走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
なんと三連続タイトルがスカーレットでした。詐欺かな?
「む、ぁむ、んぐ……んんっ」
「よく食べるわね今日は」
「当たり前でしょ……!」
ある日。登校を控えた朝からスカーレットの食欲が爆発していた。炊飯器を二個使えと要求してきた時は何かと思ったけど、少し頑張ればそれでも食べられる。流石のスズカもわぁ……とほわほわ驚いている前で、ほぼそのまま一尾の魚をぺろりしたところで箸を置いて野菜ジュースを呷った。
「たっぷり栄養を摂らないと痩せちゃう……ここで一気にやるのよ」
「いや痩せるのが目的なんじゃ」
「は?」
「何でもないです」
一日目夜、長らくやっていなかった限界ギリギリの特別メニューを終わらせたスカーレットは、そういうことに気付いたらしい。つくづく私、ウマ娘との知恵比べには全敗してるかもしれない。
痩せるまでやる、つまり痩せない限り終わらない。これが人間なら、いくらカロリーを消費しようがドカ食いしたら身体を壊すんだけど、ウマ娘はある程度食い溜めができてしまう。
「これで体力もつくでしょ。どう? いつもよりできそう?」
「うーん……」
別に私が見てる『体力』はスタミナじゃなくて怪我のしにくさだもんなあ。食べたところで何も変わらないというか。一定以上減ったら怪我率が出るよってだけで、出る早さはウマ娘によって固有だと思う。
ブルボンが怪我しにくくてスカーレットはしやすい、スズカはもっとしやすい。平均はたぶんスカーレットとブルボンの間、スカーレット寄りのところ。あのブルボンですら残り体力に対する怪我率の度合いは成長していないし、たぶん先天的に決まってるんじゃないのかな。
「じゃあまだ食べる? お米は時間かかるけど、麺ならすぐできるわよ」
「食べる。味薄めで」
「はぁい」
キッチンに引っ込み調理開始。たくさん食べたいならそれを止める理由もない。
……ただまあ、食べれば食べるほど……というかお腹に物が入っていればいるほど、辛いのはスカーレットなんだけど。しかもこの辛さ、成長とは一切関係ない。ブルボンもそうだけど、成長したいとかそれ以前に辛い目に遭いたいと思ってない? 大丈夫? まあここから夜なら消化できるか……。
「大変ですね」
「ね」
とっくに食べ終わっていたスズカが隣に立ってくれる。この子はこの子で昨晩走ってきただけあってとてもご機嫌。正確には走ることは許可していないけど。勝手に走ってるけど。
「まあ良いんじゃない。やりたいならやれば」
「え?じゃあ」
「スズカには言ってないから勝手に走らないようにね」
「差別……」
「差別よ」
目を輝かせるスズカに肩で当たる。ちょうど持っていた泡まみれのプラスチック食器を落としそうになりあわあわと慌てるスズカ。泡だけに。
「昨日走ったことはまだ許してないからね」
「あんなに頬っぺたを抓ったのに……」
「あれは趣味。お仕置きは別」
「趣味でいじめるのはやめてください。私の頬っぺたもタダじゃないんですよ。壊れちゃったらどうするんですか」
「壊れちゃったら流石に責任取らないとかな」
「え、壊れたら責任取ってくれるんですか?」
もちろん今更スズカについて何か見誤ることがあるわけないけど。スズカ本人よりスズカを理解している自信がある。たぶん。
だし中心の薄味のうどんにたくさんの卵をとじて、ばっと大量のネギを投下。これで二人前。ちょうど良いくらいかな。スズカも洗い物が終わったようなのでお鍋を運んでもらう。
「はいスカーレットさん。おうどんですよ」
「ありがとうございます!」
そしてまあすぐに胃袋に入れていくスカーレット。完全に食べ過ぎてるけど……まあ、特別メニューの許容量が増えるかどうかは置いておいて消費カロリーは半端じゃないし、夜は倒れて食べられないから太り気味にもならないでしょ。
────
「よーしじゃあ行くわよスカーレット。覚悟は良い?」
「いつでも良いですよ! よろしくお願いします!」
「待ってくださいトレーナーさん。私には質問があります」
「スズカさん、私集中してるんで後で良いですか」
「私は、トレーナーさんに、質問があります」
その夜。あらかた生徒達がいなくなったトレセン芝コースにて、私達は準備運動を終えていた。
「ごめんねーライスシャワー。こんな時間に呼び出すことになっちゃって」
「あ、ううん、大丈夫です。ブルボンさんも来たいって言ってたし」
