走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「ねえトレーナー」
「んー」
「確かに私、リビングに三人でいることは受け入れたわ。押し掛けてるのは私だし、まあみんなでいるのは嫌いじゃないし」
「うん」
ある日。いつも通りスズカとスカーレットは私の家にいた。小テスト前日ということで最後の追い込みに入っているスカーレットを眺めつつ、スズカとソファに座る私。
「でも目の前でいちゃつかれるのは普通にムカつくんだけど」
「いちゃついてないけど」
「鏡見なさいよ!」
投げ付けられた消しゴムをスズカがキャッチ。危ないですよ、と投げ返し、私の膝の上でウマッターの返信を続ける。私もスズカを後ろから抱き締めたままその返信を後ろから見ている。スズカの肩に顎を乗っけてその作業を眺め、缶ジュースにストローを使って二人で飲む。
「そもそも今さらでしょ。ずっとこうじゃない」
「だからずっと言ってるでしょ」
「そうだっけ……ああスズカ、それは返信しなくて良いわよ。煽ってるから」
「煽ってるんですか? これ……」
「それが効かないのはスズカだけよ」
黄金世代厄介ファンだろうか。「スペシャル達に勝てないから逃げてるんだろ」みたいな書き込みがちらほらあった。掲示板ならともかくスズカに直接、しかもBANや開示が速いウマッターでやる度胸は買うけど、スズカにダメージは無いのよね、それじゃ。
スズカの喉をごろごろくすぐって、代わりにスズカが肩もとにある私の顔に頬を寄せてくる。ここまで近いとウマ娘シャンプーの香料でもギリギリ解るかも。
「そんな簡単にいちゃついてる判定しない方が良いわ。こんなものよこんなもの」
「じゃあ私に同じことしてみなさいよ」
「そりゃできるでしょ。やる?」
「やらない……今それどころじゃないの。見て解らない?」
「もちろん解ってるけど……それ何周目? そんなにやる?」
「落としたらスズカさんに殺されるのよ私は。それに特別コースもお願いしたいし」
「ええ……」
「いふぁいれすゃあ」
スカーレットにプレッシャーをかけすぎているスズカの頬を両側から抓る。指が滑って、スズカの返信がおかしくなってしまった。抓られたまま『ありがとうございまひま』を見るスズカ。スマホを放り投げて、寝転がりながら私の手を引いた。もちろん抗えず私も倒れ込む。
「何するの」
「痛いじゃないですか」
「スズカが悪いでしょ。スカーレットのあの顔見て。怒ってるわ」
ペン回しをしながらこっちを睨むスカーレットを指さす。
「私はついに添い寝し始めたトレーナーに怒ってんのよ」
「自分だってしてるじゃない。三人で寝ることもあるんだから」
「それとこれとは別!」
スカーレットが床の布団で寝るかベッドで三人で寝るかはスカーレットの気分次第だ。こっちは拒んだりしないので本当に来るか来ないかだけ。
逆に、普段からそんなことしてるから添い寝とは何なのかが解らなくなってきている。一緒に寝るだけなのに何故名前が必要なのか? ちなみに抱き心地はスカーレットの方が良い。一番はブルボン。感情は抜きで。
「解ったわ。もう邪魔しないから、ね?」
「本当に? もういちゃつかない?」
「まずはいちゃつくとは何かを定義するところからね」
「今は何もしてないですよね」
「ねー」
「シャーペンが折れたわ。次はアンタよ」
「怖すぎない?」
流石にシャーペンは折れていなかった。しかしスカーレットもすっかりやる気を無くして……これに関してはもう三時間近く連続でやってるし、私が何もしなくても時間の問題だったとは思う。むしろよく三時間もできたよ。
勉強道具を畳んで机に突っ伏すスカーレット。ぐりぐりと首を振っている。まあ何時間も座って勉強してたらね。スズカの頭をぐしぐしして立ち上がり、スカーレットの後ろに座る。
「マッサージしてあげようか」
「ん、良いの……? お願いしようかしら」
「任せて。とりあえず伸びてみよっか」
膝で背中を押し込んでゆっくりゆっくり背筋を伸ばし、ぎゅっぎゅっと腰から背中まで反らせる。肩関節を入れて腕を上げ、手首を纏めて上に引っ張る。
「はいぐーっ」
「ぐーっ」
ぐっと思い切り伸びをしてスカーレットを引く。引く、引く……
ばつん!
