走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
……スズカがおまけなのはおかしい、おかしくない?
「ん……んー……はぁ」
ある朝。いつも通り早朝に起きた私。今日は学校は休み。目を開けると、目の前にぐっすり寝付いているスズカがいる。体温や汗に異常がないかを軽く確かめ、起こさないようにそっとベッドを出た。
「……おはようスズカ」
スズカの頭を撫でて部屋を出る。朝御飯を作らないと。普段はトレセンでも食べられるから人間スケールで良いけど、休みの日は私だけでウマ娘スケールを作らないといけない。
顔を洗って、トイレ……と洗面所を出ると、ちょうどトイレの扉が開いた。
「あ」
「あら。おはようスカーレット。早いじゃない。よく眠れた?」
「おはよ……まあまあね。別に眠いけど」
ウオッカと顔を合わせづらいとのことでしばらく完全に泊まっているスカーレット。寝起きって感じでもなさそうね。パジャマはちょっと乱れてるけど。お腹を出すと風邪を引くわよ。これから寒くなるんだから。
「来週の小テスト、いつもより範囲広くて……復習を長めにとろうかなって」
「偉い」
授業以外の勉強時間をとりたくないのでやる時は本気を出すスズカ、こと暗記については他の追随を許さない脳を持つブルボンと比較すると、スカーレットは本当にたゆまぬ努力でトップに居続けている。これは本当に凄いことだ。
がんばり屋って凄いわね。私が中学生の頃なんて勉強は適当にやってたからなあ。トレーナー免許の教養試験が一般常識寄りで良かったって感じ。
「何か解らないことがあったら聞くのよ」
「ん……ん? 待って。何してんのアンタ」
「え? トイレ……」
ひらひら手を振ってすれ違いドアノブを掴むと、後ろからスカーレットが私の肩を止める。顔だけ振り向いて、紅の瞳が私を射貫いていた。
「もうちょっと待ちなさいよ」
「いや、我慢するのダルいし……」
「直後はダメでしょ直後は。アンタデリカシーってものが無いの?」
「……まあ、気持ちは解らなくもないけど……っとっとっとっ」
うちの消臭剤、ウマ娘仕様だし。嗅覚が鋭いウマ娘からして効果を持つようなものだから、人間が感じ取れるようなものではない。じゃなきゃ共同生活なんかできないでしょ。
しかし残念なことに私よりスカーレットの方が力があるので、そのままキッチンまで引きずられていった。
「マジでゼロよ? 本当に何も感じないのよ?」
「気持ちの問題でしょ。逆にアンタはなんで気にしないの」
「トレーナーだし」
「トレセンの評判が下がるからあんまり代表面しない方が良いわよ」
わずかに顔を赤くしながら私を引っ張って連れていくスカーレット。そして、三角巾を私に投げ付けて自分も装備を調え始めた。
禁止されてしまったことは仕方無いので朝御飯を作り始めることにする。スカーレットもぐちぐち言いながらも調理器具を出したり、お米を用意したり。
「どれくらい炊く?」
「一升のやつ。お願いできる?」
「了解。……よいしょ」
スズカ達のとんでも消費に追い付くべく買った新しめの炊飯器、最近使い詰めだ。お米を研ぐのも面倒なんだよね……でも無洗米はなあ。たぶん誰も気にしないだろうけど、そんなに美味しくないというか。気分かな。
平気な顔で2リットルペットボトルを片手でひっくり返すスカーレット。腕を捲ってお米を研ぎ始める。
「よっ……む……」
もしくはスカーレットが来てからのお米はスカーレットが研いでくれるから気持ちで美味しくなってるかどっちかだ。ポニーテールに三角巾とエプロンまで着けてくれる可愛いスカーレット。私は髪しかちゃんとしてないけど。
母親にでも習ったのかスカーレットはちゃんと料理ができる。お米を研ぐのも上手いものだ。何も言わなくても小分けにして少しずつ洗ってるし。スズカだとたぶん纏めてやるでしょうね。できるだけでやる気は無いから。
「卵焼き、味付けどっちが良い? 甘いのとしょっぱいの」
「んー……まあ、どっちでも」
「じゃんけんする? スカーレットが勝ったら甘いのね」
「良いわよ」
じゃーんけーんぽん。スカーレットの勝ち。
「お砂糖お砂糖」
「ふふん。私の勝ちぃ」
「勝利に飢え過ぎでしょ」
「……反射で喜んだだけじゃない。やめてよ」
「研ぎ過ぎ研ぎ過ぎ」
