走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「……んぐ」
朝目覚めると、目の前にスズカがいた。お互い決まった時間に目が覚めるタイプだけあって、昨日の夜は結構倒れるように寝た気がするんだけど、スズカはまだすやすやと眠っていた。
「……さて」
おはようと言いたいところだけど起こしてしまうかもしれないので、顔にかかった髪を払うくらいにして、朝食の準備をするべくベッドから降りる、と。
ブルボンとスカーレットが二人で布団を敷いて寝ていた。そして、スカーレットは目を覚ましてスマホを弄っている。何してるの、二人とも。
「おはよう、トレーナー」
「おはよう……なんで布団? 一緒に寝たら良いじゃない」
「いや……色々あるのよ。それよりご飯の準備をするの? 手伝うけど」
「ありがと。身支度整えてきても良いわよ」
「ん」
一度別れ、準備中にスカーレットが戻ってきた。能力が高いからか私が解りやすいからか、何を作るか把握して勝手に手を出してくれる。というか、ともすれば私より手際が良い。
「手伝ってくれてありがとうね」
「お礼なんて言われることしてないわよ。当たり前でしょ」
「そういうところが偉いのよ」
「……撫でないでよ? 料理中の手で」
「何。撫でて欲しかった?」
「はっ倒すわ。料理中の手で」
二人で協力して朝食を……主にウマ娘三人の食事を調えていく。私の朝食なんかパン一枚でも良いんだけど、私がそれで三人にちゃんと作ると怒られそうなのでちゃんと作る。三人に適当なものを出すことはできないし。
調理をしながら、スカーレットに昨日のことを聞いてみた。私は帰ってきて、気疲れしていたのでお風呂に入ってすぐに寝た覚えしかないけど。
「その後、スズカ先輩とブルボン先輩の間で戦いがあったのよ」
「揉めるようなタイプ? 二人って」
「真面目な話をしに行ったのにブルボン先輩を抱き締めたでしょ」
「……ウマ娘ってすごーい」
知ってたけど、匂いというのは恐ろしい。でも、スズカがそんなことで争いを起こすとは思えないけど。
「『これでマスターの一番により近付きました』ってスズカ先輩にドヤ顔かましたのよ」
「うわあ見たかったわあそれ。ブルボン渾身のドヤ顔」
「トレーナーのドヤ顔よりムカつかなかったわ」
「どうして突然私を刺したの?」
にしても。今となってはブルボンは結構表情豊かに見えるけど、人に何かを誇るタイプじゃないのでドヤ顔はそうそうしない。マジで見たかった。
そして、何故そういう方向でスズカを煽ってしまうのか。
「しばらくどっちが隣に寝るかで睨めっこした後、スズカ先輩がブルボン先輩を布団の上に座らせて」
「うん」
「シャットダウンって言って崩れ落ちたわ」
「ふふふ……何してるの二人とも……」
言い争いの最中でもそれで寝ちゃうんだ、ブルボンって。誘拐とかされ放題じゃない? 流石に相手は選ぶだろうけど。
「でまあ、私とブルボン先輩で布団で寝たのよ」
「なるほどねえ……食器出してスカーレット」
「ん。えっと……これ……とこれと……」
だとしても、ブルボンと一緒に寝ること自体はもう何とも思わないんだ。そう言ってやろうと思ったけどやめた。自覚無く言ってるならわざわざ指摘することもない。
一通り準備を終えた頃、スズカとブルボンも起きてきた。
「おはようございます……トレーナーさん……」
「おはようスズカ」
「おはようございます、マスター。本日も健康状態は良好、回復も十分です」
「おはようブルボン。それは何よりね」
「おはようございます、先輩方」
ブルボンは家具を壊されると困るのでそのまま食卓へ、スズカは配膳のため台所へ。盛り付けながら、ブルボンとの争いに勝利したスズカの額を弾く。
「へぅ」
「聞いたわよスズカ。ブルボンをいじめたでしょ」
「……? 何のことですか?」
「ブルボンを寝かし付けたでしょ」
「……ああ。でもあれはブルボンさんが悪いんですよ。変なこと言うから。トレーナーさんから一番好かれてるのは私とか言うんですもん」
「いえ、そこまで言っていませんが」
またこの子は適当に話を聞いてる。
「ブルボンを強制シャットダウンしたら危ないでしょ。記憶とか飛んだらどうするの」
「言ってることがパソコンの注意書きなのよね」
「飛んでませんよ。ね?」
「……ここはどこでしょう、私は誰ですか。管理者データを入力してくださささささささささ」
