走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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あなたとずっと、サイレンススズカ

 

「スズカ行くよー」

「待ってください、オイルが……あれ? 確かここに入れたはずなんですけど……」

「その、手に持ってるのは違うの?」

「新しく買ったやつがあるはずなんです」

 

 

 へー。

 

 

「置いていっちゃうよ」

「わ、解りました、今行きますっ」

 

 

 夜。少し遅い時間まで待って、お風呂に入りに行くことにした。お客さんの少なさを狙って旅館は少し外れのところを選んだので、温泉は手形を買って中心街まで向かうことに。こんな時間でも結構営業しているものね。

 

 ヘアオイルに一家言あるスズカを半ば無理やり連れて、再び夜道へ。流石にお店は閉まっていて、点々とある手形受け入れの旅館が明かりになっている。街灯も装飾が凝っていて綺麗ね。

 

 

「どこに行くんですか?」

「同じ土地だしどこも変わらないと思うけどね。あの旅館より広いってだけで……大体美容じゃない? 効能的には」

「いります? トレーナーさん、お肌綺麗じゃないですか」

「おかげさまでね」

 

 

 スズカと関わるそれ自体が私にとってとても健康とかに良いのだ。なにせ基本的にストレスというものが無い。時々胃に穴が開くんじゃないかってくらい辛くはなるけど、日常的には無いからね。その時点で、まっとうに働いている同世代よりたぶん得はしている。

 

 しばらく歩いて、適当な大手そうな所に入る。いくら何でも時間が時間だし、人はいないに等しかった。早速お風呂へ直行する。やっぱりかなり広いわね。

 

 

「脱衣所からこんなに広いんですか?」

「びっくりよね……走っちゃダメよ」

「私のことをバカだと思ってません?」

 

 

 脱いだ服を私に投げ付けてくるスズカ。脱ぐの早。まだ私スマホ置くくらいしかできてないんだけど。

 

 

「先に行っちゃいますからね」

「待って待って。この歳で早脱ぎなんてさせないで」

「ふふ。遅いんですね、トレーナーさん?」

「脱ぐ早さなんか誇らないで?」

 

 

 一生活かされないだろうスピードを示した後、堂々と私の真横で何も隠さず待つスズカ。羞恥心とかは……まあ私も今さらスズカに対しては全く無い。全裸くらい見慣れているし。

 

 ともかく色々調え、二人で浴場へ。とりあえず洗い場へ向かうと、スズカは当然のように椅子を二つ縦に並べてその前に座ってしまった。

 

 

「……何してるの」

「……? 洗ってくれないんですか?」

「……まあ洗うけど」

「ん」

 

 

 思ったより自然な動きだったからびっくりしちゃった。一つの躊躇も無かったもんね。流石だ。相変わらず特定のことに関しては一切のブレーキが無い。でも私もそういうのを前提に動いているみたいなところあるし、後ろから腕を回し上を向かせるようにして、目にかからないよう注意しながらシャワーを流す。

 

 

「熱くない?」

「大丈夫です」

 

 

 洗う前に軽く流して、櫛を通しておく。スズカの場合は髪が絡まってるとか変に汚れてるってことはないけど、念のため。それから、毛先にコンディショナーをつけておく。そうしている間にスズカが自分でシャンプーを泡立ててくれているので、頭に載っける。

 

 いつものスズカの髪に、わしゃわしゃと指を立てていく。頭皮を揉みほぐすみたいにゆっくり、爪を立てないように。んー、と背筋を伸ばして私に後頭部をぶつけてくるスズカ。ちらりと目が覗き、機嫌良く細くなる。

 

 

「トレーナーさん」

「ん?」

「うなじ……」

「はいはい」

 

 

 スズカの言う通り掻いてあげて。ウマ娘は耳が頭にあるので、変に泡が入らないように気を付けないといけない。しっかり避けて、ウマ耳は別に手を洗い流してから後ろの辺りを擦る。

 

 

「こらスズカ、動かさないの」

「ぁぅぁぅ」

 

 

