走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「見て! トレーナー!」
「うわっびっくりした」
ある日、スカーレットが扉を破壊する勢いでトレーナー室に入ってきた。左手にファイルを持って、即ドアを閉じていつもの調子でそれを掲げる。
「どうしたの」
「見なさい! 私のこの輝かしき成績を!」
テストの結果か。そういえばスズカやブルボンにも昨日聞いたわね。スカーレットだけ見せて来なかったけど、別にトレーナーとしては赤点かどうか以外はそんなに大事じゃないし、三人がそんなもの取るわけがないので追及しなかった。
トレセンのテストは結果が出るのが遅めなのだ。いつのテストか忘れた頃に来る。補習とか再テストを喰らうと確信できるような子からすれば勉強時間をたくさん取れて嬉しいんだろうけど。
誇らしげに差し出される結果表を受け取り開く。まず飛び込んできたのは並んだ百点。国語と理科はたぶん一問くらい落としたんだろうけど、それにしても凄い。中等部一回目のテストということを差し引いても破格の成績だ。
「凄いじゃない、百点」
「そこじゃないわ。その下」
「下」
下は順位だ。まあ……それはそう。全ての教科、全科目総合までしっかりと並んだ学年一位の表示。すっご。天才じゃんうちの子。
「流石ねスカーレット……まさか全部一番取るとは思ってなかったわ。総合一位はあり得ると思ったんだけど」
「ふふん、甘く見ないでよね! 全部勝ってこそ一番なのよ!」
「偉い。よく頑張ったね」
「当然じゃない!」
ただでさえ大きな胸をさらに張って鼻を高くするスカーレット。普通に凄いことをしているし、頭を撫でられウキウキになるスカーレットが可愛いので嫌味にも感じない。いつも着けているティアラが輝いて見えるわ本当に。
「ご褒美をあげようか。何が良い?」
「そうねえ……別に? こんなの当然だし? ご褒美なんかいらないけど?」
「私があげたいのよ」
「じゃぁーしょうがないわねぇー」
くそかわ。何だかんだこうして調子に乗っちゃう辺り中等部って感じね。もしくはよほど不安だったか。ふふふん、とニコニコしながら私の隣に座ってきてるし。頭撫でられ待ちのウマ娘というのは、もうそういう魅了の力でも持ってるんじゃないかってくらい可愛い。
こだわりのツインテールにだけ気を付けて、叩くように撫でる。触れる度に誇らしさからか身体を伸ばしてこっちに近付いてきているような気がするわね。
「どうしよっかなー……回らないお寿司とかぁ」
「良いねえ。どこかお店潰しちゃおっか」
「ブランドバッグ……香水も良いわね……」
「うんうん」
「まあー……でもぉ……」
ふにゃふにゃになったご機嫌スカーレットがついに寄り掛かってきた。懐くと密着してくるのはウマ娘の特性か何かだろうか。全然悪い気はしないけど。というかおっぱいでっか。
「やっぱりぃ……特別メニュー回数券よね」
「それはやめよう」
「……今おねだりすれば何でも貰える流れじゃなかった?」
「限度があるでしょ」
「回らないお寿司より……?」
「和牛ヒレ食べ放題の方がまだマシ」
駄目かあ、と私の膝に寝転がるスカーレット。もう満足したのか私の手をぺしんと払い、ふう、と目を閉じる。
「六月に……デビューするわけじゃない、私」
「まあそうねえ」
「負けたくないじゃない」
「そうねえ」
「じゃあ鍛えなきゃじゃない?」
「一理あるわね」
スカーレットのデビューは基本通り六月末に行われる。今年もしっかり予約に打ち勝っていた。ブルボンといいスカーレットといい幸運には愛されているらしい。うわやわらか。もちろんスカーレットの場合は来年のティアラに間に合えば良いのでそこまで急ぐ必要も無いんだけど。
「必要があったらやるから。私、トレーナー。あなた、ウマ娘」
「その片言を信じるほど私バカじゃないわよ。なにせ学年で一番だから」
「じゃあダメだ。私は平均点だったもん」
何と言って誤魔化そうか考えていると、ドアが開いた。
「おはようございます、マスター」
「こんにちは!!!! サクラバクシンオーです!!!!」
「お、お疲れ様です……すみません騒がしくて……」
「お……はようございます!」
先頭、ミホノブルボン。その後ろにサクラバクシンオー、ニシノフラワー。あとたぶんさらにその後ろにライスシャワー。世代の主役とも言って良い大物達が一挙に押し寄せてきた。即座に膝枕から起き上がり、立ち上がって頭を下げるスカーレット。変わり身早いなあ。
「おはよう。どうしたの? みんなを連れてくるなんて」
「バクシンオーさんが赤点を取りました」
「いやー……お恥ずかしい限り! 今回は自信があったのですがね!」
「でもバクシンオーさん、テストの時寝てましたよね……?」
「解き終わりましたので!」
元気な子だなあ。やかましい子とも言う。あとやっぱり後ろにちらちらライスシャワーが見える。ミホノブルボン、ライスシャワー、サクラバクシンオー、ニシノフラワー。四人揃ってトゥインクルシリーズを焼け野原にでもしようとしてるんだろうか。少なくとも短距離はサクラバクシンオーが焼け野原にするだろう。ニシノフラワーも良い勝負ができそうね。
「夏合宿が危ういので、私達で学習の補助を行います。自習室は私語禁止ですので、ここでやってもよろしいですか」
「おー良いよ。好きにしなね」
「ありがとうございます。ではバクシンオーさん、教科書を出してください」
「はい! ……あれ? わ、忘れてしまいました! 走って取ってきます!」
「いえ、バクシンオーさんは行って帰ってこない可能性があります。私が行きます」
