走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「祭りですか」
「うん。行こうって言ってたでしょ? 良い機会かなって」
「あー……良いわね。行きたい……先輩、ここなんですけど、こういう順番になる理由とかって」
「暗記してください」
「……ですよね」
ある日。いつものようにトレーナー室で、私は勉強中のブルボン、スカーレットに提案していた。スズカは二人には交ざらず、特に興味も無く新入生達のデータを見たり、クリスマス前後にやるらしいスマートファルコンとのライブの振り付けをチェックしたりしている。
ちなみに、にべもなくばっさりいかれたスカーレットだけど、ブルボン流の暗記とは『テキストに書いてあることを一字一句全て覚える』を指す。理屈や仕組みごと全部覚えれば基礎も応用もできるという荒業であり、スカーレットには根本的に不可能である。
「遠くにお出掛けですか? 田舎の方とか」
「まあ、東京でも冬にお祭りはやってるけど。東北くらいなら日帰りでも行けると思うし」
「……? 東北に日帰りは難しいですよ。途中で疲れちゃったりとかもありますし、一泊くらいした方が気持ちいいです」
「あなた今走って行くことを想定してるでしょ」
「違うんですか?」
隙あらば走ろうとするスズカはいつものこととして……夏の約束を今更ながらって感じ。年明けでも良いけど、まあ今行けそうなら今行くのが良い。雪祭りとか各所でやってるし。
「遠出するんですよね? ほら、ガソリン代とかありますから、節約ですよ」
「節約ねえ……じゃあスズカのご飯はこれから私と同じ量にしようかしら」
「……………………それで走れるなら、我慢します。一日くらいなら何とか……」
「本気で思い詰めた顔はやめて?」
スズカが一人走ったところでっていう現実的な話もあるし、まず他のところで節約して欲しいし。聞き分けの無い走り方をするスズカが走るには、色々経費が嵩むのだ。いや経費じゃ落ちないけど。発信器とか高かったんだからね。あとシューズとかね。
「スズカがもうちょっと脚と靴に優しい走り方をしてくれるなら、もっと走って良いんだけどね」
「今走って良いって言いましたよね?」
「どうして前半を聞いていないの?」
「スズカさん、意味解らない走り方しますもんね」
後輩根性が極まったスカーレットが私の分まで飲み物を注ぎに来た。ウマ娘の中では、蹄鉄なり靴の手入れは自分でできるのが常識だ。もちろんトレーナーもできるけど、自分でやる子が多い。まあ、命を預けるに等しいものだし、思い入れもあるだろうからね。
それはスズカも同じで、むしろ尻尾のケアまで任された今となってもなお蹄鉄は私にはやらせようとしない。言えば断りはしないけど、ちょっと嫌そうにはする。それくらいだ。
「別にスズカさんもできるんじゃないですか? シューズをダメにしない走り方とか」
「理解が不足しています、スカーレットさん。スズカさんが走行中に創意工夫することは不可能です」
「どうしてそういうこと言うの……?」
「できるんですか?」
「……できないけど」
それはそう。できるんだったらとっくにやっているだろうし。圧倒的な速度を得るための踏み込みは加減できるようなものではない。むしろ、これでもスズカのスピードからすればマシな方なのだ。
「でもね。実はスカーレットさん、私は速く走っている方が脚が痛まないの」
「嘘じゃないですか」
「嘘じゃないわ。速く走るとその勢いで進めるから、踏み込みが弱くて済むのよ」
「え? え……うん? そ、そんなことあります……?」
「そうなのよ」
「そんなわけないでしょ。ゆっくり走ればその分負担も軽くなるわよ」
「スズカさん!?」
「む……残念」
後輩を騙そうとしないで?
