走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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疑われるミホノブルボン

 

「マスター……」

「ん?」

「意識が……低下しています……」

「寝ちゃっても大丈夫よ」

 

 

 ある日。今日は午前中に限界ランニングを決めたので、午後は休養とマッサージにあてることにした。トレセン経由でプロを呼んで待っている間、私の方でも多少のことをしている。

 

 私達トレーナーはトレーニングのプロなので、やっていることはマッサージというより触診やストレッチに近い。主目的は体の状態を知ることと怪我しにくいようにすることで疲労回復ではないのだ。ツボとかもあんまり知らないし。

 

 

「ん……ふ……ぅ、んっ」

「よっ……しょ」

「くぅ……っ」

 

 

 が、それはあくまで必修科目の範囲であって、疲労回復マッサージの知識もそれなりにはある。そもそもブルボンもスカーレットも気を失うまで走っているわけで、そうなると多少下手でも効果はちゃんとある。

 

 ただ、トレセン経由だとかなり安くプロが呼べるし、何なら提携として呼ぶことが推奨までされている。使えるものは使った方が良いわね。

 

 

 ブルボンの全身を揉みしだきつつごりごりにほぐしていく。私がベッドでブルボンを鳴かせている間、スズカは床にマットを敷いてスカーレットとストレッチをしていた。

 

 

「はい倒すわよー」

「待ってくださ痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」

 

 

 スカーレットの背中を押して前屈をさせようとするスズカ。脚を開いて騒ぐものの、そもそも体が疲れきっているので抵抗できていないスカーレット。だんだんだんと床を殴って抗議しているようだが、もちろんスズカがそんなものに怯むはずがない。

 

 

「大丈夫よ。まだ倒せるわ」

「いや待っ……無理無理無理! 腰が折れますって!」

「ぐーっ」

「ぐーっ、じゃなくて!」

 

 

 ストレッチというか拷問かも。一応スズカも色々解っているので無茶はさせないから安心は安心。死ぬほど痛いけど不可能なことはやらせない……はず。スズカ自身の柔軟性が高過ぎるので同レベルのことを求めがちというのはあるか。

 

 

「トレーナー! 壊れる壊れる!」

「大丈夫よ。おっぱい大きいんだから倒れるにも限度があるでしょ」

「胸が付くの前提なの何!? というかそんなに変わらないから! 誤差よ誤差!」

「はいブルボン。ぐーっ」

「ぐー」

「スカーレットさんも、ぐーっ」

「いだだだだだだ」

 

 

 背を反って肩から腕を思いっきり伸ばすブルボン、強制前屈に悶えるスカーレット。ほら付いたじゃない。よっぽど固いタイプじゃない限り、ウマ娘ならそれくらいできるのよね。一回やったらあとはもうズブズブよ。

 

 

「それにあれでしょ、痛くて気持ちいいでしょ」

「ただ痛いだけよ!」

「辛いの好きじゃない」

「人を変態みたいに言わないでくれる!? ブルボン先輩じゃあるまいし!」

「スカーレットさん?」

「似たようなものでしょ」

「マスター?」

 

 

 違ったんですか? とスズカ。なおキレようとするスカーレットをさらに押し込んで黙らせる。

 

 

「辛いことそのものが好きなわけないでしょ!」

「でもブルボンは好きよ」

「マスター?」

「ブルボン先輩は狂ってるじゃない!」

「スカーレットさん?」

 

 

 股下から腕を入れて、膝を上げて脇腹に向けて伸ばす。悶えつつもブルボンが右手を挙げた。

 

 

「異論があります。私は苦痛を好んでいるわけではありません。成長を目的とした時、苦痛を伴うトレーニングが最高効率であるというだけです」

「またまたぁ」

「いえ冗談ではありません」

「でもブルボン先輩、スパルタの時一瞬も嫌そうな顔しないじゃないですか」

「スカーレットさんもそうでしょう」

「私は流石に一瞬嫌で痛い痛い痛い痛い痛い! 予告無しはダメですって!」

「なんかお話ししてたから、邪魔しちゃダメかなって」

「折れる折れる! スズカさん!? スズカさん!」

 

