走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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スズカが入ってないやん!だけどサブタイはスズカにしたい。そんな気持ちで日々やっています。


定期的に惚れさせてくるサイレンススズカ

 

 次の日の午前、私は早速スカウトへ赴いていた。授業を休んだスズカも一緒である。

 

 ただこれはよくあることで、他のトレーナーの横にもウマ娘がいたりいなかったりする。専属の形でトレーニングを受けているウマ娘にとって担当が増えるというのは大変な問題であるし、先輩ウマ娘の話を聞きたいという後輩もいるからだ。

 

 

 よって、欠席届けも簡単に受理された。これはまあ、スズカの成績が良いというのもあるけど。

 

 

「さて、サクラバクシンオーは……」

「あ。あれじゃないですか?」

「え? ……うわ、つれぇわ……何よあれ」

 

 

 早速スズカの類いまれなるウマ娘視力により、サクラバクシンオーがいるらしい『人だかり』が見つかった。近付きつつ確認するが……うん、サクラバクシンオーだ。間違いない。

 

 完全に出遅れたみたいだ……私がスカウトする頃にはもう誰かが獲得しているだろうな。

 

 

「彼女のスカウトは……」

「ええ、相当厳しいでしょうね……」

 

 

 とはいえ、試してみないことには。早速はぐれないようスズカと手を繋ぎ、人混みに突っ込んでいく。

 

 

「それでは次の方! どうぞ!」

「サクラバクシンオー! 俺と一緒に頂上を目指そう! 短距離だけとは言わない! 君ならマイルでも──」

「も~~~~~しわけございません! 私と共に長距離まで走っていただけないなら、やはりお断りさせていただきます! では次の方!」

 

 

 そこでは、トレーナー達がサクラバクシンオーにスカウトを申し込んでは断られて、が繰り返されていた。彼女は一人一人に手を合わせ頭を下げ、やたらと大きな声でお断りを出しまくっている。

 

 

 サクラバクシンオー。写真の通り……というか、写真から容易に想像できるような元気印な桜色のウマ娘だ。本人の距離希望は無し、つまり全距離である。なかなか厳しいことを言うな、と思ったものである。

 

 それに、周囲のウマ娘が凄い目で見てるけど気にしてないのかな……? 図太い子なのかもしれない。選び放題のウマ娘はいつも変な目で見られるものだ。

 

 

「スプリンターとしてのスカウト……ですかね?」

「みたいね。たぶんみんなそうなんでしょう」

 

 

 そりゃそうよね、と手元のファイルを少し開いてスズカに見せる。同時に私は彼女の顔を眺め、いつも通りステータスを見抜いていく。

 

 

「圧倒的な短距離適性、マイルも万全ではないし、中長距離なんてほぼ不可能と言わざるを得ないわ。スピードは素晴らしいし……短距離なら天下を取れる素質があるもの」

 

 

 ここまで極端に短距離しか走れないというのもそういないだろう。一応少し鍛えればマイルまでは射程だろうが、主戦場は絶対に短距離だ。そうでなければ勝てない……し、そうすれば文字通り王になれる。

 

 

「……そんなに速いんですか……」

「うん。完成されてくればたぶんスズ……あっ今の無し、ごめ、スズカごめん、叩かないで叩かないで」

「トレーナーさん……? 嘘ですよね……? 私が一番速いですよね……?」

「うんッ! そうだねえ、スズカが一番速いねえ!」

 

 

 っぶねえ。危うくスズカより速いとか言いそうになった。いやでも、スズカと同じ領域に立てるウマ娘だよ、あれは。短距離に限ればスズカでも勝てないし、マイルでも1600なら届き得る可能性がある。

 

 純粋な逃げウマでもないから、スズカに先頭を譲った上で抜かすことができるかもしれないし。

 

 

 ……しかし、これは彼女のスカウトは無理だろうな。私としては自分のウマ娘には勝って欲しいし、そのためのトレーニングをさせるつもりだ。だからスズカにも走らないよう言ってるんだし。

 

 聞いた感じだとサクラバクシンオーはスプリンターとしてのスカウトを望んでいない。私はスプリンター以外で彼女をスカウトするつもりはない。どう考えても上手く行かないのに時間を使っても仕方がないだろう。勿体無い……担当したかったんだけど。

 

 

「他を当たろう。サクラバクシンオーはやめる」

「だったら……あ、あっちにもまだ人だかりがありますよ」

「……本当だ。そっちも見ようか」

 

 

 スズカとのウィンドウショッピング感覚で、人が集まっているウマ娘の所をいくつか回ってみる。ただやはりというか、私がファイリングしている強いウマ娘は他のトレーナーも目を付けていて。今から行っても何も起こらなさそう、というのが正直なところだった。

 

 

 そうしていくつか回って、これは仕方ないし失礼だけどあんまり声のかかっていない子のところに行こうかな、なんて思っていた時のこと。

 

 

「次は……あそこはまだ行ってませんよね?」

「行って……ないね。あれは誰だ……?」

 

 

 捲る捲る。五、六人だが、結構時間が経っているのにずっと話している印象がある。中心にいるのは……そう、ミホノブルボンだ。

 

 無理に真顔を作ろうとして逆に変顔みたいになってしまっていたサクラバクシンオーとは対照的に、あまりにも自然な無表情で写真に写っていた子。チェックはしている。何故なら逃げしかできなさそうだったから。

 

 

「行ってみようか」

「どんな子ですか……?」

 

 

 ファイルを覗き込むスズカに見せてやりながらミホノブルボンの元へ。でもまあ、たぶん今いる人達にもかなり口説かれてるだろうし、ここも厳しいような気はするなあ……

 

 