「あのトレーナーさん。聞きたいことがあります」
現状、私は単独でトレーニングコースの予約ができない。一応書類上謹慎となっているからだ。これでトレセンにパパラッチが常駐していたらここに来ることもできない立場である。
なので、トレーニングの予約はウオッカのトレーナーの名前か、ライスシャワーのチームの名前なんかを使っていくことになる。いつもお世話になってます。
「身体の調子はどう? 何かあったらすぐに言うのよ」
「マスター。体調チェックは昼間に行いました。当然変わらず、体調に問題はありません」
「昼間に聞いてても心配にはなるのよ」
「トレーナーさん? 話があります」
ということで、一応名前を貸してもらっているということでライスシャワーがいる。あと車椅子のブルボン。回復の経過は順調らしい。それこそ昼間、問診とちょうど鉢合わせたので聞いたけど、全身がぐちゃぐちゃになった割に回復は異様に早いらしい。自己治癒と別に修復機能でもついてるんだろうか。
「しかし、ステータス『羨望』。一刻も早い回復が必要です」
「回復してもやるとは言ってないけど」
「……? スカーレットさんの回数分、回復後に私の回数に付加されると」
「誰が言ったの」
「マスターの言動等から私が判断しました。いける、と」
「いける、じゃないのよおバカ」
ブルボンの額を指で弾き、さっきから声を挟んでくるスズカに向き直る。スズカも見学というか、私と一緒に行動しているので当然来ている。何をすることもないけど、逆に何かされると困るので例の磁力トレーニングシューズを履かせていた。
「どしたのスズカ」
「どうしたのじゃないです……これじゃ走れません……!」
「走らせないためだからね。大人しくしてようねー」
「い、いやです、走れると思って来たのにっ」
の割には靴を運ぶのを手伝ってくれたし大人しく履いたじゃん、とか言ったら普通に怒られそうなのでやめておきます。
「スズカは走らないんだから関係無いじゃない」
「それとこれとは話が違いますっ。だってターフがあるんですよ。走らないといけません。ウマ娘はターフを走るために生まれてきたんです」
「走るために生まれてきたことと走らなきゃいけないことは別だからさ」
「じゃあトレーナーさんは今後一生食事……睡眠……んー…………子育てを禁止します」
「むちゃくちゃ言い過ぎでしょ」
言うほど子供作るために生まれてきたわけじゃない……いや生物としてはそうだけど、人間としては違うでしょ。そもそも私に子供はできない。結婚もしないし。
「あのトレーナーさん。もう良いですか? 一本目行きます」
「あ、うん。目標タイムは把握してるよね? 三本くらい行ってても良いわよ」
「了解。っし。行きます!」
ばしん! と自分の頬を叩いて気合いを入れるスカーレット。私の腕にシャドーボクシングを決めるスズカを無視してストップウォッチを入れた。
「……成長していますね、スカーレットさん」
「でしょう? スカーレットには申し訳無いからあんまり言わないけど……阪神に行っても勝てたと思う」
「なるほど」
感心しているのはブルボン。スズカは練習用ゲートが開く音に反応して走り出そうとして転んで私が抱き抱えている。練習風景を見ていない時期はそんなに長くないけど、それでも違いを感じられるのは流石ブルボン。分析と客観視に長けているわね。
車椅子の上からウマ耳をぴこぴこさせてスカーレットを眺め、尻尾を振って時間を計っているらしいブルボン。一秒周期で振れるの凄いね、それ。私は指でも無理だ。
「十五秒」
「んー……ライス数えるの早かったなあ」
「ライスには向いていませんよ」
「むむむ……」
ライスシャワーがブルボンの尻尾に合わせて左右に揺れ始めた。世界一可愛い振り子時計じゃん。私もスズカに揺らされてるけど、こっちは暴力だし。
「トレーナーさん……一周だけ、一回だけで良いですから……」
「それを止めるのは誰だと思っているぁんぁんあぅあ折れるスズカ首が折れるって」
「ちょっとだけっ」
「ゆ、揺れる揺れる揺れる」
下半身を動かせないからって腕力で何とかしようとしてくる。当然私なんかでは抗えないのでされるがままにしておいて、折り返してくるスカーレットが掛かったのを見て、あ、と声が出た。
「ペースが崩れましたね」
「うん。確かあの辺りちょっと荒れてるんだよね。だからじゃないかな」
「なるほど」
タイムは計れないが相対速度の感覚は完璧らしいライスシャワー。一人に付いていく抜群のセンスはやっぱり脅威ね。
