走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「んふ、えへへ、ふふっ。トレーナーさん、早く、早く行きましょう」
「はいはい。ちょっと待ってあげて」
夜。一応スズカとブルボンは日本で並び立つ方が難しいほどの有名人であり、スカーレットも一応それなりにファンがいる。エルナトのファンサの制限は緩く、道端でも迷惑でなければやるけれど、流石にお風呂は色々と問題を誘発しかねないので人目を避ける必要がある。
事情を説明した上で深夜の時間外に貸切風呂を予約して、ついに爆発したスズカが真顔でランニングの権利の行使を申し出てきたのがさっきのこと。夕食後、部屋でゆっくりしたり、ブルボンがライスシャワーに写真を送ったりしていた時だった。
「気を付けてね。ウマ娘にこんなこと言うのもなんだけど、転ばないように」
「ん。了解」
「問題ありません。降雨時の坂路トレーニングの経験があります」
「雨と雪は違……え? 雨の日も坂路やってたの? 怖……」
ブルボンとスカーレットもたまにはスズカと走りたいとのことで、全員で外に出てきている。蛍光部分のあるランニングウェアと専用のシューズはスズカがたくさん持ってきていた。たくさんはいらないでしょ。
「何があるか解らないじゃないですか」
「逆に何を想定していたの」
「突然トレーナーさんが私に甘々になって制限無く走らせてくれる可能性はありましたよね」
「いや、たぶん無いですよ」
「1%でも可能性があるならそれに賭けたいです」
「0%でしょう」
部屋の玄関でくるくる回りながら私達を待つスズカ。相変わらず一人だけ着替えるのが早い。用意されたシューズにはちゃんと二人のサイズのものもあったので、それを履こうと二人がしゃがむ。
「これ、冬用ですか?」
「正確には雪用です。いわゆるミドルカット、ハイカットと言うんですが、足首が高いものですね。それから、防水性ももちろんなんですけど、中からは湿気を通す作りになってます。あとはスパイクですね。チェーン型なのでウマ娘の踏み込みでも……まあ実際に履いたことは少ないので解りませんが、たぶん普通よりマシだと思います。冬用というと防寒性とか防風性で終わっているものもあります。機能追加版みたいな感じなので雪用を買うのが良いですが、ウマ娘用はチェーンの固定が強くて普通の工具じゃ外せないので。ただ寒いだけの日はカチャカチャしますし、こう、足の裏で地面を踏み込む感覚が無くなっちゃうのであんまりおすすめはしません」
「詳しい……」
「あ、ブルボンさんはこっちの方が良いですよ。少し足囲が大きめの方が合うと思います」
ランニングジャンキースズカ。ここまで言っておいて、自分のシューズは少し厚いだけの普通のシューズというのも凄い。スズカだけは慣れているので、できるだけ普通のもので走りたい、みたいな感じだろう。危ない……とはならない。スズカだし。
何ならスズカのシューズの中には特注品も混ざっている。オーダーメイド自体はウマ娘としてはよくあるというか、レースやトレーニングのシューズは半数くらいはオーダーメイドではある。ただし、普段使いのシューズとか、いつか使うかもしれない下駄箱のシューズまで趣味で頼んでるのはスズカくらいじゃないの。
「足首をちゃんとストレッチしておいてくださいね。ちょっと負担が掛かるので。それと、慣れないうちはゆっくり走ると良いですよ」
「スズカさんと一緒に走りたいんですけど、待ってくれたりします?」
「ランニングは一人でやるものです」
「マスター。私達の調整が終了するまでスズカさんを制止できますか」
「無理」
できるわけがない。今ここにスズカがいてくれるのもスズカの理性次第なのだから。
「ではトレーナーさん。私はもう行きます。我慢できないので」
「ちゃんと端末は機能してる? 水分はとった? 応急セットは?」
「全部大丈夫です」
「よし。じゃあ行ってらっしゃい。日付が変わるまでには帰ってくるのよ」
「はいっ」
