走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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ダービーへ、ようこそ。

あとホーリックスちゃんごめんやで。これはそういう作品なんや……


世代最強になるミホノブルボン(優駿)

 

 すべてのトゥインクル・シリーズのなかでも、日本ダービーというのは格が違うレースである。それは皐月賞や菊花賞と比べても、だ。

 

 こんなことを言っては何だが、別にレベルが高いというわけではない。シニア混合のレースや、ドリームリーグの方がレベル自体は高くなる。事実、府中2400のレコードはジャパンカップで更新するものであり、ダービーで更新するものではない。

 

 現在のレコードはスズカがクラシックで叩き出したものになっているが、これもダービーで更新されることはないだろう。破滅的逃げとそれを捉える末脚が揃わなければ、そうそうレコードなど出はしない。スズカはスピードで出すけど。

 

 

 しかし、それでも日本ダービーが特別なものであり、すべての関係者の夢と言われるのは何故か。

 

 それは、何よりダービーの名が付いたレースであり、生涯一度しか出られないレースであり、正しく世代の頂点を決めるレースだからだ。

 

 

「セルフチェック完了。体力、思考ともにオールグリーン。想定通りのパフォーマンスをご期待ください」

「ん。それは何より。じゃあ今日もあなたの勝ちね、ブルボン」

 

 

 控え室には私とブルボンのみ。スズカとスカーレットは客席で応援だ。三回目の勝負服に身を包んだブルボンは控えめにいって絶好調。気力も体力も申し分ない。それに、ちょこちょこ出走ウマ娘を見たがやはりブルボンには敵わない。

 

 そんなダービーを控えたブルボンは、いつも通り落ち着いていた。そうでなくては困る。勝負服を着て、変わらない無表情で立っていた。

 

 

「ライスシャワーの警戒は一度忘れなさい。何度も言うけどあなたは何も考えずに走るのが一番強いわ。特に道中はね」

「はい。思考優先度を下げ、意識外とします。ラップタイム遵守を最優先に設定しました」

「よろしい。じゃあ行ってきなさい」

「……では」

 

 

 ばっと両手を広げるブルボン。ずいっと身体を寄せて、私を見つめる。必要? それ。もう良くない? 

 

 

 でもブルボンがして欲しいというなら吝かではないので抱き締める。鼓動が物凄く早い。尻尾だけだと解りにくかったけど、死ぬほど緊張してるんだろうか。

 

 んー、と力を入れていく。私の肩に手が回ってきた。脈拍と体温が高まっていっているような気がする。赤ちゃんみたいに石鹸の匂いがする。そういえば、朝シャワーを浴びたって言ってたっけ。

 

 

「ブルボン」

「はい」

「あなたが一番よ」

「はい」

「あなたが一番頑張って、一番強くなったのよ。必ず勝てると思いなさい。あなたが世代に君臨するのよ、ブルボン。最強として帰ってきなさい。ちぎれるわブルボン」

「はい」

「努力が何物でも越えられることを見せ付けるの。あなたを信じているみんなに。無敗三冠を勝ち取る器と脚を理解させましょう」

「……はい」

 

 

 もう一度力一杯抱き締めて、離れて胸元の蹄鉄型ユニットを小突く。飾り物のコアユニットの代わりに、ぱちりぱちりと瞬きを繰り返すブルボンの目が光ったように見えた。

 

 

「もうちゃんと自覚できた?」

「マスター。ダービートレーナーになると、特別賞与があると聞きました」

「どうして生徒がそれを知っているの……?」

「お父さんに聞きました」

「ええ……?」

 

 

 恐らく渋い顔をしただろう私の口角を指で上げるブルボン。どことなく微笑んで、また、ゆっくり胸に手を当てた。

 

 

「ダービートレーナーがいかに名誉なことかも聞きました。勝利をこの手に、マスター」

「……うん。必ず持って帰ってきなさい。ここで待っているわ」

「お任せください」

 

 

 ふんすと鼻を鳴らすブルボン。スズカのようなオーラは見えない。だけど、ブルボンはやる気に満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

『さあ、今年もこの時がやって参りました! 全ウマ娘の憧れにして頂点を決める戦い! 府中芝2400mに、世代最強のウマ娘達が集いました! 東京優駿日本ダービー、まもなく開幕です!』

 

 

 モニター越しにゲート前で集まるウマ娘達を眺める。ブルボンはいい加減圧倒的一番人気に推され、他のウマ娘達にもかなり警戒されているようだ。視線が強い。

 