ともかくお出掛けには三人とも乗り気のようで良かった。それぞれ友達を連れてくるかと聞けば、スペシャルウィークは有マのためにトレーニングに励んでいるし、ライスシャワーもそう、ウオッカは……もうしばらく気まずいので会いたくないとのこと。じゃああなたいつまでこっちにいるのよ。
「迷惑?」
「別に。ずっといたければいても良いよ」
「……まあ、ずっとじゃないのよ? アイツも阪神勝ったし。そもそも私は色々気を張ってるけど学校では普通に話すし」
「あ、阪神勝ったんだ」
「……アンタトレーナーとしてそれはどうなの?」
「普通に勝つと思ってたし……それに、ウオッカが勝とうが負けようが、スカーレットとぶつかったらスカーレットが勝つって信じてるから」
「ん゛……自分の非を認めない大人にはなりたくないわね」
「それでいつ行きます? 土日ですか?」
「流石に。二人の予定で良いでしょ? スズカはどうせ大体暇だし」
「私にも友達はいるんですよ?」
「でもあなたの友達は言ってたわ。スズカは遊んでる最中ふらふらと走りに行きそうになるって。よく友情が続くわね」
「……まあ、それは良いじゃないですか。風が悪いですよ風が」
意味不明なことを言い出したスズカをソファに寝かせ、上から乗ってマッサージ風に背中を押す。ぱたぱたと脚を動かして抵抗していたスズカだったが、しばらくすると諦めてぐったりと寝転んだ。
ブルボンとスカーレットもそこそこキリの良いところまで終わったのか勉強をやめて各々定位置に戻っていく。ブルボンは設置されたベッド、スカーレットはドアに近い席。何をするわけでもなく、特に何もしていないスマホを持つだけ持って会話に入ってくれる。
「私もいつでも良いわよ……というか私も行って良いの? ご褒美みたいなものでしょ、これ」
「私はいつも通りのメンバーで行きたいです。そして、スカーレットさんもそうです」
「……そうすか」
「もちろん二人でも別途行きます」
「ああ、はい。ですよね」
「マスター、私はライスの有マ記念に被らなければいつでも構いません」
暇すぎない? うちの子達。助かるけど。ウマ娘の年末は有マやらホープフルやらがある関係で忙しいものね。トレーナーは……まあ私でなければ忙しいんじゃない? 私は今ニートだから。
「まあ善は急げって言うし。次の土日とかで良いか。大体どこかで何かやってるし」
「あ、待ってくださいトレーナーさん。この間新しく頼んだシューズ、受け取りが来週の火曜日なんです。さ来週にしましょう」
「……どうしてシューズの受け取りを待つ必要があるの?」
「……どうしてですかね?」
「とぼけるなーっ」
「ゎーっ」
スズカを押し倒して全身を擽る。イヤーキャップを外して投げ捨て、スズカの薄い胸をとことこと叩く。悶えるスズカがこっちをふにゃふにゃな目で睨み付けた。
「はぁっ、はぁっ……良いんですよ、こっちは。たとえ出先で走れなくても地元で走りますから」
「どうしてスズカさんが交渉を拒否する立場なんですか?」
「走れるものなら走らないでみなさいよ」
「む、じゃあ走りま……今なんて言いました?」
「走るなって言ったのよーっ」
「ゃーっ」
スズカの脚を持って体を回す。上体がソファから放り出されたが、やはりウマ娘、強靭な腹筋により何でもなさそうにしている。何なら脚に乗った私を持ち上げてきた。ぐわんぐわん揺らされる。自分が軽くなった気がして悪い気はしない。まあスズカにとっては私が40kgだろうが60kgだろうが80kgだろうが100kgを越えていてもあんまり関係無さそうだけど。
「じゃあ来週の土日ね。予定入れないでね」
「あの、シューズは」
「あっぶないあぶない落ちる落ちる。解った解った。走って良いから。ちょっとだけね? 本当にちょっとね?」
「やったーっ」
「わーっ」
ついに真上に飛ばされた。何とか反応して着地できたけど、落ち方によっては大惨事だった。流石のパワー……感動しちゃうわ。
「マスター。私もできます」
「何対抗してるんですか」
「マスターの『感心』を検知しました。これより証明作業に入ります」
「待って待って怖いってマジで」
「ご安心ください。成功する可能性は九割です」
「一割ミスるってことじゃない!」
「アンタがいつも言ってることでしょ……え、本当にやるんですか?」
抵抗虚しくブルボンに持ち上げられ、重量上げみたいにされる。スズカが果てしない柔軟性をもって後転でソファから降りると、代わりにブルボンが寝転がって私を脚に乗せた。
「靴は脱いだ方が良いですよ。服が汚れちゃうんで」
「そこじゃない、そこじゃない!」
「失礼しました。スカーレットさん、持っていてください」
「え? あ、はい」
スカーレットに手渡された。私のことを何だと思ってるんだろう。でも下手に抵抗できないし、抵抗しても意味無いし。ブルボンが素足になって合図を出すのを見て、スカーレットはそっと脚に乗せた。
「ぐう」
「マスター。体を起こしてください」
「い……いや、無理……! やり方おかしいって……!」
お腹あたりを脚二本で支えられ、私の身体がくの字に曲がる。当たり前だけど私にはこの状態で身体を起こす体幹は無いので、何なら息もできない。み、みぞおち……!
