走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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マッサージされるサイレンススズカ

 

「ん、じゃあ解散。しっかり休んでくださいね」

「はい……」

 

 

 ある日。今日も体験組へのイジメ……もとい、スパルタトレーニングが終わり、よろよろと五人が部屋から出ていった。大体は終わった後動けるようになるまでエルナトの部屋で寝かせているので、もうすっかり日が沈んでしまっている。

 

 

「……あー……しんどい……」

「お疲れ。今日は危なかったわね」

「しょうがないでしょ……いくら何でもこう連続だとキツいわ……」

「自分で決めたことだもの。仕方無い仕方無い」

「そうなんだけど……労うとか褒めるとか無いの?」

 

 

 スカーレットが珍しくぐったりと、今さっきまで体験組達が倒れていたソファに転がる。かなり疲れてしまっているみたいだ。身体的というより、精神的に。

 

 スカーレットは基本的に仲が良い……というか、身内同然くらいに多く接する相手以外には猫を被っている。評判や体裁を気にしているからだ。まあ家族と、エルナトと、ウオッカかな? 

 

 しかし、近頃はそうではない子達がいる。その子達の前では、どんなに疲れていても演技を止められないのだ。追い込まれた結果言い放った『楽勝……ですよ……ッ!』はギリギリだったような気がするけど。

 

 

「トレーナーさん……私も疲れました……」

「はいはい。頑張ったねえスズカ。偉い」

「扱いの違いに怒る……体力が足りないわね」

 

 

 すり寄ってくるスズカに頬擦りして撫でる。走っていない証に髪がすべすべだ。んんー、と頭を擦り付けてくるスズカ。宝塚まであと二日。何とか我慢できそうだ。あーっと鳴き声をあげて、膝に倒れてくる。

 

 

 ブルボンは占領されていたベッドを取り戻し、いつも通り横になってじっとこちらを見ている。毎日完全に動けなくなるほど追い込んでいるのだけど、それでもご満悦なのは流石のミホノブルボンだ。

 

 

「なー」

「どうしたの。やけに絡んでくるじゃない」

「最近トレーナーさんが怖いので……」

「もうすぐ終わるから。ね?」

 

 

 不満げに喉を鳴らすスズカ。五人のモチベーションがかなり下がってきていることはどう見ても解る。絶不調だ。夏までに全員脱落するだろう。初日の、絶対に食らいつくという気概が薄れてきている。

 

 だからまあ、もうあと何日かってレベルだとは思う。思ったより頑張ったかな。私、初日で一人くらい欠けるかと思ってたけど。

 

 

 あと私そんなに怖い? そんな迫力あるようには思えないけど。

 

 

「んむんむ」

「可愛いねえスズカは……」

「猫か」

「にゃん」

「ええ……?」

「…………ぁぅ」

 

 

 小さく呟いて、すぐに顔を真っ赤にして伏してしまうスズカ。おお……と目を見開くブルボン。何に感心したんだろうあの子。

 

 しばらくスズカを楽しんだ後、満足して隣でちょこんと座るようになったスズカのうなじを撫でる。少し反省。スズカに寂しい思いをさせるなんて。

 

 

「ところでトレーナー。アタシのメイクデビューだけど」

「うん」

「その後はどこを走るとか、決めてる?」

「んー……スカーレットが走りたいところがあるならそこで良いけど。今年はブルボンの菊花賞があるから、夏はできれば避けられればとは」

「……阪神は行ける?」

「楽勝でしょ」

「……そう」

 

 

 間に合わないわけがない。まず間違いなくスカーレットは重賞を圧倒できる力を持っている。確かトリプルティアラを目指していたはずだけど、私もそれに賛成だ。それには阪神ジュベナイルフィリーズで実力を見せつけるのが一番良い。

 

 

「阪神……芝右回り、1600……」

「アタシね、ちょっと今ウオッカと……え、今何か呟きました?」

「私も走りたい……」

「いや、無理ですけど……」

 

 