とたとたと早歩きで動き出すスズカ。その後をブルボンとスカーレットも追っていった。建物内はちゃんと歩くから偉い。偉いの基準が低いような気がするけど。私もゆっくり部屋を出る。どうせスズカの走っているところは私には見られない。絶対に追い付けないからだ。雪があるなかでバイクを借りてもスピードを出せないし。
「……お風呂行こうかな」
家なら時間なんて守らない可能性が高いけど、流石に出先ならちゃんと言いつけ通り戻ってくるだろう。それまでは普通に暇だし、大浴場も行ってみたいし、確かマッサージとかアカスリがあるみたいな話も聞いたし。
────
「ただいま戻りました、マスター」
「あ、ブルボンお帰──」
「はあっ、はぁっ、はっ、はっ、はっ……」
「す、スズカさん! 落ち着いてください!」
「ま、待って、放して、あと少しだから、あと五分で良いから、あの道、森の道に」
「この暗さでこの地面で山道は無理ですよ!」
「無理じゃないから、無理じゃないこと見せるから、お願い許して、行かせてっ……!」
「ご覧の状態です」
「ええ……」
日付が変わるギリギリに、ちゃんと三人が戻ってきた。三人で戻ってきたというか、スズカを二人がかりで掴んできている。ブルボンはスズカの押さえ方を完全に把握しているし、流石のスズカも右腕一本では抗えないらしいが、スカーレットは左腕を押さえきれていない。
抵抗するスズカにかなり振り回されているスカーレット。完全に腕を抱き締めて固定しているのに、なおパワーで負けている。凄いなあスズカは。放っておけばそのうちスカーレットを振り解いて、ブルボンと一騎打ちで勝ってしまうんだろうな。
「トレーナー! 早く!」
「はいはい」
「ふぎゅ」
スズカの引き渡しを受け、胸に埋めて抱き締める。どんなに余裕がなくても、スズカは私が触れれば無意識に力を抜いてくれる。スカーレットに対しての暴れ方をされると私の身体なんかバラバラだけど、腕と胸の中でもぞもぞと動き回るスズカは私でも押さえ付けられる。
「あっぶな……助かったわ」
「お疲れ様ですスカーレットさん。もう少しパワーのトレーニングが必要ですか」
「いや……こんなことでそんなこと実感したくないんですけど」
「先にシャワーを浴びてください。私は預けてきたバッグを持ってきます」
あなたたちにパワーなんて必要ありません。あと発信器付きの鞄を他人に渡すのは法に触れそうだからやめて?
そのまま体勢を変えてスズカを引きずって、敷いてもらっていた布団に倒れ込……いや、走った後だしやめておこうかな。ここに寝なきゃいけないんだし。畳の上にスズカごと倒れると、スズカがもぞもぞして私の方を睨痛い痛い痛い痛いおっぱいが取れちゃうってマジで!
「どうして止めるんですか? 私言ってますよね。あの森の小道に入らないといけないんです」
「走らなければいけないことはないでしょ」
「私の名前の『サイレンススズカ』に賭けて走らなければいけません」
「勝手に背負わないで」
別の世界のサイレンススズカも困惑でしょそんなの。殴られても文句言えないレベルじゃない。
「むぐぐぐぐ」
「痛い痛いって。本当にもげちゃうから鷲掴みはやめて。あとシャワー浴びて。私お風呂入ったばっかりなんだって」
「むむーっ」
「やめてやめてやめてパジャマこれしかないんだから」
さらに密着してくるスズカ。よっぽど走りたいところがあったみたいね。完全に身体と気持ちができあがっている。肉食獣みたい。こうして私と絡んでいてもなお眼光が異次元の逃亡者になっている。それでもこう、私と一人だった頃と比べると、引きずられながらでも戻って来ただけ偉いのかも、こんなになるのは久しぶりだけど、きっと全盛期のスズカなら全てを置き去りにしていたし、小道を走りたいことに気付かれる前に走っていただろう。
「どうどう」
「んんんんん! トレーナーさん、走らせてくれないと怒りますよ。絶対ですよ」
「怒るとどうなるの。ちゅーでもする?」
「夜中勝手に起きて走ります」
「あっそういう感じ? ごめんって。ほら落ち着いて」
ダメだった。あんまり成長してないかも。冗談で流そうとしたのに普通に本気だった。どうしましょうねこれ。ブルボンとスカーレットはもう部屋のシャワーを浴びに行っちゃったし。というかトイレ行こうと思ってたんだけど。風呂トイレ一緒はこれだから。
