走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「やああぁぁあぁあああっ!!!!!」
『ライスシャワー行った! ライスシャワー二番手! そのまま先頭に迫る! ミホノブルボンこれは出遅れた! 第三コーナーを回りミホノブルボン三番手! しかしここから! ここからが勝負です!』
思考エラー。現状把握は困難。
ですが、ライスシャワーが私の前にいることだけ理解できます。
残存体力はギリギリ、マスターに指示された限界のスパートポイントで一気に加速しますが、それでもタイミングの差は大きく、現在三番手から二番手、最終コーナー。
「っ……!!」
私に可能な加速は十全にされています。ここまでラップ誤差は許容範囲内、いえ、ベストです。
つまり、ここが私の果て。スペック上許されたすべてがこの速さ。
『速い速いライスシャワー! ミホノブルボン追い縋るがまだ三バ身ある! 頑張れ! 頑張れミホノブルボン!』
いまだ叫びながら先頭をひた走るライスシャワー。私は既にトップスピードに乗っています。スピードは私の方が上であるはず。スタミナの差は可能な限り埋めたはず。それでも追い付けない。黒い勝負服に近付けない。
「ぐ……っ」
決して私が遅いのではありません。後ろからマチカネタンホイザさんが追ってきていますがまだ距離があります。ここは逃げ切れます。しかし、ライスシャワーを追い抜かなければ一着にはなれない。三冠ウマ娘になれない。
「ああぁぁああぁああ!!!」
負けたくない。負けられない。無意味だと解っていても絶叫が喉を刺します。これ以上スピードが出せない。勝てない。ハイペースなレース展開も、残存体力、スパート位置ともに私のベストであるはずなのに。
──負ける。私が。ミホノブルボンが。
ああ、ライス。
認めざるを得ないようです。あなたは私より強かった。私の予測より、マスターの予測より遥かに強かった。
あなたに勝つために全てを投げ打って、全てを捧げてもなお届かない。詰められてかわされるよりももっと単純な敗北。私では再現不可能な並外れた早仕掛け。
生まれもっての才能もあるのでしょう。私はスプリンターで、あなたはステイヤーだった。しかしそれ以上に、私の努力ではあなたに勝つには足りなかった。
意識を失うまで走っても、鍛える以外何も考えずに過ごしても、それでもなおあなたに勝てない。
それがきっとあなたの努力の証なのでしょう。私がそうであるように、あなたは確かに全力で応えてくれた。心優しいあなたを焚き付けて、約束で縛ってこの場に立たせて、それでもあなたは来てくれた。
ライス。私の負けです。次にやる時はさらに鍛えてからやりましょう。今の私ではあなたには勝てない。私とマスターの敗北です。私のスペックでは、あなたの力を越えることはできなかった。
まだまだ、私は長距離では勝てないようです。
だが
このレースだけは絶対に譲れません。これは私と、私のお父さんと、マスターと、ここまでミホノブルボンを作ってきた全員の夢です。
私の生はこの勝利のためにあります。後のことは知ったことではありません。ただこのレースに勝つために十年を懸けました。ウマ娘として許されない言葉でも断言できます。このレースに勝つためなら、これから全てあなたに負けても良い。
負けられない。
そして、ここまで強くなってきてくれたあなたに応えるためにも。
マスターが勝てると言ったのです。私に言ってくれたのですから、私は勝てねばなりません。マスターの言葉を実現する義務が私にはあります。マスターが言ったのだから勝てないはずがありません。
それが私達のあり方であり、唯一絶対の行動原理です。
勝てるのなら折れても良い。死んでも良い。そう言ったことは嘘ではありません。なにがなんでもここで負けてはいけないと魂が叫んでいます。
見せましょう、ライス。全てを懸けてレースに勝つとはどういうことか。ここまで私を追い詰めたあなたに敬意を表して──やりたくはなかったのですが。
(──目標速度、削除)
ただがむしゃらに鍛えている以上に、私は成長しています。あなたの力を読み違えた私達のように、ライス、きっとあなたもこれを見ればびっくりしますよ。
(──目標地点、ゴール0m)
私は、たくさんのことを学んでいます。このチームで、そしてあなたに。
(──既定残存体力削除。新たに残存体力をゼロに設定)
一つ、気持ちで絶対に負けてはいけないということ。勝てる勝てない以上に、一番にこだわり、そのために全力を賭すこと。
(──全出力解放。リミッター解除)
一つ、私よりも、
(──新規目標速度を∞に設定。加速開始)
一つ、絶対的な速さのイメージ。絶対に先頭に立ち、決して追い付けない無敵の概念そのもの。速さは私のメモリに刻まれています。それを再現するだけ。私ならそれが可能──少なくとも、ほんの少しの間だけなら。
(ッ……!)
