走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「はい、さんじゅうごー」
「ご……!」
「いっ……ぐ、ぐぅっ……ごっ……!!」
「さんじゅうろくー」
「ろく……!」
「っ、ぅ、ちょっ、ぐ……ぐぎぎぎ……ろ、く……ぅ!」
ある日。スパルタができると言えど、流石に連日は二人の脚がもたない。しかし、体力が残っているなら上半身は鍛えられるということで、今日はジムに来ている。うちは脚質としてのパワーは重視していないが、重バ場に対応するパワーのためには筋トレも大事なトレーニングではある。
「頑張ってスカーレット。もう少しスズカの力入れる?」
「いらない…………!!!!」
「そう」
天井の金具を使いクラッカーみたいに強化ゴムハーネスで二人を繋げて、床の鉄棒で天地逆転懸垂をさせている。やはりパワーはブルボンが圧倒しているのでスカーレットが終始ギリギリで引っ張っている状態ではあるが、とりあえずスズカの手助けもあり拮抗はしている。
「さんじゅうななー」
「なな……!」
「ふーっ、ふーっ、ぐ、ぐぐぐっ、ぎ、ぐうぅぅっ……!! な、ななァ……ッ!」
「頑張ってスカーレットさん。あと十三回……あの、あともう少し沈める? ちょっとギリギリなんだけど……」
「がんばり……ます……!!」
顔は女としてはギリギリだけど、そこはやっぱりウマ娘、必死になって歯を食い縛っていても美しい。スカーレットの上に乗ってゴムを引っ張るスズカの頭が安全バーに掠めている。
「ブルボンは大丈夫?」
「問題……ありません……! 筋稼働率は……想定範囲内……97%以下を維持しています……!!」
「めちゃくちゃギリギリの数字に聞こえるんだけど……」
「あの、スカーレットさん? めり込んできてるめり込んできてる」
「さんじゅうはちー」
「はち……!」
「は……ぐ、ぎっ……ぐ、うぅぅぅっ!!!! はちッ……あっ」
あっスカーレットの手が滑った。
「ぐぇ」
「スズカ!?」
スズカがスカーレットと安全バーの間に挟まれた。
────
「頑張れ頑張れー。進んでないわよー」
「ファイトーっ」
また別の日。プール予約を取り、ゴムに引かれながらこちらに泳いでくる二人。ゴール地点で手をぱちぱちしたり手旗を振って応援するスズカ。プールはキツい割に身体への負担が小さいので良い。うちではそんなにスタミナを重視していないからアレだけど。
トレセンには温水プールがあって良いわね。私もトレーニングが少ないうちに入っておこうかな。定期的に泳いでおかないと泳ぎ方忘れちゃいそうだし。
「ブルボーン! あと十メートルーっ」
「スカーレットさーん。息継ぎが多いと戻されますよーっ」
スズカも気分で水着を着ているし、気分が乗れば二人で……みんなで泳いだりしたいね。もちろんトレーニングとかにはならないけど。
「もう少しですよーっ」
「っは……はっ、はっ、はーっ……!」
「お疲れブルボン。ちょっと待っててね」
スカーレットがゴール間近なので手を伸ばすスズカ。一方のブルボンはこちら側にたどり着きプールサイドの手すりを掴んでいる。ゴムと身体を繋ぐ金具を外し、ちょっと気合いを入れてブルボンを引っ張り上げる。
「流石泳ぐの速いわねブルボンは」
「はい……」
「じゃあバタ足三十秒行こっか」
「……はい」
少し離れたレーンで津波を起こしながらバタ足に入るブルボン。スカーレットがもう少しで戻ってくる。意地を張ってゴムの強度をブルボンと同じにしてしまったので相当キツいはずだ。不可能ではないから受け入れたけど、まさか完遂するとは。途中で引き戻されると思ったのに。
「もうちょっとーっ」
「……ッ、あぁっ!!! もう!! つ、着いた……ッ」
「お疲れさま、スカーレットさん」
「いや……無理無理……死ぬって……! 何よこのバカみたいな強度……!」
「達成してるけど……」
「は、はやく外してください……!」
「あ、うん」
「良いじゃないスカーレット。流石ね」
「ふんっ……当然でしょ……! 楽勝よ!」
「今キレてたの聞こえてたけど」
「難儀な性格ですね……ん? あれ? 外れない……」
「何してるの」
金具は背中側にあり、水に入らずに取るにはちょっとだけコツがいる。スズカが身を乗り出して外そうとしているけどできないらしく、プールサイドを掴むスカーレットに乗っかるくらいに乗り出した。
「あれ? ここ……これですよね」
「んふ……す、スズカさんくすぐったい……」
「ちょっと背中押さえますね」
「ひんっ!?」
「あら珍しい声」
「うんしょ」
「んぃ……く、ぅんっ……」
何をしてるんだか。
「私が取るから退い──」
「くふ、んっ、あははっ……あっ」
笑った拍子に手を放すスカーレット。
「えっ」
よく解らないままとりあえず反射で抱き付くスズカ。
「あああああ…………」
「スズカ!?」
二人纏めて引きずられていった。全てを諦めたかのような小さな悲鳴が水しぶきに消えていく。不謹慎だが普通に笑った。
────
「そういえばスカーレットさん」
「……はい?」
「この間お買い物に行ったじゃない」
「あー……どれですか? 二人で行ったのですか? ブルボン先輩もいたやつですか?」
