走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
次回への前振り回です。
「こんにちはブルボンさん。調子はどう?」
「ありがとうございます。依然変わりありません」
日付感覚消失につき仔細省略。記録者、ミホノブルボン。午後六時十三分、スズカさんとスカーレットさんが病室を訪れました。ちょうど私の検診をしていた看護師が入れ替わりで出ていきます。
「お疲れ様です、看護師さん」
「あらありがとう。ミホノブルボンさんは順調よ。後で先生からも話があると思うけど」
「ありがとうございます」
大人の方への対応はスカーレットさんが一番適任、ですがスズカさんもそれなりの応対ができます。走ることさえ考えていなければスズカさんは非常に正常です。二面性のあるスカーレットさんや、コミュニケーション能力に難のある私より遥かに。
いつも通りしばらくいてくださるようで、お二人とも椅子に座って、スズカさんに至ってはテレビをつけました。お見舞いを拒否できないよう、できるだけただいつも通り過ごすようにとマスターが指示を出しているようです。
「ブルボン先輩はどっち飲みます? リンゴマスカットとリンゴベリーなんですけど」
「いつになったら純粋なアップルジュースを買ってくるんですか、スカーレットさんは」
「つい癖で……トレーナーさんがいる前提で来てたんで」
本日、マスターは諸用により来られません。お二人も自分の足で来たはずです。そして、同じカリキュラムを消化して直前に迫ったステイヤーズステークスのための追い切りも行い、それでもなおお二人より先に来ているライスもです。
「ん? どうしたのブルボンさん。お腹空いた? お手洗い? どこか痒い?」
「……いえ」
私が分析するに、彼女がこうなってしまったのは、私が怪我をしたことで彼女の奥底にあった母性のようなものを刺激してしまったからでしょう。もちろん実質的に行動不能なのは間違いありませんのでサポートは必要です。ですが、少しやりすぎな面が最近強調されてきました。
無言でライスの方を見ることができません。彼女は、私が言語コミュニケーションを問題なく行えることを一番知っているはずなのですが……早く回復しなければ、生活の全てをライスに支配されます。
「ライスは、学校での活動に支障はありませんか。毎日誰よりも早く来ていますが」
「大丈夫だよ。むしろ最近ぐっすり眠れてるし、勉強もできるようになったし、身体の調子も良いんだっ」
「そんなはずありません。私のために時間を使っているのですから、それ以前より好転するはずが」
「でも本当に調子良いんだよ?」
話が通じません。私の周りはこういう方が多すぎます。狂気が加速していきそうなライスにはこれ以上この話題を提示するべきではないでしょう。本当に、ありがたいとは思っているし毎日来ていただけるのは『嬉しい』、のですが。
「お世話をするのが好きって人はいるものね。トレーナーさんもそうだし」
「あー……それはそうかもしれないですね。尽くすタイプって自分でも言ってましたし」
「恋人と担当は違う……とは思いますが」
「ライスはいまだに、スズカさんとトレーナーさんがお、お付き合い、してないのが信じられないけど……」
「してくれないんだもの」
自分で飲むかライスに飲ませてもらうかで飲み物を奪い合いつつ話します。左手一本でベッドに寝たままでは可動域が……く、は、敗北……二十三戦二十三敗。調整モードに移行します。
「無理しちゃダメだよ? ブルボンさん」
「無理などしていません」
「無理している人はみんなそう言うんだよ」
「しかし、私の自己分析は正常です」
「じゃあブルボンさんは、目の前に大怪我をしている人がいたとして、その人が大丈夫って言ったら信じる?」
「……いえ信じません。正しい指摘です」
私は無理をしていたようです。大人しくライスに飲み物を持ってもらって飲むことにします。何か、誤魔化されているような気がしますが、ライスは間違ったことを言っていません。
「誤魔化された……」
「ブルボンさん、最近頭の回りが鈍いわよね。やっぱり走ってないからかしら。私も走りたくなってきたわ」
「そんな酷いこと言わない方が良いですし、別に走ることとは関係無いですし、何よりその流れでスズカ先輩が走りたくなるのは意味が解らないです」
「あら三連発」
教科書を開いたスカーレットさんが片手間に指摘します。科目は……現代文のようですので、私が力になれることは無さそうです。スズカさんがつけたテレビに目を向けます。
『──さんをゲストにお迎えして、今週末のジャパンカップ、注目のウマ娘をご紹介します。よろしくお願いします』
『はい、よろしくお願いします』
「あ、やけにウマ娘に詳しいおじさんだ」
「このおじさんいつも見ますけど、どういう肩書きで出てるんですか?」
「『やけにウマ娘に詳しいおじさん』では?」
「絶対に本職呼んだ方が良いのに、なんなんですかねこの説得力」
「私は嫌いじゃないわよ、やけに詳しいおじさん。間違ったことは言わないし、スペちゃんのこと良く言ってくれるから」
「と言うかこの人ずっとおじさんじゃないですか? 歳とかとってるんですか?」
女性アナウンサーと男性MCが一人ずつ、それからウマ娘の間でも『やけにウマ娘に詳しいおじさん』と覚えられている男性が、フリップとスクリーンで番組を回していました。ジャパンカップはスズカさん、そしてスペシャルウィークさんにとって重要なレースです。もちろん、日本にとっても。