 ただ、それを意に介していないのがブルボン。そこまで私が計算しているわけではないけど、エルナトでの色んなことは確実にブルボンの精神を良くも悪くも変化させている。今のブルボンなら先頭を奪われようが何をしようが掛からないだろう。

 

 

 で、問題はライスシャワーだ。実況解説を聞く感じ、全く警戒されていない。私もブルボンに言われなければ警戒しなかっただろうし、事実能力は大したこともない……いや、一流ではあるものの、ただの一流である。

 

 

 ダービーに勝つようなウマ娘はただの一流ではない。全員が全員シンボリルドルフではないしナリタブライアンではないが、それでも、ただの一流が勝てないからこそダービーなのだ。

 

 そして、ライスシャワーはただの一流にしか見えない。他と何も変わらない。一部の選ばれたウマ娘でなければブルボンとは勝負できないだろう。ゲートに入っていくブルボン。全く問題無く準備を終えている。少し足元が重いけど、これも切れ味勝負をしないブルボンには追い風だ。

 

 

「やっぱブルボンの勝ちね」

 

 

 流石はブルボンだ。才能を全て努力で埋めきったと言っても良い。2400も全く問題なく走れる。素晴らしいウマ娘だ、あの子は。本当に良い子を見付けられたものね。

 

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました。さあ、東京優駿、日本ダービー、今──』

 

 

 スタートした。

 

 

『各ウマ娘素晴らしいスタート。どっと飛び出しました! 大本命ミホノブルボンも好スタート! これは第一コーナーまでに先頭に出られるでしょう。行った行った上がっていきますミホノブルボン。すっと先頭に立った。やはり行った!』

 

 

 ブルボンはやや外。しかし、幸運にも誰も競りかけてこない。問題なく内へ内へと入っていく。ライスシャワーがぴったりくっついてきているが、流石に少し離されていく。先行差しの子だ、単逃げのマークはしないわよね。

 

 

『ブルボンが行きました! このまま2400を逃げ切るのか! 出来るのかミホノブルボン! リードが広がる広がる既に四バ身から五バ身! 飛ばします! 完全にミホノブルボンのペースです!』

 

 

 そして、単逃げになった時点でブルボンは崩れなくなった。万が一にも掛かる可能性が消え、言ってしまえばこの時点で勝ったも同然と言える。向こう正面までひたすら差を広げるブルボン。手元のストップウォッチは、しっかりと指定したラップタイムを刻んでいる。

 

 第三コーナーにかかり、ブルボンに全く変化は見られない。良い。凄く良い。ブルボンのタイムは変わっていないのに後続にやや詰められているのは、つまり後ろが仕掛けを誤っているのだ。これはダービー。第三コーナー仕掛けは早すぎる。

 

 

『一バ身まで詰められている! これはブルボン、これまでか! 2000mを待たずして捕まってしまうのかミホノブルボン!』

 

 

 ここからでもどよめきが聞こえてくるくらいだ。完全に逃げウマ娘の負けパターンに入っている。トゥインクル・シリーズの圧倒的大多数にとって、今、逃げウマとはつまりスズカだ。ブルボンは後輩でもある。たぶん、私も含めて幻影を見ている。

 

 

 スズカならこうはならない。スズカならここから伸びる。スズカなら……なんて。今走っているのはブルボンだ。ブルボンにはブルボンのやり方がある。ギリギリのリードを守ったまま最終コーナーを曲がってきた。

 

 

『さあ府中の直線は長い! ミホノブルボン先頭で最終コーナーを回った! ここから後続が襲い掛かります! ブルボン厳しいか!』

 

 

 つまり、最終直線まではラップ、その先は溢れるスタミナにものを言わせてスピードで押し切るという走り方。先頭である必要さえない。切れる脚は無いから後ろ過ぎても困るが、そうでなければ自分のペースを守れているかどうかしか問題にならない。

 

 

『さあミホノブルボンが先頭を……ゆ、譲らない譲らない! なんとここで突き放したァッ! 残り400! ミホノブルボン未知の世界! しかし伸びる伸びる超特急! 二番手争いライスシャワー、後方からマチカネタンホイザ飛んで来ているがこれは届かないか!』

 

 

 伸び脚と言えるほどではない。ブルボンが本来のスピードでスパートをかけているだけだ。それでも、ブルボンのスピード、スタミナはともに一級品。スパートをかけた時点で上がり三ハロンで他と勝負が出来る。リードを縮めず、重バ場ともなればむしろ広げていくことすら可能だ。

 

 

『これはもう大丈夫! ミホノブルボンダービー制覇でしょう! これは大丈夫です! ミホノブルボン完璧なレース!』

 