「二人で行った時の方」
「はい」
次の日。流石に毎日過酷なトレーニングはまずいので、今日は運動は心拍数を高める程度に留めて、かなり軽めのトレーニングにした。ただひたすら片足立ちを続けるというシンプルかつ簡単なトレーニングだ。
「あの後私調べてみたんだけど、やっぱりあのパウダー、にんじん味も発売されてたわ。あのお店に無かっただけみたい」
「え、ですよね? 良かった買わなくて……」
「何の話ですか?」
「いや、ドリンクパウダーの新作見てたんですけど、にんじん味だけ置いてなかったんですよ。で、店員さんに聞いたら、発売されてませんって」
「でもにんじん味が無いわけないじゃない?」
「確かに」
並んで片足で立ち、普通に世間話を続ける三人。流石は一流のウマ娘というか、もう十分を超えるんだけど一切バランスを崩した様子がない。スカーレットがちょこちょこふらつくくらいで、特にスズカが微動だにしていない。
やはりスズカの圧倒的な体幹とバランス感覚には惚れ惚れする。悪路長距離で培われたスズカの身体は国宝級のものだ。一人だけ目を閉じているが崩れる様子がない。
「悔しいから買わなかったんだけど……やっぱりあったわ」
「販売店によって入荷商品に差異はあるかと思いますが」
「それならうちは取り扱ってませんって言いません?」
「確かに……」
「あんまり新商品を置かないお店だったのかしら。最新シューズも置いてなかったし」
「スズカさんの『最新』って新商品発表会直後とかじゃないですか。まだ予約すら始まってるか怪しいくらいの」
「それは……まあ、そうね……」
しかしブルボンとスカーレットも負けていない。元々ブルボンにとっては得意分野だったか、こちらもほぼぶれがない。スカーレットも同様に、話す余裕がある。
「でもシューズは大事よ。いかに良いものを使うか、それを探すアンテナが生命線なんだから」
「でもスズカさん、この間新作シューズを特に説明見ないでポチってましたよね」
「スズカ? どういうこと?」
「い、いや違います、ちゃんと考えて買いましたよ。新作発表会の配信も見てましたから。決して適当に買ったわけではないです」
「いくらだったの、ちなみに」
「………………さあ?」
「賞金を稼ぎすぎるとこうなっちゃうのね……気を付けよ」
ブルジョワジースズカ。一応たぶんスズカの金銭感覚はそこまで狂っていない……と思う。少なくとも三人のなかで一番裕福なのはスカーレットだろうし。
「気を付けるのは良いけど、トレーニング用品と食事は妥協しない方が良いわよ。それだけ稼いでるんだし、あなた達のおかげで私も潤ってるし。何でも言ってね」
「走っても良いですか?」
「何も関係無い話はしないで」
「関係あります」
「いや無いって」
「あります」
「ごり押しますね……」
さらに待つこと数分。地につける足を変えて耐久していると、流石にブルボン、スカーレットがふらつき始めた。スズカだけはずっと不動だけど。
「くっ……」
「お、倒れる?」
「バカ言わないで……! 絶対倒れないから……!」
「ふらっふらじゃない」
「くっ……このっ……」
「ブルボンさんは平気なの?」
「問題ありません」
「ブルボンもふらついてるわね」
「マスター?」
「ふふ。無理しない方がいいわよ」
「スズカはハンデとして脚上げたら? I字バランスできるでしょ?」
「えー……まあ良いですけど……」
しゅっと脚を真上に上げるスズカ。すっごい。爪先をちょっと摘まむだけでその体勢をキープできるのね。流石スズカ。柔軟性も他の追随を許さない。
あと立ち姿が綺麗すぎる。長い脚が真っ直ぐ伸ばされて、ほぼ身体と同じ角度まで来ている。背筋も一本筋が通っていて、スズカ特有のギリギリまで削ぎ落とした筋肉質なお腹がちらちら見える。
脚、細くて綺麗だなあ……走ることに特化したウマ娘の脚の中でも別格に見える。細いんだけどしなやかで筋肉が詰まっていて、曲線と直線のバランスが素晴らしい。普段はタイツが多いからあんまり素肌を見せることはないんだけど、悪路を走っているのに傷がほとんど無いし日焼けも少ないから、ターフに乗せると白と緑でとても映える。
触れるときゅっと締まっていて固さがあり、しかし柔軟性もあるという複雑な──
「目がきっしょい」
「……どうしてそういうこと言うの?」
「よだれ拭いてから言いなさいよ」
「嘘っ」
「嘘よ」
「この……っ」
大人をからかいおってからに。
「別に良いですよ。一旦嬉しいですから」
「スズカ先輩。変態を甘やかしちゃダメですよ」
「変態は言いすぎでしょ。ねえブルボン」
「……」
「ブルボン?」
「ほら見なさい」
黙ってじっとこっちを見るブルボン。そしてゆっくり脚を上げてスズカと同じように立った。
「いかがですか」
「ブルボン先輩!?」
「ほら見なさいスカーレット。担当の脚見て何が悪いの」
「見方によるでしょ!?」
ブルボンも綺麗──
「……っ、エラー発生……!」
「えっ」
ブルボンの柔軟性では完全I字は厳しかったか、バランスを崩し倒れるブルボン。そしてその先にスズカ。当然ながら避けられるはずもなく重なって倒れる二人。
「あぁ……」
「スズカ!?」
いやに冷静な悲鳴だったが、倒れた先でも180度開脚はできていた。凄いね。