照れ隠しか物凄い勢いで手を動かすスカーレットを止めてご飯の準備は完了。こっちに合流してくれるスカーレットにお味噌汁を作らせて、ちゃかちゃか他のおかずに入る。量があっても種類がないと飽きちゃうからね。
何も聞かずに味付けしても良いものもある。ただし、私の分とウマ娘達の分を別で作らないと味が濃くて病気になるけど。生活習慣病とは無縁って良いわね、ウマ娘って。はちみーとか週一回でも糖尿になるやつだし……。
でもまあ私が体調を崩したら三人が困るわけで、私だって長生きしたいし気を付けないと。一方、二人のご飯にはドバドバ調味料を入れても大丈夫。トレーナーは味見をせずに美味しい料理を作るスキルが必須である。
「コンロからお魚取れる? あと豆腐を切ったから鰹節かけておいて」
「了解……相変わらず手際良いわね。何品並行してんの」
「トレーナーだからね」
「トレーナーって料理人のことだったの?」
「ライセンスには調理師と管理栄養士は含まれてるけど」
「難しすぎる……」
「まあね。こんなの取るものじゃないわよ」
「トレーナーとしてその言いぐさはどうなの」
私だってこの目がなければ目指してなかったし。合格すれば絶対に育成で有利ということが解っているから頑張れたわけで……まあ、他でも役には立つけど。
「そもそも手際の良さは免許とは関係なくない?」
「スズカに私の手料理が悪いものだと思われたくないでしょ。量が少ないとか品数が少ないとか」
「あんまり気にしなさそうじゃない?」
「これで私まで適当にしたら本当に食事を栄養補給だと思っちゃうからね」
納豆をかき混ぜてもらっているところにぽこぽこ卵を投げ入れて、ダッシュでねぎを刻んで、後何があるかな……あ、白菜漬けてたんだった。デザートの果物を切って、それとベーコンとか焼こうかな。
「お味噌汁、そろそろ大丈夫だと思うんだけど」
「ん。ちゃんとできてる?」
「んー……うん。美味しい」
「はい天才」
「ふふ。何それ」
火は使い終わったし、あとは冷たいものをいくつか切って盛り付けるだけ。人手があるとやっぱり違うわね。スズカは言えば手伝ってくれるけど、手際が良いかっていうと微妙だし。
「手が空いたからスズカを起こしてきてくれる?」
「空いたようには見えないのよね。私、微力過ぎない?」
「スカーレットのおかげで助かったわ。ありがとうね」
「……まあ、なら良いけど」
小さく言いながら手を洗って、スカーレットがキッチンを出ていった。ウマ耳がピコピコなのがとても可愛い。実際私は助かってるし、エプロン姿のスカーレットが隣で手伝ってくれるだけでも気分が違う。なかよし。
残りの調理を全て終わらせ、ご飯と味噌汁をよそって、食卓に全部出して……おかしいな、スカーレットが帰ってこない。スズカ、寝起きは良いんだけど。
「スカーレットー? どうしたのー」
気になって見に行くことに。ここまで活動しておいて二度寝なんかもないだろう。ドアが開いたままの寝室に入ると、スカーレットがベッドに上半身を食われていた。
「何してるの」
「んんんんん!!!!」
脚をバタバタさせるスカーレット。助けるのは良いけどあなたが暴れてる限り私は近付けないのよ。
「おはようスズカ。何してるの」
「ん……トレーナーさん……おはようございます」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
「放してあげて?」
流石のパワーね。それが売りではなくても、都合二年くらいをひたすらパワーとスタミナのトレーニングにつぎ込んできた成果が出ている。スカーレットもこうなれると良いんだけど……まあ厳しいかな。スピード中心にせざるを得ないから。
私の呼び掛けにスカーレットを解放するスズカ。どうやら寝惚けているわけでもないようで、平気な顔で起き上がりそのまま乱れた布団を直し始めた。
「よく眠れた?」
「はい。元気です」
「ん。ご飯ができてるから顔を洗っておいで。あとスカーレットはなんで捕らわれてるの」
「トレーナーさんかと思ったんですけど……それにしてはおっぱい大きいなあって」
「まず匂いで解りますよね!?」
匂いじゃ解んないでしょ。いやウマ娘なら解るか。私はスズカなら解るし。
「ご飯の良い匂いがして解らなかったわ」
あ、そうか。
「それで誤魔化されるのはトレーナーだけです」
ん?
