走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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人混みに狂うサイレンススズカ

 

「行けるの?」

「行けます」

「我慢できる?」

「できます」

「本当に?」

「絶対です」

 

 

「……解った。スズカのことを信じるわ」

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「っ……!」

「落ち着いてスズカ」

「き……くぅ……ぐ……っ」

「どうどう」

 

 

 ある日。というか大晦日。エルナトとしては大晦日は例年家で過ごしていたのだけど、今年はブルボンが二年参りに行きたいと言い出した。何のことか解らなかったので調べたところ、一部方言で大晦日から新年にかけてお参りに行くことらしい。

 

 で、エルナトの神社仏閣アドバイザーであるフクキタルに連絡を取ったのだけど、恐らくバイト中であり返事が無かった。以前行ったところは工事が入っているそうで、まあしょうがないから大きめのところ行こうか! となったのが昼のこと。なおスカーレットは家族と過ごすので不在となった。

 

 

「いま……っ、ぅうぅっ……!」

「はいはい。頑張れ頑張れ」

 

 

 そして夜、物凄い人混みの中変装して並ぶスズカとブルボン。ブルボンは良い。問題はスズカだ。さっきからどぅんどぅんとオーラを出したり引っ込めたりしている。自分で言っててアレだけどオーラって何よ。

 

 ただ、実際問題オーラとしか言いようがない何かがあるというのも事実。先頭狂のスズカは目付きといい雰囲気といいトップウマ娘としての貫禄を取り戻し、一部一流のウマ娘やトレーナーだけがそれに気付くことができる。バトル漫画かな? 

 

 

「むり……もうむりです、帰りましょうトレーナーさん……」

「いやいや……もうここから帰るのも無理でしょ」

 

 

 ぎっちぎちの参拝客のなか、私に助けを求める眼鏡のスズカ。どうしてこうなっているかといえば、それはもう、スズカに過剰な人混みは猛毒だったというだけだ。

 

 スズカの大逃げはマルゼンスキーのそれとは違う。速いから前に出ているのではなく……まあそれもあるだろうけど、本質的には前に誰もいてほしくないから大逃げになるわけで、それはもちろん日常生活でもそうだ。

 

 

 流石に普段生活する上で経験するようなレベルの人混みや、人の背中にいちいち掛かりはしない。そこまで行くともはや別の何かとして、しかし、過剰な人混みや周りと触れ合うような混雑となると話は別。今もこうして必死に自分を抑えながら私に縋っている。

 

 

「ぐっ……は、放してください、大丈夫です、私ならすり抜けられます……!」

「無理だから。ね? 一旦落ち着いて?」

「あ、あ、あ……っ」

 

 

 ウマ込みが本当にダメなのだ、スズカは。レースでなくても、人間であってもそう。囲まれるということへのストレスが半端ではない。私の腕に抱き付いているのだけど、このまま爆発するんじゃないかってくらい心拍が上がっている。他の人よりもさらに濃く吐息が白く噴き出してきた。放してくださいと口では言いつつ、理性がまだスズカを止めている。

 

 

「やっぱり無理でしたか」

「まあねえ……そりゃそうよね」

 

 

 こうなるから、出先にスズカにしっかり問い掛けたのだ。本当に人混みで大丈夫か、頭がおかしくなるようなら自制してくれ、と。それこそ何度も確認した。それでもこうなった。まあ解ってたけど。私はスズカを良くも悪くも信じているからね。

 

 ……ただ、鋭い目付きで威圧と蒸気を撒き散らすスズカを見ると、一般人はこういう威圧に鈍感で良かった、と思うわけ。幸いところどころ同じような蒸気は上がっている。ウマ娘は体温が高いので、運動させた後とか、周りが寒い時とか、ほぼ煙が立つ同然の蒸気が上がるのだ。

 

 

「はーっ……ふぅーっ……ぅ、ぅぅ、あっ……」

「いっ……てててて……痛い痛いスズカ、折れる、折れるって」

「折れません……! 良いから走らせてください……走ります、今すぐ……!」

「ぐぐぐぐ」

 

 

 口ではそう言うものの、身体は私にくっつくスズカ。身体は頑張っているのにお口は素直ね。口が本能で身体が理性なこともそうそう無いでしょ。というか身体が理性にしては力が強すぎる。折れるってマジで。

 

 

