走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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一番知ってる、ダイワスカーレット

 

「あー……しんどい。つらい」

「そういう時はランニングですよ。走れば悩みはどうでも良くなります」

「疲れきって何がなんだか解らなくなるだけじゃない」

「それでも悩みが飛んでいることに変わりはないですよ」

 

 

 ある日。スズカとの旅行の日程を決め、その出発前日のこと。嵐も過ぎ去り少し天気が回復して、いつも通りライスシャワーを連れて病院に来ることができるようになった。

 

 ところで、ライスシャワーって走り以外でも怖い子ね。気弱な感じで話してくるから勘違いしそうになったけど、嵐でも構わずブルボンのところに行こうとしたもんね。二人がかりで……主にスズカが力ずくで止めたけど、「ブルボンさんを一人にできない……!」とか言って。看護師さんとか良くしてくれてるからさ。

 

 

 他にも夜、布団のなかでなんか呟いてるし。起きてるみたいだから何も言わなかったし、ちゃんと聞き取れるスズカ曰く別に放っておいても良いらしいから放置したけど。

 

 

「それはただの現実逃避ではないですか?」

「何言ってるのブルボンさん。これは解決よ。どうでも良いと思えば悩みは悩みじゃなくなるもの」

「……!」

「ブルボンさん? 確かに、みたいな顔しないで?」

 

 

 で、今私はスカーレットをパシらせて、病室でお喋りしながら覚悟を決めている。持ってきた鞄の中には、チーム移籍届が入っていた。ちなみにスカーレットは率先して、それはそれは嬉しそうに自分からパシった。

 

 

 話を戻すが、私がトレーナー免許を凍結されることで、エルナトというチームは書類上存在しなくなる。つまり、私が持つ三人のウマ娘はトレーナーがいないことになる。

 

 そのため、『トレーナーがついていること』が条件であるレース出走はできない。そして、トレーニング施設の予約も、基本的にはトレーナーがついている方が優先される。チームか専属かは平等だが、無所属かどうかについては普通に厳しいのだ。もちろん配慮もあるけど。

 

 

 よって、ブルボンとスカーレットには一時的に移籍してもらう。ブルボンはかなり速いペースで回復してきていて年内に軽いトレーニングくらいなら復帰できるし、スカーレットには阪神がある。とりあえずブルボンは身動きが取れないのでライスシャワーのいるところにお願いして籍を移した。

 

 

 で、それの何が問題かって、一時的にでもブルボンとスカーレットを手放すことになるということ。そして、そのまま戻ってこない可能性。特にスカーレットは。

 

 別に、私だって絶対そうなると思っているわけじゃない。二人のことを大事にしてきたつもりではあるし、関係も良いと思っている。ブルボンがそうそう私から離れることはないだろう。

 

 

 だけど、結局二人は他のチームを知らないし、普段から不満があった、なんてことになればこれがチャンスになる。

 

 実際、スカーレットなんかは悪名高い私のところより、他のところの方が良いのかもしれないし。あの子なら絶対に引く手数多だ。来年のクラシックの主役と言っても良い子だからね。

 

 

 そうなると、まあ、戻ってきてくれない可能性だってゼロじゃない。自分から解消を言い出せないから今いるだけってこともあるかもしれない。昨晩スズカは「大丈夫だと思いますけどね」とは言ってくれたが、流石にはいそうですかとはならないわけで。

 

 

「お待たせしました。飲み物買ってきましたよ」

「お、ありがとー」

 

 

 割と本気で憂鬱だし、でもやらないわけにはいかない。ただ……まあ、こうなってしまったことは仕方無いが、しかし、私やブルボンが選択を間違えたとは思っていない。死んでも良いから三冠をとるというのは二人で共有したことだ。仮に本当に死んで私が責任を取って檻の中に入っても後悔はしない。

 

 

「これがトレーナーさんの紅茶、スズカ先輩はイチゴ、ブルボン先輩はリンゴ……ライス先輩は本当にいらなかったんですか?」

「うん。お水あるから」

 

 

 どんな感じで言い出すのが良いんだろうなあ。あんまり真面目にならない方が良いのかな。もしくは直接言って頼むとか……それは圧になっちゃうか。今さら私の言葉に圧があるかは解らないけど。

 

 

 飲み物の配分も終わり、五人で不思議と黙る時間になる。狙っていなくても、誰も率先して話さなくなることがあるのだ、私達は。別に不快じゃないし。

 

 しかし、いつまでも黙っているわけにはいかない。私は書類を取り出し、スカーレットに手渡した。

 

