走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「みんなありがとー!! メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
「メリークリスマス」
十二月二十四日、土曜日。記録者、ミホノブルボン。
現在、オペレーション『クリスマスライブ』を完了。控え室にて、クールダウン及び撤収準備中です。
「お疲れー! 良かったよスズカちゃん、ブルボンちゃん!」
「はあ……緊張しました……もう、聞いてないですよファルコン先輩。いつものライブハウスだと思ってたのに」
「言ってなかったっけ?」
「会話ログ検索中。十二月二十一日のリハーサルにて『本番は上からも見られるからね』という発言がありました」
「言ってないじゃないですか」
「ご、ごめんね……」
本日は某所のショッピングモール一階のステージにてライブが行われました。出演料の負担は求められておりませんので、恐らくこちらが招待された形でしょうか。私とスズカさんはマネジメント業務には一切関与していませんので、これだけの知名度を得られたのはファルコンさんの手腕と言わざるを得ません。
……クリスマスソングのアレンジ音源、サンタクロースの改造コスチューム、数台あった取材の大型カメラ。一体彼女の行動力はどれほどなのでしょうか? 活動資金は?
「でもスズカちゃんもノリノリでアドリブ決めてたよね?」
「二人がアドリブするからじゃないですか!」
「タスク『アドリブアピール』も重要だとファルコンさんが」
「ブルボンちゃん! しーっ! ダメだよそれ言っちゃ!」
ファルコンさんの指示により、私の感情表現及びファンサービスのクオリティが明らかに上昇しているのが解ります。アピールモーションは彼女のものを流用していますが、投げキッスは正解だったようです。
と、控え室の利用可能時間はそう長くはありません。着替えなくては。明日はマスターの家で有マ記念を観戦しながらのパーティーです。そこでクリスマスプレゼントとして通知表も贈られます。
ステータス『緊張』下では睡眠導入が平時より格段に遅くなりますので、本日は可能な限り早く寝ます。フラワーさんにも話したところ、子守唄を歌っていただけるそうです。
「着替えましょう」
「わーっ待って待って! カーテン!」
「あ、そうか」
「そうかじゃないよ!? 危機感! ウマドル……というか女の子でしょ!?」
「そうです」
脱衣を止められましたが、対処はファルコンさんが行ったので問題無いでしょう。着替えます。
「もっと気を付けてね?」
「すみません、つい……普段はそんなこと考えないから……」
「いくら何でも窓とカーテンを開けて着替える女の子はいないよ」
「そういえばいつも閉まってますね……トレーナーさんかスペちゃんがやってくれてるんだと思います」
「はあ……もう……」
……私も言われたことがあります。ライスやフラワーさんに。反省点ですが、どうしても必要性を感じず習慣化しません。理論上は理解できますが、しかし。
「まあ、でもそういう感じだもんね、二人は。プライベートはファル子に任せて? ちゃんと守るからね」
「あ、はい」
「でも服は上下で順番に着替えて? 一回下着になるのはやめて?」
「はい」
「女の人がトレーナーさんだとみんなそうなっちゃうの?」
着替えの後ファルコンさんのトレーナーが入室、今回の報酬の話や後処理について聞き、解散となりました。帰りは送るとは言われましたが、スズカさんがそれを受け入れるはずがありません。私も同様ですので、そのままファルコンさんと別れます。
なお、報酬は支払われる時と支払われない時があります。その時々で報酬のあるライブと無いライブがあるそうです。
「やった。これはチャンスよね。そう思わない?」
「走るならマスターに許可を頂くべきでは?」
「チャンスの女神には前髪しか無いって言うでしょ?」
「この場合のチャンスとは許可を乞うことができるかどうかではないでしょうか?」
