走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「マスター」
「うん……?」
「私より消耗しないでください」
「ごめんて……」
ある日。いつも通りブルボン達に厳しくトレーニングをして、ブルボンのお世話を終えたところで、私は部屋で倒れていた。
「ひ弱……」
「やめて、言い返せないのが普通に辛い……」
シンプルに暑さでやられた。夏は暑い。意味が解らない。ブルボンにせよスカーレットにせよ、動いていてもウマ娘はそう簡単に潰れたりしないが、人間である私は温度変化が辛い。
言うても私の目は体調不良でも性能が低下しないことが解っているし、やるべきことはスズカも代行できるから問題はない。それに、やると決めた以上ブルボンの追込は死んでも続行する。
「運動足りてないんじゃない? もうちょっと普段から動いた方が良いわよ」
「ぐうの音も出ないわ」
「じゃあ私とランニングしましょう。健康ですよ健康」
「開始五秒でスズカに置いていかれて各自ランニングになるじゃない」
「五秒もかかりませんけど……?」
「いたたたたたた」
「そこじゃなさすぎません?」
完全に夏バテしてしまった私は現在、スズカがまっすぐ伸ばした脚を枕に横になっている。アイスキャンディを買ってあるんだけど、そんなもの食べる気にならないくらい怠い。部屋を涼しくして寝ていることしかできない。
「私はトレーナーさんの健康を気にしているんですよ?」
「絶対違うじゃん。じゃあ私の隣で走ってくれるの?」
「ランニングは誰かに合わせるとかじゃなくて、自分のペースでやるものです」
「正論突き付けてくるの、結構腹立ちますね」
スズカは頭が悪いときと普通のときがあるからね。元々アホではないから……まあ賢いわけでもないけど。こと走ることに関しては絶対に賢くはない。
「そもそもそういうことならスズカと一緒である必要がないじゃない」
「トレーナーさんが倒れたら運んであげますよ」
「流石にいらないですよ」
「……なるほどなあ」
「嘘でしょ?」
でもそれは大事かもしれないなあ。実際今走ったら絶対倒れるもん。前に走った時も普通に倒れたし。十五分とかが限度の若者もヤバいなあとは思いつつ、じゃあこれから健康的に鍛えるかと言われると。
「夜中こっそり起きて筋トレするよりダイエットにも良いですよ」
「そういうこと言うのやめて?」
「どうせ三日に一回とかしかやらないんですから」
「マジでやめて」
ズバズバ刺される。なんで? スズカは今日は走ったし、この間二人でお出かけもしてご機嫌だと思ったのに。私の何が悪かったのか言ってみて、直すかもしれないから。
「走ったってアレですか? ブルボンさんの後ろで走るやつ。あれは走ったって言いません」
今日のブルボンはたまには趣向を変えて……というか精神的にも鍛えておきたいので、スズカに後ろからひたすら追わせるということをしてみた。正確には、本気で追い抜こうとするスズカから可能な限り逃げ続けるというもの。
それはそれは物凄い威圧感で走ったスズカは、ブルボンをかからせ超ハイペースで追いかけた末にブルボンを追い抜いて三十分くらい走った。水分補給しに来たのを捕まえたけど、これが無かったら日が暮れるまで走っていたかもしれない。
「行動としては走ってるでしょ」
「走ってません。一人で走る時以外走っているとは認めません」
「アンケートとる? ここで」
「良いですよ。トレーナーさんはウマ娘の本質が解っていません。ウマ娘は走らなければいけないんです。気持ち良く走って、大好きな人と一緒に寝る。これがウマ娘の幸せです」
抜かしよる。ここはエルナトなんだからね。トレセンのあなたの友達や後輩なら情でスズカの味方を……してくれないか。してくれるわけないわね。大体私の味方よね、たぶん。
「走った方が良いと思う人ー」
「……ひっ」
「えっ」
スカーレットが弾かれたみたいに手を挙げた。ウマ耳が完全にへたれている。というか一応喋ってるのは私なのに私の方を見ていない。むしろ私の上の、スズカを見ている。