 ウマ耳、自分の意思よりも感情で動く部分の方が多いから、私が洗ってあげてるとぴこぴこして邪魔。一応しばらく洗ってるとちょっとずつ横に倒れていくけど。走るのを引退したら人間と同じ位置に耳が動いたりしないかな。

 

 ぐるっと頭を泡で覆ったくらいで、長い髪を少し持ち上げて泡で巻き込む。毛先を見失わないように丁寧に、半ばくらいまで泡で包んでおく。

 

 

「流すよー」

「はーい」

 

 

 流す時はそのままだと色々と面倒なので、スズカを後ろに倒して斜めにしてからにする。私も支えてはいるけど、スズカの場合一人でリクライニング体勢を維持できるのがお役立ち。美容師さんがそうするくらい慎重に洗い流し、泡が全部無くなったのを確認してから下ろした髪にトリートメント。手慣れたものね、私も。

 

 

「トレーナーさん寒くないですか? お湯をかけましょうか」

「お願い。まあもう少しで終わるけどね」

「あい」

 

 

 髪に残らないようしっかり流して、仕上げに纏めてタオルで頭に巻く。あんまり長くやるのは髪にも良くないけど、お湯に浸けるわけにもいかないし。

 

 体は自分で洗ってもらって、その間に私は自分をちゃかちゃか洗っておく。途中でスズカが洗った泡付きのタオルを受け取って……いや、家でやるならともかく外でこんなケチなことする必要ないな。まあ良いか。

 

 

 スズカに少し遅れて洗い終わり、二人でお風呂へ。どこも空いているし、適当に何か普通そうなところに入る。

 

 

「あちちち」

「気を付けて入るのよ……うぁ、ああ……」

「おばあちゃんみたいな声……ふぁ……ぅ」

 

 

 くそっ声が透き通っていて若い。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「トレーナーさん、そろそろ爪切った方が良いですよ」

「いや今度さ、ネイル着けようと思ってちょっとだけ長めにしようとしてるんだけど」

「えー。似合わないですよ。長いと困ることもありますし」

「そっか……じゃあ切ろうかな」

 

 

 多少とはいえ東京から離れると、星が綺麗に見える。開放的な夜空を臨む露天風呂に浸かって、隣のスズカとどうでも良い話をしたり、黙ったり。

 

 少し上気したスズカの頬を撫でる。んー、と手を取って弄くるスズカ。いくつか点々と違う湯船に来てるけど、ここが一番景色が良いかも。

 

 

「そういえばスズカ、家にたくさん味付け玉子作ったじゃない」

「はい。あの美味しくないやつですよね」

「そうそう。あれ、新しい作り方試すから全部食べちゃってよ」

「無茶言わないでください。味が濃すぎます」

「どうせ美味しいからたくさん作って大丈夫って言ったじゃない。責任責任」

「味見の時はあんなにダメダメとは思いませんでした。前言撤回です」

 

 

「あの変なお面何とかしてよ。怖すぎるんだけど」

「でもフクキタル曰く開運グッズらしくて……」

「でもあの子、スズカのこと幸運の権化みたいに扱ってなかった?」

「はい。だから、あれで運気を溜めて自分の部屋に飾るんだそうです」

「それじゃスズカが不幸になるじゃない」

「それが、吸い取るんじゃなくてコピーするみたいで」

「何でもありじゃん……」

 

 

「トレーナーさんおっぱい大きくなりました? それとも太りました?」

「はっ倒すわよ……スズカは本当に変わらないわね。小さいままね」

「ふふ。すごく走りやすいですよ。もう少しお尻が大きくなると、たぶん出力も上がると思うんですけど」

「何か言われたこと無いの? 同期とかに」

「うーん……あんまり……むしろ私が小さくなるブラとか渡してるくらいで……タイキとかパールさんとか、短距離のウマ娘はそういうものなのかなって思うんですけど、フクキタルとかブライトとか、可哀想で……」

「……ん、まあスズカがそれで良いなら良いけど」

 

 

