走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
京都新聞杯がやって来た。ブルボンにとっては依然無敗チャレンジ中、そして三冠への前哨戦である。
「ん、よし。問題無いわね」
「はい。心身ともに良好。良い結果をお見せできます」
「頼もしいわね」
GⅡなので体操服のブルボン。最近も変わらずかなり厳しくトレーニングをしているけど、それを感じさせないほど状態は良い。
調子は上がり続けている。それは私の目が無くても解る。逆に心配になるくらい素晴らしい。筋肉の張り、肌艶、毛先に至るまで誰が見ても「このウマ娘が負けるわけなくね?」と思うことだろう。それを示すかのように投票券も圧倒的一番人気だ。
「いい、ブルボン。今日はあくまで前哨戦だけど」
「もちろん理解しています。ここで負けるなら、3000mでライスには勝てない」
「そうよ。心して走りなさい、ブルボン」
それに、ただの観客には解らないだろうけど、目付きがダービーまでとは明らかに違う。勝ちを確信してそれを実現するために走るのと、負けを意識してそれを打ち破るために走るのはやはり気持ちの入り方が違う。もちろん、ブルボンはその差がかなり小さい方だとは思うし、これについては私も結構悪いところがあるけど。
「とはいえ、気負ったところでブルボンがやることは一緒だからね。自分を信じて走りなさい。あなたはずっと世代最強のウマ娘よ」
「……はい」
「大丈夫、信じてるからね」
私がブルボンを脅かした。それ以上に、ブルボンは自分の考えをもってライスシャワーに怯えている。怯えているというには闘志が強すぎるので、ライバル視していると言うべきか。
ライスシャワーを見ておきたいけど、その頃にはブルボンもパドックにいるはずで何も伝えられない。ちらほらいた他の出走ウマ娘については問題なくブルボンの方が強いことを確認した。ダービーは世代最強の証、何を間違えてもブルボンが負けることはない。
「ライスシャワーのことはレース中は忘れなさい。自分が一番と思って走ること。できるわブルボン。あんなに頑張ったんだもの」
「はい」
「よし。行っておいで。明日の一面はブルボンで決まりよ。三冠確実って書かせてやりましょう」
「はい。ご命令通りに、マスター」
不思議なくらいブルボンの言葉尻はしっかりしていて、冷静で強い意志を感じる。いくら気負ってもそのエネルギーをすべて正確さに回せるからブルボンは強い。最後に見送りでぎゅっと抱き締めて、いつも通りの速さの鼓動を感じてから、私はブルボンの背中を押した。
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子細省略。記録者、ミホノブルボン。本日、京都新聞杯。
マスターとの会話、接触による心拍数の安定を確認。控え室よりパドックへ向かいます。マスターの言葉を、何度も繰り返して再生します。
『自分を信じて走りなさい』
『あなたはずっと世代最強のウマ娘よ』
「世代、最強」
マスターの表情、声色から嘘は感じ取れませんでした。世代と言うからには、そこには当然にライスシャワーも含まれるべきです。
マスターの特別な能力について、スズカさんと話したことがあります。あまりにも能力値や体力への理解度が高過ぎると。スズカさんは言いました。そうだと思うけど、隠しているみたいだから言及はしないで欲しい、と。
「……私が、最強のウマ娘?」
マスターが言うのですから、私が最強であることに疑いはありません。スズカさんが最速であることも、間違いなく。
しかし、そのスズカさんや私をもってしてなお怯える、爆発力と呼ぶ力の存在。特定条件で実力以上の力を発揮する力。それを、私のライバルたるライスシャワーが保有しているといいます。
「……ライス」
パドックへの道のりの途中、私の前をライスが歩いているのを発見しました。私との対話の影響か、それとも別の要因でしょうか、ライスの菊花賞へのモチベーションは非常に高い水準のようです。
「……ライス?」
しかし、その前哨戦であるこのレースにおいて、前を歩く彼女の姿には、時々感じる脚が止まるような威圧感がありません。どこか震え、ふらついています。私は彼女に駆け寄り、その肩を叩きました。
「ライス、大丈夫ですか」
「……ブルボンさん……」
「体調が、優れませんか」
ライスにとっての優先順位を、私は決める立場にありません。ですが、もしライスの体に異変があるのなら、このレースを捨ててでも菊花賞を走って欲しいと感じます。小さく感じられる彼女の体を支えて、壁際に引きずり込みます。
掴んだ腕、俯く頬、体操服から出た二の脚、すべてライスの本来の身体からすれば著しく仕上がりに欠けています。調整失敗か、そもそも、このレースに向けて調整をするつもりが無いかのように、痩けています。
「怪我ですか、病気ですか、体調不良ですか」
「……ううん……大丈夫……ライスは大丈夫だよ……」
「そうは見えません」
「どこも辛くないし、痛くない……ただちょっと、疲れちゃってるだけ……」
はあ、とライスが息を吐きます。少し肌寒いからでしょうか、吐息が白く見えた、気がしました。
そして、彼女はこちらを見上げます。私に壁に押し付けられる格好で、顔で二割、目線で八割私の方を向いた、ライスシャワーの目……が。
「ライスは大丈夫……菊花賞には間に合わせるから……ブルボンさんと良い勝負ができるように、頑張るから」
そこに、冷徹で強い意志を見ました。がれた身体と消え入りそうな声からは想像もつかないほどの確固たる決意に、背筋が凍ります。
「約束だもん……ライス、必ずブルボンさんに並べるように強くなるから……菊花賞は、ライスが勝ってみせるから……だからごめんね、今日はライス、ブルボンさんには勝てないかもしれない……」
「な……ん……」
「でも走るよ。絶対に走る。今日もブルボンさんを追いかけるから」
言葉が出てきません。その雰囲気と細腕に押され、ライスは私の腕を抜けていきました。マスターに、彼女の怪我について今からでも問うべきでしょうか。しかし、それは……それは?
