走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「でね、最終的にはバクシンオーさんが全てを壊しちゃって丸く収まったの」
「彼女らしいですね」
天皇賞まであと二日。そろそろ週末に来る嵐の予兆が空に見え始めた頃、私は約束通りライスシャワーを病院に送り届け、ついでにしばらく留まっていた。
ちなみに、毎日ライスシャワーを送り迎えするというのは私が言った。というか、言わないとライスシャワーが毎日走ってでも通おうとしたので言うしかなかった。ブルボンは私の担当だし、それを毎日お見舞いするならまあ、多少は私だって協力はする。もちろん、他ならぬライスシャワーだからというのもあるけど。
「サクラバクシンオーは気にしないの? 一応学校の備品でしょ?」
「はい。気にしちゃうと思ったので、壊した瞬間クラスのみんなで褒めてあげたんです。バクシンオーさん、素直な人だから……」
「正直な方ですからね」
包帯ぐるぐる巻きのブルボンに、絵本でも読み聞かせるかのように学校での話を語るライスシャワー。この子達の世代もトラブルが絶えないわね。一番のトラブルメーカーであるサクラバクシンオーが一番行動力を持っているから仕方無いか。
それにしても本当に楽しそうに話すな、ライスシャワーって。本当に読み聞かせとかやってみたら? 向いてるんじゃない? 声も聞いてて心地良いし。張っているわけじゃないけどちゃんと聞き取れる良いバランスの声色だ。
「そういえばライス、次走は決まりましたか」
「え、えと……まだ決めてないかな、もちろん、年末は選んでもらえたらたぶん、出るけど……」
「なるほど」
そういえば、ブルボンと菊花賞についての諸々をライスシャワーは知ってるんだろうか。知らなかったら薮蛇なので聞くことはできないんだけど……かといって普段のライスシャワーについて詳しいわけでもないのでその様子でも判断できない。つい最近まで半分ヤンキー半分ストーカーみたいな子だと思ってたし。
しかしまあ、ブルボンが何も言わないということは大丈夫なんだろうか。ブルボン曰く、ライスシャワーは一番の友人でありライバルだ。ブルボンの解りにくい感情表現を彼女はかなり正確に見極められるらしいので、逆もそれなりに然りだろう。
一方ブルボンの気持ちはそこそこ解る。話が聞けてご機嫌だ。
「では、ステイヤーズステークスに出ませんか」
「ステイヤーズ……3600? どうして?」
「ライスは長距離の方が強いようですから。そうでしたよね、マスター」
「そうね。長ければ長いほど……まあおおむねだけど」
適性は中長距離ともにAだがスタミナが違う。先行しておきながら京都の登りからロングスパートをかけるスタミナの暴力は、基本的にスペックでは愛バが勝っていると疑わない私でも負けを認めざるを得ない。
それを考えれば3600だろうと4000だろうと問題はないはずだ。もちろん私はライスシャワーのトレーナーではないのであんまり口は出さないようにするけど。
「ライスの真の力を見ておく必要があると判断しました。当然断っていただいても構いません。中二週ですから」
「真の力……お、大袈裟だよ、ライスはそんな……それに、ステイヤーズステークスにはシニアの先輩方も出るし……」
「そうですか……マスターはどうお考えですか。ライスシャワーがステイヤーズステークスに出走した場合、どの程度勝負が可能でしょうか」
けどまあ、スペシャルウィークのトレーニングを見たときもそうだけど、スズカやブルボン経由で言われれば私は従ってしまうのだ。完全にリードを握られている。
「全然勝ちだって見えると思うけどね。一応メジロブライトが出てくる可能性はあるけど……」
それでもライスシャワーなら善戦できるだろう。彼女がブルボン以外を相手に爆発力を発揮できるかは解らないけど、できなくても一流ではあるし。スピードがやや足りてないような気もするけど、向こうもパワー足りてないからどっこいどっこいみたいな。
「やはりそうでしょう。ライスシャワーなら勝てます。その本領を見せてください、ライス」
「え、そ、そうかなあ? えへへ、じゃ、じゃあ頑張ろうかなあ、ブルボンさんのお願いだし、しょうがないなあ」
ちょろかわ。
────
「スズカ先輩? 何してるんですか、こっちですよ」
「え、ええ。ごめんなさい、ちょっとボーッとしてて」
ちょっとした買い物でスカーレットに誘われ、しかもよく解らないけどスズカ先輩がくっついてきた。もちろん、先輩と接点があるってのは良いことだ。メリットとかそういうのとは別に。
「ごめんなさい、衝動が……」