「え? サウナ入るんですか? 良いじゃないですか湯船で」

「別に良いじゃない。スズカだって気持ち良さそうにしてたんだし」

「確かに気持ち良かった……んですけど、何か違う気がして……怖くないですか? 絶対に走った方が良いですよ」

「運動してもね……気持ち良さより先に疲れが来るのよね」

「おばあちゃんじゃないですか」

 

 

「あっあっ、あっ、と、とれーなーさ、だめだめだめ」

「スズカ。整ってる時に騒がないで」

「きゅっとする、きゅっとするっ。て、てをにぎってっ」

「あー…………」

「や、やだやだ、きもちよくない、むりむりむりっ」

「消えるぅ……」

「ぁ、ぁっ、ひゃ、あ、あー……あーっ……」

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「はあ……あ、い、んっ、んんっ」

「変な声出さないで」

「すみませ、あ、ぁんっ」

「もう」

 

 

 宿に帰り、スズカのケアの時間。少し時間が空いてしまったがテールオイルを使った後。俯せになるスズカに跨がって肩と背中をマッサージしていた。

 

 流石に一日走り回っていただけあってそこそこ疲れてはいる。スズカ自身、走っていれば疲れないとは言うものの、当然身体への消耗はあるのだ。でもたぶん普通のウマ娘より圧倒的に少ないかな。

 

 

 人間より遥かに強いとはいえ、リラックス状態でマッサージをする分には変わらない。揉んだり叩いたり押したり、ゆっくりゆっくり時間をかけて解していく。

 

 

「んぅ……くは、ふぅ……」

「もう大丈夫かな。よいしょ……っと」

 

 

 最後に背骨を伸ばして鳴らし、ぐえ、と大人しくなったスズカの腰を叩いて終わり。思いの外汗をかかないで済んだし、私もこのまま寝ようかな。

 

 

「ほらスズカ、そっち寄って。もしくは布団戻して」

「あい……」

 

 

 当然のことながら布団は二つ敷かれていたが、部屋に入るなりスズカがその片方を畳んで部屋の隅に投げてしまった。

 

 一緒に寝ているのなんていつものことだけど、流石に敷布団で二人は狭い。電気を消して、普段にもましてほとんど抱きついているに等しい距離で布団に入る。

 

 

「んー……ん? ぅん。ん?」

「何してるの」

「何となく収まりが悪いと言うか……手の位置とか」

 

 

 しばらく蠢いていたスズカだったが、少しすると落ち着いたのか、私の腕を引っ張り出して枕にすると、私の胸元に縋るように丸まった。結局いつも通りじゃない。

 

 定位置を見つけたことで機嫌が良くなり、すりすりとおでこを擦り付け密着しようと脚や腕を回してくる。拒否する理由もないし狭いので受け入れ、私からも抱き締めておく。わあ暖かい。

 

 

「はあ……今日は幸せです、本当に」

「いつもは違うの?」

「言っておきますけど私はかなり妥協しているんですよ。あまりにも走る時間が短すぎます」

「たくさん走ったじゃない……しかも自然の中でさ」

「そういう話じゃないんですよ。地理と気候と時間が合わさって初めて完璧なランニングになるんです。全部細かく条件があるんですよ」

「じゃあそれに合わない時は走るの禁止ね」

「そういうことじゃない……ん、あの、トレーナーさん?」

 

 

 細々喋ってるうち、胸に顔を埋めたままスズカが目だけこちらを向いてきた。浴衣、ぐちゃぐちゃになっちゃったな。珍しく静かな雰囲気で、二人の間の空間が消える。

 

 

「私、卒業するじゃないですか」

「そうだね」

「トレーナーさんは……その後、どうするんですか」

「……そうね」

 

 

 ドリームリーグに進むならともかく、そうでないなら大学課程までトレセンにいる必要はない。スズカの場合今年で引退すれば、次の三月で卒業することだろう。

 

 もし私にスズカしかいなかったなら、きっとそのままトレーナーも辞めていた。私は強いウマ娘しか育てられない。必ずスズカと比べてしまうからだ。どこかで、重賞は絶対に無理だろうとか、未勝利戦勝ったのも奇跡とか、そんなことを言ってしまう。素直に喜ぶことができない。

