走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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魂に飲まれるサイレンススズカ

 

「ねースズカ先輩」

「ん?」

「トレーナーさんなんですけど」

 

 

 ある日。家で入浴中、湯船に浸かったスカーレットがスズカにお湯を掛けながら言った。私の膝の上でいつも通りお尻だけ湯船から出して尻尾を手入れさせてくれるスズカ。それを挟んで私とスカーレット。

 

 ……スズカの背中をちょうどいいテーブル代わりにして持ってきたジュースを飲んでいるスカーレット。誇りとか無いの? スズカには。

 

 

「うん」

「最近太ってません?」

「な……んでそういうこと言うの? 別に太ってないから。知らないのスカーレット、女性は男性より太りやすいのよ。しかもあなたが知ってる裸って所詮ウマ娘の裸だけでしょ? 私は人間だから。生まれつきアスリートで走るために生まれてて肥満児なんて一人もいないような種族と比べたらそりゃ太って見えるわよ。そもそも私もいい大人なんだし、若いとはいえ代謝も落ち始めてるし、そんないつまでも学生時代の身体をキープできるわけないわよね。ちなみに、本当にちなみにこれはまったく関係無いんだけど、トレセンの女トレーナーで私は体重も体脂肪率も下から二番目だから。別に関係無いけどね? でもスカーレットには教えておくわね? 勘違いされたら困るからね?」

「効きすぎでしょ」

「ぶぶぶぶぶ」

 

 

 危ない危ない。心が壊れるところだった。突然の火の玉ストレートに死にそうになっていた。せっかく三割がた尻尾の手入れを終わらせたスズカを抱き締めて湯船に沈めてしまっている。

 

 それに別に効いてないから。私は本当のことを言ったまでだし。そもそも私トレーナーよ? 資格には栄養士も入っている。その私が太るなんてことないでしょ。舐めないでよね。マジで。

 

 

「栄養士かどうかは関係無いでしょ。ダイエットは運動と食事の両面からやって初めて効果があるものであって、どっちか片方だけじゃ遅かれ早かれ」

「ぼばばば」

「もうやめましょうこの話は。誰も幸せにはなれないから。あとスカーレットにはあとで情操教育をするわ。大人の女性に体重と体型と年齢と結婚と子供と彼氏の話をしてはいけないということを」

「地雷多すぎだし被ってない? こういう大人にはなりたくないわね」

 

 

 トレーナーに向かってなんて言いぐさ。実際プラス体重なのは事実なので言い返せないが、そこまで露骨に増えてはいないし、そもそも私は元々痩せている方……まあ少なくとも太ってはいない方だったから、緩やかに脂肪がついたところでまだまだ騒ぐものではない。

 

 ……が、まあ、それでも気にはなる。ほんのちょっとね。

 

 

「ところで、そろそろ引き上げないとスズカ先輩が死ぬわよ」

「うわーっ! スズカーっ!」

「ぶはっ、は、はっ……そ、草原で走る私……」

 

 

 危ない危ない。抱き締めたまま拘束してしまっていた。まあでも本当にヤバかったら首の力だけでも私ごと持ち上げられるからセーフ。息の切れ方に比較して意識もはっきりし過ぎているし。

 

 走馬灯……というか願望? を見るだけで済んだらしいスズカに適当に謝っておいて、私の全力をもってスカーレットの顔面にお湯を叩き付けた。

 

 

「ぶっ」

「とにかく体重の話は二度としないで。次にその話をしたらあなたの味噌汁だけ出汁無しにするから」

「地味な嫌がらせはやめなさいよみっともないから。体重くらいで」

「それくらいのことなのよ……!」

「うぁぅうぁぅ」

 

 

 音が響く場所で大声はウマ耳に良くないので、代わりにスズカをぐわんぐわん振り回すことで気持ちを伝える。手癖でスズカの髪をツインテールにして抱き寄せた。

 

 

「し、森林を走る私……誰もいない景色……」

「スズカ先輩バグってない? 幻覚見えてるって」

「いつものことでしょ」

「いやまあ……そうなんだけど、それがいつものことで片付くのはまあまあヤバいわよ」

 

 

 んぐんぐ身体を捩るスズカ。身体が細くて肌がすべすべで凹凸が無いので持ちにくい。赤ちゃんを抱いてるのと一緒だけど、物理的に持ち上げることはできないので、密着しようとするなら羽交い締めに近くなってくる。

 

