走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「……それだけですか?」
「うむ! 君への処分はこれで以上だ!」
理事長室で。理事長の本題から入るスタイルに助けられ、私はURA及びトレセンから正式に処分された。
処分理由は当然、ブルボンの大怪我だ。流石に二年連続で担当が病院送りになるのは理事長といえども完全には庇えなかったらしい。事実なので積極的に否定してこなかったとはいえ、スパルタチームとしてやってきたという悪評もある。
名誉を焦って無理なトレーニングをして二人壊したと言われても完全には否定できない。トレーニングでは怪我をさせていないのはともかく、レースで怪我をして大事に至っていないのは単なる幸運でしかない。責任が私にあるのはぐうの音も出ない真実であり、処分も覚悟していた。
外部には調整と休養として伝わっていて、ブルボンが大怪我をしたのは内部のみが知っている事実。それでもなお、いや、そうだからこそ、直々に処分が下されて当然だ。
「あの、わ、私が言うのは烏滸がましいかもしれませんが、それで上層部は良いのでしょうか? 説明に比して罰が軽すぎるかと……」
「もちろん、良いはずがない! 免許剥奪の後解雇が上からの要求だ!」
そんな私に下されたジャッジはもちろん有罪。そして、罰の内容だが。
年内のトレーナー免許の凍結と、それに伴う謹慎……あとはもちろん権限の一時剥奪とか、減給とか……それだけ。たったこれだけ。二人潰しておいて、こんなあるか無いか解らないような罰しか下されなかった。
年内も何も残り二ヶ月しか無いわけだし、確かにその間減給は受けるがトレセンはそもそもの給料が良い。普通の企業のフル支給より高いお金で有給をとっているのと等しくなる。
「では何故」
「私情ッ!」
ばっと開いた扇子に、大きく権力ッ! と書いてあった。ええ……。
「確かに君は二人のウマ娘に怪我を負わせた。二人とも、場合によっては選手生命を絶たれていた可能性もある」
「……はい」
「だが、それに並ぶほどのものをもたらした! 故に私情ッ! 自らの身を犠牲にしてでも夢を掴む姿勢を私は否定しない! 過程はどうあれ二人が目標に届いたならば良し! あえて言おう、君を罰するのは形だけのものであると!」
……理事長。
「それに、他にも理由はある。君に言うべき綺麗な理由と、言うべきでない汚い大人の理由もな! 収益とか!」
理事長……。解るんですけど、今は……いや、理事長なりの冗談か。にんまりして顔の半分を隠す。どう見ても子供で実年齢も解らないが、この人は私なんかよりずっと賢くてウマ娘について熱い人だ。だからこそ、この人が良いと言うなら良いんだろうと思える。少なくともウマ娘を幸せにすることにおいて、この人より深い人は存在しないだろう。
「まあそれは冗談半分として、だ。いずれにせよ、第一はウマ娘でなければならない! ここはそういう場所であり……三人には君が必要だ、そうだろう?」
「……ありがとうございます……」
「長期休暇と思って休むと良い。来年には復帰するのだ、部屋もそのまま使用することを特別に許可する!」
つまり、私は何も変わらないということだ。変わるのは……ああ、スカーレットを他のチームに一旦でも動かさないと、無所属になってしまっては阪神ジュベナイルフィリーズの登録権が得られない。それだけか。
ブルボンは元々年内は走れないし走らない。スズカは……こうなれば今年で引退ということになる。宝塚がラストランだったことに。
「これからもウマ娘のため尽くすように!」
「はい……ありがとうございます」
「ついでにチームメンバーを増やすというのは」
「失礼します!」
あぶねえ。説教を食らった人間の態度ではなかったな。でもまだメンバーを増やすような余裕はないし、私は少人数が向いていると自分でも思うし。
理事長室を出た私はそのままブルボンに電話をして、スカーレットにメッセージを入れておく。年内はエルナトが実質解散になるため、二人にはトレーニング場所の予約手続とかの関係でどこか適当なチームに入ってもらうことになるからね。ブルボンは年内完全休養でも良いような気はするけど。