 

「はいこれ、スカーレット」

「……なんです、これ?」

「チーム移籍届。しばらく他のチームにいてもらうことになるからさ。ブルボンも。とりあえず年内は」

「……はあ」

 

 

 いやあ怖い。これで「やっぱり向こうにこのまま残ります」とか言われたら泣くかもしれない。でもそれを言われるだけのことを私がしているという事実。

 

 ……まあ、ちゃんと戻ってきてくれるとは思うし、信じているけど。私が勝手に不安になっているだけでね。

 

 

「すぐに出さないとデイリー杯が厳しくなっちゃうから。一応登録はしてあるけど変更の手続きもあるし、早めに。年明けに戻ってくるためのやつも渡すから、よろしくね」

「……そうですか。そう……」

 

 

 スカーレットの様子が変わった。俯いて、インテークが目を隠す。影になった顔のところから、輝くような紅がこっちを睨み付けていた。視界の端で、スズカとブルボンの合図を受けたライスシャワーが目を瞑り、ウマ耳を塞いで押さえている。

 

 目を伏せたまましばらく震えていたスカーレットが、ゆっくりと顔を上げた。縦瞳孔がまっすぐに射貫いてくる。書類を震える手で適当に折り畳んで、私の胸元に突き付けた。

 

 

「……なんて顔してんの」

「え?」

 

 

 ライスシャワーは目も耳も塞いでいる。しかしそれでも病室に誰かが入ってこないとも限らないし、声を出せば目立つだろう。声そのものは大きくはない。しかし、それ以上に底冷えのする声でスカーレットは言った。

 

 

「何の了見で私に媚びた顔してんのよって聞いてんのよ……!」

「……そんな顔」

「してる……ムカつく、なんでアンタにそんな顔されなきゃなんないわけ……!? あああっ、もう!」

 

 

 突き付けていた書類は私が受け取らないので地面に落ちる。代わりにスカーレットの頭がぶつかってきた。

 

 

「……このっ……ぐ……うう……ああ!」

 

 

 私が何かを返す前に、ゆっくり優しく突き飛ばされる。人間としても弱い力で怯まされ、その間にスカーレットが早足に病室の扉を開けた。

 

 

「スカー……」

「ついてこないで!」

 

 

 ゆっくり扉が閉まり、スカーレットが消える。一気に病室が静まり、無表情で寝たままのブルボンと目を耳を塞いだライスシャワー、あらあら、みたいな顔でイチゴジュースを飲むスズカが残される。

 

 

「んー……私、そんな顔してた?」

「まあ、少し。でも8:2だと思います、悪さは」

「どっちが8?」

「もちろんトレーナーさんです」

 

 

 そっかあ。まあ、私が悪くなくても追い掛けないとね。たぶん走って帰ったんだろうから、向こうが先にトレセンに着く。探すのも、そこそこ簡単にできるはずだ。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

 

「おおスカーレット、お帰り。あのよ……」

「……っ!」

「……ん?」

 

 

 ばん! と乱暴にドアが開いて、スカーレットが帰ってきた。結構珍しいな。寮には他の奴らもいるから、ドアを閉めるまでは丁寧なのが普通なのに。

 

 今日はトレーニングをしなかったのか、トレセンの制服のままだ。かく言う俺も今日は休みだったから、暇になって雑誌を読んでるだけだけど。

 

 

 スカーレットは俺の言葉には何も返さずに、そのまま自分のベッドに倒れ込んだ。一瞬怪我か何かかと思ったが、スカーレット自身も言ってたしな、「エルナトのトレーニングは死ぬほどキツいけど、絶対に怪我はしない」って。

 

 

 挨拶くらいしろよ、と言ってやりたかったが、何となく様子がおかしいような……耳は絞ってるし、尻尾も振り方が荒い。機嫌が悪い時は触れないに限る。とばっちりが来たら嫌だからな。

 

 

「……っ! あぁ、もう!!!」

 

 

 よっぽどのことがあったのか、壊れるんじゃないかって勢いでベッドを殴り付けるスカーレット。そもそも、綺麗好きのこいつが外から帰ってそのままベッドに入るなんか信じられねえ。相当キてんな、これは。

 

 

 枕に顔を埋めて、どん! どん! と拳を叩きつけるスカーレット。おーおー、荒れてる荒れてる。こいつがこんなにキレてんのは、前回はいつだったかな……ああ、ミホノブルボン先輩をコケにした雑誌を見つけた時か。あれは俺もムカついたな……。

 