「……安心して……この腕にかけてもお参りはするから……!」

「じゃあ走りに行きますよ……!」

「いだだだだだ、た、助けて、助けてブルボンっ」

「了解しました」

 

 

 ギリギリ折れなかった。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「良いですか、トレーナーさん」

「スズカ……待って、一旦落ち着いて」

「いいえ。待ちません。これが最終警告です。走ります。でなければ死にます」

「怖すぎ……」

 

 

 何とか参拝を終えた後。何だかんだ優しい子であるスズカの理性は、ブルボンのお願いというのもあり最後までもった。口ではずっと限界だの何だの言っていたが、何とあのスズカが人混みを三時間耐え抜いたのである。お母さん感動しちゃった。立派になって……。

 

 しかし、また人混みを歩くこと一時間、車に戻った瞬間スズカは私に突撃してそのままボンネットに押し倒すと、私の背中が反って大変なことになっているのにも構わずそのまま鼻をくっつける勢いで迫ってきた。

 

 

「走ります。ここから走って帰ります。これはもう決定です」

「ま、待った、スズカ? ね? 一緒に帰ろう? 夜道は危ないわ」

「もう一時過ぎです。朝みたいなものです」

「その理屈はおかし痛い痛い痛い痛い痛い! スズカ! 外ではやめよう! ね! 通報されちゃうから! 現行犯は私でも庇えないって!」

 

 

 オーラを撒き散らしながら有無を言わさない勢いのスズカ。げに恐ろしきは人混みのストレスである。まあ割といつもこんな感じだけど。でも一応外ではここまでやらなかったと思うし。

 

 今この瞬間こそ人は少ないがいつ来るか解らない。というか痛すぎ。関節が増えちゃいそう。

 

 

「スズカさん」

「何……今余裕がないの、変なことを言うならいくらブルボンさんでも」

「走ってはいけません」

「は?」

「ちょっとブルボン──」

 

 

 どうしてそんなわざわざ死にに行くようなことを、と咄嗟に止めようとした。スズカが私から離れてブルボンに詰め寄っていく。『圧』が余すことなくブルボンに向けられた結果、いつも通りブルボンが怯えて退く……ことはなかった。

 

 

「いけません」

「……ブルボンさん。意地悪言わないで。もう本当にギリギリなの。私はいつ走り出しても良いんだからね。それとも一緒に走る? 何秒持つと思う?」

 

 

 いつになくスズカが好戦的だ。私に止められて走らせてもらえないのと、人混みによって強制的にストレスを与え続けられるのとでは心持ちが違うらしい。先んじてスズカから煽りに行くのはなかなか無いような気がする。

 

 

「やってみますか」

 

 

 しかし、ブルボン、なんとまったく退かず。むしろスズカをまっすぐ見つめ返していった。素晴らしい精神力だ。恐らくスカーレットなら、退きこそしないがここまで堂々とにらみ合いはできないだろう。いや、それはそれで凄いことなんだけどね? 

 

 

「やるわねブルボン。ついに克服したの」

「『スピードB+、スタミナB+、パワーB、根性C、賢さD+。変わらず同世代において圧倒的で、中距離路線及び秋シニア三冠は確実、春の天皇賞にもスタミナ十分、ライスシャワーを除き敵無し。一つ上世代とも直接対決ができるだけの実力があり、トップウマ娘として覚醒している』、ですから」

 

 

 一字一句覚えてるじゃん……怖……。突然自信持ちすぎじゃない? 嬉しいけど……やっぱり実力を客観的に示されるとそうなるのね。

 

 

「誰にも負けられませんので。スズカさんも含めて」

「……そうなの。じゃあちゃんと解らせないといけないわね」

 

 

 あ、流れが良くないなこれ。もう、すぐ負けん気見せるんだからこの子達は。

 

 

「トレーナーさん。走りに行ってきますね」

「マスター。許可を」

「え、あの、え?」

「トレーナーさん」

「マスター」

 

 

 ブルボンまで迫ってきちゃった。もう……どうしてこうなるの? 私の教育が悪かったかな。もっとこう、平和に行きたい……私も教え子も心を痛めてスパルタやるとかさ、無い? 無いか。ごめん。

 

 ……まあ、大体のことは予測できてるから準備もしてあるけどね。

 

 

「……解った。二人は走って帰ってきなさい」

「やったっ、行ってきま──」

「着替える。シューズを履く。光り物を着ける」

「買えって言うんですか?」

「トランクに積んであるから」

「トレーナーさん……!」

 