 解ってますけど、とスズカ。コース詳細を呟いたと同時に尻尾がびゅんびゅんに揺れている。悲鳴みたいに声を漏らして、脚をばたばたと動かし始めた。

 

 

「はいはい。頑張って我慢しようねー」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」

「どんな声?」

 

 

 強めに肩を揉み解して黙らせる。中央のトレーナーたるもの、マッサージで担当を黙らせるくらいは当然である。いや違うな。私たるものスズカを黙らせるくらいは当然である。脚に触ると怒られるので、肩から背中、腰にかけて指の関節を突き立てる。ぐりぐりとツボを押してスズカを鳴かせまくる。

 

 

「あっ、あう、んんっ、とれ、トレーナーさ、ストップストップ、力入らなくなる……」

「入らなくなれば走らなくて済むじゃない」

「ち、力が入らなくても走ることはできま……あっあっあっ」

 

 

 中央のトレーナーを舐めないでほしい。私は平均だが、得意な人はマッサージで怪我を治すことすら可能なのだ。もはや特殊能力だと思わなくはないけど、私も怪我率を少し下げることくらいはできるし。スズカを骨抜きにしていると、ブルボンが横になったまま手を挙げた。

 

 

「私もマッサージを所望します」

「やってほしいの?」

「はい。体力回復に有用だと予想されます。スズカさんの反応からの推測ですが」

 

 

 全身とか背中はブルボンにもやったことはない。スズカに悪戯でやるくらいだ。基本的にブルボンは倒れるので、わざわざマッサージをするより寝かせている方が良いし、意識を保てるようになってからも別に欲されなかったし。

 

 もちろん求められれば快諾して、寝転がるブルボンに跨る。スズカは私がマッサージをするとふにゃふにゃになってしまうので全然目安にならないけど、ブルボンにも通じるんだろうか。普通にトレーナーが最低限修めておくべき整体の知識しかないんだけど。

 

 

「じゃあ行くわよ」

「はい……うっ」

 

 

 首筋に手をかけ、絞めるように肩まで滑らせる。流石は身体が丈夫なブルボン、全然凝っていない。すぐに首から背中に進み、手のひらと指に体重をかけていく。

 

 

「痛くない?」

「処置部の痛みはありません。ですが、俯せは胸部が痛みます」

「先に言って??」

 

 

 クッションを顎の下に滑り込ませて、引き続き背中を摩る。あまり深く揉んでも痛いだけなので、マッサージ機に近付くように細かく揺れるように動かす。背筋も含め恐ろしい力を持つ割に、やはりブルボンも女の子の柔らかさがある。押すとぐにんと少し沈むのも、自前のブルボンのクッションによるものね。

 

 腰を掴んでくるくると回すようにお尻を振らせ、そこそこ強めに拳を叩きつける。柔らか。

 

 

「気持ちいいんですか?」

「……予想の20%ほどです」

「ダメじゃないですか」

「やっぱり?」

 

 

 ブルボンは大したリアクションもせず、問い掛けたスカーレットに答えた。私も一度中断して、ブルボンの上で手首を回す。

 

 疲れているとはいえブルボンは健康体だし、凝りが発生するような偏った走り方もしない。そういう所じゃないとマッサージなんて特筆するほど気持ちよくはないのだ。

 

 

「スズカさんは悶えていましたが」

「スズカは……まあ、スズカだし」

「どういう意味で言ってますか? 怒りますよ。走りますよ?」

「いたたたたたたちぎれるちぎれるちぎれる」

 

 

 太ももはやめて太ももは。笑えないくらい痛いから。あと摘ままないで。摘まめるという事実が私の心を傷付けるから。

 

 

「この差は何でしょうか……」

「なにもそんなに真剣に考えなくても」

「マスターへの好感度でしょうか」

「知りませんよ」

「実験のため今度お父さんを呼びます」

「……それは絵面がヤバくないですか?」

 

 

 ヤバいね。ただブルボンはよく解っていないようだったのでそれ以上何も言わないように脚のマッサージに移る。脚の付け根に手を差し込んで軽く潰しながら足先へと引く。

 

 

