走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「……今、何と言いましたか?」
「え?」
宝塚記念は、やはりというかスズカが勝った。
エアグルーヴ、スペシャルウィーク、グラスワンダーが猛然と追い上げてくるなか、2200という最高にちょうど良い距離を燦然と逃げ切ってしまった。
もちろん驚くような結果ではない。いや、三人とも強かったし本調子だったのは間違いないけど。エアグルーヴも昨日何の話をしたのか、物凄く集中していたように見えたし。
ただ、まあスズカには勝てない。エアグルーヴは恐らくどうあっても厳しかったろうし、スペシャルウィークもダービーの時ほどの煌めきは無かった。何か爆発力の条件が満たせなかったか、あれで使い果たしたか。使い果たすなんて概念があればだけど。
惜しいのはグラスワンダーだ。あれは確実にスズカに勝つ可能性を秘めている。ここと決めたレース、これと決めた相手に集中して打ち勝つ、というものだ。ただ残念なことに勝ちたい相手が多すぎた。スズカ、スペシャルウィーク、エアグルーヴといてしまうと中途半端にならざるを得ない。
逆に、他に強敵がいないタイマン状態なら届いてきただろう。本当に恐ろしいウマ娘達だ。しかし、それらをハナ差で抑えて二着まで粘ったエアグルーヴもまあまあ信じられないことはしている。地力から見ればギリギリ解らなくはないとはいえ。
まあそれは良い。私はトレーナー。勝敗で気にするのは担当が勝ったかどうか、次に勝てるかどうか。負けた子達がどういう気持ちになっていようと、それはその子の担当が何とかすることだし、ウマ娘はレースが終わればノーサイド。日常生活ではスズカとエアグルーヴも親友のまま過ごすだろう。
で。じゃあ次の私の仕事は何か。ウイニングライブでペンライトを振ることではない。
「何って……ここから府中まで走って帰りますと」
「……お、おかしいですよ、何のための車なんですか」
「宿泊用でしょう?」
ベッドが足りないけど、それは二人で使うなりしてもらって。震える声で抗議する体験組から視線を外す。
駐車場の一角で、正規エルナトの三人は柔軟を進めていた。表情は結構違うわね。ブルボンとスカーレットは覚悟が決まりきった感じではあるけど、スズカだけは心の底から楽しそうだ。
そう、今回もスズカへのご褒美として、帰宅マラソンをすることになっていた。そのためのキャンピングカーである。そして、今回は他二人が妙に乗り気だったので、ついでに臨時メンバーにもやらせて一気に振り落とそうかと思っている。
「良いから準備をしなさい。それが終わったら道のりと距離を指定します」
「お、おかしいですよこんなの……!」
「三人はやっているでしょう」
「ぐ……」
毎回、スズカが帰宅マラソンをしたと聞くと少しだけ羨ましそうにしていたしね。最高に意味が解らないけど。それ、本当にやりたい? 全部走るわけじゃないとはいえ400km以上あるのよ?
「外泊届けの期間、おかしいと思ったんです……小旅行か何かかと思ってたのに……!」
「残念ですね。いいから準備運動をしなさい」
泣きながらストレッチを始める五人を見送る。それと同時に、うちの三人が諸々を終えて戻ってきた。
「マスター。走行準備完了。いつでも行けます」
「ふーっ……頑張れ、頑張れ私……絶対ついていくのよ……ッ」
「早く、早く行きましょう、待ちきれません、早く早く早くっ」
「……まずは落ち着いて、スズカ」
常識と非常識を比較して見せられた気分。足踏みをしながらその場で回転するスズカを抱き締めて止め、そのまま一緒に座り込む。
「何するんですか、走ります、走るんです、放して……っ」
「どうどう。みんなが終わってからね」
「……ッッ」
ウマ耳に触れて落ち着かせようとしたものの、ランニング禁止に爆発寸前のスズカは抑えきれない。親の仇みたいな目で、ごねて準備運動が遅れているメンバーを睨み付ける。こんなことで異次元の逃亡者みたいな眼力を発揮しないで?
