走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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箸休め日常回(n回目)

トレーナーを被害者にしてるときがいっちゃん楽しい。


穏やかに過ごすミホノブルボン

 

 六月十日、水曜日。記録者、ミホノブルボン。

 

 

「……ライスさん」

「ひゃぁっ!?」

 

 

 授業が終了し、先約もありませんのでライスに声をかけると、鞄にしまおうとしていた筆箱を盛大に床にばらまきました。

 

 ライスシャワー。ダービーで私に二バ身まで迫ったウマ娘です。マスターの観察眼によれば、能力は特筆すべきものではなく、ダービーの結果についても『爆発力』の片鱗を見せた結果だということです。

 

 

「な、なに……? どうしたの……?」

「今日も私のストーキングを?」

「え……うん……たぶん」

 

 

 爆発力が菊花賞で発揮された場合、私では勝てないというのがマスターの見解でしょう。直接的な言葉は使われていませんがしかし、そのように解釈される会話ログが残っています。

 

 しかし、それとは別に彼女は大切な友人です。休日に行動をともにするくらいは当然です。本来であれば、爆発力を発揮させないような施策をとるべきなのでしょうが、私自身、理由無くそれを拒絶していました。なるほど、これがマスターの言う、『ウマ娘はスポーツマンシップの塊』ということでしょうか。

 

 

「本日のトレーニングは休みなので、良ければこの後どこかに出掛けませんか」

「え……い、今から? 二人で?」

「問題があれば他の方を誘っても構いませんが」

 

 

 本日はスズカさんのランニング禁止開始日ということで、マスターはそちらへ尽力するべく私とスカーレットさんのトレーニングを休みにしました。

 

 なお、「この分はきっちりやってくれるのよね?」とマスターを睨み付けたスカーレットさんにより、近日中の特別メニューが確約されています。素晴らしい働きでした。

 

 

「う、ううん、二人でも大丈夫だよっ。どこに行く?」

「電子機器が無ければどこでも」

「現代社会じゃ難しいんじゃないかな……」

 

 

 とりあえずの目標を『散歩』に決定し、行き掛けにはちみーを買うことを提案します。受諾されましたので、半歩後ろをついてくるライスとともに昇降口へ向かいます。

 

 

「そういえばね、駅前のゲームセンターにね、ダンスのゲーム? が増えたらしいよ」

「ウイニングライブの練習になるでしょうか? どちらかといえば懸念点は歌唱にありますが」

「歌の練習はできないと思うけど……あ、カラオケとか行く?」

「リモコン機器、マイクに触れられません」

「そっかあ……ライスが持っててあげるよ?」

 

 

 評価C。カラオケはもっと騒がしい方と行った方が楽しいでしょう。私とライスはそう話す性格ではありません。むしろ、コミュニケーション能力に難のある私に、ライスが話し掛けてきてくれている状態です。

 

 友人は大切にしなさい、ライスと仲良くなってよく知りなさい、とのオーダーをお父さんとマスターから発令されていますし、私個人としても、ライスシャワーは良き友人です。

 

 

「ところでライス、次走の予定は立ちましたか?」

「え……ううん。ブルボンさんは?」

「マスターの決定に従いますが、恐らくは秋からです」

「そうなんだ……じゃあライスも秋からかな……」

 

 

 靴を履き替え外へ。目の前をトレーニング中の方々が走り去っていきました。ぞわりと尻尾の付け根が粟立ちます。私ももっとトレーニングを行いたいところです。

 

 

「たぶん、レースは選べると思うし……」

 

 

 ライスはトレセンでは珍しく、重賞──特にG1で勝ち負けを狙える位置にいながらも、専属や小規模チームのトレーナーがいない存在です。大規模の、本来であれば未勝利戦で苦戦するような方々が所属するチームに名前を登録してレースに出ている状態です。

 

 お父さん曰く、そういったチームでは当然トレーナー主体によるトレーニングは最低限になります。チームの名前で各種サポートや医療は受けられるそうですが、手続きを自分で行う必要があるそうです。

 

 一方、チームやトレセンに引かれる賞金額が少ないという点のほか、トレーニング内容や出走レースを自由に選べるという利点もあるようです。もちろん、手続きは自ら行いますが、後者のメリットを勘案してこちらに所属するウマ娘も僅かながらいるのだとか。

 

 

「では、神戸新聞杯や京都大賞典、セントライト記念でしょうか」

「うん……ブルボンさんは?」

「まだ解りません。マスターの判断ですから」

「そっかあ……じゃあライスもまだ解らないかな……」

 

 

 そのような事情がありますので、ライスは私と同じレースへの登録を容易に狙うことができます。ダービーを終えたあたりから、時々、ライスが恐ろしく冷えた目をするようになりました。いえ、冷えた目というのは比喩表現ですが、バッドステータス:恐怖を喚起するような目です。

 

 徹底マークから来る爆発力。確か、スペシャルウィークさんもグラスワンダーさんのことを、「怒らせると怖い」と評していました。私も今度からこの表現を使いましょう。

 

 

「ライスは怒らせると怖いですから」

「ふえぇっ!? お、怒ってないよ!?」

「いえ、練習です」

「何の!?」

 

 

 正門ほどまで達した頃、練習コースの方から高笑いのような何かが聞こえてきました。ライスと目を見合わせ、声のもとへ進路をとります。

 

 そこに、見慣れた光景がありました。

 

 

「はーっはっはっはっはーっ!!!! 幸運! 無敵! 最強! 来てます! 誰であろうと負けるはずがありません! 私は今究極の幸運パワーを宿したのです!!」

「フク……キタル……!」

「スズカさん! 落ち着いてください!」

 

 

