走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「準備は良い、スカーレット」
「当たり前でしょ。最高だっての」
ある日。今日はスカーレットのメイクデビュー。中山に来ていた。
「頑張ってくださいね。必ず勝てます。先頭で……うぅ、先頭……」
「もう少し取り繕えませんか……?」
「心から応援しています。先輩ですから。ご覧ください。特殊応援衣装です」
「恥ずかしいから絶対着ないでくださいね?」
先日。帰宅マラソンが終わったのにもかかわらず私の制止を振り切って走りに行ったスズカをどうしてやろうかと考えていたところに、体験加入の五人がやって来た。
抜けさせてください、と。それはそれは綺麗に揃って頭を下げてきた。私、どう思われているんだろう。そんなに怯えるならメールで良いよ、とは思ったけど、最後の最後で優しくしても仕方が無いので変わらない態度で接した。
思ったより粘ったなあ、なんてしみじみ噛み締めながら、餞別に全員に一言ずつアドバイスだけしておいた。バ場と距離の適正をそれとなく教えてあげただけだけど、ちゃんと従ってくれれば引退までに一回くらい勝てるかもしれない。
帰り際の涙、感激だと良いな。私から離れられた安堵とかだったらどうしよう。いや、感激してやっぱり継続しますとか言われても困るけど、ああ、やっぱりアドバイスなんかしなきゃ良かったかな。
そして、その日も全力スパルタをするつもりで来たブルボンとスカーレットが、今日一日最後にやっていったら、なんて追いかけようとするのをやんわり止めつつ。やってることがスズカと一緒なのよね。
それが三日前。その間ゆっくり休ませ、あんまり意味の無いレース理論の話や作戦会議をして、今日がやってきた。
今日から走れなくなり、ウマ耳をぴこぴことさせながら震えるスズカと、どこから調達したのかチア衣装を取り出すブルボン。スズカはともかくブルボンが掛かっている。
「しかし、これも責務だと」
「いや、本当にいいですから。本当に。本当ですよ?」
「三回言った際はその額面指示に逆らうのが様式美であると」
「ぜっっっったいやらせないでよ!? トレーナー! ちゃんと見ておいてよ!?」
昨日の夜もうちに泊まって、眠れませんとか言ってたしね。自分が走るより緊張している。結局今日も寝不足のまま来てしまった。そのうえ、既に私の家にパーティーの食材が運び込まれているのでその調理もするらしい。
「別に良いじゃない。可愛いわよ」
「ブルボン先輩にチアガールさせてデビュー戦とか悪目立ちするじゃない!」
「いえスカーレットさん。既にライスとフラワーさんにも衣装を渡しています」
「あら……」
「何してんですかバカァ!」
同期にめちゃくちゃするわねこの子。むしろなんで二人は引き受けてくれたの? 聖人か? いや、ニシノフラワーはブルボンに本当に良くしてくれているし、ライスシャワーも押しに弱そうだし、ギリギリ……まあ、それだけ仲良くしているということにしておくわね。
ブルボンの肩をぐわんぐわん揺らすスカーレット。当のブルボンはボケているのか真面目なのかよく解らない顔で、首の据わらない赤ちゃんみたいにくらんくらんしている。
「絶対やめてくださいね! 良いですか! 今すぐ連絡してください!」
「しかし、ライスシャワーから先ほど連絡がありまして、着替えが窓から飛んでいってしまったので帰りは車で送ってほしいと」
「ギャグ漫画みたいなミス……!」
────
ライスシャワーにはスズカが持っていた予備のトレセンジャージを渡すことにした。もしかしたら中山府中間なら走らせてもらえるかもと一縷の望みをかけて持ってきていたらしい。
化物クラシック世代のチアガール部隊も阻んだところで、ひとしきり言いたいことも無くなったのか、それとも怒涛のツッコミ役を休ませようということなのか、二人とも黙る。
「……大丈夫?」
「だ、大丈夫……あったまってきたわ」
「なんか今他の意味入ってなかった?」
どう見ても熱くなっているスカーレットだけど、その実尻尾はゆっくり揺れているだけだし、少し首筋に触れた時の脈拍も悪くない。ウマ耳も特に変化無し。リラックスできているようだ。
……今のやり取りでリラックスできるのは、染まっちゃったんじゃないかと心配になるけど。
「まあ良かった。落ち着いて走りなさいね」
「ええ。逃げで良いのよね?」
「うん。別に番手に構えても良いわよ。無理にハナを取る必要は無いかな」
「了解。とりあえず前めってことね。そっちのが性に合ってるわ」
スカーレットは逃げでも先行でも走れる。デビューもマイル戦にしてあるし、まあ負けることはないだろう。他の子はまだ見ていないけど、少なくとも名前は聞いたことないし。
パドックまで残り数分となり、呼び出しの放送もかかる。手持ち無沙汰に腕を伸ばしていたスカーレットが、それを聞いて、一息ついてから私に両手を伸ばした。
「ん」
「……ん?」
「……何、その顔は」
「いや……何してるのスカーレット。もう行った方が良いんじゃないの」
「……アンタね、まだボケてんの? それとも素?」
「まだって……さっき私はボケてないし、スズカもブルボンもあれが素よ」
「知ってる」
しばらくそのまま止まっていると、スカーレットが強く尻尾を揺らしウマ耳を絞ってしまった。
「ねえ、もしかしてわざとやってる?」
「何を……」
「あるでしょ? こう、ほら、ね? あるじゃない」
「何が」