確かブルボンは今スペシャルウィーク達と一緒にいるんだっけ。彼女達黄金世代には悪いことをした。他はともかく特にスペシャルウィーク……何度もスズカへのリベンジを思っていたのに、結局勝ち逃げをする形になった。まあほら、宝塚は戦ったからセーフでしょ。
もちろんスズカと何回戦ったところで、今のところスペシャルウィークに負けるとは思えないけど。ダービーの時は確かに爆発的な力を発揮していた……けど、それからというものそれが見られない。勝ってはいるけど。
「ただいま、スズカ」
「お帰りなさい……どうでした?」
「軽く済んだよ。理事長には感謝しないとね」
「それは何よりです。じゃあしばらくお休みですね」
「そうだね」
一応出勤はするからここには来るけど、何をするわけでもないし。元々私が独自でチームのためにやってる仕事は少ないので、ほとんどすることはなくなる。それはそれで嫌かも。
「まあ、ちょうど良いんじゃない。人間、お休みが多くてダメなことはないわ」
「……そうですか」
私の影響でスズカはもう引退になる。スズカにはちゃんと正直に全て説明した。全て聞いて、しかしスズカは特に何を言うこともなく、良かったですね、で終わらせた。お互いに、もはや処分は解りきっていたみたいだ。
私の分も荷物を纏めてくれたようで、普段使いの鞄を渡される。それから、スマホの画面を見せてきた。
「じゃあ、どこかお出掛けしましょう。電車も飛行機も、まだ動いてますし。もちろん車でも良いですよ。西の方に向かえばちょうど台風も抜けられますし」
「スズカ」
「せっかくですから、ね?」
……何となくどういう気持ちかは解る。スズカと私だからね。でもまあ、実質保護者としてこれから嵐って時に外出はさせられないかな。まだ行けるとは私も思うけど。
「色々明けたらね」
「じゃあお休みの連絡をしておきますね」
「サボるの?」
「ダメですか?」
ダメでしょ。別に断言はできたけど、しないことにした。
────
その日もライスはブルボンさんのところに行きました。トレーニングと並行して、毎日お見舞いに行くのが新しい日課です。菊花賞までは、ブルボンさんと同じトレーニングをしていたから放課後に動くなんて考えられなかったんですけど。
送り迎えはブルボンさんのトレーナーさんがやってくれています。ライスは走ると言ったんだけど、それは勘弁してって言われちゃったので。
今日も迎えに来てもらったんですけど、トレセンの駐車場から寮まで遠くて……雨も風も酷いので、週末はトレーナーさんの家に泊めてもらうことになりました。電話で伝えた時の寮長さんの「エルナトなら良いよ」という言葉が忘れられません。
「適当に過ごしてね。ちょっと濡れちゃったしタオルとか……お風呂入っても良いからね」
「あ、ありがとうございます……」
なんか、トレーナーさんのお部屋……手すりとか、トレセンのパンフレットにあったお部屋と違うような……? テーブルもなんか大きいし……。
「ライスシャワーは何か嫌いな食べ物ある?」
「あ、いえ、何でも大丈夫……です」
「ん。まだギリ外出られるし、私は買い出し行ってくるからさ、あとはスズカに聞いて。大体何でも知ってるから」
「あ、じゃあライスもお手伝いをっ」
「気にしないで。一人で大丈夫だから」
でも、とライスは何とかついていこうとしました。泊めてもらうのにお買い物の手伝いもできないなんて良くありません。それに、ライスの食べるものも買うならライスのお財布を持っていかないと。
「よろしく、スズカ」
「はい。行ってらっしゃい、トレーナーさん」
「わぷわぷ」
でも、後ろからスズカ先輩に抱き締められ、口を塞がれてしまいました。ライスはパワーにはちょっと自信がないので、そのまま部屋まで引きずられます。
「あ、あの、あのっ、お手伝いを……あとお金……」
「外に出たら危ないわ。それに、ライスさんがお金を出したらトレーナーさんも困っちゃうし」
そ、そんなこと言われても、あっ行っちゃった……どうしよう、ライス、どうしたら……?
