走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
夜。ライスシャワーを巻き込む理由は流石に無いので一人だけ送り返し、残りのエルナトメンバーは病室でスペシャルウィークを待つことに。スカーレットは指定されていないけど、ブルボンが良くてスカーレットがダメなことはないだろう。本人もいたいって言ってるし。
「はい終わり」
「な!? 嘘でしょ!? これでもダメなの!?」
「ふふ。遅いわスカーレットさん。遅い遅い」
「このっ……ぐぐぐ、こんなムカつくトランプ初めて……!」
結構時間がかかるとのことなので、暇潰しにスズカとスカーレットがスピードを始めた。勝ったら相手に遅いと言って良いというデスゲームである。
スズカは先頭狂でありスピードに絶対の自信を持っているが、別にトランプのスピードまで異常に強いというわけではない。ただ、慣れと『もし遅いと言ったらどうなるか解ってるわね?』と言わんばかりの圧がスカーレットを鈍くしていた。
「テーブルは壊さないでね。備え付けのは脆いんだから」
「解ってるわよ……!」
キレすぎ。
そんなわけで今のところスズカがバカ勝ちしている。後輩と遊ぶのが楽しいのかルールだからなのか、珍しくストレートに煽るスズカの姿が見られていた。
ベッドのご飯用のテーブルを上げて、ブルボンによる審判のもとゲームは行われている。最初は広めの空間で椅子を並べていたんだけど、ブルボンからあまり離れると、それを見るブルボンの視線があまりにも寂しそうなのでやめた。
「反則してませんか……!?」
「していません。それよりもスカーレットさん。指示通りカードを出してください。勝てません」
「ブルボン先輩が速すぎるんですよ! なんで反射でやってる私より指示の方が速いんですか!」
「情報処理には自信があります」
審判というか、完全にスカーレットに肩入れしてるけど。アナログゲーム最強のブルボンも、流石に指示出しでは勝てないらしい。神経衰弱ならたぶん勝てるとは思うんだけどね。
「ハンデをつける? それでも良いわよ」
「いりません……! 絶対に自力で勝ちますから」
「私のサポートを受けている時点で自力ではありませんが」
「速すぎてサポートになってないんですよ!」
「ではサポートレベルを大幅に落としましょう」
それはそれで嫌だ、という顔をするスカーレット。いや、もちろん三人の仲は疑ってないよ? 仲が良いのは本当だし、じゃなきゃ今のエルナトは無いし。でもすぐに煽る癖はどうにかならないかな。あと負けん気も日常生活で出す必要はないのよね。
「スズカが気付かれないように手加減したら良いんじゃない」
「は?」
「……何でもないです」
困った子達だ……。
「スピードじゃ勝てないと思うわ。よくトレーナーさんとやってるし」
「練習になってる? あれ。私、ボコボコにされてるだけじゃない」
「楽しいので成長します」
頭を抱え戦術を練るスカーレット。しかし悲しきかな、単純にパワー押しができる相手に戦術など通用しない。しばらくスカーレットがトランプ最弱かな。
頑張って考えて色々試したスカーレットだったが、結局この日は勝つことはできなかった。もうちょっと運の要素があれば勝てそうだけど、それはスカーレットのプライドが許さないし、スズカも自分が勝てるからこそこんな罰を受け入れているところはある。性格悪くない?