全身に軋むような痛みが走ります。精神と、身体が、これ以上出力を上げてはならないと訴えています。私が動物の身体を持つ以上避けられない、生存本能のダメージコントロール。
一歩ずつ破滅に向かっていく予感。芝を踏みしめる度に身体がバラバラになりそうな感覚。刺すような心臓の痛みと白んでいく意識を繋ぎ止めて、すべての息を吐き切って強く歯を食い縛ります。
(
ライス、恐らくあなたもこれができてしまうのかもしれません。いえ、きっとできるのでしょう。私程度のトレーニングでできたのですから、あなたならきっとできる。
しかし、今は私だけの力。死んでもあなたに勝つ。
(最後の
ここからですライス。文字通りの、私の『全力』を、すべての力をぶつけます。
(──G00 1st.F∞)
思考、中断。
────
『これは強いライスシャワー、圧勝……いや! 来ている! なんと来ている! 背後からミホノブルボン! 後ろから再びミホノブルボン追い上げてきている!』
「……っ!?」
耳を疑いました。ライスがおかしくなってしまったのかと思いました。だけど、そうではありません。後ろから圧倒的な足音が聞こえます。これは。この足音は。
──ブルボンさん!?
『残り200を切った! いまだ先頭ライスシャワーだがミホノブルボン来ている! 三冠を取りに栗毛の超特急が突っ込んできた! 半バ身も無い! これはどうだ! 三番手マチカネタンホイザまだ後ろ! これはマッチレースになった!』
「くぅっ……やああぁぁあぁぁああ!!!」
追い付かれてはいけない。並ばれてはいけない。並んで根性の勝負に持ち込んではいけない。その一心で必死に前に出ます。後ろから少しずつ、隣まで、視界に入るまで、ブルボンさんが上がってきています。
そんなはずはありません。私が抜いた時点で、あそこからこんなにブルボンさんが持ち直してくるはずがない。後ろから逃げウマのブルボンさんが抜いてくるなんてはずがないのに。
「────ッ」
ブルボンさんがいる。隣に。声も出さず息もせず並んできている。どうして。いや、そんなことを考えている場合じゃない、とにかく逃げないと。追い付かれる。並ばれている。このまま末脚勝負に持ち込んでも──
──そんなことを考えなければいけない状況ではないはずなのに。とっくに抜き去って、ここから逆転なんてあり得ないのに。
「ああああぁぁぁあぁぁ!!!」
めちゃくちゃに叫んで前に、ブルボンさんが横に、真横に、少し前に、真横に、少し後ろに、そのままもう少し、もう少しだけ速く──ッ!
『ライスシャワー粘る! ライスシャワー粘る! 並んでいる並んでいる! 抜かさせない! 離されない! ぴったり並んだ! 信じられません! ミホノブルボンまだ並んでいる!』
離せない! かわせない! ブルボンさんが振り切れない──ッ! 嫌だッ! ライスが勝つんだ! ブルボンさんと並ぶために! 勝ちたいッ! 勝ちたい勝ちたい勝ちたいッ!!!
「うわあぁああぁぁああ!!!!!」
『譲らない譲らない! ライスシャワー譲らない! いまだ先頭並んでミホノブルボン、ライスシャワー! 三冠なるか! 三冠なるのか! 完全に並んでいる! 追い付いている! ミホノブルボンあと少し!』
叫ぶライスと、何も言わないブルボンさん。肩がぶつかる距離で、ゆっくりとゴールに向かっていく。あと、十メートル。
『並んで今ゴールイン! 粘りましたライスシャワー、追い付きましたミホノブルボン! これは写真判定でしょう! 三冠の行方は写真判定です! 投票券は確定までお持ちください!』
ゴール……したの? 結果は写真判定……じゃあ、ライスはブルボンさんを振り切れなかった……あの状態から捲られたんだ。最終コーナーで完全に前をとっていたのに。
……でも、良い勝負だったのかも。ブルボンさんも私も全力で、素敵な勝負ができた。どっちが勝っていても良い。大事なのはそういうのじゃないから。
ブルボンさんとこの喜びを分かち合わなきゃ。きっとブルボンさんも喜んでくれる。こういうときライバルのウマ娘は握手して、ハグして、二人で手を振ったりして……ライスがもし勝っていたらみんながっかりするかもしれないけど、できたら二人で歓声を浴びよう。
「ブルボンさ──」
そう思って、ゆっくり走りながらブルボンさんの方を見て心臓が止まりそうになりました。
同時にゴールしたはずのブルボンさんは隣にはいなくて。ゴールのすぐ近くで、全身を震わせて倒れそうになっていました。
「ブルボンさんっ!」
咄嗟に駆け出して、顔から倒れるブルボンさんを滑り込んで支えます。完全に力が抜けていて、何なら息も……っ!
「ブルボンさん!? ブルボンさん!」
どうしたら良いのか解らずただ背中を叩きます。ブルボンさんが死んでしまう。誰か、誰かの助けを……ダメ、みんな疲れて動けないし、スタンドからは……だめ、長距離レースで倒れるくらいよくあるし、近くじゃないと深刻さが伝わらない……! ら、ライスが、ライスが何とかしなきゃ。ブルボンさんを助けなきゃ。どうしよう。心臓マッサージ? でも心臓は動いてるし……人工呼吸? そうだ、人工呼吸!