 今回は何だろうな。大体自分にキレてるか友達のためにキレてるかなんだけど、同じ熱量で怒るから区別がつかねえ。

 

 

「……っ! ……っ!!」

 

 

 ……一旦部屋出るか? 一人にした方がいいかもな。というか、普通に伝えなきゃいけないこともあるんだけど。まあ一旦言っとくか。

 

 

「一応伝言だから伝えとくぜ。俺のトレーナーがよ、年内の一時移籍先として面倒を見てくれるって言ってたんだ。必要ならトレーニングなんかも見るってよ。もちろんスカーレットには必要ない……と、思うけど……」

 

 

 言ってる最中、スカーレットがこっちを見ていた。瞳が潤んでいる。何があったか知らねえが、しかし、とにかく何かはあったんだ。

 

 ……何泣いてんだ。一体何があったんだよ。いつもなら勝手にキレて勝手に落ち着いてるじゃねえかよ。俺より賢いんじゃないのか。泣くなよ、何があっても。

 

 

「……伝えたかんな。俺はしばらく出掛ける」

 

 

 財布しか入ってねえ鞄を掴んで部屋を出た。ドア一枚しかないんだ、ドアに凭れれば何が起こってるかは簡単に解る。お互いにその場から動いてねえ。俺が外にいると解ってても、スカーレットは変わらずベッドをぶん殴ってるだけだ。

 

 

 

 ……くそ、しょうがねえな。今回だけだぞ。今回だけ、こんなこと俺には向いてないんだからな。

 

 

「……よお、スカーレット」

 

 

 少し深呼吸をして、部屋に戻る。疲れたのか、ベッドを殴るのはやめていた。落ち着いたわけじゃないことは、俺を無視していることから解る。これもこいつなりの気遣いだ。キレてる時に喋ると強く当たりすぎちまうから、誰とも話さない。特に俺やマーチャンやチームメイトとか、仲の良い奴には。

 

 

「その……なんだ。荷物の整理を忘れててよ。で……あー……その間、ちょっと暇だから……うん、暇だから、少しくらいなら、話を聞いてやらんことも……ない、みたいな、そんな感じだ。うん」

「……」

「いらないなら、良いんだ。いらないなら……お前がそれで良いなら、俺は」

「……ウオッカ」

 

 

 くそ、顔が熱くなってきた。何て言ったら良いんだ。余計なことは言いたくねえ。スカーレットが必要としてないことをしてもしょうがないんだ。俺達はチームでも家族でもない。ライバルだからな、お節介はお互いに嫌いだ。

 

 俺がどう思っているか解ったのか解ってねえのか、スカーレットはゆっくりと顔を上げて、そのまま俺のところへ転がるみたいに駆け寄ってきた。で、ベッドに座った俺にもたれ掛かるみたいに抱き付いてくる。

 

 

「いやおい、それは」

「ウオッカ……私ね、怒ってないの。何も怒ることなんてなかった」

「……じゃあなんだよ」

「解んない……」

 

 

 どん、と拳が俺の後ろに叩き付けられた。口をほとんど塞いだままでも聞こえるくらいの声で、スカーレットは呟いた。

 

 

「解んないの……どうしてこうなったのかも、なんであんなこと言ったのかも」

 

 

 シーツが掴まれて裂けそうになっている。こいつ、こんなに体温高かったか? 

 

 歯を噛み食い縛る音がした。シーツが裂けた。なんだこの迫力は。そして、スカーレットは叫んだ。

 

 

「解んない! 解んないけど嫌なの! だって、だってだってだって! ブルボン先輩にはあんなことしなかった! スズカ先輩にも! なんで私だけ、あんな顔させなきゃいけないの!?」

「……一体何が」

「言ってくれれば! 言ってくれたら私だって! 私だって……!」

 

 

 話は見えねえ。何も伝わってこないが、とにかくスカーレットが悔しがっていることは解った。チームで何かあったんだな。

 

 

「当たり前って顔してよ……どうして私に媚びるの……? アタシ、信じてもらえてない……」

「……その」

「私、アタシ……許せなくて……! わけわかんなくなって……だって、アンタは間違ってないのに、私は知ってるのに、アタシだけ仲間外れみたいで……」

 

 

 よく解らないけど、俺が何か言うことじゃないみてえだな。チームの話だ、俺が出ても拗れるだけか。

 

 ……だから何も言わねえけど、あんまスカーレットに適当なことすんなよ。トレーナーの話だろ? 細かい事情までは知らねえが、衝突で済まないようならスカーレットを任せられねえ。

 

 