 ある程度回復してから私を確認してにこにこになるスズカ。そのまま体重をかけて私ごと肩まで浸かった。口まで沈む私。何とか仰向けになって呼吸を確保。私達が体勢を変えているのでスカーレットもそれを避けるべく私達に並ぶ形になる。

 

 

「狭いんだけど。適当に動かないでよ」

「えー。でも元々スカーレットさんが太ってるとか言ったからですよね」

「実際太ってるじゃないですか。スズカ先輩もそう思いません? それこそ走るのに邪魔そうとか」

「え……それで言うなら私が出会った中で一番邪魔そうなのはスカーレットさんです」

 

 

 無自覚に人を傷付ける女、サイレンススズカ。なお彼女の走りにくいの基準は長髪以外の全てなので、ナイスバディはことごとくマイナスだし、人によってはチャームポイントだったりコンプレックスだったりする大きなウマ耳や、ちょっと手脚が太いだけでも哀れみになる。

 

 ちなみにスズカのその哀れみは嫉妬混じりとかではなく100%本気。今でもブルボンやスカーレットの裸を見ると物凄い目をしている。あの二人のプロポーションに対して「本当に可哀想で……」という反応ができるのは世界で唯一スズカだけだろう。

 

 

「ねえ待ってください。胸ですよね? 胸の話ですよね? お腹とか腿じゃないですよね? あくまでも胸が大きいからですよね?」

「でも少しお肉は付いてきたかもしれません。ダイエットしても良いと思いますよ、トレーナーさん」

「摘ままないで摘ままないでマジで傷付く」

「ねえッ! スズカ先輩ッ!?」

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「ねー本当にやるの?」

「善は急げって言うでしょ。面倒がってたら一生できないんだから」

「ふーん……まあ私は全然良いけど……あれは?」

「あれは……まあ放っておきましょう」

「トレーナーさん!?」

 

 

 翌日の日が暮れた直後。食事の準備をあらかた終わらせてから、早速ダイエットのためランニングに出ることにした。

 

 ウマ娘への諸々を学ぶ過程で、比較として人間の管理も学んではいる。結局、人間は最終的には運動食事両面からのカロリーコントロールと生活習慣の見直しが最善手である。しかし、一人で運動しても続かないのは明白。

 

 

「私と走りましょう? ね? トレーナーさんの一番大好きは誰ですか? 私ですよね?」

「あれは悲しきモンスターよ。解放してはいけないわ」

「何にも否定できないのが悲しいところね」

 

 

 愛すべき担当達と一緒なら続くだろうということで、ランニングの格好でスカーレットと一緒に準備運動をしている。スカーレットは今日は呼吸の仕方を間違えて乙女の尊厳を失っていたが、それでも付き合ってくれるとのことで。

 

 

「モチベーションが必要なんですよね? 私の方が良いですよ。一番好きなのは私ですよね」

「愛されてるじゃない」

「うーん心が痛かったり痛くなかったり」

 

 

 もちろんそんなことをすれば怒るのはスズカである。私が一緒に走ります、と言い出したので、無言でソファに縛り付けた。普通にソファごと玄関まで追いかけてきたけど。

 

 私がスズカでなくスカーレットを選んだ理由はもはや改めて言うまでもないくらい明白だが、どんな理由があろうと自分よりスカーレットが選ばれたという事実にスズカは傷付いたらしい。たぶんだけどそれは本当に傷付いている。

 

 

「でもまあ無理だしそこにいなさい。部屋を出ちゃダメよ」

「そんな、何とかしてください、私、絶対に走れると思ってたのに」

「それはスズカ先輩が逸っただけですよね」

 

 

 しかし、それはそれとして走れば本能に負けてしまうのがスズカである。よっぽど真面目な雰囲気で、かつ隣を歩くくらいなら大丈夫なんだろうけど……残念ながら走ればそのまま突っ切ってしまう。私と一緒に走るのが目的だろうとそれを覚えていられない。だからこそ、悲しきモンスター。

 

 流石にソファごと出れば部屋を壊してしまうので廊下以降には出てこないスズカ。背筋伸ばしをする私達を、ソファを置いて座らされたまま脚をバタバタさせて睨んでいる。

 

 

「一回やってみましょう、ね? トレーナーさん、私だって成長しています。それに今回はトレーナーさんの健康が第一ですから。絶対に隣で走りますから」

「でもあなた確かランニングは自分のペースでやるものって言ってたわよね」

「そうですトレーナーさん。でもよく考えてください。今回、トレーナーさんと同じスピードで走ること……こんなのランニングではありません。歩いているのと一緒です。だからスカーレットさんも走れるわけですから。大丈夫です。信じてください。私もトレーナーさんを励ましたり応援したりしたいです」