「ブルボンさん……ごめんっ」
みんな動けないんだからライスがやらなきゃ。ライスがブルボンさんを助けるんだ。大丈夫。やり方は習ったもん。怖がらなければライスにだってできるはず。呼吸を整えて、ちゃんとした息にして……
「……ライス?」
「ひゃあぁぁっ!?」
始まる寸前にブルボンさんが目を覚ましました。喋るのと一緒に息もしています。た、助かった……? ブルボンさんが生き返った……!
「……近いです、ライス。掲示板が見えません」
「あ、え、うんごめん、あのその、ぶ、ブルボンさんが倒れちゃったから、大丈夫かなって、だからその、邪魔したかったとかじゃ」
「……確かに倒れています……申し訳ありません。平衡感覚にエラーが発生しているようです」
物凄く小さな声だけど、いつものブルボンさんだ。でも倒れちゃったのは事実だし、お医者さんのところ……まずはトレーナーさんのところ? とにかくライスが運んだ方が良いのかな。救急車は芝には……もう一つレースも残ってるし……
「結果は……勝敗はどうなりましたか、ライス」
「え、あ……しゃ、写真判定……」
「……そうですか」
「とりあえずブルボンさん、病院行こう! ライスが運んであげるね!」
「問題ありません……極度の疲労と身体的なダメージが深刻なだけです」
「問題大有りじゃん!」
し、身体的なダメージ……怪我? でもどこにも傷は……まさか骨、腱とか……だったらはやく、早くブルボンさんを連れていかなきゃ、早く……!
「ライス……恐らくすぐに、マスターが泣きながら走ってきますので……私は疲労による強制スリープに入ると伝えてください……」
「う、うん! 伝えるよ! だから病院に」
「それと……目が覚めたら、一緒にマスターに謝ってください……」
「それはなんで……?」
ライスの脚の上で、ブルボンさんは目を閉じたまま途切れ途切れに話します。掠れた声で、まだ不規則な呼吸と一緒に。
「ライスに勝つために……ここまでしてしまいました……ライスのせいでこうなったのですから……一緒に……マスターはきっと怒ります、から……」
つっかえつっかえだけど、少しずつ、言葉がゆっくりになっていって、あんまり痛みとかは無さそうで、冗談……ううん、ライスとの勝負のために頑張ってくれたことは嘘じゃないけど、話し方からそこまで深刻な状態ではないことは解ります。
……でも、もちろんブルボンさんの自己分析が壊れてしまっている可能性もあるし、でもとにかく、ブルボンさんがここまで言ってくれたんだから、ライスも何か言わなきゃ……!
「素晴らしい勝負でした……ライス。結果として、あなたに勝てていても、負けていても……お互い死力を尽くした結果ですから」
「……うん。ありがとうブルボンさん。とっても良い勝──」
『いやブルボンの勝ちで良いって……』
「──負……」
『三冠がかかってるんだからさ……判定とか……』
「……っ、だったね……!」
スタンドから、誰かの声が聞こえた気がしました。
怒ってはいけない。解っていたことだから。みんなブルボンさんの三冠を見に来てる。無敗で三冠ウマ娘になるんだもん。当たり前。ライスが怒ることじゃない。
ライスとブルボンさんの勝負だから。他の人がそれを汚すことはできないから。だから怒っちゃいけない。誰も悪くない。
「……ライス?」
でも、こんなことをブルボンさんに聞かせたくない。あんなに頑張ったんだから、こんなことを言われてほしくない。ライスがブルボンさんを守らなきゃ。ブルボンさんの耳をゆっくり畳む。何も聞こえないようにして、ライスだけが口を寄せて話します。
「ううん……ありがとうブルボンさん……ライス、とっても楽しかったよ。また走ろう、ブルボンさん。結果はライスがちゃんと伝えに行くから、ゆっくり休んで」
「はい……また、走りましょう……ライスシャワー」
『良いじゃん、今回はブルボンで……』
「……うん……っ」
ずきずきと胸が痛みます。泣いてしまいそうです。だけど、笑わないと。ブルボンさんとの勝負は本当に楽しかったんだから、頑張らないと。頑張らなきゃ。やらなきゃ。頑張れ、頑張れライス、笑顔、笑顔で……!
「お休み、ブルボンさん……!」
「……はい」
ブルボンさんが寝てしまいました。これで、もう泣いても良いかな。どうしてこんなに、泣きそうなんだろう。解ってたのに。ちゃんと考えていたのに。もし私が勝ったら、みんなががっかりしちゃうことも覚悟してきたのに。
「ら、ライスちゃん……」
後ろから、誰かが話しかけてくれています。だけど、今何かしたらこのまま泣いてしまいそうで、ライスは返事をせずに、息を飲んでブルボンさんを抱き上げました。とりあえずトレーナーさんのところに連れていきます。
──写真判定の結果、ほんの数センチ差でブルボンさんが勝っていたそうです。残念だった、と言ってくれたたづなさんに抱きついて泣いてしまったことは、二人だけの秘密にしてくれるみたいです。