「ランニングコースならともかく、あれはゴーカートのコースじゃないですか」
「道には変わらないかなって……」
一緒に回っていて、何なら俺の買い物はもう終わった。服のブランドとかはそこまでこだわってねえしな。けど、スカーレットとスズカ先輩の買い物がいつまで経っても終わらねえ。
……これが女の買い物ってやつか……俺も女だけど。会話はよく聞こえないけど、戻ってきたスカーレットが店の紙袋を俺に押し付けてきた。
「ウオッカ、ちょっとこれを持っててもらっても良いですか?」
「おい、まだ買うのかよ」
「もう少しですよ。スズカさん置いてくので見ておいてくださいね」
今日のスカーレットは出先なので猫を被ってる。でもまあ助かったかな。普段通りのスカーレットだったらこのまま荷物も全部持たされているかもしれないし。
それにしても……いくら悪天候で週末はレースできないかもって言ったって、天皇賞まであと三日だぜ。スズカ先輩をつれてきて大丈夫なのか? 連れてきた割にはこうして俺のところに置いてどっかに行っちまったし。
なんかそわそわしてるっつーか……十一月になったらすぐデイリージュニア杯だから当たり前か。俺もアルテミスステークスはあるけど、不思議とそこまで緊張はしてねえ。
……つーかこの人全然喋らないな。いや、後輩だし俺が話を振るべきか? レースのこととか……でも、脚質が違いすぎて走り方は参考になるか微妙なんだよな……。
「あー、その、スズカ先輩。先輩、天皇賞はどうなんすか。結構最終決戦とか色々、言われてるみたいですけど……」
「え? ああ、えっと……最終決戦?」
「スペシャルウィーク先輩とかと……」
「ああ、最後、そうね、最後かも」
休憩スペースの丸テーブルで、スズカ先輩はゴーカートのコースをじっと見ている。三番のカートがインから抜かれていったのを見て、少し尻尾を揺らした。
「でもあんまり変わらないのよ。スペちゃん達にも、頼むからいつも通りでって言われてるから。特別なレースとは思ってないんじゃない、あの子達もそうだと思うわ」
「……そんなもんすかね」
「ウオッカさんは違うの?」
違うの、って言われてもな……俺だって、もしアルテミスがスカーレットとの直接対決だったらもう少し緊張していたかもしれない。他の奴らを軽んじるつもりはないけど、結局俺に立ち塞がってくるのはスカーレットだと思ってる。
……俺の道は俺が決める。トレーナーもそれで良いと言ってくれた。だけど、そこにスカーレットが必ずいることは解っている。決着をつけねえと胸を張って生きていけねえ。だから、クラシックは桜花賞に出るんだ。
「俺は……もしライバルと戦うことになったら特別なレースだと思います」
「スカーレットさんのこと?」
「……そうすね」
スカーレットが戻ってこないことを確認しながら、適当に買った缶ジュースを呷る。
「スカーレットがどう思ってるか知らないすけど、やっぱライバルなんで。きっと次もスカーレットは勝つだろうし。そうなったら俺達、世代を引っ張っていくことになると思うんで」
もうみんな言ってるみたいだったしな。世間の評判なんかどうでも良いけど、そう言われて悪い気はしねえ。どっちかと言えばスカーレットが本命で、俺はそれをぶち抜くダークヒーローの方がかっけえ感じはあるけど。
「そうね、まあその、スカーレットさんも相当緊張してるみたいだから」
「え……いや、そんなことないと思いますけどね」
「そう? じゃあそうかも? こんなにたくさん買ったりする子じゃないのかなって」
「そう言われれば、まあ」
そういう理由でこんな衝動買いみたいなことしてるのか? それはまあ……心配? かな……あんまりそうでもないような気もする。
「私達も色々スカーレットさんに強いちゃってるから。よろしくね、色々と」
「何の話っすか」
こっちの話よ、とニコニコしながらずっとゴーカートを眺めているスズカ先輩。
「あ、また抜かされちゃった……あの三番のカート、さっきからコーナリングが甘いのよね。もうちょっとスピードに乗ったまま曲がってくれないと」
「はは。何言ってんすか」
ちょこちょこ冗談みたいなことも言ってるし、俺が先輩の前で緊張してるのを解そうとしてくれてるのかな。スズカ先輩だって大レースの前で、色々と思うことはあるはずなのに。さっきから目付きがレース中の鋭いものになっては、思い出したかのように平和そうなものに戻ることを繰り返している。
やっぱ度量というか、そういうのがあるんだな。一番長くエルナトのトレーナーに付いていってるんだ、そりゃ鍛えられて当然か。スカーレットもそのうちそんな感じになるのかな。
……それはそれで何か嫌だな?
