走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
そろそろステイヤーズステークスから有馬ですかね……
「マスター。一つご提案があります」
「ん」
「私も本調子に戻りましたので」
「うん」
ある日。いつも通りトレーナー室で過ごしていると、ブルボンが入ってくるなりそう言った。私の膝で横になるスズカの尻尾を弄りながら、ぱたぱたと動く脚を眺める。
「特別メニューを実施します」
「しません」
「します」
「しません」
「走ります」
「走りません」
突然下からも入ってきた。ぐるんとひっくり返って、腹筋で起き上がって私の顔を持ってくる。怖い。やらないのは解っていても、この子のパワーなら私の首くらいすぐに飛ぶのよね。だから両手で持つのはやめよ? 本能的な恐怖が来るから。
「しかしマスター。三冠ウマ娘として健在をアピールすることは急務かと思われます」
「何もしなくてもブルボンは三冠ウマ娘よ」
「……、そうではありません」
三冠ウマ娘と言われると反射で喜んで尻尾とウマ耳が反応してしまうブルボン。さらに可愛いことに、私に言われるとさらに嬉しいらしい。少しずつメディア仕事も増えてきたが、インタビュアーに聞かれる度に反応してるし。あー可愛いねえ。
「そもそも健在アピールを学内で内密にやるトレーニングでやってどうするの。そもそも一応あなた全治はしてないし。その腕の包帯は何か言ってみなさい」
「これはファッションです」
「お母さんそんなの許しませんよ」
「ふふっ」
怪我率は無いとはいえ、元からやりたくなかったことを怪我復帰直後のブルボンにやるのは気が引ける。来年はまた迫り来るライスシャワーをスパルタで何とかする……菊花賞は何ともならなかったんだけど、何とかする日々が始まるのだから、それまで休めばいいのに。
……まあ、休みなく鍛え続けるのが最適解なのは理解しているけど。普通のトレーニングはやるし、ブルボンの普通は既に他人のスパルタなんだからさ。わがままでごめんね、本当に。
「では私はどうすれば」
「いや普通のトレーニングをして?」
「ブルボンさん負けないで。一緒に走りましょう」
「なんで自分は走れるみたいになってるの。ダメだから」
「お願いしますトレーナーさん。ちょっとだけですから」
「ちょっとでもダメー」
頬をつねられたのでつねり返す。スズカの方が柔らかいしよく伸びる。これが若さね。そのままぐしぐしして変な顔をさせながら膝の上に戻す。抵抗して起き上がろうとするのを押さえ込む。よっ、という軽い言葉と共に、何と私の身体ごと起き上がってきた。
「あっぶな」
「危ないのはトレーナーさんです。良いんですか、私とブルボンさんが爆発しても」
「爆発しないって」
「でも見てください。ブルボンさんが爆発寸前です」
「起爆シークエンス作動中。警告。警告。三十メートル以上離れてください。自爆します」
「ほら……ふふふっ」
「ほらじゃないが」
離れろと言いつつ近付いてくるブルボンを掴み、転がって私と入れ換える。スズカと合わせて押し倒し、二人並べてソファに転がす。
普通に落ちそうで危ないのでスズカがブルボンを支える形になる。愛バサンドイッチの構え。もちろん挟まれると私の理性と体裁とが死ぬので入らないけど。
「酷いですトレーナーさん。ブルボンさんはこんなに頑張りやさんなのに。とても真面目な子なんですよ」
「マスター。趣味は人間にとって生きる糧です。それを奪うのは人道に反します」
「相互で来ないで。あなた達そんなにコンビネーションできるタイプじゃないでしょ」
わざとらしく頬をくっつけよってからに。可愛ければ何でも良いと思ってるでしょいや可愛いな。写真撮ろ。あーダメダメ、可愛すぎますこんなの。私が挟まらない理由が変わってきます。抱き合って顔をくっつけるのはダメです。
パシャ。
「撮影料はランニング50kmです」
「同じく坂路三本です」
「ここぞとばかりに来るわね」
ややふざけているスズカ、結構楽しんでいるブルボン。しばらく病院にいて、流石のスズカも病院ではいつも通りの走りたがりはやらない……やらない(当社比)ので、このやり取りに参加できているのが嬉しいのかもしれない。
とはいえ、承諾したら絶対にやることになる。そこは間違いない。うちの子達は適当に話していようが会話の流れだろうが何だろうが、走って良いと言ったが最後走りに行く。絶対に。
「三分ごとに追加で坂路一本の利子をつけます」
「良いわね。私も利子をつけますね。一分につき10kmずつ」
「ブルボンに比べてスズカが暴利過ぎる……」
ぱぱっと服を直して、スズカを膝に乗せていた都合で置いていたコーヒーカップを手に取る。こういう時こそ落ち着いてツッコミをいれていかないと収拾がつかなくなることを私は知っている。しっかり冷静にならなければならないのだ。
「今日の勝利のめーがみはー」
「私だけにちゅーする」
「するー」
ん゛っ(不整脈)
パシャ
「いけるわブルボンさん。このまま押せば今日は青空の下でランニングよ」
「ミッション把握。マスターを『悩殺』します」
「悩殺は私がするからそこまではしないで」
このっ……この、なんだ、この……! ダメだ、ここで負けてはいけない。押せばいけるちょろい女だと思われてはいけない。私はそんなに安くないんだから。ガードが固いで有名だったんだから。
「今日のステージのめーがみはー」
「私だけにぎゅっとする」
「するーっ」
あ゜(心不全)
パシャ
「うぐぐぐぐ」
「トレーナーさん? どうしました?」
「マスター。お願いします」
「んーっ!」
たすけてすかーれっと。わたしふたりにやられる。
「お疲れ様ですトレーナーさん。ここで待っててウオッカ」
「おー。早くな」
スカーレット!?