「もうアップしましたよ? 着替えてますよ? 外ですよ? 走れないのはおかしいですよね?」
「苦情は私に言わないで?」
「じゃあ誰に言えって言うんですか……! うぅ……は、走りたいのぶぶぶぶぷぷぷ」
車の陰で周りの目も無いので、思う存分スズカを撫で回し、落ち着かない唇を指で弾く。もう少しの我慢よ、と語りかけるものの、ちらりと振り向いた時の顔が怖すぎる。
「ただでさえ、二人が途中までついてくるって言ってるんですよ? もう……頭がどうにかなりそうで……」
「すぐに振り切れるでしょ」
「一秒でも嫌です……」
「……舐めないで。そう簡単に振り切られてたまるものですか」
「マスター。出発しましょう。今すぐに」
二人がキレちゃった。
「二人とも、スズカを煽らないで……?」
「私に要求されるスタミナはスズカさんへのそれより上です。長距離ランニングにおいて不覚を取ることはできません」
「アタシはアンタにキレてるんだけど。すぐに振り切れるって何?」
「言葉の通りの意味かな……」
「ああ……何を言うか全部解ってるのに物凄くイライラしてきた……!」
確実に二人ともこっちを見ている。でもその、今さら言われても困る。私はスズカこそ最速最強だと思っているし、スカウトの時から定期的にそれを伝えてるはずだし。
というかたぶん今回ついていけるかどうかはレースの強さとか関係無いと思う。もっと別の何かでしょ。
「言っておくけどくれぐれも無茶はしないでね。本当に。これはメインはスズカがただ走りたいだけなんだからね」
「解ってるわよ。無理はしないけどついていくから……!」
「……そうかあ」
それが無茶って言ったら怒るか。黙って他の子達を待つことにする。
────
「では色々と話します。よく聞いてください」
全員集める。スズカだけは既に限界なのか最後尾でよそ見をしまくっているけど、元々注意事項なんかスズカ以外へのものなので放っておく。一人だけ出発しても本当は問題ない。
でもここにいてくれているのは、あくまでスズカの中にも後輩の気持ちを汲み取ろうという考えが少しくらい残っているからだろう。
「これから府中まで走って帰るわけですが、当然全て走るのは不可能です。ですので、全員道順は完全に指定します。加えて、いくつかチェックポイントは用意するから、そこで逐一ビデオ通話をしてもらいます」
ちらっちらっ。
「その他にも、もし途中で立ち止まってしまったらその時点で必ず連絡をすること。これはケガ防止のためなので誤魔化さないように。正午と午後四時の時点で全員回収するので、それまでにどこかのチェックポイントにはいてください。他に何か質問は?」
ちらっちらっ。
「……走らずに帰るのは」
「できません。他には?」
「途中で立ち止まった場合、連絡以外のタスクはありますか」
「連絡時に別途指示します。言い忘れたけどブルボンだけ人の多いところをチェックポイントにしたので、連絡は誰かに頼んでください。他には? ……無いようなので、それでは出発します」
ばっ。
勢いよく立ち上がるスズカ。全員、いつものトレセンのジャージではなく市販のウマ娘用ジャージなのでこの光景は新鮮だ。スズカはトレセンジャージしか着ないし。
ちなみにスズカだけは疲れるかお腹が減ったら回収なので他とは扱いが違う。スカーレットはともかくブルボンはそれでも良かったけど、ブルボンに曖昧な指示をすると限界までやるのでやめた。
「では、よーい。始め」
全員が走り出した。中でも飛び抜けて速いのがスズカ、そしてそれに続くブルボン、スカーレット。他は温存でもするつもりなのかかなりゆっくりなスタートダッシュになった。それでも人間より遥かに速いんだけど。
私も車に乗り込み、寝る準備を整える。あんまり早く脱落されると拾うのが面倒なので、同じようなところで止まっていてほしいなあ。あと願わくばここでエルナトを脱落してほしい。