────
「ところでトレーナーさん」
「うん?」
「今日のランニングなんですけど」
「うん……うん?」
少しして、食卓。いつもながら朝から食べる食べる。ちょっと信じられないくらいスズカ達は食べる。私はとっくに食べ終わり、物凄い勢いで料理を平らげる二人を見ながら適当にテレビを回す。あ、今日重賞あるんだ。
「山道を走ろうと思ったんですけど、この間の雨でぬかるんでるかもしれないので海の方に行ってきますね」
「信じられないくらい雑にぶっ込むじゃないですか」
「いけると思ってるの? それで?」
メジロドーベルのエリザベス女王杯は来週だっけ。あの子もこれで昇格か。
「交渉術として使えるって覚えたんですけど……」
「にしても使い方が雑なのよ。もうちょっと丁寧に喋ったら?」
「でも走りたいですし……」
「何が『でも』なんですか?」
話しながらも着々と平らげていく二人。繰り返しお代わりをよそって、そんな状況でも喋る余裕がある二人を眺める。
「十二時間だけで良いですから」
「脚壊れるじゃないですかそんなの」
「やってみないと解らないですよね? 解りました。やります」
「自己完結しないで」
「むぐぐ」
口ににんじんを突っ込んで黙らせる。もぐもぐ。食べるのが早すぎるでしょ。口封じにもならない。最後のお代わりを食べきったスズカが野菜スティックを咥えながら首を傾げていた。
「じゃあ二十四時間にしますよ?」
「流石に無理ですよスズカさんでも」
「あっスカーレットそういうこと言うと」
「かっちーん。絶対に走ります」
「ああ。これは私が悪いわ間違いなく」
ジョッキサイズの牛乳を飲み干すスズカ。栄養を与えすぎて走る気持ちが湧いてきてしまったのかもしれない。今日はあまりにも脈絡がない……それはいつもか。
スズカが食器と空になった器を全部片付け、そのまま洗い始めながらぷりぷりと怒っている。少し頬を膨らませたまま鼻息を荒くしてこっちを睨んだ。私まで立つとスカーレットがかわいそうなので水を飲みつつ笑い返す。
「言っておきますけど二十四時間でも走れますからね。絶対に走れます。賭けても良いです」
「疑ってないって。解ってるわよそれくらい」
「もちろんトレーナーさんが解ってくれているのは解ってますよ。でもスカーレットさんは解ってないかもしれないですよね? だから一回見せてあげます。二十四時間ランニングを」
「いや私も信じてます本当に」
流石に二十四時間は冗談だと思うけど、スズカに関しては本気で言っている可能性も否定できない。たんたん聞こえるのはたぶん、スズカが床を軽く蹴っている音かな。
ちなみに可能か不可能かで言うなら不可能だ。どんなにたくさん食べても、二十四時間走る消費カロリーを一食で賄うことはできない。これは大食らいだろうと無理。特にスズカのスピードだと。
「バカなこと言ってないで、スカーレットの勉強でも見てあげたら。次のテストで満点取ったら走っても良いわよ」
「本当ですか!?」
「私の点数でスズカさんにご褒美が入るの?」
「スカーレットはご褒美関係無く一番が欲しいんでしょ? じゃあwin-winじゃないの」
「ムカつかないかどうかとは別問題でしょ」
スカーレットも食べ終わって片付けに入ってくれる。三人でも作業ができる広さのキッチンで良かった。
「でもかなり良い賭けじゃない? ねえスカーレットさん。満点取れるわよね?」
「い……やまあ、取れ……ますけど……!」
「圧をかけない」
「かけてません」
しかも私を挟んで。近頃のスズカは自分の意思で圧をコントロールできるようになってきている。少し前まで無意識だったような気がするけど。バトル漫画かよ。
言い争いの末結局スカーレットが乗せられ賭けが成立したらしい。私としては……スズカとしては、賭けがあろうと無かろうと毎日交渉し続けるのでどうでも良いことなんだけど、これでスカーレットが頑張れるなら良いことだ。
「トレーナー、私……満点取らなきゃ殺される……?」
ちょっとプレッシャー掛かりすぎてる可能性もあるけど。
「満点取ったらスカーレットにもご褒美あげるわ。何が良い?」
「そう……んー……まあ、そうね」
スカーレットは自分の割り当てを終わらせると、スズカの食器に手を伸ばしつつ私に笑いかけた。
「久し振りに倒れるまでやりたいんだけど、良いでしょ」
……この子もか。
家事(クオリティ)
トレーナー(プロ)>ブルボン(手本)>スズカ(人並み)>スカーレット(お手伝い)
家事(速度)
トレーナー(プロ)>スカーレット(手際が良い)>ブルボン(手順を飛ばせない)>スズカ(人並み)