私の理性が崩壊する前に、三女神に祈りが届きスカーレットが現れた。扉を閉めた瞬間いつもの彼女に戻り、棚の方へ歩きつつこの惨状を見ている。
「えっと……どういう状況ですか」
「マスターをステータス『可愛い』で押して、本日のトレーニングを特別メニューに変更していただこうとしています」
「えっ特別メニューやるんですか? それは……ちょっと、ウオッカに今日の予定断って来ようかな」
「スカーレット?」
「可愛さで押せば良いですか?」
「スカーレット!」
救いの手が上から降りて、沼で溺れる私の頭を押さえ付けてきた。なんてことだ、もう逃げられない……哀れトレーナーは愛バ達の可愛いの奔流で死に至るのです。
「待ってスカーレット。あなたまで参加したらもう取り返しがつかなくなるわ。ただでさえ今めちゃくちゃなんだから」
「……いや、まあ別に私可愛い子ぶるの得意じゃないし。普通に恥ずかしいからやめとくわ」
「えー……良いじゃないですかスカーレットさん。私達が走れるかどうかの瀬戸際ですよ」
「こんなことに瀬戸際って言葉を使わないでください。瀬戸際の人に失礼ですよ」
良いぞスカーレット。私はしゃがんで深呼吸をしてるからそのクレイジーキュート達の相手をしておいて。あとあなたが可愛い子ぶるのが苦手かどうかは後で話し合いましょう。
「私達は命を懸けているのよ」
「走れなくても死なないんですよ」
「む……がっかりです。スカーレットさんは解ってくれると思ったのに。やってやりましょうブルボンさん」
「はい」
「……私に可愛さのごり押しが通じると思わないでくださいね。それで堕ちるのはああいう狂人だけです」
スカーレット?
「ブルボンさん」
「はい。……む」
「……ふふん。今さら睨んだくらいで私が怯むと思ったら」
「え?」
「……お、おお、おおおまちがいなんだからね」
ブルボンまでは耐えたがスズカの圧には怯んでしまった。やはりスズカのはレベルが違う。気性もあるのかな。
おおむね自分を落ち着かせることができたので、立ち上がって、震えながらスズカ達にメンチを切るスカーレットを後ろから支える。気丈に二人を睨み付けてはいるが、身体が完全に私を求めてすがっている。怖いねえあの二人は。ブルボンとか感情表現が薄いみたいな話だったはずなんだけどね。顔が良いから、ぶりっ子しても睨んでも破壊力が高いのよね。
「スカーレットは何をしに来たの」
「あ、ああ、うん、あの、タオルを取りに来たんだけど」
「……ミッション失敗。マスターへ要求が通りませんでした」
「待ってブルボンさん。もうちょっと頑張りましょう。まだ可能性は残ってるわ」
「ウオッカと一緒にトレーニング?」
「いや? アイツが忘れたって言うから渡すだけ。持っていって良いですか?」
「ん、良いわよ。それでトレーナーさん。走らせてもらえるって話でしたけど、日付が変わるまでには帰りますね」
部屋のタオルは九割がスズカのものなので、当然許可はそっちに行く。一通りが終わったことでブルボンは見切りをつけて諦めてしまい、仲間を失ったスズカがそれでも抗おうと平気な顔をして決定を押し付けてきた。こういう方向性で押される分には問題なく流せる。私は可愛さに弱いのだ。涙と圧は大丈夫。
「そんな話はしてないけど」
「しました。トレーナーさんが覚えていないだけじゃないですか?」
「それで押し切れると思ってるの?」
「押し切れる? いえ、話をしたのは事実なのでそういうのではないですけど……」
「嘘はどんなに突き通しても嘘よスズカ」
「百回言えば現実になると聞いたんですけど……」
「なりません」
そんな……と倒れていくスズカの横に座り、頭を腿に乗せておく。むー、なんて呻きながらくるくると回ったり、私のブラウスを出して引っ張ったり。伸びちゃうからやめてね。
