走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「……マスター」
「ん?」
「先日……マスター達が祭りに赴いた日、ライスをここに呼びました」
「え……来たの?」
「来ました」
八月も半ばのある日。旅館のお風呂に入るべくブルボンを担いで、脱衣所で脱がせていたところ、ブルボンが真面目な顔で……いや表情は元から薄いけど、それにしても真面目な顔で言ってきた。
見て良いらしいのでスマホの履歴を見ると、確かにライスシャワーに連絡している。ところでどうして登録名が「薔薇」なの。
「バクシンオーさんが、『クラスに馴染むにはあだ名が必要です!』と言ったので、薔薇です」
「ブルボンは何なの」
「ロボです」
「サクラバクシンオーは?」
「委員長です」
「……そうなの」
委員長はともかく薔薇とロボはいじめられるでしょ。まあサクラバクシンオーのことだから悪気なんか絶対に無いんだろうけど。周りからの評判が悪ければ、こんな風に話してはこないだろうし。
「で、ライスシャワーがどうしたの」
「というか来てるんですね、ライスシャワーさんも」
「怖いですねえ……」
みんなで来ているので、スズカとスカーレットもいる。今日はそこそこ走ったのでスズカもご機嫌だ。スカーレットはいつも通り、ブルボンの裏で相当消耗している。それでも普通にしているあたり、丈夫になったわねこの子も。
それにしてもライスシャワーか。本当に、名前だけで怖い。なんだかんだスズカは圧倒的な実力があったし、目下恐ろしいグラスワンダーは眼が移ろっていて火力が落ちている。フクキタルまで行くともはや怖いとかそういう次元ではなくなってくる。あれには勝てない。
だから、ブルボンを担当しつつ迎え撃つライスシャワーが結局一番怖い。実はダービーのあれが爆発力の限界で、あれ以上の出力は無い、なんてオチにならないだろうか。
「執念が凄いわねあの子も」
「はい。そして、菊花賞についての対話を行いました」
会話と来たなら、特にメリットや目的を考えないお喋り。対話なら、それらがある何か。そもそも、わざわざブルボンが呼び出してまで話す時点でそこそこ理由はありそうだけど。
「それがどうかしたの?」
「私一人では結論が出ませんでした。マスターにも聞いていただきたいです」
「聞かせて良いの?」
「特に口止めはされていません」
そりゃしないでしょ……とは思ったけどあんまり追及はしないでおく。聞いちゃダメそうなら私が黙ってれば良いんだし、スズカやスカーレットもそんなことはしないだろうし。
ブルボンに聞くところによると、ブルボンはライスと近況報告がしたかったらしい。あと、私やスズカとエアグルーヴ達の会話を見て、ああいう風に宣戦布告するのも体験してみたかったと。
そして呼び出して、必ず菊花賞に勝つと話したところ、ライスが身動きの取れないブルボンを見て泣き出したらしい。
「そこまでしなくて良いと言われました。ライスは私に勝ちたいけれど、菊花賞でなくても良いからと。私が壊れる前に、菊花賞は辞退すると言われました」
「そうかあ……」
三人がかりでブルボンを脱がせて、どうもかなり落ち込んでいるらしいブルボンを抱き上げる。一人でも持てるけど、二人が手伝ってくれるとやっぱり軽いわね。
「ライスが菊花賞に出なければ、私がここまでする必要も無くなる、とのことです」
「なんか……悲しいですね……そんなの」
個人的には、勝ちたいレースに強敵が出てこなければ勝ちの目が上がるから万々歳だと思う。話を聞いているのにきょとんとしているスズカは私と同じ、歯噛みするスカーレットはそうではないのだろう。
ウマ娘は走るために生まれてきた種族だ。全員が全員と言うつもりはないけど、十分に走る能力があるのなら誰だってレースで勝ちたいと思っている。現実的にレースに出るだけでも上澄み中の上澄み、勝つなんて夢のまた夢だから普通に生きるウマ娘もいるわけで。