「飛んでる飛んでる。フリーズもしてます」
「ふふふ……」
今日もブルボンのロボジョークはスズカに刺さっていた。結構スカーレットも笑ってるし、良い感じなんじゃない、ブルボン。ウケてるウケてる。
────
「あー……よし、じゃあ出発するわよ」
「大丈夫ですか? 顔色が悪いですけど」
「二日連続で真面目な話をしたからね」
ブルボンの夢のため、ブルボンを潰すかもしれない(意訳)を理事長……は怖いのでたづなさんに伝え、逃げるようにトレセンを後にした。合宿場所への前乗りである。既に夏休みに入っているので、三人と宿泊先の許可さえあればいつから始めても文句は言われない。
今年もしっかり三人で、周りに坂道と砂浜が揃った場所を確保してある。少人数チームなので予約が通りやすくて良い。部屋を四人一部屋にできるというのも大きい。トレーナーは男性が多いし、大人数になってくると個室じゃなきゃ眠れない子や事情のある子も増えてくるし。
今年はいよいよスズカにはほとんどトレーニングをさせないということもあり、スズカは助手席で少しご機嫌斜めになっている。それでも取り立てて文句を言ってこないあたり、ブルボンのためというのは理解しているようだけど。
「青い空、白い雲……砂浜……走る……」
「ダメよ」
「やだぁ……この天気で走らないなんて人生の九割九分九厘を損してます」
「ウェイトが大きすぎるんですよ」
「そもそも今日は向こう着く頃には日が暮れるわよ」
「夜道……」
「流石だなあ」
いつもの通り走れれば何でも良いらしいスズカが、シートベルトを握り締めて外を眺め、こつんこつんと額を窓にぶつける。放っておくと車を降りて走っていくとか言い出す子だけど、流石に高速で構ってあげるのはちょっと危ないので後輩達に任せることにする。
「スズカさん。夜道は危険です」
「ブルボンさんは走れるから良いじゃないですか……」
「確かに毎日走れますが」
「あーっ」
「どうして今事実で殴るようなことをしたんですか?」
「ブルボンさんが……ブルボンさんがいじめる……」
「いじめていません。しかし私は走れます。スズカさんは走れません」
「もしかして夜のこと根に持ってます?」
まあ、抑えられそうね。できなくても車を止めなければ良いだけなんだけど。というかどうせ降りたって、流石に高速を走るのはウマ娘にも無理だし……いや、サービスエリアだと降りられる……のかな。それはそれで法律とかに触れそうだけど。
「落ち着いてスズカ。なにか甘いものでも飲む? はちみー?」
「はしりー……」
「珍しい名前の飲み物ね、スズカ?」
「スズカさん、管楽器において舌を扱う奏法のことは何といいますか?」
「タンギング……」
「絵画などで用いられる、刺激的な桃色は?」
「ジョギングピンク……」
「先輩実は余裕あるでしょ」
「無いです……」
無い人は無いとは言わない。今日のスズカはとても理性的だ。後輩思いというのは良いことね。もちろん、行き過ぎてストレスにならないように私が色々してあげないといけないけど。
────
「うわ……合宿ってどこもこんな感じなの?」
「そうね。何ならここはかなり少ない方よ。そういうところを選んでるし」
「へえ……やっぱり中央って凄いのね」
まあね。
私達は揃って前乗りしているが、もちろん私達だけではない。何なら、これは一部だけだけど、授業期間を休んでいるウマ娘もいる。もちろんそういう子達はちゃんとテストやら手続きやら行ってからやってる少数派だけど。
それに、受け入れる側やトレーナー達は当日会ってはい終わり、では済まない。トレーニングができるかどうかのチェックや整備も必要だし、大規模チームであれば食事や設備についての打ち合わせもしなければならない。
よって、既に結構な人数が砂浜で忙しく動いていた。距離を測ったり砂の質を確かめたり、一部のトレーナーは先んじて自分が走っている。そんな先輩達を横に、毎年来ている小さめの旅館に到着した。
「こんにちは。お世話になっております」
「どうもトレーナーさん。今年もありがとうございます」
「いえいえ」
三人が荷物を下ろすなか、ちゃんと挨拶。旅館の女将さんが顔を覚えてくれている。目立ちますもんね、ウマ娘。事前打ち合わせの量も半端じゃないし、今年は結構無茶なことも言っちゃったし。
というかこの旅館、相変わらず私達しかウマ娘がいない。穴場か何かなんだろうか。特に不備や不便があるわけでもないけど……窓から海が見えないからかな?