「そんなこと言わずに、ね? たとえば春秋スプリントだって立派な称号よ?」

「申し訳ありません。何度も繰り返しますが、クラシック三冠ウマ娘を目指すことは必須事項です」

「だけどミホノブルボン、君の能力はどう見てもスプリンターで……」

「……それは理解しています。ですがそれでも、私はスプリンターとしてのスカウトを受けることはできません」

 

 

 ……こっちも拗れてるなあ、おい。

 

 

「サクラバクシンオーさんと同じ感じですかね?」

「いや……向こうとは少し違うかな。私は彼女のレースを見ていないから何とも言えないけど……」

 

 

 短距離C

 マイルB

 中距離A

 長距離B

 

 

「……彼女がスプリンターには見えないんだよねえ」

 

 

 適性だけを見るなら彼女はどう見てもステイヤー寄りだ。いや、ステイヤーというには長距離がやや苦手か。どちらにせよスプリンターではない。間違いなく。

 

 ……まあ、確かにスタミナはめちゃくちゃ低いけど。嘘みたいに低いけど。スピードは悪くないし、距離適性も少し鍛えるだけで長距離も走れる。ひたすらスタミナを鍛え続ければ不可能ではないと思うんだけど。

 

 

「スプリンターではないんですか? みなさん、そっちでスカウトしてるみたいですけど……」

「……私の見立てだと違う……かな。私だったらスプリントレースより普通にクラシックを走らせるし……なんでだろ」

 

 

 たぶん、彼女の今の走りがよっぽどスプリンター然としているか、スタミナが無さすぎてスプリンターだと思われているかどちらかだろうな。ちなみに私は資格試験もギリギリの自分のことを信じていないので、基本的には目で見たステータスを信じることにしている。

 

 

「次のクラシックは彼女ですか?」

「うーん……私はそう思うけど……」

「トレーナーさんがそう言うなら……え、トレーナーさん、ミホノブルボンさんが来ます」

「え? なんで?」

 

 

 考えるのをやめて向き直ると、確かにミホノブルボンがこちらへ真っ直ぐ歩いてきていた。え? 逆スカウト? なんで? スズカを連れているから? まあ確かに同じ逃げウマだし、狙い目ではあるけど……

 

 

「失礼します。今、私の距離適性について話しているのを聞きました」

 

 

 地獄耳が過ぎる。流石はウマ娘。

 

 

「え? あ、うん。話してたけど……」

「もう一度それを聞かせていただけますでしょうか」

 

 

 無表情……無表情? どこか縋るような目にも見える。ともかく、ミホノブルボンは私とスズカに頭を下げると、それきり話さなくなってしまった。

 

 まあ、これもスカウトのチャンス。それに、私は嘘偽りを言っているわけじゃない。少なくとも私にとって私のこの目は真実だ。正直に一つずつ話していく。ミホノブルボンの距離適性はマイルから中長距離であるように思えること、目下の課題は単純なスタミナ不足であるように感じること。

 

 

 それらを聞くと、ミホノブルボンはゆっくり目を閉じ、それからその鋭い目線をこちらにキッと向けた。

 

 

「……私の目標は、クラシック三冠達成です」

「……そうなの」

「ですが同時に、私自身はスプリンターに向いていることは自覚しています」

「……そう」

「正直に申し上げますが、私に対して、短距離に適性が無いと言い切ったのは父も含め初めてで……プロセス:『疑い』をあなたに向けています」

 

 

 そんなこと言われても。胡散臭いのは解るけどそう見えちゃったんだから仕方がない。私はスズカの前トレーナーのこともあり、ベテランの目利きよりもこの能力が正しいと思ってるけど。

 

 

「しかし、サイレンススズカさん。あなたを育てたトレーナーの手腕については、信頼に値すると判断します」

「ええ。良いトレーナーさんよ。たまに意地悪だけど」

 

 

 人前でそんなこと言うんじゃありません。変に思われるでしょ。

 

 

「……ですので、もしあなたが私のマスターになっていただけるなら……私は、それを望みます」

「……そう……そうね……」

 

 

 頷くのは簡単だ。でも、果たして良いのだろうか。彼女は明らかにスズカとは違う。レースに、あるいは特定のレースに執着して、一着を取りたいと感じている。そんな彼女を、私が育てきれるのか? 

 

 スズカの才能に、私はおんぶにだっこだ。ミホノブルボンにそれがあるかは解らない。

 

 

「……あの、ミホノブルボンさん……少し考えても良いですか? 明日、またここで待っていてください」

「……了解しました。では明日」

 

 

 悩んでいるうちに、スズカが対応して彼女を帰してしまった。結論は出ないまま、スズカに連れられる形でトレーナールームまで戻る。気を遣わせてしまったのだろうか。不甲斐ない。そんな気持ちから、謝罪が口をついた。

 

 

「……ごめんスズカ」

「……? いえ、お昼ご飯の時間ですから。午後はグラスワンダーさんと走るんですから、時間がかかっても困ります。走って待ってて良いならいくらでも待ちますけど……」

「私のエモを返して……?」

 

 

 平気な顔をするスズカを見て、ちょっと元気が出た。ファイルは机にしまい、早くしてくださいと急かすスズカを追って食堂へ歩き出す。

 

 

「それで、どうしてさっきはすぐに返事しなかったんです?」

「え? うーん……ちょっと、自信が無くて……」

「なんでですか?」

「なんでって……」

 

 

 彼女はスズカではないから、なんて失礼なことは言えないけど、それでも何かを言おうとした私に、振り向いたスズカは微笑んで言った。

 

 

 

「私がこんなに速いんですから、トレーナーさんにも自信を持ってもらわないと困っちゃいます」

 

 

 

 …………この、ばか栗毛め。

 

 

「何なら今から走りますか? トレーナーさんのために。トレーナーさんのためにですよ?」

 

 

 台無しだよもう。


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