「じゃあ待ってましょうか。お風呂入る? 用意するけど。もし気になるならお掃除をお願いしても良い?」
「は、はい! やります!」
「ありがとう。道具とか説明するから、よろしくね」
よ、良かった、何もしないのに泊めてもらう悪い子になるところでした……友達の家でもそういうわけにはいかないのに、自分のでもないトレーナーさんの家でなんて。
掃除用具を説明してもらい、早速お掃除に取り掛かります。泊めてもらうんですから、ぴかぴかにしたいですよね。幸い、ライスはお掃除お片付けにはちょっと自信があります。ライスの周囲はライスの不幸のせいですぐにくしゃくしゃになっちゃうので、何とかするために頑張って覚えました。
お風呂の中は普通……なのかな? でもやっぱり何か違うような感じもします。ライスが何もしなくてもとても綺麗です。トレーナーさんかスズカ先輩が綺麗好きなのかな。
しばらくちゃんとお風呂を洗って、言われた通りお湯を張ります。とりあえずこれで良いはず。何度も栓を確認してから部屋に戻ると、スズカ先輩は神経衰弱をしていました。
「お、終わりましたっ」
「ありがとうね。ライスさんもやる? トランプ」
「あ、じゃあ……」
というわけでスピードをやることになりました。とりあえずゆっくり、トレーナーさんを待つつもりでということで、軽くやります。どうしてかにこにこ笑うスズカ先輩……でもこの人は、現トゥインクル最強のウマ娘さんです。ライスがあれだけ頑張ってやっとハナ差のブルボンさんより遥かに強い……あのブルボンさんが、まだ勝てないと断言する人です。
そんな人とトランプで遊んでいるライス。訳が解りません。しばらく無言でひたすら続けて、三十分くらい経ちました。スズカ先輩は何も言いません。
……もしかして、ライス、何か話さなきゃいけないのかな。でも確かにライスが後輩だし、話題、話題……うぅん……
「そういえば、ライスさん」
「ひゃいっ!」
「ブルボンさんの様子はどう?」
「あ……げ、元気そうです。ご飯もたくさん食べてるし、その」
ぐうう。
「……ぁぅ」
「お腹空いた?」
お、お腹鳴っちゃった……お昼も食べたのに……中途半端にパフェを食べたからかな……もしくはお財布のお金が足りなくておかずが一品少なかったから……?
大きな音がしたので、それを聞いたスズカさんがくすくすと笑います。最後の一枚を場に出して、七連勝を決めてから、内緒よ、と指をしーしてキッチンに連れていってくれました。
「ちょっとだけご飯、作って食べちゃおうか。目玉焼きとか、肉野菜炒めとか、簡単なものになっちゃうけど」
「でも、晩御飯前なのに……」
「だから、内緒」
匂いとか、洗い物とか、そもそも食材が無くなるのだから絶対にバレます。でも、じゃじゃん、と冷蔵庫から出されたお肉の誘惑にライスは勝てませんでした。ライスは悪い子です。お腹が空いてしまったのです。卵料理はライスが担当することになりました。
そして。
「ただいま……え、何してるの?」
「トレーナーさん……お、お腹空いちゃって、ご飯作ったんですけど……」
あむ。
「え……うわ、またやったのスズカ」
「す、すみません……」
「味無し野菜炒めほど不味いものもないでしょ……どうやったら野菜炒めの味付けを忘れられるの」
あむ。
「ライスシャワーも無理して食べなくて良いからね? 今から私作るし、これはスズカが責任持って食べるから」
「トレーナーさんも食べてください……」
「ウマ娘と違って私には胃袋の限界があるのよ。大事な晩御飯をこんなもので消費できないわ」
「わーっ」
あむ。
「ライスシャワー? そんな、辛そうにしてまで食べなくて良いから!」
「えと、ど、どうしましょう、何も反応してくれなくて」
「ライスシャワー?ライスシャワー!返事をしてライスシャワー!」
あむ。
あむ。
あむ。