 

 

 ……いや本気だな。少なくとも嘘は言っていない。本当に歩くのと同じだと思っているし、応援してくれる気もある。しかし信じて良いものか。まあそこまで疑うのも可哀想だし、このまま縛り付けとくのもね……。

 

 

「解った。ありがとうねスズカ。じゃあ三人で行きましょう。でもちゃんと私のペース……私が設定したペースで走ってね? お願いよ」

「はい。任せてください。私もちゃんとトレーナーさんの手助けができますからね」

 

 

 ロープを縛り、いつも通りの早着替えで出てくるスズカ。二人はそもそも準備運動なんていらない速度なので、そのまま外に出てスズカにストップウォッチを渡す。うきうきで首にかけるスズカ。信用してるわよ、と示すために時計は一個しか持ってきていない。

 

 

「ペースは?」

「んー……とりあえずキロ10分くらい」

「えっ」

「ん?」

「い、いえ何でもありません。ということは時速6kmですね。はい。うん……わ、解りました。頑張りましょう」

「遅……まあ人間はこんなものか」

 

 

 明らかに動揺しているスズカ、ラスボスみたいなことを言い出したスカーレット。レースウマ娘が手伝ってくれるなんて本当はとっても贅沢なのだ。なにせ彼女らのペース配分やタイムキープは優秀だし、荷物をある程度持っても人間のランニングなんか楽勝だし走りながら話しても問題がない。

 

 ……それでも、種族として『育てられる』が合っているから種族ウマ娘の職業トレーナーは少ない。基準が自分になりがちだったりするし。

 

 

「よし。じゃあ行くわよ。コースは……まあ走れればどこでも良いでしょ。時間で区切るわ」

「ん。頑張れー」

「頑張りましょうね、トレーナーさん」

 

 

 右にスズカ、左にスカーレットで走り出す。明るいところは人通りがあってぶつかると危ないから、少し暗めのところを進むことにする。悪い人達がいたところで二人がいれば逃げられるし。刃物くらいなら持っていても返り討ちにできるし、最悪私を担いでも人より速い。

 

 私もトレーナーの端くれ、ペースを一定に保つことはできる。ゆっくり息を吐きながら、手を大きく動かして走るように。横でちらちらと見ながら、ほとんど早歩きのフォームで並んでくれるスカーレット。

 

 

「ファイトー」

 

 

 そして、宣言通りちゃんと応援してくれるスズカ。私より一歩前を走ってるくらいは想定内。だけど、やたら冷や汗をかいている。早くない? まだ走り始めて五分よ。

 

 しばらく走り、少しスズカに並びスカーレットより前に出る。ちょっと速かったかなと少し速度を落と──す前にスズカがさらに前に出る。一応スズカを信じてペースを上げスズカに並ぶ。するとさらに前に出る。

 

 

「ちょっと、ペース上がってないですか? スズカさん?」

「え、あ、はい。少し」

 

 

 またゆっくりに戻り、スズカに並ぶ。スズカが前に出る。もう一度ペースを上げて並ぶ。スズカが前に出る。

 

 

「ねえスズカさん、やっぱりペース狂って──」

 

 

 スカーレットが前に出て、覗き込むようにスズカと並ぶ。瞬間、スズカの目が一気に険しくなって首を下げた。

 

 

「──ッ!」

「わわっ」

「スズカさん!?」

 

 

 記録、八分。頑張った方かもね。私に並ばれるだけでギリギリだったスズカは、スカーレットに並ばれて限界を迎えた。前に出て覗き込む……つまり、スズカを振り返って見る形になったのが悪かったのかもしれない。一気に火が付いたスズカはそのまま異次元の逃亡者として突っ走っていった。

 

 

「……うわあ」

 

 

 一度止まり、スカーレットに持たせていたドリンクを一口。秒で後ろ姿すら見えなくなったスズカを眺めて、スカーレットは心底軽蔑するような声を漏らした。

 

 

「ふっ……ふ、はぁっ、はあっ、はあっ……ま、まあ、が、頑張ったんじゃない……どうせこうなると、ひ、ぃ、お、思ってたし……」

「息切れすぎじゃない?」

 

 

 スズカと纏めて私まで変な目で見られたところで、その日スズカはなんとたったの一時間で帰ってきた。偉い。偉いか? 偉くないじゃん。

 

 ……次の日からスズカは予定通り縛り付けることにした。残念でもないし、当然。




スズカが真面目な雰囲気ならトレーナーの隣で進めるのは本当。
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