異次元の逃亡者モードになった目付きの鋭いサイレンススズカを。
「嘘でしょスカーレット」
「い、いや今……挙げないと殺されるような気がして……」
「何後輩に凄んでるのーっ」
「す、凄んでません。普通に見ただけです」
「この目は何だこの目はーっ」
「んあう」
下から頬を挟み、ぐっと頭を下げさせる。体柔らか。脚を伸ばしているのに頭が私にくっついている。全然痛くなさそうだし、やっぱこの子凄いわ。
「スズカは目が怖いんだから気を付けないとダメでしょうが」
「え……それは普通に傷付きました……ちょっと外の空気を吸ってきます……」
「何走ろうとしてるの?」
「いたたたたたトレーナーさん痛いです痛いです閉脚でこの角度はダメです」
頭から手を放す。わー、と気の抜けた声を出しながら、反動で後ろに倒れていった。私もそれなりに回復してきたので、再度補水液を飲んでスズカに跨がる。
んむんむ蠢くスズカの動きを止め、頭だけ後ろから抱いて引き上げる。腿に乗せて尖った目尻を指でほぐし、ふにゃふにゃになったところで唇をふるふると弾く。
「うぶぶぶぶぶ」
「そういえばブルボンは挙げなかったんだ。頑張ったわね」
「余力がありません」
「ああ……」
「もちろん、私の精神が成長した可能性もあります。プレッシャーを無視することは私にとって最重要事項ですので」
それはそう。誇らしそうで何より。
「スカーレットも早くビビらないようになれると良いわね」
「ビビってないけど」
「流石に無理があるでしょ」
「ビビってない!」
心なしかブルボンがスカーレットに対してもしたり顔になっている。こういうところは結構勝ち誇るわねこの子。身体的には妥協や油断をしない気性もあってこういうことはしないけど、根性とか度胸とかになると途端に自己顕示に走るから。
「とりあえずスカーレットの投票は無効ね。脅迫よ脅迫」
「そんな……話が違います」
「後輩を脅迫するのを前提に話をしてたんですか……?」
「まったくもう」
擦り上がって私を背もたれにするスズカ。尻尾を腕に巻き付けてきてくすぐったいし暑い。ここまで密着するとクーラーとか関係無いわね。
でも今日はもう走る気は無いということは解った。スズカは尻尾の手入れに命を懸けるからね。私に任せる時もちゃんとやらないと普通に不機嫌になるし、自分でやると湯冷めするまでやるから。
走るために尻尾を大事にしているということは、尻尾を乱すようなことをしたらその日は走らないということ。それはそれとして、許可を出したらその瞬間走るだろうけど。
「明日はお手伝いしないですよ?」
「毎日やろうなんて思ってないわ。四、五日に一回で良いのよ」
「なんでですか? 毎日やってください。十バ身くらい離せば我慢しますから」
「離し過ぎて練習になってないじゃん」
むちゃくちゃ言うスズカの、腕に巻き付いた尻尾の先っちょを弄る。ここには神経がないのでスズカも何とも反応しないけど、こっちはこっちで動物の尻尾みたいで触っていて気持ちがいい。
「……ところでさ、いつも軽くやってるけどさ、それ、トレセンではやんないでね」
「ん?」
「それ」
しばらくして、思い出したかのように尻尾の巻き付いた私の腕を指差すスカーレット。私何かした? スズカの尻尾と戯れるくらいいつものことというか、今さら驚くことじゃないでしょ。
「最近さ、トレセンでドラマが流行ってんのよ。LOVEだっちって言うんだけど」
「……知らないわね」
「スズカ先輩は?」
「……? 知らないですけど」
「……まあ、そうね、そうか。知らないですよねスズカ先輩は」
「私今バカにされました……?」
こっち見ないで。私も同じ感想だから。流行りのドラマなんか知らないでしょ。風景の画になった瞬間走りたくなるんだから。何回あなたと映画行って、やっぱ無理ってなったと思ってるの。
「でね。そこでまあ……登場したわけよ。尻尾ハグが」
「何それ」
「だから、それ」
それって……尻尾を腕に絡めてるだけだけど、私また何かやっちゃった?
