走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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少しずつダークネスを抜いていく話。次からちょっとだけ元に戻ってから天皇賞(秋)。


誰より気にしているダイワスカーレット

 

「……と、いうことでブルボン。明日には東京に戻れるわよ。良かったわね」

「はい」

「じゃあ私、ブルボンさんのお父さん達を呼んできますね。ロビーにいるっておっしゃってましたし」

「はい。よろしくお願いします」

 

 

 菊花賞翌日。ブルボンは結構な重症と引き換えに菊花賞を勝利し、それを運んできたライスシャワー、行動は私と一緒のスズカ、スカーレットで病院にいた。

 

 ブルボンだけど、全身の骨に数ヵ所のひび、同じくいくつかの筋断裂と、酸欠から来る意識混濁、膝に軽度の靭帯炎、脚の筋膜炎……軽いところで食い縛りによる歯茎の出血や各部の炎症とまあ、よく激痛でその場で倒れなかったと言われるほどぼろぼろになっていた。

 

 

「本当に良かったわ……ブルボンが無事で」

「ご心配をおかけしました」

「ううん。良いのよ」

 

 

 心臓が止まるんじゃないかってくらい心配もしたし、ブルボンが倒れた瞬間机を殴り付けた結果私の右手首にも包帯が巻かれている。

 

 しかし幸いなことに、怪我の数は満身創痍だが一つ一つの怪我はそこまで重くはないとのこと。それこそ一月もせずに完治するらしいので、そこは、まあ。

 

 

 包帯ぐるぐる巻きのブルボンと、対照的に怪我も無く一晩ブルボンのベッドの横に座っていたにしては疲れもほとんど残っていないライスシャワー。何ならご両親を呼びに行ったスカーレットの方が京都までの移動の疲れが残ってるんじゃないかってくらい。

 

 これが天然ステイヤーと人工ステイヤーの違いか。ブルボンは文字通り全ての力で挑んだが、ライスシャワーは本気ではあるが全力ではなかった。少なくとも身体の安全装置を外さずにブルボンとほぼ同着まで来たのだ。

 

 

「死んでも勝つって話だったものね。だったらあなたの選択は間違っていなかったと思うわ。約束通り」

「……ありがとうございます。これでライスと謝らなくてすみます」

「あ、謝らないの……? ライス、坊主までは覚悟してたんだけど……」

「覚悟が重すぎる……」

 

 

 坊主にするくらいなら死んだ方がマシなんだけど。いや本当に。

 

 

「マスターの許しを得ましたから」

「私、別に許す立場にないけどね。普通の手段でライスシャワーに勝たせてあげられなかったし」

「ライスが長距離において天才だったということですか」

「そういうことになるわね」

「や、やめて……は、恥ずかしいから……!」

 

 

 ちなみに、菊花賞に勝ったと伝えたときのブルボンは意外にもそこまで喜んだわけではなかった。無言で号泣するくらいはあり得ると思ったんだけど、『そうですか。マスター、それで、身体ダメージはどの程度でしたか』で済ませてきたのは流石に驚いた。三冠よ三冠。夢叶ったのよ。

 

 ウマ娘にしては尻尾も……いや尻尾はベッドで見えないけど、ウマ耳も大して動いていないし、もしかして痛すぎて喜んでいる場合じゃないとか? いやでも、痛み止めは多少効いている……こんな怪我に痛み止めなんか焼け石に水か。

 

 

「トレーナーさん、ご両親いらっしゃいますよ」

「ん……じゃあブルボン、私一回出てるわね」

「何故ですか?」

「大人の事情とか?」

 

 

 そうですか、とウマ耳がへなってしまうブルボン。ごめんて。私もこう、色々考えてるのよ。

 

 いくら結果を出したといってもブルボンの身体をここまでぼろぼろにした原因は私だ。お二人にはブルボンは死ぬかもしれないくらいのことは言っているが、それでも生きている娘を見れば約束なんて飛んでも当然だと思う。

 

 そうしたら、もしかすると、ブルボンを傷つけた私に怒りを覚える可能性もある。そして、怒りを覚えたこと自体にお二人が罪悪感を持つかもしれない。いや、私ならそうなる。スズカを誰かに預けてぼろぼろにされたら、スズカの意思だろうと事前に解っていようと瞬間的には怒る。

 

 

 だからスカーレットに呼びに行かせて、こっちに来る前に報告させた。ブルボンと、絶対に離れたくないというライスシャワーを残して外に出る。

 

 