問うべきです。菊花賞で共に走るためにも、ここでライスに怪我をされては困ります。止めるべきです、が。
「……ライス」
ライスシャワーも、同じ思考に至ったのかもしれません。私も、故障を覚悟で夏を過ごしました。すべてのエネルギーをトレーニング関連に注ぎました。それは、すべてを懸けてでも菊花賞に勝つためです。
彼女もそれを承知で、決着を菊花賞に決めた。ならば……私も、ライスを止めてはならないのかもしれません。もし逆の立場であれば。私が挑戦者で、ライスシャワーが王者だったならば、きっと私は同じことをするからです。
「そうですか」
体内から、謎のエネルギーの増大を感知。障壁は無くなりました。ライスをおいて私は負けない。マスターがそう言ったからです。油断や慢心ではなく、私はそれを事実として走る義務があります。
マスターは私に可能な限りの強化を施す。私はマスターを疑うことなく、その命に忠実に従う。私が諦めない限り強化は行われます。それが契約であり、私はマスターを信じていたい。
「良い勝負をしましょう、ライス」
そして、負けられない理由が新しくできました。菊花賞で、無敗でライスを待ち受ける。息をついて、歩き出します。ふらつくライスを追い抜いて、私はターフへ出ていきました。
そして、私は京都新聞杯を勝利し。
ライスシャワーは、六着に沈みました。
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「明日はどうしようか。お祝いだし何でも言って?」
「みんなで走りませんか?」
「私はブルボンに言ったんだけど」
「私もブルボンさんに言ったんです」
その夜。無事に京都新聞杯を勝ったブルボンは、そんなことをしている場合ではありません、と泊まって観光して帰るプランを拒否した。
別に私はどっちでも良いし、スズカもスカーレットも文句は言わない。新幹線に揺られながら、駅弁の箱を積み上げるブルボン。うとうとしているスカーレット、私に凭れてウマッターをやっているスズカ。
「走りましょう」
「本当ですか? 流石です。解ってるわね。走った後は走るのが一番よ。そうよね」
「いえ、そうではありません」
スズカに反抗するのがマイブームになってきたイヤイヤ期のブルボンがバッサリいった。はぇ……と私に倒れてくるスズカを撫でる。
「冗談なのに……」
「本気にしか聞こえないのよ」
「むむ……じゃあ本気で走ります」
「……考えておくわね」
奇跡的に我慢が続いているし、そろそろ走らせても良いかもね。天皇賞ももうすぐだし、それに向けて長期禁止に入るわけだし。
「で、ブルボンはトレーニングよね」
「はい。休まず続行しましょう」
「もちろん私は良いけど」
やはり菊花賞でのライスシャワーを警戒し続けている。今日の彼女は明らかに調整不足ではあった。これは私の目で見えるとかどうとかってレベルではない。トレーナーどころか一般人から見ても、明らかに体重が落ちすぎていた。
ダービーの彼女は素晴らしかった。自己プロデュース力があるのだろう。もし彼女に専属トレーナーがいても、きっと身体を鍛えるよりメンタルケアが主になるはずだ。
「ライスシャワーと話したの?」
「はい。良い勝負をすると約束しました」
「約束したの」
「黙示ですが」
黙示での約束って何だろう。目と目で語ったとかかな。ウマ娘は時々以心伝心するから解らない。運命的な繋がりとかもかなり多くが実感するらしいし、三女神様のお告げを聞いたとかも。オカルトの塊だ。
「ライスは必ず私に並び、私に勝つと言いました。彼女の実力なら、本日のレースもあのような結果にはならなかったはずです」
「それは……そうね、そうかも」
常日頃ブルボンの方が強いと言ってはいるが、結局ライスシャワーにしろマチカネタンホイザにしろ別に弱いわけじゃない。飛び抜けているとは言わないが、そう簡単に着外にはならない。
特にライスシャワーは長距離の方が得意でダービー二着まで来ている。今回の結果は流石に実力ではないと言わざるを得ない。
「菊花賞ではライスは必ず来ます。私はそれを倒さなければなりません」
「必ず来るの?」
「来ます。確信しました」
いつにもまして強く断言するブルボン。まっすぐこちらを見つめる目には、変わらず決意が漲っている。日に日に闘志が果てしないことになっているような気がする。
「おべんと付いてるわよ」
「む」
口元のご飯粒を掬いとって食べさせる。尖った雰囲気が霧散した。この切り替えができるうちは大丈夫ね。戻ってこられなくなったらまたやり方を考えないといけないけど、まあ今のところは。
「トレーナーさん、窓際、窓際に行っても良いですか」
「ダメ。走りたくなるでしょ」
「そんな……」
戻ってこられなくなった前例もあるし。責任取らなきゃいけないから、こういうのは増えたら困るものね。