そんな種族だからこそ、スポーツマンシップの塊でもある。一流のレースウマ娘となれば、こと走ることについては卑怯なことはしない。ウマ娘レースが始まった当初は行われていた薬物検査なんかも、今ではほとんど行われていない。ウマ娘はそんなことをしないからだ。
「本当に出走しないのでしょうか、ライスシャワーは」
しかし一方で、だからこそ、明らかに自分の障壁となる存在をも受け入れてしまう。蹴落とすのではなく、正面から戦って打ち勝つという思考になるのだ。
繰り返すが、私のように意識の低いトレーナーや、とにかく一人で走れていればいいスズカのような異端児は違う。勝てるならライバルなんかいない方が良いし、先頭で走るためならレースの優先度が下がる。
「ブルボンはどうなの」
「……私の目標は三冠制覇です。そしてその障壁として挙げられるのがライスシャワーです。彼女が自ずから降りるのであれば、それを止める理由はありません」
「そりゃそうね。じゃあ悩む必要は無いじゃない」
毎日のように洗っていたので、そろそろ髪質だけでブルボンとスズカの区別がつくようになってきたかもしれない。ブルボンのはスズカよりさらさらしている。スズカはどちらかというと纏まった感じを好むけど、ブルボンは無頓着で素の髪質が出てきているのかな。
「じゃあ回避してくれってお願いしないとね。これで三冠確実じゃない」
私に洗われてじっと座るブルボンが可愛いので、ちょっと意地悪を言ってみた。すぐにブルボンのウマ耳がへたれて、尻尾が鞭みたいに私を叩いた。濡れてると流石にめちゃくちゃ痛いけど、何とか声を出さずに耐える。
「マスター」
「何?」
「どうするのが正解の行動でしょうか」
「今まで私がそんなことを教えたことがあった? 私はね、厳しくしてあげることしかできないのよ」
「……ですがぶぶばぶ」
そうなの。余計なことを言いそうだったので頭から流して黙らせる。
「ブルボンが走りたいようにすれば良いのよ。決定権はブルボンにあるんだから」
「ぅあ」
椅子と膝で横に寝かせて泡を流していく。顔や身体に引っ掛かったシャンプーも洗い、ブルボンはこっちをじっと見上げていた。
「では、ライスに菊花賞を回避してもらうのが正解でしょうか。いえ、そうしない理由がありません」
「それで良いなら良いんじゃない。私ならそうしてると思うわ。せっかくだから宣言してみたら。ライスには菊花賞に出ないで欲しいって」
「ライスには……菊花賞に」
いー、の口で固まるブルボン。私がコンディショナーを終えるまでそのままだった。パソコンがフリーズしたときはしばらく放置するのが良いって聞いたことあるから。
「……出ないで、……」
「どうしたのブルボン」
「マスター……発声機能にエラーが生じました。宣言を完遂できません」
「スズカと同じじゃない」
「スズカさんと……」
ボディソープを手に馴染ませて、同時に身体全体にも直接かける。身体は軽いマッサージもかねて手で洗うのが良い。十分に泡立てながら、絞るように四肢を擦る。こうして手で触れると、本当に強い子だということが解る。しばらく眠っただけで消耗が回復するし、毎日無理に食べているのにお腹も膨らんだ様子がない。ウマ娘基準でも信じられない消化吸収といえる。
「できない、やりたくないことは言えないのよ」
「私のことを何だと思ってるんですか?」
「じゃあ言ってみてよ、走りたくありませんって」
「走りたく……あり……あ……ぅ……」
「ええ……? 本当に言えないじゃないですか」
「スカーレットも一番になりたくないとは言えないでしょ」
「舐めてんの? 言うだけなら簡単よ」
スカーレットがいち、いち……と呟くオモチャになってしまったのでこれも放っておいて、ブルボン。いまだにいーの口で止まっている。スズカの走りたい欲求とか、スカーレットの一番へのこだわりとか……そういう人生を懸けたようなことはなかなか嘘でも否定できないのよ。素直だったり直情的ならなおさら。
少し前までならブルボンだって、三冠を諦める、なんてことは言えなかった。でも現状、ライスの菊花賞を認めるということはそのリスクを背負うと言っているも同じ。指先だけ泡を落として口の形を戻す。