「お菓子でも買おうか。売店で。ブルボンの好きなのも持っていってあげよう」

「ブルボン先輩に好きとか嫌いとかあるんですか? あの人何でも食べますよね」

「そんな、人をクリーチャーみたいに」

「そこまで言ってないです」

 

 

 適当に売店でお菓子を買って、まあ話は長くなるだろうから屋外の休憩スペースに出る。周りに人がいるとスカーレットも大変だろうし……いやでも、外に出た瞬間からスズカがきょろきょろし始めた。

 

 

「走っちゃダメだからね。病院なんだから」

「わ、解ってますよ。嫌ですねトレーナーさん。私がどこでも走ると思ってませんか」

「思ってるけど」

 

 

 視線と尻尾の動きが走りたい時のそれなのよ。あと表情も。その、真剣に物静かにしているだけですよ、みたいな美人さんの顔をしている時は大体そう。欲望について考えてるのに傍目からは美少女なのずるいわ。

 

 

「流石にこういうところでは走りません。あの道はリハビリや運動不足解消用で、私の走る道ではありません」

「本当は?」

「誰もいないし、先っちょだけなら……わぶぶぶ」

 

 

 ベンチに座り、最後の最後で隠しきれなかったスズカを膝に乗っける。顔にアイスの袋を載せて黙らせて、ああぁ、と押さえるスズカの口にスナックをあーん。

 

 スズカはやっぱりイチゴの味がお気に入り。スカーレットはリンゴ? チョコ? 甘ければ何でも良さそう……それはウマ娘みんなそうか。スティックのお菓子をスズカに餌付けして、代わりにチョコのアイスを食べさせてもらいながら時間を潰す。

 

 

「そもそもスズカは天皇賞があるんだから今週は走っちゃダメよ」

「えっ……き、聞いてません。聞いていないので無効です」

「今言いましむぐぐ」

「言ってません。知りません。明日は秋晴れですよ。週末の天気が崩れる前の快晴です」

「むぐ……ふは。ダメ。一緒に我慢しようねー」

「やだぁ……ぁむぁむ」

 

 

 今度の天皇賞は既に『異次元の逃亡者VS黄金世代最後の戦い』という謳い文句がついている。セイウンスカイはスズカの前に出られるのか、スペシャルウィーク、グラスワンダー、キングヘイローはスズカに追い付けるのか。

 

 特にキングヘイローは中長距離はこれが最後らしいし、他もドリームリーグへの移籍が囁かれている。勢揃いするのは本当にこれが最後かもしれない。

 

 

 ……というかさ、まあ通常でいえばそうなのかもしれないけど、スズカがトゥインクルからいなくなるみたいな話、私はしたことないよね? 誰よそのキャッチコピー考えたの。

 

 

「来月は私も重賞か……なんか実感出てきたわ」

「そう? 私はまだ実感無いけど。もう二ヶ月もしたらうちの子全員GⅠウマ娘になるのよ」

「またそういうことを……ま、まあ安心してみてなさい。必ず私が勝つわ」

 

 

 あら頼もしい。でも口元にチョコが付いてるのよね。ティッシュで拭ってあげて、何してんのよ、と叩かれたところで、膝に寝ているスズカがゴミを片付けながら私のお腹をつついた。

 

 

「それで、ブルボンさんに本当のことは言わないんですか?」

「……それはちょっと気になってたわ」

「いや……待って。隠し事はしてるけど嘘はついてないでしょ。言い方言い方。あとお腹はやめて」

 

 

 スズカを起こして肩に寄り掛からせる。本当のことといっても、本当に嘘をついているわけじゃない。ただ、アナログ生活をしているブルボンのご両親や自力でデータ媒体に触れられないブルボン自身では知りようのないことを隠しているだけ。

 

 

「別に、言わなくたって良いでしょこんなこと。水を差すだけじゃない」

「それは解るけど……でもなんか納得行かないというか……先輩を騙してるみたいで……」

「根が良すぎるわスカーレット。あなたが気に病むことじゃないのよ」

「……うん」

 

 

 辛そうなスカーレットの頭を撫でて落ち着いてもらう。スズカは何だかんだ……というよりこの子の場合、私がそう言ってるなら大丈夫なんだろう、くらいに思っていそうだ。理解者。

 

 

 で、ブルボン一家に何を黙っているかというと、世間一部でのブルボンの評判である。

 

 無敗三冠は歴史に残る偉業であり、あのシンボリルドルフに並んだというのはウマ娘としては不朽の伝説と同じ意味になる。当然、URAやトレセンもブルボンの話題性で稼ごうとしているだろうし、日本中が熱に浮かれているとは思う。

 