────
「すみません、こんな夜に」
「ううん。良いのよ」
日付感覚の麻痺により仔細省略。記録者、ミホノブルボン。未だ入院中。
本日、スペシャルウィークさんがスズカさんへ話がしたいとのことで、夜七時頃トレセンに来ていました。彼女のトレーナーもともに来ましたが、分かれてほしいと要請があり、マスターとともに外へ出ています。
ライスの話では、スペシャルウィークさんは海外から来たウマ娘の宿泊するホテルに突撃して、ジャパンカップに出走するように迫ったそうです。トレセンで一番の有名人になったとか。
スズカさんやマスターは旅行に出ていましたしまだ知らないようです。ですが、何となく理解はしているでしょう。スペシャルウィークさんから、何かとてつもないものを感じます。
「それで、どうしたの? 何の話?」
「……はい。スズカさん、ジャパンカップのことはトレーナーさんから聞いて……いや、知ってますか?」
そして、私よりスペシャルウィークさんに詳しいのがスズカさんです。ことウマ娘に限るなら、お二人は一番の理解者どうしでしょう。それぞれに副会長やグラスさんもいますが、やはり一つ違うように感じます。
「……ごめんね、何も知らないわ。何かあったの?」
「簡単に説明しますね。今回のジャパンカップには、ヨーロッパ最強のモンジューさんが出走する予定でした。目的は一つ、日本最強のスズカさんと走るためです」
「そうだったの」
「ですが、スズカさんは走らないとのことなので出走取消という話になり……まあ、それは私が何とかしました。モンジューさんは出走します」
聞いているスカーレットさんの耳が絞られていました。私もどこか、憤りを覚えます。いえ、冷静な思考のもとであれば理解できます。日本のターフはヨーロッパのウマ娘にとってはリスクが高い。それを負ってでもスズカさんと走りに来たのだから、それがいなければ帰国する。当然です。
「私も見ました。記者会見……あんなの、日本のウマ娘を軽く見てるみたいじゃないですか」
「仕方ないです。事実ですから。日本のレースはヨーロッパのレースを追って作られてます。下に見て当然だと思います」
しかし、そう、私達は私達に誇りを持っている。私なら私とライスに、スペシャルウィークさんなら同期の面々に。スズカさんを目指したウマ娘としても、眼中に無いと言われたに等しい扱いです。
しかし、スペシャルウィークさんは何も思うところはない様子で、まっすぐに会話を続けます。
「でも、このジャパンカップで私が勝ちます。強いのは私達日本のウマ娘です。スズカさんがいないと、なんて言わせません。みんなのいないターフを、誰にも渡しはしない」
「……スペちゃん」
「でも安心しました。スズカさんは何も知らないし何も考えてないだろうなって思ってましたから。これでモンジューさんに勝つために対策してた、とか言われたらどうしようかと」
「あれ……? スペちゃん……?」
スズカさん……
「それで、ここからが本題なんですけど」
スカーレットさんが用意していた椅子から立ち上がり、彼女は一息ついてからスズカさんを直視し、勢い良く頭を下げました。
「来年もう一度、私とトゥインクルで走ってください、スズカさん!」
「……どうしたのスペちゃん。あなたらしくないじゃない」
私とスカーレットさんにも緊張感が広がります。スズカさんは、
理解の無い言葉には、相応の態度を。
「もう私は走らない。自分で何を言っているか解っているの、スペちゃん?」
底冷えのする、強者にしか出せない威圧。格上たるスズカさんが、小さな声でスペシャルウィークさんに言い放ちました。遅いと言われること、それ以外でスズカさんが怒ることはそうありません。
ドリームリーグに進まない理由は確固たるものがあっても、トゥインクルシリーズから消える理由はそう大きくありません。ただ単に、タイミングが良かったから。その一点です。
「解ってます。だから、嫌なら断ってくれて構いません」
「じゃあ嫌」
「……一応最後まで聞いてもらっても良いですか?」
しかし、たとえ理由が何であれ、スズカさんとマスターの二人でした決定は、お二人のなかで大きな意味があります。思い切り耳を絞るスズカさんなどそうそう見られません。
予想通りスズカさんは即答しました。取り付く島もない返事でしたが、しかし、それでもスペシャルウィークさんは怯まずに平気な顔で続けます。
「私のジャパンカップ、必ず見に来てください」
これがマスターの言う、主人公の器でしょうか。日本のウマ娘が次々に出走を回避し、相手はヨーロッパ最強のウマ娘。日本全域からの期待が彼女に懸かっているでしょう。
私は、走る時マスターとの会話で懸けられた期待を忘れています。自分のペースで走ること。それが私に必要なことで、過度な期待はそれを妨げる要因になります。三冠の時ですら、あくまで私は夢とマスター、それから両親の期待で走っていました。