「これも成長よブルボン」
「しかし、これはマスターやお父さんへの背信行為です。三冠のために全てを捧げると約束しました。あらゆる手段を講じるべきです」
「前にもこんな話をしたかもしれないけどね、ブルボン。勝つだけなら簡単よ。トレセンで集団食中毒でも起こせば勝てるわ」
「……うわあ、最低……」
「やらないけどね? やらないよ? その目はやめよ? 傷付くから」
全身を泡泡にして少し待つ。顔と髪だけ泡から出ているブルボンが見ていて面白いので。
「でもブルボンはライスに菊花賞を走って欲しいんでしょ。それはたぶん、ブルボンが学んでるのよ」
「学んでいる……」
「誇りとか、そういうものをよ」
朝日杯で無理だと言われた壁を越え、ダービーでそれを上回る歓声を浴びた。喜ぶとかそういうもの以前に、ブルボンが気付いてしまったのだ。元々強者がいないならともかく、いるのにそれを排除したところでそこに誇りは無い。強いウマ娘特有の誠実さをブルボンが持ってしまった。
「ライスに勝ってこそって思うんでしょ、今となってはさ。三冠は勝つことそのものよりも、世代で文句を言わせない最強であることが大切なのだと」
「うぶぶぶぶぶ」
今さら何を? とか思われたくないし、普通にこんなに真面目に話すのは恥ずかしいので、返事を待たずに全身を押し流す。そのまま洗い場から浴槽まで連れていき、適当にお湯に落としておく。すぐに仰向けに浮き上がってきた。
先に入っていた二人が泳ぐように寄ってくる。うわおっぱいでっか。
「乱暴ね」
「大丈夫大丈夫。ほら浮いてるじゃない」
「肝心の顔が浮いてないけど」
「あらあら」
頭を支えてブルボンボートを作り、冷えないように水面から出た部分にお湯をかけ続ける。なんかいけないような気がしてきたのでタオルを乗せておいた。三人でぱしゃぱしゃやりながら、スカーレットに笑いかける。
「ところでスカーレット、ウオッカはティアラからダービーなのよね?」
「え? ええ、そうだけど」
「せっかくだし年末も朝日杯に行くように言ってくれない? そうすれば二人ともジュニアGⅠウマ娘になれあ待ってそのゴミを見るような目はやめて本当に傷付いちゃうから」
「……サイテー」
「違うの……ブルボンとの会話があってのものなの……!」
ほらブルボンを見て。なるほどって顔してるから。もののたとえじゃない。スカーレットもウオッカと勝負することにこだわりがあるって言いたかったの。まあスカーレットの場合はどう足掻いてもウオッカに直接勝たないと一番になれないからかもしれないけどさ。
「こういうことよブルボン。解った?」
「……スカーレットさんは特殊な例だと思います」
「ブルボン先輩!?」
浮かんだままのブルボンがそのまま笑って、スカーレットから逃げるように器用に沈んでいった。床を掴んで私の隣に来ると上体を起こし、まっすぐ私を見上げる。
「ライスには菊花賞に出走するように言っておきます」
「それが良いんじゃない」
「はい」
「もうお話は終わりましたか?」
真面目な話は終わり、黙っていたスズカが反対側につく。ほう、と既にのぼせてそうな息を吐いて、私の肩に頭を乗っけた。
「ん。終わったわよ。スズカには解らない話が」
「失礼ですね。ちょっとくらいは解りますよ」
「ちょっとなんだ……」
何かを思い出すべく目を伏せたスズカ。うわっ美人。びっくりした。やっぱ顔が良いのよねスズカは。お風呂につかって上気しているのもとても良い。
「エアグルーヴとかスペちゃんとか、話は聞いていますから」
「刺さってないくせに」
「トレーナーさんのせいじゃないですか?」
「私が何したってのよ」
「私が一番速いって言ってくれているからです」
「……そうかあ」
私が言わなくてもスズカの自信は揺るがないとは思うけど。でもそういうことならそういうことにしておこう。擦りついてくるスズカとブルボンを撫でつつ、でも実際菊花賞は回避してくれないかなあ、なんて考えていた。