 だが、悪意のある人間というのはどこにでもいるもので。ブルボンの勝利が気に入らないのか、それともライスシャワーの熱狂的なファンなのか……ブルボンのハナ差勝ち判定は不正であった、という論説が既に出ている。

 

 

 無敗三冠のネームバリューに目が眩み、URAが不正を働いたとか何とか、忖度三冠だの酷い言われようだ。暴言付きで呟いた奴はトレセンから開示請求してるから震えて待ってろ。

 

 とにかく、そういう言説が写真判定直後から出ているということだ。

 

 

「そもそも事実無根なんだから放っておけば良いのよ。スカーレットだって解ってるでしょ? 今回の判定に不正があったわけがないって」

「そりゃあまあ……解るけど」

 

 

 今回の判定について、これが普段のレースだったなら、まあ百歩譲って言いたいことは解らなくはない。人間には悪い心があるし、不正に手を染めることもあるだろう。それは仕方ない……とは言わないが、信用できないという考えも解る。

 

 だが今回、あの場にはシンボリルドルフと秋川やよいがいた。映像も含め全ての中央ウマ娘レースを見ている理事長と、重賞は可能な限り見ている皇帝が。そして、判定にも参加している。

 

 

「シンボリルドルフと理事長よ。何も問題はないわ」

 

 

 これだけは断言できる。あの二人が絡んでいて不正は絶対に起きない。あの二人はウマ娘に魂を売っている。拳銃を突きつけられてもウマ娘への不義理はしないし、千人に囲まれても不正を防ごうとするし、もし預かり知らぬ不正があればすぐさま告発する。

 

 あのなりで実質的に中央ウマ娘レースを仕切っている理事長と、学生であるにも関わらずそこらのURA役員より発言力がある皇帝だ。あの二人が不正をするより世界が滅ぶ方がまだ可能性があるだろうね。

 

 

 ウマ娘に少しでも詳しければそんなことすぐに解る。だから、騒いでいるのは普段ウマ娘には全く興味の無いような人間だけで、実際そういう説は集中砲火すら浴びている。それで生まれた火種は……まあ、まあ。

 

 

「ブルボンは三冠をとった、ってだけで良いのよ。良いじゃない、難しいことは考えずに喜べるならそれが一番。悪意なんか自分から触れに行くものじゃないのよ。ねースズカ」

「ですねえ」

「スズカ先輩にもあるんですか? そういうことが」

「無いですけど」

「無いんだ……」

 

 

 いや、あるよ。あるある。スズカが気にしなさすぎなだけ。普通にレースが面白くないとかやる気無いならGⅠ出るなとか言われてるから。あまりに気にしていなさすぎて問題が起こってないだけで。

 

 

「とにかく、取り立てて隠しはしないけどわざわざ伝えたりもしないわ。ブルボンが気付いたらそれはそれで説明しておしまい。解った、スカーレット」

「……まあ、トレーナーが言うなら良いけど」

「素直で偉い」

「撫でるなひっぱたくわよ」

 

 

 と言いつつセンチメンタルな気分なのか振り払いはしないスカーレット。それでもやる気が下がらないあたり、この子も本物ね。戦闘狂というか、とにかく結果で解らせる思考というのができている。

 

 この件について私にできることはほとんど無いし、URAがどう動くか……そもそも動くかどうかも解らない。わざわざ弁解とかするのかな、URAが? 性質上意味無いとは思うけどね。

 

 

「あなた達は自分のレースのために頑張んなさい。それで全部解決とは言わないけど、あなた達はちょっとくらいは名誉を共有してるのよ。チームなんだから」

「ん……うん」

 

 

 やっぱり一番賢いというか、センシティブなのはスカーレットかな。でもこの子割と周りを見る余裕があるのよね。今日は月曜日だけど、ブルボンがぼろぼろならサボってもそこまで自分の評判に影響はないことを理解してるみたいだし。

 

 

「じゃあトレーナーさん。ブルボンさんの名誉のために頑張りましょう」

「え? うん。頑張ろうね」

「明日からトレーニングです。たくさん走りましょう。ね?」

「……ぜっっっっったいにダメ」

「へぅ」

「ふふっ……スズカ先輩いつもそれじゃないですか」

 

 

 私に挨拶するまで帰らないとご両親が言うのでしばらくして病室に帰ると、ブルボン達は一家揃って号泣していた。解る解る。ライスシャワーも泣いていた。それはなんでよ。




とりたててヒトミミを悪く言いたいわけじゃないんですけど、まあ無敗三冠がかかっててほぼ同着でしかもレース後の様子があれならむしろ妥当な疑いですらあるかもしれない。不正をする理由も状況も揃ってるし。
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