ファルコンさんが我々に施した変装は、マスターがするそれよりも格段に上等なものでした。通常ならどこで行動していても視線を感じますが、全く感じません。私はスズカさんがスズカさんだと認識していますが、していなければ一致しないでしょう。
『たぶんファンの人達がたくさんいるから、変装をちゃんとして、お互いに名前を呼んじゃダメだよ!』との指示を守り、スズカさんが歩くままについていきます。
「黙っていてくれれば良いの。私が責任をもって走るから」
「私の責任にはそれを伝達することが含まれます」
「内緒にしてくれたらアイス買ってあげるけど」
「……なるほど」
アイス……いえ、私には責任が……しかし、空腹……用意された飲料は甘味の無いものでしたし……ダメですミホノブルボン、これはマスターから常に言われていること。オーダー。オーダー……注文……ベリー、チョコレート、バニラ、キャラメル……
「……走るための服装と靴ではありません」
「大丈夫。トレーナーさんは今家だから、トレセンに寄って帰ればバレないわ」
「そこまでの道は」
「んー……まあ、ゆっくり走る感じで。それでどう? ウマ盛りにしても良いわよ。六段よ六段」
「六段……!」
「そうよ。全部違うの乗せちゃいましょう」
……仕方がありません。よく考えればスズカさんの管理は私の仕事ではないはずです。マスターの職務です。問題ありません。
「黙秘します」
「よく言ってくれたわ。じゃあ買いに行きましょうか。ふふん。早く行きましょうすぐに行きましょう。時間が無いわ。晩御飯までには帰らないといけないんだから」
────―
「あ、いたいた」
「あ……ああ、トレーナーさん……」
「何その顔は」
クリスマスイブ。私はスズカとブルボンのライブを見にショッピングモールに来ていた。結構遠かった。普通に道も混みすぎだし、中は中で人が多いし。
それで、ライブだけどめっちゃ良かった。それはもうコールでも絶叫しちゃった。あんまりバレない方がいいかなと思ってたのにめちゃくちゃ叫んだもん。客層に女の人が多くて助かった。男ばっかりとかだったらギリギリ聞き取れたかもしれない。
で、終わった後は着替えとかあるんだろうなあ、と思いつつ、物販もないので適当に時間を潰すこと一時間ちょっと。連絡を取って合流することにして、歩くことさらに十数分。アイスクリームショップに並ぶスズカ達を発見した。
というか変装上手いわね。びっくりしちゃった。スマートファルコンのトレーナーさんは男の人だったし、スマートファルコン自身がやったのかな? 私ももうちょっと学んだ方が良いのかな。
ただ、どうもスズカの機嫌が悪い。単に怒っているというよりは拗ねてる半分かな。なんだこの子。
「会いたくなかったみたいな顔をしないで?」
「いえ別に、そんなつもりじゃないですけど」
「いやそんなに耳倒されても」
「倒れてませんよー」
ウマ耳を絞りに絞って、代わりに両手でウマ耳を示すスズカ。そのジェスチャー自体が可愛いのであんまり怒っている感じがない。会いたくなかったって思われるのは普通に傷付くんだけど?
「何ならアイス代渡そうか? お小遣いが浮くでしょ。何頼んだのか知らないけど」
「それは別に良いです」
「じゃあ何」
ちゃんと髪型をセットしていたので頭を撫でるのはやめておき、代わりに背中を擦る。身長はそんなに変わらないけど、上目遣いに睨まれスズカの指が私のお腹に突き刺さった。
「痛い痛い貫通しちゃうってマジで」
「会いたくないことはなかったって言ってるじゃないですか。会いたかったですよトレーナーさんのこと好きですから」
「白々しい……何か知ってる?」
「はい。彼女は──」
「ストップ、すていっ」
「発言を許可するわ」
「……す、す」
「ほらバグっちゃった。あなたのせいだからね」
「絶対にトレーナーさんのせいです」
矛盾する命令を与えられると処理落ちして黙ってしまうブルボン。いい加減命令の優先順位を変更してもらえないだろうか。私とスズカが同列なのはおかしいでしょ。もう関係性も正確に理解してるよね?
