走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「……うあ」
「おはようございます、トレーナーさん」
「……おはよう、スズカ」
夏合宿三日目。今日からブルボンの地獄の毎日が始まる。ブルボン本人は地獄とは感じていないかもしれないけど、私からすれば狂気にも等しいことをやらなければならない。
一昨日は普通に、昨日も下見をしているうちに我慢できなくなって走ったスズカは非常にご満悦で早起きをして、とても丁寧に尻尾のケアをしていた。
「今日も良い天気ですよ。だから」
「走るのはもう終わりよ」
「あぅ……」
まだかなり早いので、寝癖だらけのスズカの髪をとかす。尻尾より先にこっちをやりなよね。ブルボンとスカーレットはまあ流石に寝てるか。軽くとはいえ昨日はトレーニングしたしね。
いつも通りブルボンは寝相が信じられないほど良く、薄い掛け布団でじっと眠っている。一声かければ起きるだろう。そして、スカーレットは……
「……スカーレットはどうしてこんなに暑いのにシーツに布団にくるまってるの?」
「ああ、それなら」
スズカがブルボンの枕元を指差した。そこに、雑に畳まれたスカーレットの私服がある。
「昨日の夜、二人で賭けスピードをやっていまして」
「なんてことしてるの」
「お金は不味いからって服を賭けたら、スカーレットさんが全敗しちゃって」
「ええ……」
何してるのこの子達。じゃあ何、スカーレット今全裸なの? だからシーツにくるまってるの? 剥かれる前に引けば良いのに……いや、性格上降りれなかったか。
心なしかウマ耳がしょんぼりしてるのはそういうことなのね。まあ、相手が悪かったということで納得して欲しい。
「面白かったですよ。手も足も出てなかったです」
「ブルボンと処理能力で戦ってもね。スズカはやらなかったの?」
「私はそこまで得意じゃなくて……審判でした」
「そういうの遅そうだからね」
「今遅……いたたたた」
「こらこら」
こっちは髪を弄っているのだ。遅いという言葉に反応して振り向いた結果、髪が引っ張られて失敗したスズカ。いぁ……とか細い悲鳴をあげながら、手入れが終わったらしい尻尾で鞭のように叩いてくる。
「変なこと言わないでください。痛いじゃないですか」
「スズカの手先が遅いのは事実じゃない」
「また言った……! トレーナーさんが私のこと遅いって言ったぁ……!」
「いたた」
後頭部でぶつかってくるスズカ。機嫌良く脚をぱたぱたさせて、むむむ、と頬を膨らませる。
「まあ、脚じゃないので許してあげます」
「脚だったら許してくれないの?」
「私が世界一だと言うまで走りますから」
「あら怖い」
はいはい速い速い、とウマ耳を撫でると、適当に言ってますね、とちょっと怒る。一通り髪が整うまで私の胸は打撃を食らったけど、終わると立ち上がって、飲み物を持ってまた戻ってくる。
「飲みますか?」
「ちょっと貰うわ」
私の布団の上で並んで座り、まだ眠る二人を眺める。スズカが持ってきてくれた飲み物を貰いつつ。
「今日からブルボンさん、トレーニング、本気でやるんですよね」
「そうねえ……」
「大丈夫ですか? 途中で諦めたりしません?」
「大丈夫よ。ちゃんと私も本気だから」
「そうですか……じゃあ私も本気で走らないといけませんね」
「……ん? え、何言ってんの。スズカは関係無いでしょ」
「……誤魔化せませんでした?」
私に寄りかかって、ふふ、と笑うスズカ。その気はないが頬をつまむ。抵抗して腕を掴まれた。
「誤魔化せるわけないでしょ」
「……でも、私とトレーナーさんが二人で落ち込んじゃったら大変ですよ。どっちかは楽しい方がいいです」
「……それは一理あるかも」
「なら」
「でもダメ」
「えー」
矛盾してますよ、と自分の頬と手で私の手を挟むスズカ。むにむにして柔らかい。優しく微笑むスズカが今日も可愛い。なんかこう、今日から頑張ろうと思える。
トレーニング中はあまり構ってあげられないということで、夏はちょこちょこ走らせてあげるつもりだ。スズカ本人に言ったら調子に乗るから言わないけど。
────
「じゃあやるわよ。まずはブルボン、これ。全部着けて」
「はい」
「これって……」
全員が起きて、朝食をとって少し経ち。既にカンカン照りの太陽の下、ついにチームエルナトの全力を見せる時が来た。
ライスシャワーのチームは超大規模チームだったので、合宿そのものをチームとしてはやっていない。あり得るのは、ライスシャワーが個人的に来るのみだ。しかし、私の感知能力では彼女のストーカーの距離は気付けないし、それに気付けるブルボンはそんなものに割く余裕がない。
「これは重り。毎日トレーニング中は着けておきなね」
来ているか来ていないか解らない……が、もはやそんなものはどうでも良い。来ていたとして、絶対についてこられないレベルのことをする。私とブルボンならできる。ライスシャワーまで貫通して、これ以上やったら死ぬと思わせるような。
……それに、坂路でスピードとスタミナが上がるのはブルボンの特異体質だ。完全コピーされてもブルボンの方が成長できる。
手首足首のアンクルと、重り付きのジャケット。暑くないようにビブスっぽいのを改造して作っておいた。呼吸制限のマスクは様子を見ながら。