 

 

「しばらくはトレーナーを続けるわよ。二人が辞めるまではね」

 

 

 ブルボンとスカーレットがいてもそれは変わらないけど、スズカへの依存度は下がっているような気もする。もちろん、スズカが辞めてと言うなら今すぐ辞めよう。だけど、二人も大切な私のウマ娘だ。責任は持ちたい。

 

 

「その後は?」

「どこか田舎に行って、適当な働き口でも見付けるわ。あなた達のおかげで、最悪働かなくても生きていけるくらいのお金はあるし、きっとブルボンもスカーレットもこれから物凄いお金を稼ぐだろうし」

「東京にいないんですか?」

「だってスズカが言ったんじゃない。ビルの間より草原を走りたいんでしょ? どこの田舎にまだ草原があるのかとは思うけどさ」

 

 

 流石に東京で暮らすには家賃とかが心配だし。元々騒がしいのは好きじゃないから、都会にいる必要はないのかも。

 

 スズカのおでこをぐりぐりと指で押す。眉を顰めるスズカ。ぎゅっと目を閉じたかと思えば、ごちん、とまた頭突きを決める。ふう、と小さく息を吐いて、私に回した腕に力を込めた。ぐっと密着して、私の胸を押し上げてくる。それからまた顔を埋めていった。

 

 

「私、一緒にいて良いんですか」

 

 

 ぽつりとスズカが言った。さらに力が入る。少し骨が軋み始めた。

 

 

「何言ってるの、今更」

「だって」

 

 

 ほんの少しだけ声が小さくなった。さらに布団の中に潜り込むようにして消えていく。もじもじと体を震わせて、さらに強く私を抱きしめる。痛い。普段よりも手加減ができていないような気がする。でもまあ、そんなことで騒いでるようではウマ娘のトレーナーではいられない。ウマ娘に人生を捧げることはできないけど、スズカに殺されるのならそれでも良いかな、とは思える。

 

 力技で反らされた背筋を強引に丸め、肺の空気が押し出されそうになりながら手を伸ばして後ろから頭を、さらさらの髪を梳くように撫でる。目の前でしゅんと萎びたウマ耳を擽って、指で引っ掛けて立てる。マイクみたいに私の口元に寄せて、ふっと息を吹きかけると、びくん、とスズカが腕の中で揺らめいた。

 

 

「そんなこと聞く必要があった?」

「……私だって、少しくらい考えてるんです。良いじゃないですか、不安になるくらい」

「まあ、別に不安になるくらい良いけど」

 

 

 スカーレットってこんな気持ちだったのね。本当に酷いことをしたかも。しかも年上の私が。

 

 

「大丈夫よ。しばらくの間は一緒にいようね。連れて行ってあげるから」

「しばらくって何ですか……ずっとじゃダメですか」

「それはダメかなあ……いたたた」

 

 

 私も布団の中に少し潜って、目を埋めるスズカの顔を少しだけ上げる。隙間から入ってくる常夜灯の光が瞳に反射して見えた。

 

 じっとスズカを見つめる。いつも通りじゃないスズカの可愛い顔がある。空色の目が私を見たり、少しぶれたり。私の背中を擦って、体を擦り付けてさらにくっつこうとする。

 

 

「なんでですか」

「結婚とかあるじゃない」

「結婚するんですか?」

「スズカがね」

 

 

 私はたぶんしないけど。この先誰と恋をしても誰と暮らしていても、たぶんスズカに呼ばれたら行くだろう。そんなようでは結婚なんかしていられない。するにしてもスズカの後かな。

 

 スズカは……もちろんずっと一緒にいられればそれで良いけど、ウマ娘は次代を残すことも大切な役割だ。子供がいないとおかしい、なんてことは今の時代に合っていないけど、ウマ娘に関してはほとんどがそういう生き方をする。

 

 

「スズカが相手を見つけて、ウェディングドレスを着たら結婚しようかな」

「しようと思ってできるんですか?」

「どうかな。できないかもね」

 

 