「いえ、何かあったら困るので私が行きますね」
ごめん、ニシノフラワー。また何かお礼するね。いつもブルボンが色々迷惑をかけているみたいで。でも何だろう、自分がパシる宣言をしながらもちょっと楽しそうじゃなかった? ただの世話好き? もしかして。
スカーレットにはベッドもあるのでそっちに行ってもらい、三人がテーブルを囲む。まずは、と取り出されたサクラバクシンオーの答案は、それはもう酷いものだった。赤点も赤点、大赤点だ。勉強を舐めてるのかと。
「ば、バクシンオーさん……えと……ライス、流石に反省した方が良いと思うよ……」
「反省はしています! ですが、くよくよしているより、次にどう活かすかが大切だとトレーナーさんもおっしゃっていましたのでくよくよしません!」
「トレーナーさんが言ってたことってそういうことじゃないと思うな……」
……まあ、あれよ。結果として点数が取れるかどうかより、友達同士で頑張ったって過程の方が重要なのかもしれないし。テストが赤点ギリギリで走りもイマイチだったらちょっと眉も動くけど、サクラバクシンオーに限ってそれはないだろうし。トレセンは文武両道実力主義だが、テストとレースとどちらが大切かといえばレースだ。
ニシノフラワーも合流して早速教え始めた三人。ちょっと聞いている限りあんまり身になっていなさそうだけど。教え方の評価なんかできないけど、たぶんブルボンとライスシャワーは向いてないんじゃないの。
しばらく教えていたが、あまりにも成長のないサクラバクシンオーに対し面倒になったのか、ブルボンが自分の鞄から答案を取り出した。
「対策の変更を提案します。全範囲の復習は非効率的です。ここ数年の傾向を分析したところ、本試験の問題の約四割から五割が出題されています。つまり、本試験解答を全て暗記すれば赤点は回避可能と判断できます」
「あの、それじゃバクシンオーさんのためにならないというか……ちゃんと最初からやってあげないと……」
「再試験まで日がありません」
「それはそうなんですが……でも、丁寧に……」
「うぅん……確かにこのままじゃ時間が足りないし、いっそ重要なところだけ抜き出して全部暗記する方が良いかも……?」
なんか教育方針の違いも出てきている。罪な女サクラバクシンオー。見た目や話し方に似合わずそれぞれ芯が強いので、食い違うと面倒そうだ。別に口は挟まないけど。揉め事は自分で解決してね。
「目標は赤点回避です。成績向上ではありません」
「テストは勉強の成果を試すものです! 答えを丸暗記するなんて勉強とは言いません!」
「あ、あの、お、落ち着いて……」
「ぐぅ……わ、私はどうしたら……?」
と、揉め始めた机から、ひらりとブルボンの答案が落ちた。すかさずスカーレットが拾う。ちらり、と点数が見えたのか、スカーレットが顔を青くした。
「え、あの、ブルボン先輩、これ……」
「拾っていただきありがとうございます。助かります」
「いや点数!」
「点数がどうかしましたか?」
なお、ブルボンの今回のテストは驚異の全科目満点である。当然学年一位を持ってきた。流石はブルボンといったところで、でもちょっと引いた。
「満点じゃないですか!」
「はい。今回は思考創意を問う問題が教科書の例題通りでしたので問題なく解答できました」
「ほ、他の教科は……」
「満点ですが」
さらっと言ってのけて、またニシノフラワーとの言い争いに戻るブルボン。スカーレットといえば、ブルボンの圧倒的成績を突き付けられ、ふらつきながら私の横まで戻ってきた。
「ねえ……ねえ、トレーナー……さん」
「ん……どうしたの」
「トレーナーさんは点数、知ってたんですか……?」
「……まあ、一応」
「私……滑稽でしたよね……」
「いや……そんなことはないけど……」
私の肩に手を置いて、震えるスカーレット。可哀想に。ロボットに暗記で勝負なんか無理なのよ。良いじゃない、人間の中では一番優秀なんだから。
「私の自己肯定感を返して……」
「重すぎるって……」
ブルボンがどうあれ学年一位には変わりないんだし受け入れれば良いのに。そういうことじゃないのかな。少なくとも私の中では満点だろうが満点じゃなかろうが一番は一番だ。レコードタイムを出さなきゃ一番じゃないなんてこともあるまい。
「次は絶対に満点取るから……!」
小声で呟くスカーレット。良い。良いけど……無理はしすぎないように気を付けてね、としか。
なお、サクラバクシンオーの教育方針は最終的にライスシャワーによる折衷案、「要点まとめプリントを丸暗記させる」が採用されたらしい。赤点は回避した……と思う。
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「スズカさん……?」
「ひえ……す、スペちゃん……お、起きてたの……?」
「いえ、まあごそごそしてたので……どこ行くんですか?」
「あっ電気はつけなくても」
「……スズカさん?」
「その……違うのよ。これは違うの」
「いや……ジャージとシューズで何が違うんですか。こんな夜遅くに」
「あの……は、走りたくなって……」
「……トレーナーさんに電話します」
「あっ待ってスペちゃん、お願い内緒、内緒にして」
「……でも走りに行くんですよね。走ったら教えてって言われてるので……」
「お願いスペちゃん……もう二日も走ってないの……」
「何言ってるか解らないです……あっ」
「ごめんなさいスペちゃん……! もう限界だから行くわね……」
「あっ……あー……行っちゃった……連絡、明日で良いかな……」
スズカさんの出番が入れられなかったのでオマケにして無理やり入れました。ノルマ達成。