走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「八百八十二……八百八十三……」
「じゃあやりましょうか。ああ、スズカはそのまま続けてね」
「はい……!」
「…………やっば」
ある日。宝塚記念に向けて……ではないけれど、スズカにトレーニングをさせることに成功した私は、しっかりジムに来てスズカに筋トレをさせていた。足を天井から斜めに吊り上げたまま腕立てをやらせている。重りを抱えてその背中に座りながら、鞄から封筒を取り出した。
「これは練習だからね。しっかりやること。本当に今収録しているつもりで」
「はい。お任せください」
「うむ」
何をするかと言えば、ラジオ出演の練習である。
トレセン的には、スターウマ娘には色んなことをしてほしいわけだ。ウマ娘というのは総じていくつになっても若く可愛く美しく見え、表面上はともかく本質的には誰にでも友好的で、ちゃんと自分達の在り方を理解しているので大抵のことは真面目に頑張る。URAとトレセンとトレーナーを挟むため出演料が高くなるのは内緒だ。
しかし、スズカとブルボンは私が狙って生出演等は断っている。二人にできるはずがないからだ。そのため、それでもどうしても、一回だけ、ちょっとだけ、先っちょだけ、というオファーが後を絶たず、トレセンも少しくらいは、と推してくるのだ。
ウマ娘でお金を稼ぐどうこうについては何も言えないし言うつもりはない。他ならぬ私が収入の九割方をスズカ達に頼っているわけだし、こういう活動のお陰でウマ娘はトレセンに『やや高い』位の学費を払うだけで済んでいるのだから。
「一応一時間番組の二つのコーナーに出るだけだから、まあ三十分くらいとは言われてるわ。内容も全部聞いてきてるから、明後日のリハーサルに向けて今のうちから練習よ」
「どれだけ心配してるんですか……」
見学のスカーレットがぼやく。他に人の目がちらほらあるので完全敬語だし、トレーニング中のスズカを行儀良く座って眺めていた。ジムの隅っこだし、相変わらずエルナトは遠巻きにされているので、たぶん態度は崩しても良いと思うわ、私。
今回の出演はブルボンのみとなっている。基本的にはダービーのことや普段のトレーニングについて聞かれているブルボンが、初めてバラエティ的というか、フリートークのようなものに挑むことになる。
「ブルボンを甘く見ちゃダメよ。そもそも、経験の無いことをするのだから練習はした方が良いわ」
「まあ、それはそうなんでしょうけど……それで、その封筒がお便りとかってことですか」
「こっちがお便りで、こっちが質問。全部ここから出るってことだから」
「なんか、裏の事情を知っちゃって悲しいやら何やらです……」
パーソナリティは当然プロだがゲストたる我々は素人である。ガチガチの台本でもやむなし。そもそもパーソナリティさん達も八割くらい台本って言ってたし。
「まずはお便りね。あっスズカ、もうちょっとちゃんと沈んで。浅くなってる」
「はい……っ」
「じゃあこれ」
お便りを一枚取り出しブルボンに渡す。すぐに、すらすらと読み始めるブルボン。こういう読み上げとかの方が向いてると思うんだけどね。仕方無い。
「はい。『私には小さい時から仲の良い友達がいて、一緒に走るのが好きだったのですが、最近友達の方が速くなっていてどうすれば良いか解りません。どんな風に接したら良いでしょうか?』とのことです」
「あーありそう……よく聞くやつですね」
極端な話二人が喋っていればそれで良いのだ。非常にシンプルなお便りを選んだものだと思う。それにしてはじっと考えているけど……大丈夫よね? スカーレットも、なんで黙ってるんだろうみたいな目で見てるから。なるはやで。
「はい」
「はいブルボン」
さっと手を上げたブルボン。
「この情報量では何も判断できませんが、ここではなく指導者たる立場の方に意見を求めるのが良いかと思います」
「……うーん」
「いや、まあ正しいですけど、たぶんそういうことでは……もっと精神的な面じゃないですか?」
「精神的……鍛える他ありません。追い付きたいのであれば死ぬ気で努力するべきです。質問をしている場合ではありません。とにかく走りなさい」
「ラジオのお便りに正論ぶつけるのはやめませんか?」
怒涛のマジレスにスカーレットが引いている。そうよね? 私の違和感、間違ってないよね? スカーレットを巻き込んで良かった。マトモな感性と普通の考え方ができる存在はエルナトでは貴重だ。私も全部にツッコめるわけじゃないし。いや、トレーニングするとなれば必ずくっついてくるというだけで、狙ったわけではないけど。
「もっとこう……希望を持たせるような感じの方が良いと思います」
「希望……ですか」
「前向きになれるような感じで」
「……鍛えれば良いというのは非常にシンプルかつ前向きな解決方法ではありませんか? 問題点は発見されませんでした」
「まあそう……そうなんですけど。ブルボン先輩が正しいんですけど、でも何でしょう、腑に落ちない……」
「対案を出さずに否定するのは感心しません、スカーレットさん」
「……ふー……ちょっと失礼。ここってサンドバッグとかってある?」
無い。ほとんどのサンドバッグはウマ娘のストレスをぶつけられると粉々になるから。
頭を抱え落ち着くフェーズに入ってしまったスカーレットは放っておいて、せっかくなのでスズカにも聞いてみる。そこそこ過酷なトレーニング中ではあるんだけど、しかし流石はスズカ。たまに忘れそうになるが、これでもシニア二年目のトップウマ娘である。フォームを崩さず喋るだけの余裕があった。