一応あの五人も、そこそこ……スズカ達の水準からすれば歯牙にもかからないレベルだけど、「ああ、これは未勝利も無理だろうな」よりは成長している。だからといってかなり運が絡むとは思うけど。
ここで全員が脱落してくれると、スカーレットのデビュー戦があって、そこからエルナトの三人だけで夏合宿に行ける。トレーニングメニューをろくに立てない私は別に人数が増えてもブルボンが疎かになることはないが、それでも人数は少ない方がいいからね。
────
「はあ……最高……っ」
「良かったねえ……」
次の日の夜。私しか運転できない都合上、今夜は車を停めて車中泊とした。やはり人間夜に寝ないと調子が上がらない。スズカに合わせて普段は規則正しく生きているのでなおさらだ。
しかし、昼間の待機時間で寝ているのも事実。まだ陽が昇らないうちに目が覚めてしまいどうしようかと外に出たところ、車の屋根に座るスズカを見つけた。
「明日も走れるなんて信じられません……幸せ……」
「明日は東京に着くかなたぶん。夏は……まあ、ちょこちょこって感じで」
「む……どうして今走れてる私に走らなくなる話をするんですか? 拗ねますよ」
「拗ねてる拗ねてる」
ん、と手招きされ、私も登り。スズカは私を背もたれに座り、パジャマ姿で振り向いて私の顎を指で弾く。むむ、と唇を尖らせてはいるが、目が楽しそうだ。
ブルボンは初日こそそこそこ頑張れていたものの、二日目からはスズカが「昨日はついてきたから今日は良いでしょ」とばかりに吹っ飛ばして行ったのでかなり早期にリタイアしていた。つまるところ、今日のスズカは一日のほとんどをたった一人で走ることに費やしていたわけだ。
「一生走れたら良いのに……」
「……それはそうなんだけどねえ」
「夏、ブルボンさんが走っている間、私は別のところで走ってますね?」
「ダメだよ。スズカを一人にするとご飯も食べないでしょ」
「トレーナーさんが迎えに来れば良いじゃないですか」
「また人任せにして……そもそも言ったって止まらないでしょーっ」
「わぷわぷ」
内なる喜びに耐えられないのか、終始くすくすと笑うスズカの顔を叩く。ごつん、と頭突きで対抗するスズカ。その火力に私も後ろに倒れてしまい、お腹に手を回していたのもあってスズカも私の上に乗っかる。
「ちゃんと止まりますよ。トレーナーさんが言うなら。大事なことですから」
「スズカ……」
「それに、ただ走るだけじゃダメだって解りましたから。走った後、こうしてトレーナーさんと過ごす時間も大切です」
「……スズカ」
身を翻し、私に上から抱きつくスズカ。そんなスズカに、私も改めて手を回し、頭を抱えるようにして抱き締めた。
「良いこと言ったって今日スズカが晩御飯で帰ってこなかった事実は忘れないからね」
「……トレーナーさんっ」
「可愛く誤魔化してもダメ」
「ぇぅ」
へにょっては立ちを繰り返すスズカのウマ耳。私の胸元に顔を擦り付け、ばたばたと脚を動かす。
「この空気なら押せば何とかなると思ったのに……」
「星空の下ならもうちょっとマシだったかもね。私寝起きだし、もう夜が明けるわ」
「……今度は夜にやります」
「仮にそうなっても無駄よ。絶対流されないから」
「……ふんだ」
「いたたた」
ぎゅうぎゅうに力が強まる。ちょっと痛い。撫でても収まらないので我慢することにした。
「……言っておきますけど、明日はまだ好きにしますからね。自由に走りますし、夜はこうしてくれなきゃ嫌ですから」
「はいはい。家に帰ったらご飯も作るよ。それとも食べに行きたい?」
「……トレーナーさんのご飯が良いです」
「ん」
可愛いねえスズカは。びゅんびゅんの尻尾を見ながら、上ってくる朝日を眺めていた。
キャンピングカー(概念)は大人数が寝られるしウマ娘への炊き出しもできるし車の上でゆっくり過ごすこともできる。
トレーナーは中央のトレーナーなので大体のことができる。cf.重機運転、ウマ娘に走って追い付く