 コースのゴール位置で両手を広げ叫ぶマチカネフクキタルさん。そして、スカーレットさんに羽交い締めにされながらも彼女に強引に手を伸ばすスズカさん。どういう状態であるか、聞かずとも推測できました。

 

 

「なるほど」

「え? 何がなるほどなの? ブルボンさんはこれで何が解ったの?」

「ライス。手を貸してください。スズカさんを止めます」

「訳が解らないよ……!?」

 

 

 ライスへの説明の優先順位は高くはありません。とにかく三人のもとに走り、挨拶を省略してスズカさんに掴みかかります。パワーはまだ劣りますが、視野の狭くなったスズカさんであれば、制御しやすいように抱くのも難しくはありません。

 

 

「ブルボン先輩!?」

「スズカさん。落ち着いてください」

「もう一回……フクキタル……ッ!!」

「スカーレットさん、マスターは」

「お手洗いに……その間にフクキタル先輩が声をかけてきて、止めたんですけど……」

「……なるほど」

 

 

 臨機応変な対応は私の不得手とするところです。しかし、強引にスズカさんを止める力が無いのも事実であり、このままでは、今日から禁止期間のはずのスズカさんを無為に走らせてしまいます。

 

 お二人が走ったということは中距離でしょう。二分と少しかかったはずです。つまり、マスターがトイレから帰るまで、長くともあと数分と予測されます。それまで留めておけばミッション完了となります。

 

 

「放して二人とも……次は絶対に逃げ切るから……」

「マスターの許可をとるべきです、スズカさん」

「戻ってくるまでに何とかするから……! トレーナーさん、たぶん時間かかるから……朝してなかったし……!」

それは本当にやめてあげてください……

 

 

 スカーレットさんが悲痛な叫びをあげています。流石の私もマスターのそういった事情は把握していません。スズカさんは……宿泊ペースと距離感を考えれば大抵のことはお互い理解しているでしょうが。

 

 

「フクキタル……2400右でも良いから……」

「何度やっても結果は変わりませんとも! スーパーフクキタルと呼んでください!」

「フクキタルさん、スズカさんを挑発するのは控えてください」

 

 

 これ以上パワーを上げられると、私では制御できなくなります。仕方ありません。ライスに向き直る余裕はありませんので、尻尾でこっちに来るよう伝えます。

 

 

「ライス。スカーレットさんの代わりにスズカさんを押さえつけてください」

「わ、訳が解らないよ……!」

「ライス……私は、あなたの力を高く評価しています。ライスならできます。私のライバルとなるウマ娘ですから」

「こんな時に聞きたくなかったよぉ……!」

 

 

 涙目と涙声になりつつも、しかしスカーレットさんを引き継ぎスズカさんの押さえ付けに参加してくれます。マスターのステータス上は私の方がパワーはありますが、しかしライスもダービーで私の後ろに来たウマ娘です。普段の私とスカーレットさんの押さえ付けよりも、スズカさんが動きにくそうにしています。

 

 

「待ってブルボンさん、これは違うの、ちょこっとだけ、あと一回やれば勝てるから……!」

「勝てるかもしれませんが落ち着いてマスターの指示を待ちましょう」

「次は怪物! そして女帝! 皇帝! ああ、私は全てのウマ娘を超えてしまったのです!!!!」

「まだ負けてない……これは勝ちの途中だから……!」

「スカーレットさん、フクキタルさんを黙らせてください」

「あ、はい」

 

 

 こっちに行きましょうフクキタル先輩、などと誘導してフクキタルさんが連れていかれました。あとはマスターを待つだけです。慣れている私はともかく、ライスの体力が心配ですが、彼女はマスターも認める生粋のステイヤー。問題無いでしょう。

 

 

「あの、ブルボンさん……!」

「はい」

「いつも……こんなことしてるの……!?」

「はい。後輩の責務です」

「そんな責務無いよ……!?」

 

 

 なお拘束から逃れ飛び出そうとするスズカさんに抗っていると、校舎の方から小走りでマスターが戻って来るのを視認しました。ミッション完了です。ライスに伝え、状況から何が起こったのか把握しているらしいマスターにスズカさんを引き渡します。

 

 

「こらスズカ。何してるの」

「トレーナーさん……! フクキタルが、フクキタルが私を差したんです……取り返さなきゃ、先頭を、先頭……うぅ……っ」

「どうどう。お疲れブルボン、スカーレット。ごめんねライスシャワー、巻き込んじゃって」

「は、はい……あの、その、ひ、肘がぴんぴんに……」

「大丈夫これくら痛い痛い痛い痛いスズカ痛いって緩めて、折れる! 折れる!」

 

 

「……もしかしてブルボンさんのトレーナーさんって凄い人?」

「はい。何故?」

「ライスとブルボンさんでやっとだったのに、一人で押さえてる……」

「スズカさんにのみ通じる捕縛術があるのでしょうか」

 

 

 あとでマスターにご教示頂きましょう。そして、マスターが合流した以上私の役割はもうありません。

 

 

「ではライス、行きましょう。体力回復のため、はちみーは濃いめにするというのはどうですか?」

「え……う、うん。良いね。多めにもしちゃおっか。あとで走ればお腹も大丈夫だもんね」

「はい。私はマスターのトレーニングがあるので太ることなどありませんが」

「……前、お腹ぽんぽこりんだったよね?」

「……私のデータログには何もありません」

 

 

 オーダー:ライスと仲良くなるは今も順調に達成されています。これからも引き続き、このまま良い関係を築いていきたいと思います。くすくすと小さく笑うライスを見て、私はそう思いました。




フクキタルは史実通り今もひっそり走ってます。レース当日に大吉が引けないのがフクの一番の不運なのでは……?
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