「結構こう……過激というか。自分のトレーナーと先輩が日常的にやってるとか……なんか、バレたら恥ずかしいじゃない」
「そうだったの? トレーナーの勉強中は習わなかったけど」
「習わなくても何となく解るでしょ。尻尾よ?」
「私の中のウマ娘はスズカだから」
スズカが気にしていないことは気にしない。意味が無いから。でも確かに、スズカに尻尾のケアを任せられたのも結構後からだったような気もする。髪と同じようなものでしょと思ってたけど。
しかしどうやら違ったようで、どういう行為なのか力説してくるスカーレット。どうやら正確には尻尾と尻尾でするのが尻尾ハグで、場合によっては色恋にも通ずるようなちょっと進んだ行為らしい。
「可愛いわねえ」
「なんか腹立つわね」
「だって……ねえ。つまりキスとかハグぐらいってことでしょ? そんな騒ぐことじゃないじゃない」
「……彼氏もいないのに経験豊富ぶるのやめなさいよ。みっともないから」
「なんだ? 戦争か?」
いないんじゃないから。作らないだけだから。やめてよ。今時恋人がいないとか何とかで煽る方が恥ずかしいんだからね。そもそも今いないだけでいたことないわけじゃないし。
というかトレセンはウマ娘に脳を焼かれた人ばっかりで、そういう色恋とか無いし。何なら担当とトレーナーの方がまだ希望あるくらいなんだから。そっちで卒業後結婚したとかはたまに専属で聞くけど、トレーナーとトレーナーはマジで無い。
「子供は黙ってなさいよ……」
「声震えてるわよ」
「私にはスズカがいるからいいのよ!」
「はいはい。いますよー」
「スズカぁ……スカーレットがいじめる……自分もする相手いないくせに……」
「はっ倒すわ。今必ずここで」
スカーレットが枕を片手に襲いかかってくる。こっちはスズカと仲良くやってるのに。二対一よ。勝てるわけないでしょ……と思っていると、スズカが守ってくれなかったので引き剥がされ、転がされて上に乗られた。
「このっ」
「や、やめてスカーレット、事件よ事件」
「同意の上よ!」
「私の同意は……?」
そのまま枕越しに殴られる。別に痛くないし重くもないけど、首もとに枕があると息がしにくい。しばらくされるがままになっていたところ、スズカが近寄ってきて流石に助けてくれた。そのままスカーレットの隣に座り、少し笑って肩に手を置く。
「私とする?」
「えっ、い、いやその、それはほら、なんかこう、いやいや……」
あら可愛い。途端に赤くなっちゃった。というかスカーレットがこんなになるようなものがトレセンで流行ってるの? 風紀とか大丈夫?
「やりましょうか」
「あっ先輩やめて、あっあっあっ」
スズカとスカーレットの尻尾が器用にくるくると絡んでいく。脚をぱたぱたさせて抵抗していたスカーレットだったけど、二周するころには歯向かうのをやめてされるがままに転がっていた。スカーレットの耳元で、スズカが何かを囁く。
「あんまりトレーナーさんに変なことを言っちゃダメよ。トレーナーさん、すぐ真に受けちゃうんだから」
「わか、わかりました、わかったから……!」
何を言っているかは聞こえないけど微笑ましく二人を眺めていると、側でブルボンがまっすぐにこちらを見ていることに気が付いた。
「どしたのブルボン」
「……いえ」
こちらに背を向けるように寝返りを打つブルボン。這っていった私の腕に、ブルボンの尻尾が巻き付いた。
「したかったの?」
「欲求ではありません。必須行動です」
「そうなの……?」
よく解らないけど、ブルボンが言ってるならじゃあ必要だったのかな、と思ってしまう。もう片手で頭を撫でると、ぴこぴこと素早くウマ耳が動いた。可愛い。でもほら、あんまり可愛いことをされると私の普段の行いの罪悪感が凄いからさ、ほどほどにしてね。
「拒否します」
「なんで……?」
「理由を開示する必要性を感じません」
「そうなの……」
疲れているから口数は少ない。でも、寝たまま横目にこちらを見るブルボンは楽しそうだったからそれ以上は何も言わないことにした。
新しく投稿したやつは別にパラレルとかじゃないしそんな頻繁に更新しないのでこっちがエタることはないです。