一方ブルボンは特に消耗があるわけでもないのに定位置たるベッドに腰掛けている。
「ウオッカさんは阪神ジュベナイルフィリーズでしたか」
「はい、そうですけど」
「マスターから見て、ウオッカさんはいかがですか」
「え? いや……しばらく会ってないし見てないから何とも。どうして?」
最後に見たのも随分前だし……今もドアの外にいるんだろうけど、わざわざ見に行くのもね。何ならその直後に評価するのもおかしくない? スズカやブルボンはあほだから気が付かないかもしれないけど、スカーレットは怪しむでしょ。
ちょうど良いのが見付からないのか探し続けるスカーレット。そこに、ブルボンが直球をぶつけていった。
「スカーレットさんも心配なのではないかと思いました。私も、ライスの次走が心配ですから」
「んんぐっ……い、いやいや。ブルボン先輩。心配とかないですから。なんで私がアイツの心配なんかしなきゃいけないのか解らないっていうか」
「そうでしょうか? 心配しているように見えます。いえ、私の勘違いなら構いませんが」
「か、かかか、勘違いですよ」
「心配しすぎでしょ」
「心配してない!」
せっかく選んで取り出したタオルを私に投げつけるスカーレット。膝上から手を伸ばしたスズカがキャッチ。ムチみたいに私を叩き始めたのは無視して、ちょうど楽しいのでスカーレットに笑いかける。
「別に心配したって良いでしょ」
「いやっ……だからあ……っ!」
「友達のレースくらい誰だって心配になるわ」
「そうじゃなくってえ……!!!」
うんうん、と頷いていると、顔を真っ赤にしたスカーレットが手に取った新しいタオルを握り締めて私にキッと視線を向けた。あ、これは怒鳴られるな、と私が軽く考えている最中、部屋のドアがそっと開き、スカーレットが大きく息を吸った。
「スカーレッ──」
「ウオッカは絶対勝つから心配なんかしなくて良いってんのよ!!!! バカ!!!!!」
「──ト……」
ウオッカが、顔を出していた。
「なっ──」
「あ」
「あーあ。トレーナーさんのせいですよこれは」
「ええ……自爆でしょこんなの」
ウオッカが、話を聞いていた。
「いや……おう、うん、か、勝つぜ。まか、任せとけよ、うん。うん? うん」
「ちょっ、ちが、これはその……っ」
「いや! 待て、わかった、何も聞いてねえ、から。うん。何も聞いてないぞ」
「あ、あ、あああ、あっ」
さらに茹でタコみたいになって両手をあわあわと振り回すスカーレット。これは誤魔化せないでしょうね。ここから誤魔化せたら大したものだわ本当に。何ならウオッカも顔真っ赤だし。可愛いわね二人とも。
しばらくわちゃわちゃしていた二人だったが、しばらくするとスカーレットが耐えられなくなり、ばん! とテーブルを殴りつけた。
「別に! 私は! 別に!」
「解った! よし! 帰る! お疲れした!」
ウオッカが走って出ていった。残されたのはどどどどど! とテーブルを叩くスカーレットだけ。あああっ!! と悶絶して一頻り暴れると、大丈夫ですか? とブルボンに聞かれてふらふらと立ち上がる。
「……アンタのせいだから……!」
「え」
「アンタが変なこと言うからこんなこと言っちゃったのよ、バカ! どうしてくれんのよ!」
「うわわ」
そして、そのまま私の胸ぐらを掴む……掴むというか、縋るみたいに私にまたがって抱きついてきた。
「直接言うつもりじゃなかったのに、ばかぁ……!」
み゜(心臓発作)
「あっトレーナーさんが倒れた」
「流石ですスカーレットさん。これがスキル『ギャップ萌え』ですか」
「狙ってやったみたいな言い方やめてください!」
「今なら朦朧としてるから許可してくれるんじゃない? 聞いてみましょう」
許可した。
???「マーチャンもいます。マーチャンです。よろしくお願いします」