すわよ」
ちょっとスズカを可愛がってるだけでどうしてそんなことを言われなければいけないのか。コーヒーを半分残して飴を舐めつつ外をちらちら見始めたスズカの尻尾を掴む。ダメだからね。走らないでね。
「そもそもスカーレットは大げさなのよ。こんなのただのスキンシップじゃない。トレーナーはウマ娘が嫌がらない程度に適度なスキンシップが必要なのよ」
「適度って言葉を辞書でひいたら?」
「程度がちょうどいいこと、ほどよいこと、とあります」
「流石ブルボン先輩。そういうことです」
「どういうことよ」
見た目だけならお淑やかなじゃじゃウマ娘を右手で抱き抱え、左手でコーヒーカップを傾ける。揺れる揺れる。頬っぺたを私の肩に擦り付けて飴玉を転がすスズカ。
「じゃあアンタの中のいちゃつくの基準は何なのよ。恋人いたことあんの?」
「あるわよ。言ったことあるでしょ」
「……そう言えばそうね。え? 彼氏がいたくせにこんなにずれてるの?」
「ずれてるとは……?」
「まずスズカ先輩を撫でるのをやめろって言ってんのよ」
撫でるくらいどのトレーナーもやってるでしょとは思いつつも言われたので手を放す。すると、スズカが立ち上がってスカーレットを後ろから抱き締めた。
「撫でられちゃいけないんですか……?」
「ひぇっ」
「悲しいです……寂しいですスカーレットさん……まさかスカーレットさんが、そんなことを言う人だったなんて……」
「あ、あああ、い、いえ、そのこれは冗談のツッコミというか……」
「ご安心ください。スズカさんも六割冗談です」
「結構本気じゃないですか!」
「ふふ……っ、くふふ……」
「笑えない! 全然!」
仲が良いことは良いことだ。ちょっとスカーレットが弄られまくってるような気がするけど、スズカとブルボンに挟まれて嫌な気分はしないだろう。スカーレットも立ち上がって逃げようとはしていないし。
「そろそろおやつでも食べに行く?」
「そんな空気じゃないの解んないの!?」
「微笑ましい状態じゃない」
「違うって! スズカさんから漏れ出てる本気が怖いのよ!」
「まさかあ」
スズカが怖いわけ……いや逃亡者サイレンススズカは怖いな。ファンの間でもあの目付きの悪さが逆に良いみたいな評判もあるみたいだし。久しぶりにファンスレでも覗こうかな。半分踏み外してる人ばっかりだけど。
「甘味ならライスシャワーを誘ってもよろしいですか」
「良いけど……そんなに頻繁に誘って来てくれるの?」
「用事がある日はストーキング行為を行いません」
あれって暇だからやってるとかそういうものなんだ……いやそんなわけないのは当たり前だけど、ブルボンの認識もどうなってるの?
「あの子もブルボンに勝ちたくてやってるんでしょ。知ってて許してるんじゃないの?」
「いえ……許しているのは実害が発生していないからです。咎める理由がありません。また、精神的な作用が無いにも関わらず執着するというのはまだ理解できません。非効率的です」
それはね。でも、彼女はそういう子みたいだし、実際にそう言っていたわけで。相手が勝つことを疑わず、そこに勝ちに行く戦法は非常にリスキーだ。グラスワンダーもそうだけど。
……しかし、その相手がブルボンやスペシャルウィークのような強者なら話が変わる。レース全体に勝利するより個人に狙いを絞って勝つ方が簡単なのは当然であり、対象が必ず先頭にいるからだ。
ただ、それをブルボンに言っても仕方無いのかな、とは思う。油断でも何でもなく、ブルボンに、相手が脅威であるということを強く意識させたくない。スペシャルウィークとは真逆で、ブルボンはいかに何も背負わず自分の走りを貫けるかで勝負が決まってくる。
「……ブルボンが必ず一着をとるって信じてるから、それに勝てば一着って理屈じゃないの?」
「……なるほど」
なんかブルボンがちょっとがっかりしているようにも見える。言い方、間違えたかな。ごめんねブルボン、気が利かなくて。スズカもブルボンも強いから勘違いしてるのかも。
スズカの囁きに何らかのトラウマを持ってしまったらしいスカーレットを微笑ましく見守りながら、今日も平和に一日が流れていった。