スカーレットは……まあ掛かっても良いや。ブルボンとは違ってペースキープは必須じゃないし。以前はブルボンという絶対的ペースメーカーがいたから大丈夫だったんだろうけど、いないとそりゃこうなる。
「まず一本……はぁっ、はあっ……よし! 次!」
「ん。頑張って。途中ちょっとペース上がってたから気を付けてね」
「了解!」
帰ってきたスカーレットにも対応してもう一本。スズカもブルボンも羨ましそうに見ているし、ライスシャワーはそんなブルボンを微笑ましそうに見ているし。イカれてるな。
「トレーナーさーん……」
「はいはい」
ねだるのに飽きたのか、シューズを脱いで私の横に座り膝に寝転がるスズカ。一言言ってくれればハンカチか何か敷いたのに。髪がベンチにつかないように気を付けながら頭を撫でる。
ストップウォッチを持っている方の手を取って時間を眺めるスズカ。親指の付け根のところをぐりぐりと変に押し込み、ちらちらとスカーレットも確認している。見たって何も解らないでしょうに。
「頑張れー」
手を振るなら自分の手を振りなさいよ。
────
「はっ……はっ……ぁ、は、げほっ、ぐ……ぅ……」
「お帰り。相変わらず流石ねスカーレット。この消耗で加速するのは凄いわ。本当に」
「なめ……な…………まだ……」
「無理して喋らなくて良いから。ほら口開けなさい」
そして何本か後。帰ってきたスカーレットがついに倒れた。二本前あたりから上着を脱ぎ捨て、インナーも腰で強引に結ぶいつもの格好になったスカーレットが仰向けで喋れなくなった。
ばちゃばちゃ水分をかけてあげつつ怪我率を見る。少し出てきているけど、これくらいなら放っておけば消えるかな。そろそろ寒くなってきた季節とは思えないほど全身を汗と泥で汚して動けないスカーレット。
「じゃあもう一本行きましょうか。あと二分で立ちなさい」
「わあ……スカーレットさんも凄いんだね。ライスもこんなにやったら倒れちゃうよ」
「倒れてから言ってください。私と同じメニューをこなしながら一人で行動していたのでしょう。私はスズカさんやマスターに運ばれていましたが」
「動けるまで倒れてるだけだよ?」
そしてこの空間、一人としてそのスカーレットを心配していない。天性のスパルタマン、走ってれば無限マン、あと執念で全部覆すヤバい奴と……疲れすぎて呼吸もままならない教え子に次を強要しつつ頭にペットボトルをひっくり返す私。上着で扇ぐスズカが相対的にマトモに見える。
「早い復帰が望まれます」
「だね。ブルボンさんがこうなってるところ、ライス結構好きだよ」
「ライスは心配なので私と一緒にやってください。マスターの監督下で」
「一緒にやっていいの?やったぁ」
恐ろしいデートの約束をしないで。いちゃつくトピックスじゃないから。
「っし……もう……一本……よね……」
「まだ二十秒あるけど」
「いい……! 次、行く……わよ……!」
早めにスカーレットが復活した。汗とドリンクで髪が乱れて、その裏から人を殺せるんじゃないかという眼光が覗いている。物凄い気迫とともに扇いでいるスズカの身体を掴んで立ち上がってくる。そのまま顔に張り付いた髪を避けて視線をこっちに向けた。
「負けない……絶対に……!」
「そう。じゃあ行きなさい。頑張れスカーレット。みんな応援してるわよ」
「頑張れー」
「え、あ、ふぁ、ふぁいとー!」
「マスター。何とか今だけでも私が走ることは可能でしょうか。マスターの力で何とか」
一人違う子がいたけど、とにかくスカーレットは走り出す。無心で速度を上げるスカーレットのステータスを見て、その成長に笑ってしまう。強いなあ本当に。惚れ惚れする。
「トレーナーさん」
「マスター」
下から、そして横から手が伸びた。捕まっている。じろりと視線が向いた。
「今、見惚れてませんでしたか」
「……しらないよ?」
「マスター。確かにスカーレットさんの躍進は先輩として喜ばしいと感じています。しかし、能力面のみを考えても、精神面を考慮に入れても」
……ごめんて。そんな、違う方向から囁かないで?
「私の方が速いですよ」
「私の方が走れますよ」
……スカーレットが帰ってきた。けど、すぐにバケツに顔を突っ込んで倒れてしまった。とりあえず我慢はできたらしい……けど、もちろんこっちの修羅場に物を言うより先に動かなくなった。ライスシャワーはずっとニコニコしている。この場にツッコミはいなかった。
定期的にモブ達がドン引きするシーン書きたくなるけど謹慎中なんだよなこいつ。