「え……うーんと……んー……」
「無いなら無いで良いけど」
「いえ……えっと……走ることってそういう、誰かと比べてとかだけじゃないと思うんです。私達は走るために生まれてきたとはよく言われますけど、勝つために生まれてきたわけじゃなくて、もちろんレースになったら勝ちたいし、頑張りますけどそれだけじゃないというか、少なくともまだレースに出ていないなら、楽しいから走っているだけだと思うんです。あなたが走って楽しいのはどうしてですか? 一緒に走ることが楽しいのか、お友達に勝つのが楽しかったのかによると思います。もしあなたの方が速かったとして、二人で走らなくなりますか? 私はずっと一人で走っていましたけど、自分の足が遅くなっても走ると思います。本質はそこではないからです。速くありたいとは思いますし、そうあるように頑張ります。でも、楽しさは人それぞれというか、もしお友達と一緒に走るのが辛ければ、星の見える夜とか、そよ風の中を走るのはどうですか? 悩みなんて全部どうでも良くなると思います。直近で言うと三日後は気温もちょうど良いし、当日と翌日が晴れで星もよく見えるし、風も良い感じに吹いているという予報です。私もこっそり走ろうかなって……あっ」
「スカーレット、ジャッジ」
「いやなんか……根源的な恐怖を感じました」
隙あらば自分語り。まあウマ娘を呼んでやるラジオなんてウマ娘のことが知れればあとはどうでも良い可能性もあるけど、走ることに関してスズカに聞いてはいけないということはしみじみと感じた。短く纏めてくれれば良い感じになりそうなのに。スカーレットが心底怯えている。あっブルボン頷かないで。これは悪い例だから。
「もっと短く纏めて、スズカ」
「…………走るのが好きかどうかと、友達と競うのが好きかは分けて考えて良いと思います」
「よくできました。偉い」
「んー……」
「採点が甘すぎるんですよね、本当に」
スズカは賢いねえ。今度は短すぎるような気がしないでもないけど。真面目なトレーニング中は頭もある程度真面目になるんだろうか。頭をぽんぽんと撫でておく。
「まあこんなものでしょ。大丈夫、本気で悩んでいる子はラジオなんかに投稿しないから」
「身も蓋も無さすぎる……」
「そもそもブルボンを起用するにしろスズカを起用するにしろ使い方がなってないのよね。マイク渡して夢の話なり走ることの魅力なり話させておけば永遠に語るんだから。その方が可愛いのに。無難にしようとして良さを殺してるというか」
「親バカ……!」
誰が親バカか。
「……ふはっ、お、終わりました……あー……」
「ん。お疲れスズカ」
ちょうど今日のスズカのトレーニングも終わったことだし、残りは部屋に戻ってからにしようかな。汗をかいたままだと風邪もひくし。腕を少しだけ触診して、お疲れのスズカだけシャワールームへ。私達は一足先にエルナトの部屋に戻ることとした。
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「はい。はい。ええ、今練習をして、良い感じに答えられるように……え? いらない? しかしですね、ブルボンに素でやらせるととんでもないことを……構わない? いや、まあ……はい。はい。申し訳無いです。はい。では、はい。そのままで。はい。失礼します」
「……なんだったの?」
「ああ、まあ……局の人、ブルボンがああいう子だってある程度解って呼んでるから、変に練習とかしないで欲しいって……」
「ええ……? じゃあ今までの練習は何だったの……」
「……いやごめんブルボン……ブルボン?」
たづなさんと別件の連絡をしていた時、ラジオの話になった。どうやら、ちゃんと備えて答えも考えさせようとした私の行動は求められていなかったようで、普通に注意された。まあ、私は私で完全に無難なことを言わせようとしていたし、怒られるのも仕方が無い面は否めない。
無意味に考えさせてしまったことを謝ろうとブルボンの方を向くと、虚空を眺めてふらふらと首を動かしていた。苦手なことを考えさせちゃったからオーバーフローしちゃったかな。
「ブルボン先輩!?」
「バグっちゃった……」
「ウマ娘に使う言葉!?」
「一旦再起動しませんか?」
「生物に使う言葉!?」
スズカが面白がってしまった。ブルボンのロボット要素がツボらしく、たまに遊んでしまう。今回に関してはブルボンは被害者だけど、ほえ……みたいな顔が間抜けで可愛いのであんまり止める気も起きない。
「ぽちっ」
「ミホノブルボン、シャットダウンします」
「ふふふ……っ、ぽちっ」
「ミホノブルボン、再起動します」
「…………くっ」
「笑ってるじゃない」
鼻を押されゆっくりと倒れ、もう一度押されバッと起き上がるブルボン。結構余裕あるわねこの子。スカーレットも勢いよく顔を逸らした。
「……わ、笑ってないし……」
「連打ぁ」
「ミホノブルボン、自爆します。に、いち、ぼーん」
「相変わらず逃げる隙を与えないわね」
「…………っ、ふ……くっ……」
お腹を抱えるスカーレット。にっこにこのスズカ、ウケたのでドヤ顔のブルボン。今日も平和だ。
なお、ブルボンがいくつかの制約のもと素で行ったラジオに関しては何故か大好評だった。ただ、質問やお便りの大半に「努力しなさい」で答えた結果、さらにエルナト宛のメールの必死度は増した。でも月一くらいでやってくれとレギュラー化した。