「んぐ……ぅ……ふ……」

「え」

「痛かったら言うのよブルボン」

「は……い……」

 

 

 スズカにはできない脚のマッサージ。いくらブルボンが丈夫でも、脚を酷使していることに変わりはない。怪我はしないようにしていても疲労は溜まるし、特に近頃は連日それをやっているわけだ。

 

 こっちはそこそこブルボンをも黙らせる自信がある。圧力をかける度に無意識なのか力が入るあたり、感じ入るところはあるみたいね。

 

 そんな様子を見て、スズカが起き上がって紅茶のカップを片手に呟いた。

 

 

「良いなあ……」

「スズカは脚はやらせてくれないじゃない」

「やっても良いですよ。私は待ってます。ただ、気持ちよくなるためにはまず疲れを溜めないとですよね? ですからまず走ってきます。その後マッサージしてください。そしたらその脚で走ってきますから」

「そういうところを含めてやらせてくれないって言ってるのよ」

「ぐ……ぉあ……」

 

 

 流石に脚は筋肉量が段違いだ。見た目は普通の女の子だし触ってみてもそこまで驚くほどじゃないけど、張りや形、押し込むと解る奥底の筋肉が違う。ある意味ではスズカより上と言っても良い。これが天性の才能と努力で得た力の差か。

 

 

「……ねえトレーナー。それ、私もやってもらって良い?」

「もちろん良い……よっ」

「くっ……ぐ……ぅ……」

 

 

 右足首を回し、ふくらはぎを軽く伸ばす。やっぱり脚はそこそこ疲れているみたいね。まああんまり解しても良くないし、そこそこで終わりにしようと左足から靴下を剥いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

 

 

「で、さっき何を言おうとしてたの?」

「え? ああ……いやね、ウオッカとちょっと話をしたのよ。どんなレースに出るかって」

 

 

 夜。私とスカーレットで作った夕食を四人で食べながら、スカーレットに聞いた。

 

 

「私はティアラ路線確定で、アイツはダービーだけ絶対に出るって言ってるんだけど、基本はマイルやティアラだって」

「へー。良いんじゃない」

「……何も思わないわけ? ティアラからダービーよ?」

「別に。同じようなものでしょ」

 

 

 ブルボンには悪いけど、ダービーをそこまで特別視した覚えはない。確かに世の中、ティアラ路線は三冠路線に劣るという言説はある。ティアラ路線出身の時点で、三冠路線出身より下に見られることもある。

 

 もちろんその辺は私には関係ないけど。同じ2400だし、名誉もよく解っていない。何故トリプルティアラの方が三冠より下なのか、まあ、何となく歴史があるんだなあ、くらいしか。

 

 

「好きに走れば良いし……まあ、好きに走れば良いのよ」

「何言ってんの?」

 

 

 危ない危ない。ウオッカは怖いからオークスから消えてくれると嬉しい、なんて言ったら普通に殴られそうだ。

 

 

「んむ……ごちそうさまでした。お風呂入ってきますね」

「一緒に入る?」

「ブルボンさんと入ります」

「えっ」

 

 

 スズカがブルボンの肩を掴み、茶碗に少し残ったご飯と合わせるおかずが無く、箸をさ迷わせていたブルボンがさっと振り向いた。今日はみんなたくさん食べたので、ちょっと足りなかったみたいだ。

 

 

「トレーナーさんは走らせてくれないので入ってあげません」

「待ってください、まだ食事が……あー……」

「曖昧になってきてるなあ、色々」

 

 

 茶碗と箸を持ったままのブルボンをスズカが引きずっていった。今回は私が強く禁止しているというよりスズカ自身が頑張ると言っていたはずだし、いつもお風呂に一緒に入らなくて凹むのはスズカだ。

 

 

「……アンタが入りたがってるの? いつも?」

「違うよ? スズカだよ?」

 

 

 ……もちろん、私もほんのちょっと入りたい気持ちはあるけど。意趣返しにスカーレットと入って、ブルボンに追加の何かを食べさせてあげなきゃ、と考えるのだった。




次回、宝塚。
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