 

 涼しい顔のブルボンがモニター越しに見える。目頭が熱くなってきた。ついにブルボンがダービーに届いたのだ。物理的に血が滲んでもおかしくないトレーニングを経て、既にブルボンをスプリンターと呼ぶ者はいない。

 

 

『ミホノブルボン完勝ッ! 府中2400も逃げ切った! 府中の坂を踏み越えて、実力を証明して見せました! 素晴らしい脚! 無敗二冠達成ですッ! ウマ娘の歴史が動きました!二着ライスシャワーに二バ身つける完勝です!』

 

 

 誇らしく客席を向くブルボンは、日本ウマ娘レースの歴史に残る偉業を達成したというのに、酷く落ち着いて立っていた。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 五月三十一日、日曜日。記録者、ミホノブルボン。

 

 

 日本ダービーが終了し、ターフの私達に歓声が向けられています。走行リザルト、一着。自己評価A。完璧な勝利ではありませんが、マスターの期待通りの結果です。

 

 そして、これが私の三冠目にして二冠目。一度も負けることなく、ここまで来ました。

 

 

『素晴らしい脚! 無敗二冠達成ですッ!』

 

 

 大歓声のなか、微かに実況席の声が聞こえます。いつもの女性です。無敗二冠。私が。掲示板に、私の番号が刻まれています。

 

 

「……ブルボンさんっ」

「ブルボン先輩! 凄い! 凄いです!」

「……スズカさん、スカーレットさん」

 

 

 観客席から手を振っているお二人に駆け寄ります。何を言うべきか解らず手を差し出すと、笑いながらスズカさんがそれを両手で包みました。

 

 

「ダービー制覇、おめでとう、ブルボンさん。素晴らしい走りだったわ」

「スズカさん……」

「でも、もう少し離してくれると心臓がきゅんとならなくて助かるわ」

「……はい」

 

 

 いつものスズカさん。そして、涙ぐむスカーレットさん。そうか、私は、勝ったのだ。やはり勝ったのだ。ダービーに勝った。

 

 

「勝ちました……スズカさん」

「ええ。良かったわ。みんなにも挨拶と、お礼をしたら?」

「……挨拶」

 

 

 そうでした。勝った私は、応援していただいたことへ感謝しなければなりません。それはスズカさんですら欠かしていないことです。一礼して二人から離れ、ターフに戻り、ゴール板の前で立ちます。

 

 体温が戻りません。呼吸量も心拍も、回復が極端に遅れています。見上げる先で、観客の全てが、私の名を叫んで手を上げていました。拍手と、雄叫びと、地鳴りのようなどよめき。

 

 

「ミホノブルボンさん、マイク必要ですか?」

「……これは」

「いえ、ダービーウマ娘にはターフで何か一言頂くのが通例ですので、是非」

 

 

 URAスタッフの制服を着た方が、ハンドマイクを差し出してきました。何か話す。何か……話す。

 

 

「何を話せば良いでしょうか」

「え? うーんと……まあ喜びとか、感謝のコメントが多いですけど……」

「なるほど」

 

 

 手が震えています。スタッフの方に聞いてもありきたりな答えしか返っては来ないでしょう。ですが、私の自己判断による言葉よりも、通例と慣習に合わせた無難な選択をするべきと判断。しゃがんで突き出されるマイクに近付き、当たり障りの無い言葉を吐きます。

 

 

「ダービーウマ娘、ミホノブルボン、です」

 

 

言語野機能の大幅な低下を確認。するべきは、ダービーウマ娘に求められるだろうコメントの推測。私が、言うべきことは。

 

 

 ああ、私の言葉に合わせて、歓声が止まってしまいました。特筆すべきことは言わないのですから、話していていただいて構わないのに。私とは違うのですから、私のために、感情表現を抑えることはないのに。

 

 

「……その、も、もう一度……」

 

 

 こんな静かなダービーがあっていいはずがありません。私の知るダービーは、もっと、騒がしく、そう、お祭りのような勝負で、誰もがそれを称賛するような、もっと素敵なものだったはずです。

 

 

 私にも見せて欲しい。ダービーを。ここに立つ私に、教えて欲しい。

 

 

「もう一度、私に聞かせてください。歓声を、拍手を」

 

 

 そして、割れんばかりに浴びせられた音の雨は。

 

 

「……っ」

 

 

 これを勝つために生まれてきたのだと、そう思えるくらいに激しく、私の感情を揺さぶりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ついてく……ついてく……」




おいおいまるでスポ根だな。
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