六段重ねとかいう意味の解らないアイスを受け取り、適当に話しながら私の車へ。ブルボンなら落とさない……とは思うけどはらはらしながらやや混みの道を走る。どうやって食べるんだろう、それ。
「それで? どうして迎えに来たんですか」
「もう。本当にどうしたの。別に担当を迎えに行くくらい普通でしょ」
「まあ、それはそうなんですけど……」
とりあえずウマ耳は戻ったのでもう怒っているアピールにはなっているスズカ。情緒不安定なんて今に始まったことではないのであんまり追及しても仕方ないし、邪険にされたところで腹も立たないから良いけど。普通にどうしてこんなに不機嫌面をしているのかは好奇心から気になる。
……まあ、スズカが不機嫌になる理由なんて多くないから容易に想像できるんだけどね。
「どうせ私に内緒で走って帰ろうとしたんでしょ? ブルボンだけアイスを買ってるのは……買収ね」
「むむ……」
「正解です」
「良かった。あと、買収されたことは堂々と言わない方が良いわよ。スズカのことなら何を喋っても良いけどね」
「むー……」
スズカ理解度には自信がある。スズカならあらゆる施設のロッカーに走る用の装備を入れていても驚かない……いや流石にだと思うけど。
油断も隙もないというか、何と言うか。別に走ること自体は今さらだけど、その場合ブルボンはどうするのって話だし。アイスだけ渡されて結構離れた地で置いていかれる方の気持ちを考えた方が良いんじゃないの?
「スズカも後輩を買収しない。倫理観とか無いの?」
「倫理で走れるんですか? 法はともかく倫理は知りません」
「ヤバい思想ね」
「帰ったら走ります。私がウマ娘であるうちに走らせた方が良いですよ」
「走らないとウマ娘じゃなくなっちゃうんだ……こわ」
さあ、着いた着いた。確かブルボンは今日は早く帰って寝ると聞いているので、トレセンで解散。スズカは帰っても良いし帰らなくても良いんだけど、帰したら勝手に走ったりしない? この子。そういうオーラが吹き出てるんだけど。
……まあ、それは良いとして。
「で、スズカ、この後なんだけど」
「なんですか? 私はこの後走ります。もう止められませんよ」
「堂々と言わないで。そうじゃなくて、ほら、今日もこの後やることないでしょ?」
「走るって言ってるじゃないですか」
「走るってのは一旦置いておいて?」
ブルボンが帰った後、何故かスズカは都合よく残っていたので声をかけてみる。大丈夫かな。完全に走るつもりでいるから、もう何も言うことを聞いてくれないかもしれない。
「この後どう? 美味しいものでも食べに行かない?」
「……言っておきますけど、ご飯で釣れると思わないでください」
「そんなんじゃないって。スズカがデートデート言うからさあ。今日も頑張ってたし、出かけるくらいはね?」
「……デートですか?」
「デートじゃないけど、気持ちだけね? ホテルのラウンジでフルコースディナーはどう?」
二ヶ月前からの予約画面を見せる。ちょっとだけスズカの目が大きく開いた。昨日からヒヤヒヤしてたよ私。まあ予約の時間は遅くしたからライブが入ろうと大丈夫だろうとは思ってたけど、疲れて寝るとかね? 今もスズカがそれより走ります! とか言われるとめっちゃ困るし。
「大人のデートっぽいでしょ? うん、それっぽい」
「……もうちょっと上手く誘ってくれません?」
「ちゃんと誘ったら本当のデートみたいじゃない。あと私誘われる派なの」
スマホを突き返しつつ、スズカのオーラが消えていく。
「じゃあ来年は私が誘います」
「楽しみにしてるわ」
スズカが外したシートベルトをつけ直した。
「一回帰っておしゃれしても良いわよ」
「……じゃあ帰りましょう」
「ん」
ギアを入れる。ちらりとスズカを見る。
「……ふふ」
ぴこぴこ動くウマ耳が可愛かった。まる。
スズカは隠せるつもりでいますがお察しの通りいざ走ったら全て忘れて汗だくのまま家まで帰ってしまうのでバレます