『やはり注目株はモンジューでしょうか』
『そうですね。凱旋門から日が短いものの、かなり力を入れて休養と調整を行っているようです。ヨーロッパでの彼女を考えるに取材などは積極的に受けそうですが、今回については追い切り一週間は報道陣をシャットアウトしています。本気度が窺えますね』
『反対にスペシャルウィークは普段からは考えられないほど取材を受けています。心境の変化を感じますね』
MCとやけに詳しいおじさんの分析が正しいかは解りませんが、恐らくそれなりに正しいのでしょう。聞くに、モンジューさんはかなり早い段階で入国しています。入念に和芝に慣れてからスズカさんに挑もうとして、その準備がそのままスペシャルウィークさんを相手に変わった形です。
出演者達は全員日本人ですので、やはり日本のウマ娘であるスペシャルウィークさん寄りの論調になるでしょうが……それでもなお、本気で信じているかは怪しいところです。少なくとも現時点での世論はモンジューさんに傾いていますし、そもそもスペシャルウィークさんはそこまで圧倒的評判を持つウマ娘ではありません。
『当番組でもスペシャルウィークさんへの取材に成功しました。続いてその様子をご覧いただきます』
場面は変わり、どこかのスタジオ。トレセンではないようです。
「スペシャルウィーク先輩ってそうなんですか?」
「んー、そうね、あんまり取材は受けないかも。エルさんとキングさんが凄く派手だからってのもあると思うけど、緊張しやすいんだって」
「ああ……そんな感じですね、スペシャルウィーク先輩」
「で、でもしょうがないというか、大変ですよね、インタビューとかって……」
『スペシャルウィークさん、トレーナーさん、よろしくお願いします』
『よろしくお願いします!』
『よろしくお願いします』
私もそのうち取材が増えるのでしょうか。現在、私は実際の怪我の割に見た目が酷く、このまま露出すると悪影響だということでメディアのほとんどを断っていただいています。たづなさん曰く、無敗の三冠ウマ娘の話題性は一ヶ月や二ヶ月の休養で落ちるものではないので覚悟をしてください、とのこと。
「本当ね。スペちゃん、全然緊張してないわ」
「解るんですか?」
「もちろん。何となくね」
『──では、かなり自信がおありということで?』
『はい! ジャパンカップは必ず勝ちます。お約束します!』
『おお、頼もしいですね。作戦……は言えないとは思いますが、やはり最も注目しているのはモンジューでしょうか?』
『そうですね。ただ、今の彼女の仕上がりなら、特定の対策よりも自分らしく走ることが大切だと考えています』
「こういうのを堂々と言えるのが、何でしたっけ、トレーナーさんがよく言ってるの」
「『主人公の器』です」
「そうそれです」
マスターの言い方からして、メリットとデメリットのあるものだとは解っています。私とスズカさんはそうはなれないが、なる必要もない、と。
「でも嘘や強がりじゃないわね。本気で勝てると思ってるわ、スペちゃん」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。スペちゃんはそんな難しい嘘はつけないし、すぐバレるわ。素直だから」
もし私が健在なら、私がジャパンカップに出走していた可能性はあります。その時菊花賞を勝っていても、負けていても、果たして私はあのように胸を張って勝てると断言できたでしょうか? いえ、マスターが断言できたのなら──
「大丈夫、ブルボンさんがもしあそこにいても、ライスは一生懸命応援するからね!」
「心を読まないでください」
「ブルボンさんの強さをライスは知ってるから。誰が相手でもいつか勝ってくれるって信じてる」
「ライス? 聞いていますか?」
手で耳を戻しておきます。そもそも、私のライバルにこんなことを言われる筋合いはありません。今度こそライスに完勝するのですから、それを信じていると言われたところでエールとして機能していません。
インタビューは滞りなく進み、どうやら最後に『日本総大将』について問われたスペシャルウィークさんが立ち上がりました。カメラに向かってまっすぐ目線を向けます。……なるほど確かに、一つとして嘘偽りの無い決意がそこにはありました。
『ありがとうございます。その、私、必ず皆さんの期待に応えてみせます! 日本総大将として、この日本のウマ娘の誇りにかけて、
「……すご」
スカーレットさんが完全に手を止めてスペシャルウィークさんに目を奪われています。スカーレットさんはどちらかといえば自信家ですが、実績がまだ全く無いことから少しそれも陰ってしまっていました。
「これで、スペシャルウィークさんが勝てばスズカさんは現役続行ですか」
「ううん。勝ったらじゃなくて、私が感動したら、よ。もちろん、スペちゃんは勝つだろうけどね」
スズカさんが来年も走るのなら、私はスズカさんと直接対決が可能となります。スズカさんへの対策は知識として知っていますし、来年──今でも、それを実現できるだけの力はあるはずです。
「だから、しょうがないけど、もう一回だけ走るのかな」
スズカさんはそう言って微笑みました。まだ、決定を覆されたことは許していないようですが、それでも後輩たるスペシャルウィークさんとの絆は強いようです。笑顔で語る画面内のスペシャルウィークさんを見て、スズカさんは耳を揺らしました。
次回、ジャパンカップ。