いくつか確認も終えて、部屋に通される。残念ながら荷物は全て三人に持ってもらっているのが情けないような、当たり前のような。部屋は去年と同じくらいの大部屋。布団を敷いて寝るタイプの和室。何なら到着時間が時間だから既に敷いてある。お世話になります。
「さて……じゃあ今日はゆっくりしようか。トレーニングは明後日から」
「明日からではないのですか?」
「明日は一応三人にも道とか距離を確認してもらいたいから……午後は軽く走るかも」
「はし……!?」
「うんうん」
飛び付いてきたスズカを受け止め、頭を撫でる。良いの? 走って良いの? という顔でウマ耳と尻尾をぶんぶんにしているスズカが可愛い。それに、まあこの夏はそこまでちゃんと縛らなくても良いだろう。
普段は禁止しているといっても寮生活をすれば私の目を盗むことができるが、合宿中は本当に私を振り切るしか方法が無くなる。それは普通に可哀想だ。
「良いよ。ちょっとだけ走っても」
「やたっ」
燃えるんじゃないかって勢いで私の身体におでこを擦り付けるスズカ。そのまま私を押し倒すみたいに這い上がってきて、にっこにこで私の手を両手で揉む。
「トレーナーさんもたまには話が解りますね。この天気で走らないのは損ですよ損」
「二キロね」
「は?」
「あら怖いたたたたた折れる折れちゃう折れちゃう!」
ほんの冗談で言っただけなのに、私の手を開いて指の一本一本をさらに開こうとするスズカ。痛い痛い。
「もちろん好きに走って良いんですよね?」
「痛、待ってスズカ、ダメダメダメ、折れる折れる」
「というかもう我慢できません。今すぐ走りに行きます。良いですよね?」
「解った、解ったから放して、指が、指が変な方向に曲がる曲がる!」
「トレーナーさん大好きですっ」
「もー……」
本気で折るわけがないと思いつつ、弱い私は屈してしまった。完全に私を押し倒してぱしんぱしんと胸を叩くスズカ。癪に障るので、スズカの頭を抱えてそのまま胸元で抱き締めた。
「むぎゅ」
「晩御飯までに帰ってこなかったらお仕置きをします。これをブルボンにやらせます」
私? と、スカーレットをトランプ……スピードでボコボコにしつつこちらを向き直るブルボン。余所見をしながらも圧倒している。アナログゲーム最強まであるわねこの子。
「日付が変わるまでに帰ってこなかったらスカーレットにやらせるから」
「私!? ちょっと、静かに! 今集中してるから!」
「誰まで息ができるか見物ね」
「私の身体を何だと思って……ああああ! もう一回! 先輩!」
「構いませんが」
ぷは、と顔を出すスズカ。
「つまりスカーレットさんに抱き締められれば日付が変わるまで走っても良いってことですよね?」
「……そうきたか」
そうくると思ってたけど。
「夜道には気を付けるのよ。街灯も少ないんだから」
「もちろんです。ふふふっ」
今日もスズカが可愛い。トレーニングが始まったらそうそうこういうこともできなくなるし、今日明日はうんと甘やかしてあげないと。スズカのためにも、私のためにも。