「落ち着いてスズカ。いくら何でも危ないわ」
「危なくないです。今までの人生で何回雪の降り積もる中を走ったと思ってるんですか」
「それは原っぱの話でしょ? コンクリートの雪とは違うじゃない」
「なら大丈夫です。あの道は土舗装でした」
「見間違いだと思うわ」
「私が地面のコンディションを間違えるわけがありません。証明しましょう。今から行きましょう」
「待って待って」
スズカのことを掴むけど、そのまま引きずられていく。布団がぐちゃぐちゃになっちゃう。普通に歩くスズカの腰に縋り付く私。何があったのかしらね……まあこっちが普通なんだけど。最近は後輩二人のおかげで人間性を得てきていたので勘違いしてしまいそうだけど、この子は本来走れれば何でも良い子だった。
「帰ってからにしよ? ね? この後予約してるから。ほら。もう子どもじゃないんだから、ね?」
「走れない大人より走れる子どもでありたいです」
「まあまあまあ」
無理やり立ち上がってスズカを持ち上げる。廊下で寝かせて上に乗って、全身に手を這わす。擽ったさそうにしながら、少しずつスズカの目尻が柔らかくなっていく。楽しくなって体を倒しウマ耳も揉みつつ、何ならこのまま全身をまさぐっても良いくらい。
「ほらほら。お風呂に行くって言いなさい」
「んふ、ふくくっ、んーっ、ふふ、ふふっ、い、いやで、いやです、は、はしりま、はしりますっ」
「こらーっ」
「んんーっ!」
しばらく攻防が続き、スズカがいつも通りに戻る、というか欲望が無くなる頃には私も普通に汗だくだった。まあこの後みんなでお風呂だから良いけど、損した気分。
「はぁっ、はぁっ……もう、きょ、今日はしつこいわね……」
「ふ、ふふっ……んぐっ」
「ほら、お風呂行くわよ、時間が来ちゃうわ」
「ブルボン先輩、次……あ、スズカ先輩落ち着いたの?」
私達の真横で風呂場の扉が開いた。警戒心を失った女子学生め。タオル以外を身につけてから出て来なさい。
「え、もう出たのスカーレット」
「十五分くらい経ってるけど」
防水袋のスマホを見て呆れるスカーレット。髪を丁寧に拭き取りながら私達を跨いで部屋に戻っていく。動じないわねこの子も。どうやら本当にかなりの時間が経っていたようで、部屋の中にブルボンがいた。スカーレットと交代でシャワーを浴びようとしている。帰ってきたことにも気付かなかったの、私達……?
「というか予約何時? ブルボン先輩入らない方が良かったりしない?」
「いや、結構余裕あるから大丈夫よ」
「何分余裕取ってるの」
「どうせ遅れると思ったし」
散々擽られた結果体力と欲望を同時に失ったスズカをお姫様に抱えつつ部屋に戻る。スカーレットはさあ、女の子なんだから裸で胡坐はやめなさい。私達が悪かったんだろうけど恥じらいは捨てないで。
「ごめんなさいねブルボン。別にシャワー浴びるなら浴びても良いけど」
「問題ありません。気温や湿度の関係上緊急ではありませんので」
「というか遅刻前提で予定立てるのはどうなの?」
「うちにはわがままなお姫様がいるからね……っと。スズカ体重落ちたでしょ。ダメよちゃんと食べないと」
「はい……」
私の腿に寝転がるスズカ。減ったといってもほんのちょっとだから良いけどね。でもスズカの場合余計な脂肪が無いから体重減少は怖い。ブルボンとかスカーレットなら、ちょっと太ももが減ったかな? くらいで済むのに。
「何か失礼なこと考えてるでしょ」
「いや別に──」
ぐう……ぎゅるるるる……
大きな腹の虫に、ぴたりと空気が止まった。
「私じゃないですけど」
「私ではありません」
「私も違うけど?」
「スカーレットね」
「……なんで私なの」
「スズカとブルボンがこの程度のこと誤魔化すわけないでしょ」
「……ぐう」
言葉を詰まらせて倒れるスカーレット。あとで何か深夜でもやっているようなお店にでも行こうか。遅刻の原因でもなく誤魔化しもしなかったブルボンは偉いので撫でておく。ふんふんとウマ耳を動かすブルボン。そして、
ぐうぅぅうぅぅ……
「……ステータス、『空腹』」
「ふふ。可愛い」