「え」
「あ」
結構な音がしてスカーレットの身体が揺れた。
────
「んー……うん。身体絞りましょうか」
「……」
少し後。体重計の上で、私はスカーレットの身体のサイズを計っていた。スリーサイズから腕回り、腿、首回りまで細かく。全体的に太ましくなっていた。
一度着替えに行き、帰ってきた時にはやたらと意気消沈していたスカーレット。単に買うサイズを間違えていただけでは? とも思ったけど、そうでもないようなので身体を測ることに。
「……そんなに?」
「いや、まあ成長の範疇だとは思うけど。スカーレットが太い方が綺麗って言うならこのままでも良いわよ。ただ、出力が上がってるわけじゃないから少し邪魔かなって」
ショックで動けないスカーレットの脇腹をスズカが摘まもうとしているが、別に太っているわけでもなし、摘まめていない。一応毎日の食事はちゃんとしているし、トレーニングもやっているんだから太るわけがない。
しかし、ふらつきながら体重計を降りたスカーレットはバスタオルにくるまったまま私を睨んだ。
「アンタのせいだからね!」
「え、私?」
「アンタが! 毎日美味しいものを食べさせるから!」
「文句が言いたいの? 褒めてくれてるの?」
ついでにスズカも測ってみるが、こちらは変化無し。面白いくらい何も変わっていない。それに関してはスズカが単純に太りにくいだけだろうけど。元々の肉付きからしてもスカーレットの方が影響は大きいかもね。
「絶対に痩せるから! スズカさんみたいに!」
床にうちひしがれて叫ぶスカーレット。床を殴るのは控えめにね。結構高いしちゃんとしてるから大丈夫だと思うけど、下にも人はいるからさ。
「スズカになるのはもはやダイエットじゃないでしょ」
「細身スレンダーになる!」
「無茶言うなあ。そもそも太ってるんじゃないって。ちょっと絞れば問題ないし、むしろ良い傾向よ。筋肉を増やすチャンス」
「スズカさんのサイズを目標にする!」
「改造手術ねそれは」
スズカでなければキレているだろう言葉を吐きつつ崩れ落ちているスカーレット。本当に太ったうちに入らないとは思うけどね。ウマ娘だし、五キロまでは誤差。
ただまあ、トレーナー目線ではそうでも本人達にとっては違うのは当然。このままだと勝手にダイエットを始めかねないので、勉強を頑張ってもいることだし、と決意する。こんなご褒美みたいに言うことじゃないんだけど、涙声になってるのは流石に可哀想だ。
「じゃあ解った。絞れるまでは倒れるまでやってあげる」
「……本当?」
「うん。ブルボンには内緒……にしなくても良いか。治りが早くなるかもしれないし」
「……本当に本当? やっぱやめるとか無しよ?」
「本当だって。でも夜ね。流石に昼間に大っぴらにできないから。一応仮にも謹慎中だし」
そこまで言うと、スカーレットがばっと顔を上げて立ち上がった。さっきまで身体を隠すみたいにくるまっていたのに、突然開き直ったかのごとく堂々と立っている。一周回って男らしい。
「え」
「言質とったわよ。早速今夜からやりましょうか。やっぱこれがないとね。満点はとるけどそれはそれとしてね」
「……嘘泣き?」
「泣いてないけど。トレーナーが勝手に泣いてると勘違いしただけじゃないの?」
ニヤニヤしながら私の胸に指を突き立ててくるスカーレット。涙目どころか希望すら感じさせるほど目に光がある。完全に騙された。思春期女子だし体重は気にして当然よね、とか思った私がバカだった。
「騙したのね。私の気持ちを弄んだんだ」
「人聞きが悪いわね。ちょっと閃いただけじゃない。むしろ褒めても良いのよ、この頭脳プレーを」
「何が頭脳プレーよ。涙で人を騙すのは最低の所業よ」
「こんな泣き真似に騙される方にも問題があるでしょ」
確かに点数によらずやる気ではあったけど。でもちょっと悔しい。まあ良いや。精々頑張ることね。成長すればするほど限界を攻めると辛く感じるのよ。根性で走る範囲が増えるからね。
ご機嫌で着替えに戻るスカーレット。すると、後ろからスズカが手を伸ばし、脇の下から抱き締めてきた。
「スカーレットさんがやるってことは、私も走って良いんですよね」
「何の話?」
「嫌ですねトレーナーさん。もちろんランニングです。そういう話でしたよね」
「いつそんな話したの……?」
ゆっくり引きずられていきソファに戻される。俯せで上に乗られ、肩に手を置いて耳元で囁かれる。
「スカーレットさんが特別メニューをする時、私はランニングができる。そういう約束でした」
「ずれてるわ……スカーレットが満点をとったらランニングができる。ついでに特別メニューもできるって話だったはず」
「同じようなものです。良いんですか? 嘘をついて」
「嘘、ついてないのよね」
脚を絡めて完全にホールドされている。囁かれると耳がくすぐったいし、背中でもぞもぞされると何かこう……こう。
「良いじゃないですか。ちょっとだけ。たった半日で良いんです」
「ちょっとの概念が壊れるわ」
「往生際が悪いですよ」
「因果をねじ曲げた人に言われたくないけど」
手が首筋に来た。何もしないと解っていても本能的な恐怖を感じる。やたら熱っぽく囁くスズカ。頭の横の所でこんこんと頭突きを繰り返し、息を吹きかけてくる。
「お願いしますトレーナーさん。ね、ね?」
「可愛く言えば何でも許されるわけじゃないのよ……!」
「でも? トレーナーさんは? 私が大好きなので?」
「わー!」
「あー……ぐえ」
お尻を突き上げてスズカをバウンドさせる。お腹にダメージを受けたスズカが床に転がり落ちた。腰やった。流石に無理があったか。
「良いじゃないですか。勝手に走っても良いんですよ私は。一応許可を取っているだけ褒めて欲しいくらいです」
「む……はあ、まあ、良いわ。ちょっとだけね。日付が変わるまでに帰ってくるのよ」
「解りましたありがとうございます行ってきます」
「待って待って晩御飯は食べて」
ギャグ漫画みたいに駆け出そうとするスズカの首を掴んで止める。そんなに滑るわけない床でつるつると脚を空回りさせるスズカ。めちゃくちゃ普段着のワンピースなのにどうやって走るの。
引き留めた勢いでソファに戻りイヤーキャップを奪い取る。これで勝手に走ることはできまいて。顎でつむじをぐりぐりしてぁぅぁぅさせ、帰ってきたスカーレットに手首を持って振る。
「というかスカーレットは新しいのを買わなくても大丈夫なの? 買いに行く?」
「トレーナーと下着買い行くの? 私」
「スズカのは割と私が買ってるけど」
「ええ……きっしょ」
私の腕の中で、何とも思っていないスズカが純真な目で見上げてきた。可愛いねえスズカは……。
次回、スカーレット死す。(n回目)