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「あー……なんかすっきりしたわ」
「買いすぎだっつの! バカ!」
「何よ! 良いでしょこれくらい! トレーナーのお金よ!」
「大声で言うことかよ!」
買い物が終わったらしく呼び出されたので迎えに行くと、スカーレットがぱんぱんに戦利品を抱えていた。いやまあ、なんか固くなってたから買い物でもしたら? とは言ったけど、私の財布が。
でもスカーレットもちょっと考えちゃってそうだし、これくらいは必要な貢ぎだ。スズカはレジェンドだし、ブルボンは三冠をとってしまった。本人もかなり気にするタイプだし、プレッシャーは半端じゃないだろう。使ったとはいえアウトレット品だし額はたかが知れているしね。
……中学生なんだし、個人的には「私のお金でしょ!」より遥かに健全に思える。トレーナーは保護者だし、年末の阪神ほどじゃないけど大事な重賞の前だし。
ぎゃあぎゃあ後ろで言い合っている元気はあるようなので、こっちはこっちで助手席のスズカと話すことにする。珍しくスカーレットの方に行くと言うので送り出したのだけど、元々ショッピングなんかしない子だからスカーレットのバイタリティに負けてへろへろになってしまっている。
「どうだった?」
「疲れました……本当に」
「気分転換になったでしょ」
「なってません……三番が……」
「何の話?」
今度は私も行こうかな。きゃぴきゃぴショッピングできそう。スズカやブルボンとは絶対にできないし……というよりたまには二人の私服も買っておかないと、平気で同じのを着るからね。
「あとちょっとなんだから、ね? 頑張ろうねスズカ」
「ううん……むり……」
「だからアンタのセンスは理解できないってんのよ!」
「んだと!? まっピンクのバイクはダセエって流石に解るだろ!?」
「バイクまでは合わせたんだから良いでしょ!」
「じゃあ今度髑髏と十字架付いたスカート買ってやるよ!」
「ダッッッッッサ!!!」
「はっ倒すぞ!」
別にピンクはスカーレットの趣味でもないでしょ。たぶん髑髏もウオッカの趣味じゃなさそうだし。
「言っておくけど、アンタ私とやる前に負けたら承知しないわよ!」
「こっちの台詞だ!」
元気ねえ。
「明日は私とお出掛けする?」
「ランニングですか!?」
「ウォーキングくらいならしてあげるわよ。二人三脚みたいに縛って」
「へぅ」
むむむむ、と唸って窓ガラスに鼻をくっつけるスズカ。外への憧れが……いや、今すれ違ったマラソンランナーを見てただけか。目敏い。
「あれくらいのスピードなら走っても良いですか……?」
「良いけどどれくらいのスピードだったか解るの?」
「普段どれだけ走っていると思ってるんですか? もちろん解ります。時速50kmですね」
「金メダル間違いなしね」
外からは見えにくいと思うけど、一応自分がウマ娘界の伝説って覚えておいてね、スズカ。ファンの人とかが、どう思うかとかさ。