 一生独り身かな、私は。仕方無い。私にはスズカ以上の運命は無い。この子が最初で最後だろう。でも、一生分の幸運でスズカに会えたならそれはとても素晴らしいことだ。

 

 

「じゃあ、ずっとですよ」

「スズカなら好きに選んで良いのよ? あなたはそれだけのウマ娘なんだから」

「選ぶって誰をですか? トレーナーさんより素敵な人を?」

「そうねえ」

 

 

 張り裂けそうなくらい嫌だけど、スズカが、私より素敵だと誰かに言う時はきっと来る。私が一番でいたいけど、私が一番と思ってほしくない。いつでも私から逃げて良い。いつだって、ヒトとウマ娘、相手を選ぶのはウマ娘だ。

 

 泣きそうになって、被さるみたいに抱き付く。

 

 

 やだなあ、ほんとうに。ほんとうに、いやだ。

 

 

「いませんよ」

「いるよ」

「いません」

 

 

 私の足が、スズカの脚に絡め取られる。いつの間にか、スズカの手が私の頬に伸びていた。まっすぐ見上げて、無理やり私の目を奪って、異次元の逃亡者は強く言い切った。

 

 

「いません」

「……仕方無い子ね」

 

 

 いないなら、それでも良い。世界で一番スズカのことを知っているのは私だ。永遠は約束できないけど、いつか来るその時までは一緒にいる。それが一番スズカのためだと断言できる。

 

 

「じゃあ、見つかるまで一緒にいましょうか。きっとすぐよ」

「本当ですか? 絶対ですよ。このまま一緒ですよ」

「絶対。見つかるまでね」

 

 

 私もスズカの頬を撫で、むっとした唇を指で伸ばす。母親……じゃない。これは母性じゃない。独占欲のような、もっと嫌なもの。スズカの一生を縛るにはあまりにも醜いものだ。

 

 だから、スズカがもっとマトモなパートナーを見つけるまで、一緒にいさせて。スズカの一番として、スズカを幸せなままで守っているから。

 

 

「……なら、良いです。いつまでもいますから」

「いつまでもいられると良いわね」

 

 

 少しずり上がって、二人で布団の外に出る。スズカはそう大きく表情が動く子ではない。だけど、スズカなりの動き方というものがある。

 

 そして、今のスズカは間違いなく、満面の笑みを浮かべていた。

 

 

「はい。()()()()探すことにします」

「うん。()()()()探しなね」

 

 

 鼻先の距離で見つめあって、長い睫も、お行儀の良い鼻も、薄い唇も、上気した頬も、暗がりの中でもよく見える。ふふっと笑って、こつん、と鼻と鼻をぶつけた。

 

 

「大好きですよ、トレーナーさん」

「……うん。私も大好きよ、スズカ」

 

 

 囁くようなスズカの声に心臓が跳ねた。目を閉じて額を合わせる。密着したスズカから、同じように早鐘を打つ鼓動が聴こえてくる。

 

 数分。耐えきれなかったのは私。そのまま顔をずらして、単純に抱き締める。旅館のシャンプーの香りがする。スズカの吐息が首にかかり、スズカがぐっと私の胸元を触れて寄り掛かった。

 

 

「引退したら、毎日走っても良いですか?」

「もちろん──」

 

 

 へな、とウマ耳がよれた。

 

 

「──ダメよ。スズカの脚が大切だからね」

「むむむ。意地悪ですね、トレーナーさん」

 

 

 ぴこん、とウマ耳が立ち上がる。

 

 

「仕方無いのでちょっとだけ言うことを聞いてあげます」

「仕方無いのでって何よ」

「仕方無いのでは仕方無いのでです」

 

 

 ぐりぐりに抱き付いて、弾んだ声で言うスズカ。ぴこぴこ動くウマ耳を撫でていると、少しずつ大人しくなっていった。

 

 

「お休みなさい、トレーナーさん」

「ん。お休み、スズカ」

 

 

 今日もスズカが可愛い。きっと明日も、その次の日も。

 スズカといつか別れるまで、たぶんスズカは可愛い。

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