「私は必ず勝ちます。絶対です。今、スズカさんが私のことなんて見ていないのは知ってます。だからスズカさん。もし私の走りを見て、少しでも何か感じたら」
その一方、あえて全てを背負うことで強くなろうとしている。これがヒーロー。スペシャルウィークという存在の強さ。感服です。私はそうはなれない。それができるとすればスカーレットさんでしょう。
「少しでも二人の心を動かすことができたら、来年もう一度走ってください」
非常に真摯で、誠実で、しかし自信に満ちている。堂々とした立ち振舞いと一切迷いが検出されないほど覚悟のある言葉。尊敬します、スペシャルウィークさん。
「何のレースでも、いつでも構いません。マイルでも私は受けます。スズカさんの準備ができるまで待ちます。もう一度だけ、私と勝負してくれませんか」
「……うん。そうなの。そう」
それを聞いたスズカさんは怒るのをやめ、ゆっくりと立ち上がってスペシャルウィークさんの目の前に構えました。たった3cmの目線の差が大きく見えます。
「私達が何か感じたら、で良いのね」
「はい」
「心が動かなければ走らなくても良いのね」
「はい」
「走るレースは私が……トレーナーさんが決めても良いのね」
「はい」
二人はともに流れるように話しています。台本を読んでいるかのように、お互いを完全に理解している様子で目を合わせて、向き合ったままスズカさんが目の前で微笑みました。
「楽しみにしてるわ」
「……してないくせに」
「してるわ。ちょっとだけ」
────
「で、話は受けたの」
「まあ……他ならぬスペちゃんのお願いですから。それに、ジャパンカップも頑張ってほしいですし」
その夜。家に帰りベッドの中。スペシャルウィークとの会話からいつになく大人しいスズカ。阪神までは帰れないスカーレットは床に布団を敷いている。一緒に寝れば良いのに、と何回か言っているが、自分を省みて言いなさいよと一蹴されてしまった。
私の足を絡めてスズカの脚がぐっと力を込める。んー、と私の胸に顔を埋め、スズカはため息をついた。
「でも……不本意です。今年で引退って決めていたのに」
「偉いじゃない。ちゃんと後輩のために判断できたんでしょ」
「ん……それは、そうなんですけど」
背中に手を回し、スズカのお腹や脇腹を擦る。くすぐったいようにもぞもぞと動き、スズカの手が私の首元に触れる。顔を出して私を見つめると、少しだけウマ耳を絞って言った。
「トレーナーさんが、私以外で感動するのは嫌です」
「……別に、感動なんて言ってないでしょ。心が動いたらでしょ?」
「一緒です。危ないかもって思うんですか? 私が?」
「バカね、思うわけないでしょ。あなたはずっと唯一絶対よ。マチカネフクキタルに負け越しててもね」
「……公式レースでは負けてませんし」
ぴくんぴくんと倒れたまま震えるウマ耳を手のひらの中でほぐす。イヤーキャップを外したふわふわなウマ耳をマッサージしながら、少し鋭くなった目尻を指でなぞる。
スズカ以外に感動するのはスズカ的にはNG、そんなことは解っている。もちろん私も心意気は底辺とはいえトレーナーの端くれ、スピードと輝きを見たら少しは心が動く。だけど、やっぱり、他の専属トレーナーのように、スズカの走りに頭をやられていることは間違いないのだ。
「スズカが決めなさい。私は全部あなたに任せるから」
「……そういえば、スペちゃんのトレーナーさんとはどんな話を?」
「あなたと同じよ。熱心に頼まれたわ」
「……よく断れましたね。ビビリなのに」
「スズカのために頑張ってるんでしょーっ」
「ぁぅぁぅ」
頬っぺたをぐりぐりと挟んだあたりで、既にウマ耳は戻っていた。大変だったんだからね、スペシャルウィークのトレーナーとのお話。向こうは実績も何も全部私より上なんだから。スズカとブルボンでは捲れないくらいのキャリアがある。そういうおじさんがめちゃくちゃ丁寧に頭を下げてくるわけ。
わざわざ私とスズカを分断したのは、本当にスズカと話したかったから? それにしてはブルボンやスカーレットは気に掛けていなかった。どちらかといえば私をトレーナーと二人にして圧をかけようとしたんじゃないか? と、そう思うくらい地獄の空間だった。
「……もう寝る?」
「ん……寝ます」
むにむにしていると眠そうにしてきたので頭を撫でて眠ることに。胸元に擦りついてくるスズカを受け入れ、頭が潜らないように布団をかけ直す。
うとうとのスズカを見つめる。わざわざこの話を自分から振ったということは、そこそこ思うところがあったということ。こんな感じだけどスズカは結構周りが見えているからね。
「おやすみ、スズカ」
「ん……おやすみなさい」
「おやすみスカーレット」
「……おやすみ」
起きてたんだ。
スカーレット「私は壁、私は空気、私は床……」