「レース前よ!? スズカ先輩の時もブルボン先輩の時も! ほら!」
「え、ああ……やった方がいい?」
「トレーナーがやりたいんでしょ!」
「……うん、やりたいけど」
何も言わないことにした。ぎゅっとスカーレットを抱き締める。強めに力を入れて、背中をとんとんと叩く。スカーレットは背中には手を回さず、顎を置いた私の肩に添えた。
「勝てるわスカーレット。よく頑張ったわね。あなたがあの中で一番強いから安心して走りなさい」
「……ちょっと引っ掛かるけど、まあ良いわ」
痛い痛い。手に力入れないで。
「じゃあ、最後に言ってもらおうかしら。一番のウマ娘は誰?」
「……仕方無いわね。それはもちろん、ダイ」
ぐるり、とブルボンがこちらを向いた。
「ワ」
すっとスズカが私の後ろで背中に手を添えくっついてきた。
「……サイレンススズカです」
「……初めてウオッカの言ってることが解った気がするわ。これがダサいってことね」
「マスターは、ダサい……」
「ダサくても好きですよ」
「畳み掛けて来ないで?」
そもそもスズカが真後ろ、横からブルボンに圧をかけられてまでスカーレットの方が速いなんてこと言えるはずがない。ブルボンもこういうことするようになっちゃったかって感じ。悲しくはないが普通に怖い。
「先輩? 今は私の番なので、それくらい……ひゅっ」
「スカーレットさん……悲しいわ。そんなことを言うなんて……悲しいので今日は走って帰りますね」
「ダメ」
「ぶ、ブルボン先輩……?」
「はい。ミホノブルボンです」
何かした? という顔で見つめるブルボン。自覚が無い子の眼力じゃないのよ。
しばらく黙っていたスカーレット。時間も無くなったので頬を撫でて促すと、どん、と胸元を押して私から離れ、ドアノブを掴みながら振り返った。
「見てなさいよ」
スズカやブルボンにも匹敵する眼力。うちはこんな子ばっかりだ。
「絶対、アタシのデビュー戦が一番良かったって言わせてみせるんだから!」
物凄い勢いで扉が閉まる……と思いきや、外に人がいたのかゆっくりになる。猫なで声で「はーい、今行きます、遅れてすみませーん」という言葉が聞こえてきた。
「……ダメじゃない、後輩に圧かけちゃ」
「かけてません」
「かけていません」
「かけてんのよ」
でも、最後までスカーレットが緊張している様子は一切無かった。そういう意味ではこの会話も、意味がちゃんとあったのかもしれない。もしかして二人も狙っていたのかな、とスズカを撫でたが、何も解っていない顔をしていたのでデコピンもした。
────
「トレーナー! 見てた!? アタシが一番!」
「うん。素晴らしいレースだったと思うわ。おめでとう」
「感動が小さいんじゃない? もっと泣いて喜んでも良いのよ!」
「目薬あったかな」
「露骨に演技すんな!」
レースそのものは私の見立て通り、スカーレットの勝利で終わった。引き当てた内枠を活かして二番手に控えると、三コーナーでの先頭抜け出し争いに打ち勝って単独でハナへ、そのまま押し切り勝ち。
スズカやブルボンのように圧倒的なレースでこそ無いが、スカーレットの根性や負けん気がよく出た強いレースだったと思える。
「でも偉い。流石ねスカーレット」
「ふふんっ。ま、当然よね! アタシの才能と努力があれば!」
「それは本当にそうだと思うわ。いや本当に」
勝ち誇って鼻を鳴らし、私の目の前で腰に手を当ててふふん、と笑うスカーレット。事実、努力量は抜きん出ているし、適性まで含めた才能はスズカやブルボンより上だ。そう考えると負ける要素がない。
髪が崩れないよう撫でると、鼻が伸びてるんじゃないかってくらいにふんぞり返っていく。撫でにくいって。あと体操服破けるわよ。
「おめでとうございます、スカーレットさん」
「おめでとうございます。スカーレットさん」
「う、あ、ありがとうございます……」
スズカとブルボンも両脇からシンプルな称賛を送る。流石に二人に強くは出られないのか少し縮こまり、恥ずかしそうに鼻先を掻いた。
ブルボンが珍しく口角を少し上げ、ぱしぱしとスカーレットの肩を叩いている。かなり感情が昂っているのだろう。勝ったスカーレットより尻尾が揺れている。
「ティアラ路線を目指す場合、次は阪神ジュベナイルフィリーズでしょうか」
「え? あ、そうですね……そうなのよね?」
「うん。まあ何か重賞に出るなら他に出ても良いけど」
「んー……」
座ったスカーレットに飲み物を渡す。タオルで首元や背中を拭いてあげると、身を委ね手を上げてくれる。
「ま、それは任せるわ。もちろん、勝つためにプレオープン、なんて言ったらちょっと怒るけど」
「自信あるわね?」
「当然でしょ。アタシは一番になるのよ。ちゃんとしてないとみんなに失礼じゃない」
スズカ先輩みたいに、ということか、ちらりと見るスカーレット。うんうん。自信があるのは良いことだ。強ければ何でも許されるのではない。強く、それが当然だと思われると何でも許されるようになる。それこそスズカのように。
「だから、しっかりアタシが一番だと解ってもらえるレースを選びなさい。そこから阪神。良いわね?」
「了解。考えておくわ」
GⅢか、GⅡか、どちらに出ても問題なく勝てるだろう。一番を強調しすぎたせいでスズカに頬をつねられるスカーレットは、それでもとても嬉しそうにしていた。
スカーレットもデビューしたしまたステータスまとめを作ろうとしたけど、二回目はダサいのでやめました。
でも投稿した後で、一回目を消してやれば実質一回目なんじゃないかとも思いました。