 

 こんなこともあろうかと……というかスズカが無理なのはまず間違いなかったので、しっかり色々積んである。ランニングウェア、シューズ、蛍光テープやライト、タオルとか、GPS端末やらテレフォンカードやら。夜に走る用のアイテムセットを持ってきてある。

 

 

「流石ですトレーナーさんやっぱりトレーナーさんは素敵です大好きです走ってきますので先に寝ていてください日が昇るまでには帰るのでそれでは行ってきます」

「待って待って。車のなかで着替えて」

 

 

 トランクの中身を見るなり走れることが確定してテンションが最高潮になってしまうスズカ。躊躇い無くコートを脱ぎ捨てその下まで手を掛けたので慌てて止めて車の中に押し込める。放っておいたら真冬の深夜でも本当に脱ぎかねない。何とか説得してアップもさせないと。スズカなら大丈夫だとは思うけど、寒い中突然運動すると身体に悪い。

 

 

「ブルボンも着替えておいで」

「よろしいのですか」

「ダメって言っても走るでしょうに」

「……では行ってきます」

「ん。急いで着替えなね」

 

 

 そうして二人の着替えを待ち、色々と装備を着けさせる。刻一刻と限界が近付いてきているスズカの周りを蒸気が覆い始めた。いやあっつ。インフルエンザかな? 

 

 宥めながらストレッチをさせると、そんなスズカに触れ合ったからかブルボンの目もギラつき始めた。こっちは体温が上がったり周りが見えなくなるタイプじゃないけど、スズカほどではなくともオーラが漂い始めている。うちの子怖い。

 

 

 じゃあまあ、せっかくだし声でも掛けておこうかな。スズカのそれは狂気だがブルボンのこれはやる気だ。こっちは煽っても大丈夫。むしろ指示という形で限度を決めた方が都合が良い。

 

 

「じゃあブルボン。あなたが言ったんだから、そう簡単に千切られたら許さないからね」

「はい」

「トレーナーさんっ、はやく、はやくはやくはやくっ」

「そうね……三十分は追い縋りなさい。今ならそれくらいできるわ。良い。あなたは中長距離で最強になるのよブルボン。スズカの後天下を取るのはあなたよ。十分で千切られたら帰ってこなくて良いわ。解った?」

「……! 必ず達成します」

「よし」

「良いですか? もう走りますよ? はい走ります。うぅ、は、はし、はし……」

 

 

 エルナトスイッチオン。実際スタミナはほぼ同等まで来ている。フリーのランニングでスズカに並ぶウマ娘はたぶんこの世にいないだろうけど、途中まで追い縋るくらいなら簡単だろう。

 

 肩をぽんぽんして、どどどど……と迫力を出しながら震えるブルボンの背中を押す。その瞬間、耐えきれなくなったスズカと合わせたブルボンが走り出した。

 

 

「行ってらっ──」

 

 

 突風が返ってくる。スタートダッシュが上手いなあ。流石逃げウマ娘だなあ。いやあ……寂し。これ私一人で運転して帰るのかあ……いつ帰ってくるんだろう……? 

 

 

 

 

 ────―

 

 

 

 

「はあ……気持ち良かった……最高です……」

「……あらそう。それで? またお風呂に入らずに寝たの?」

 

 

 翌日。朝起きるとスズカがいた。ウェアのままだったので軽く揺すり起こすと、ふにゃふにゃに笑って寝ぼけたまま私に抱きついてくる。またシーツがやられちゃった。胸元に擦りついてくるスズカの頭を撫でつつ起き上がるが、すぐにスズカが脱力して膝に崩れ落ちた。

 

 

「癖になりそうです……」

「もうなってるのよ、癖に」

「ちょっと……あと三時間くらいこうしていても良いですか」

「いや。シャワー浴びて。洗濯するんだから」

 

 

 ところでブルボンはどこ? 

 

 

「それですトレーナーさん。どうしてあんなこと言ったんですか? ずーっとついてきて、もう本当に……もうっ」

「後でブルボンは褒めてあげないといけないわね」

「むーっ」

「痛い痛い痛い」

 

 

 新年最初の目覚めは、スズカに優しく頬を叩かれながら。これはこれで良いなあ、と思った午前七時のことだった。あけましておめでとう、スズカ。

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