「足りないのかな……伝わってないの? アタシ、アンタのこと、本当に凄いと思ってるの……! 意味解んないところもあるし、時々イラつくし、絶対マトモじゃないけど! でも、でも……スズカ先輩もブルボン先輩も、あそこまでなれたのはアンタのお陰って思うの……!」

 

 

 ……心配いらねえか。

 

 

「だから、だから……アタシ、このチームで、必ず一番になるの……他のところじゃなくて、このチームで一番にならなきゃいけないの……! アンタのことを解ってあげられるの、アタシ達しかいないんだから……!」

 

 

 ちょっとずつ、スカーレットの声に芯が入り始めた。やっぱりこいつ強ぇ。俺は何も言ってないのに自分で解決している。伏せられたところから少し顔を上げると、いつもの真っ赤な眼が光り輝いているように見えた。

 

 

「……大事なのは覚悟よね、やっぱり。ウオッカもそう思うでしょ?」

「……ああ。そう思うぜ」

「……うん。ありがとうウオッカ。ありがとうついでに一つお願いがあるの」

「なんだよ」

 

 

 スカーレットが俺から離れて、床に座り込んだ。胡座で俺を見上げる。もう落ち込んではいないみたいだ。眼を見れば解る。まだ多少ムカついてはいるみたいだけど、この後トレーナー本人と話せば落ち着くだろう。

 

 覚悟が決まった時の目ってやつは迫力がある。それでこそ俺のライバルだ。来年もその次も俺に立ち塞がってくるのはこいつだ。こんな奴に勝たなきゃならねえ。

 

 

「阪神、さ。ううん、それまで走る全てで、ウオッカ。アンタ、ぶっちぎって勝ってよ」

「……は? 何を」

「とにかく強く勝って。アンタならできるでしょ。誰にも文句が言えないくらいに勝ってよ。アンタは必ずそうなれるはずだから」

「おい、お前自分も走るってこと」

「クラシックの主役はウオッカだって……言わせて」

 

 

 また声が震え始めた。緋色が震えて、薄く滲む。

 

 

「一強だって言わせるくらいに。他の子のことなんかみんなが忘れるくらいに千切って。ダイワスカーレットなんていてもいなくても同じだって、みんなに思わせて」

 

 

 泣きながら、スカーレットはそう言った。確かに言った。負けを認めているような言葉だった。だが、決してそんなはずはない。スカーレットはそんな奴じゃない。誰が相手だろうと負けたらムキになって、勝とうとして、俺なんかよりずっとかっけえ奴なんだ。

 

 だから、きっとこれはスカーレットなりの決意なんだと解った。そして俺は、その決意に応えなきゃいけない。何故なら、俺はこいつのライバルだからだ。

 

 

「……言われなくても、負けるつもりで走ってたまるかよ」

「ウオッカ……」

「それに、元々お前がいたって、俺はそう思われたろうぜ」

 

 

 違う。俺は自分が最強だなんて思ってねえし、前にいる奴をぶち抜く方が好みだ。一強なんて面白くねえ。それはスカーレットの役目で、俺はそれを倒そうとしていたんだ。俺はお前より強いけど、それはお前が弱いって意味じゃない。俺のために、お前には強くいてほしい。

 

 

「だから……お前が心配することは無いだろ。俺は勝手にやらせてもらうぜ。勝手に勝って、で、俺が……一番になる」

 

 

 任せとけよ。ちゃんと一番(ここ)は守っといてやる。

 

 

「……私、行ってくる」

「……おう」

 

 

 しばらくただ座っていたスカーレットが、やけに落ち着いた感じで立ち上がった。よく見ると、こいつ何の荷物も持たずに帰ってきたのか。いつも勢いで行動するんだよな……人のことは言えねえけど。

 

 

「……ありがと、ウオッカ」

 

 

 部屋を出る間際、アイツはこっちを見ずに言った。耳まで真っ赤にして、それから早足で去っていった。

 

 

「……くそっ」

 

 

 こっちまで恥ずかしくなってくるじゃんかよ。この部屋に一緒に住んでるってこと、アイツ忘れてるんじゃないだろうな。

 

 ……何となくムカつきつつ、俺は携帯を出してトレーナーに電話をかけた。

 

 

「……おう、悪いな突然。いや、別にトラブルとかじゃないんだ。ただその、年末、勝たなきゃいけない理由ができた。そう、絶対にだ。だからよ……これからもよろしく頼むぜ、相棒」




覚悟完了イベントは予定通りですが、どう考えても中学生に言わせるセリフではない。
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