全て着けるとかなりの重さになるが、そこはやはりミホノブルボン、平然と立っている。真似をしたいだろうし、スカーレットにも全体的に軽いものを渡しておいた。
「まずはそのまま……そうね、ここをちょうど二分で。タイムは守れなくても構わないから、いつもと同じフォームで走ることを強く意識して。まずはそこからよ。矯正ができてからメインのトレーニングに入るからそのつもりで」
「承知しました。オペレーション:『フォーム矯正』を直ちに実行します」
「よろしい。ちょっとうるさいけど我慢してね。スカーレットも指示は同じよ。負荷の分、必ずブルボンより早く修正しなさい」
「おっけー。見てなさい」
二人がスタート位置についたのを確認してから、レンタルしたバイクに跨がる。ハンドルに横向きのカメラを固定して……待って、運転しづらいなこれ。普通の二輪は教習所以来かも。スクーターばっかりだもんな。
並んで走って撮影をして確認。スズカだとできないことがブルボンならできる。いってらっしゃい、と小さく手を振るスズカに手を振って返して、普段よりかなりゆっくりなペースで走り出す。
「ぐっ……走りづら……!」
ものの三歩でスカーレットが気付いてしまったようだ。そう、体に重りを着けるのに賛否というか、諸説あるのはこういうところなのだ。普通、重りを着けて走るとその重みを何とかしようとしてフォームがそれ専用に変化する。これは無意識のものだ。その状態で鍛えたところで効率が良くない。よって、重りを着けるといっても手首に軽めのものを着けるとか、そのレベルしかできない。そう、普通なら。
「ふっ……ふっ……ふっ……」
だがブルボンは普通ではない。フォームの変化は、身体がより楽な方を選び、よほど意識しないとそれに抗えないから起こること。ブルボンの意志の強さと負荷への抵抗力なら、その辺を押し切って普通に走るのも不可能ではない。
後ろを追うスカーレットがかなり崩れ気味に前に進むのに対して、ブルボンは普段と比べ呼吸こそ荒いが走り方が変化しているようには見えない。いつも通りどっしりと落ち着いた、精密機械の走り方をしている。
これだけしっかり走れる上に、故障にも強いブルボンだ。効率だけを追い求めるなら、重りを着けない理由が無いまである。二人に並びながら撮影を続け、くるりと一周して元の場所に戻る。臨時マネージャースズカが飲み物とタオルを渡してくれた。
「お疲れさま。どうでした?」
「体力低下が……普段の約1.3……いえ、1.4倍はあります。集中力も必要です」
「大丈夫、すぐに慣れるわ。スカーレットさんも」
「もちろん……! どんな感じか解ったわ、トレーナー。次はいける!」
「ん。じゃあ一応今の映像見とこうか」
今撮ったものと、以前から撮ってあったものを比較して見せる。私、撮るの下手くそだな。もし来年スカーレットに同じことをしなきゃいけなかったら今度はプロに頼もう。何とか比較できるものではあるけど、質が良いとは言えない。
その場で手の振り方から脚の出し方、重心まで事細かに確かめてもう一本。ブルボンはまだ僅かにずれている。スカーレットは……元が悪かったとはいえ修正幅が大きい。やっぱり天才だ。
「もうちょっとやろうか。ここはこだわるわよ」
「はぁ……はぁ……ふー……はい。さらに修正します」
「こうして……こう……よし……うん、行くわよ。次で決める!」
ちなみにずっと羨ましそうに尻尾を振って見ているスズカは少しでも重りを着けるだけでもめちゃくちゃ嫌がる。走ることについては間違いなく特異で天才だがそれ以上に、スズカは自由を求めるウマ娘なのだ。
────
「よし。いい感じね。それを明日からも忘れないでね。また録画するのも面倒だし時間も体力も使うし」
「了解しました」
「はぁっ、はあっ……で……つ、次は……!?」
「次は……うん、ブルボンは坂路。スカーレットは砂浜に出て走り込みね。ルートは良いわね、ブルボン」
「はい」
フォーム矯正もとりあえず今日は終了ということで、昼の部、メイントレーニング。かなりスカーレットは消耗しちゃっているけど、予定に変更無し。スタート位置を浜辺の道に設定して、二人纏めて見える位置まで歩く。
「スタートして戻ってくるまで五分。坂はこことここだけど、ブルボンには関係無いわよね。一定のペースで除算して走りなさい」
「はい。計算も既に完了しています。周回数の設定もお願いします」
「とりあえず三とするけど、一回ごとに休憩を認めるわ。脱水で倒れるのはくだらないし」
たったこれだけでも多少なりとも回復するのはウマ娘の凄いところだと思う。もちろん騒ぐほどのことじゃないし、相当疲れているのは間違いないけど……ひゅっ!?
「な、なにスズカ!」
首筋に冷たいものが。ちらほらだが他に人もいるのにすっとんきょうな声を出してしまった。位置的にどう考えてもスズカなので咄嗟に振り払うことはせず、飛び退くだけに留める。
「トレーナーさんも飲まないと倒れちゃいますよ」
……そういや喉渇いたな。
「……ん。ありがとうスズカ。助かるわ」
「ポイント一ですよ、トレーナーさん」
「……それがなければ完璧なんだけどねえ」
走っていない時はお手伝い、というのはスズカにとって、お手伝いの分だけ走る、かのように聞こえてしまったようだ。それが良いならそうしようかな。走りたくて健気にお手伝いをするスズカも可愛いし。