「ああ、トレーナーさん死んじゃいますよ。座った体勢じゃないと危ないですから」
「も、持ち上げることを止めて……?」
足と頭をスズカが支えてくれたけど、にしてもブルボンの脚が私に突き刺さっている。大人として我慢してはいるが普通に吐きそうだし。出ちゃう出ちゃう。お昼のサラダが。ただでさえカロリーギリギリで生きてるのに。
「寝て、そうです、膝を曲げて、脛のあたりに座らせる感じで……そうです。はいトレーナーさん。気を付けて座ってくださいね。はーい」
「はーいじゃな……うおわっ」
あっぶない。本当に戻すところだった。体勢的に全部ブルボンの顔面にぶちまけるところだった。流石のブルボンも顔面にモロ被りしたら怒る……怒るかな? 案外怒らないかもしれない。ブルボンって何したら怒るの。
「ご覧ください。持ち上がりました」
「ご覧くださいっていうか持ち上がってるの私だね」
「お父さんのことを思い出します。幼少期、よくやってもらいました」
「微笑ましいじゃないですか」
「私の成長にあたって身体的接触が減少しまして、それに伴いやってもらえなくなりました」
「反応しづらいこと言うのやめてくださいマジで。どんな理由でもキツいです」
お父さんさあ、言いにくいのは解るけど、もう言って良いんじゃない、色々やらない理由をさ。普通の人間が普通に生きてたら気付く事実に気付いてないですよこの子。混浴とか普通に入りそう。怖いわマジで。
「ブルボンさんパース」
「はい」
「いやはいじゃないが」
非道ノブルボンとサイレンスふざけが私でキャッチボールをし始めた。もちろん脚で。ピンボールみたいに宙を浮く私。あの、まあ斜め下にスカーレットがいるから大丈夫だろうけど、普通に床にぶつかったら痛いからね?
「あっぶないあっぶない」
「アンタって何したら怒るの。いじめられてるわよ今」
「いじめてないわ。一緒に遊んでるの」
「いじめっ子の理屈なんですよそれは」
ふわふわ飛ばされるのは一回くらいなら気持ち良い……のだけど、脚に着地した瞬間の振動がヤバい……一度覚えた吐き気が増大していく。あっいけないですねこれは。もうダメみたいです。
「あの、トレーナーが死にそうな顔してますけど」
「あっ待って待って出ちゃう出ちゃう」
「あ、やり過ぎた」
「気付くのが遅……ぅぇ」
あっぶ。
「そろそろ降ろさないとトレーナーが吐きますよ」
「失礼しました。大丈夫ですか」
「うお……」
「セーフ……」
「セーフじゃな……いや、ちょっと待……」
って、大丈夫じゃないかも……! ヤバい、人間として終わる……! と、トイレに……!
「抱えますか」
「うーん……一応鼻栓だけしておいた方が良いかもしれないですね」
「あーあ。ブルボンさんのせいよ。一人で掃除してね」
「スズカさんが言い出したことでは?」
「でも最後に乗せてたのはブルボンさんじゃない」
私は休み時間のドッジボールかよ。
「どうするんですか? トイレに連れていきます?」
「何なら外に連れていかない方が良いんじゃない? 間に合わなかったら大惨事だし、部屋にいさせた方が」
「同意見です。病理由来でなければ一度吐けば解決するでしょう。その後のケアに注力する方が効率的です」
ダメだ……! この子達吐くことに抵抗が無さすぎる……! 誰よこんな感じに育てたのは。文句言ってやるから出てきなさい。吐くっていうのは尊厳を失うってことなのよ。そんな、一回口から出したらすっきりするくらいの感覚でやっちゃダメなのよ。牛かおのれらは。
「ぅぐ……ごぽ」
「あーダメねこれは。じゃあ私は外出てるからあとよろしくお願いしますね、お二人とも」
「……やはり多少手伝っていただくわけには」
「ぅ」
「先輩方頑張ってくださぁーぃっ♡」
スカーレットが逃げた。くる、くるくるくる、あ、あっあっあっ、
「トレーナーさん!? なんで抱き付いてくるんですか!?」
「マスターの一番はスズカさんですから」
「ぅ……ぐぐぐ」
「ひ、ひえ……あのトレーナーさん、流石に私、この距離は躊躇するというか、あの」
「ぐぐっ」
「……っ!!!???」
このあとめちゃくちゃ我慢できた。
スズカブルボン、三日間晩御飯のスイーツ抜き。