 

 マスター? と問い掛けてくるブルボン。あ、うん。もちろん解っていてふざけているだけよ。そんな子いるわけない。強いて言えばスズカはランニングの疲労そのものを尊んでいる可能性はあるかな。

 

 

「そんなことないですよ。疲れないならそれが一番良いです」

「じゃあ三人に聞くわ。もしここに、いくら走っても疲れない薬があるとして、それを飲むの?」

「飲みます。さらにトレーニングの効率の上昇を見込めます」

「飲むわね。無限に鍛えられるし」

「飲……待ってください。疲れない、疲れない……え、それはその、まったく疲れないんですか? ちょっと息が上がるとかも無しで? 体温が上がるとかはありますよね? そうじゃないと走る楽しみが薄れるかもしれません」

「あなたがそっち側に行ってどうするの」

 

 

 やはりスズカはスズカだった。何言ってるんですか? と冷静にツッコミを入れたスカーレットがさらに柔軟をさせられ黙らされる。こっちはブルボンを起こして、両腕を掴んで背筋と両肩を伸ばす。弓なりになったまま、あああ……とされるがまま声を漏らすブルボン。

 

 ある程度終わったのでブルボンをソファに投げ捨てる。くるんと空中で回って転がるブルボン。ソファに正座して、振り向いて背もたれを掴みこっちを見つめた。

 

 

「撤回を求めます、マスター。私は苦痛を好んでいるわけではありません」

「ところで、二人は矯正ギプスって興味ある? 体に物凄い負荷がかかるの」

「……ありません」

「尻尾揺れてるわよ。誤魔化せると思わないでブルボン」

 

 

 目を逸らすブルボン。口では嫌がっていても尻尾は正直ね。いや、本当に違うんだけどね? 痛いのが好きとかでは絶対に無いけど、成長に繋がる可能性をちらつかされるとすぐに尻尾を振ってしまうのがエルナトの呪いである。

 

 

「スカーレットさん。尻尾を動かさないで」

「すみません、つい……」

「あなた人のこと言えないじゃない」

「スズカさんに言われるなんて……」

「私のこと何だと思ってる?」

 

 

 

 …………ああ。

 

 

 

「ちなみにやらないわよ? 普通に痛いだけだし」

「はい」

「当たり前でしょ」

「今やると思ってたでしょ。何ならちょっと楽しみにしてなかった? あなた達の教育方針を考え直すから正直に言って?」

「していません」

「してないけど?」

「……そう」

 

 

 やる気は常に絶好調なので変化が解らない。でも、とりあえず二人の言葉を信じることにした。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「そういえばトレーナー」

「ん?」

「年末年始なんだけどね?」

 

 

 少し遅れているとのことで、外注マッサージを待つこと三十分。じゃんけんで私がパシったはちみードリンクを飲みつつ、スカーレットが口を開いた。

 

 

「実家に帰ったじゃない、私」

「うん」

「でね? 割と地獄みたいな空気だったのよ」

「え?」

「ああ、安心して。私が勝手に地獄みたいな空気出してただけで、別にパパやママがどうって話じゃないわよ」

「いや、何も安心できないんだけど……」

 

 

 私は教師ではないので、根本的に家庭環境のことは知ったことではない。もちろん精神衛生に影響するようなら色々考えるけど、うちの子達はみんな家族仲が良い……良いかな? スズカだけずっと解らないのよね。

 

 

「別に仲は良いですよ。ちょっと放任気味ってだけで」

「スズカはもうちょっと実家に帰りなさいよ」

「トレーナーさんと結婚するまで帰ってくるなと」

「言われてるわけないでしょ」

「……」

 

 

 ねえ? 何か言って? 嘘だよね? 

 

 

「でね? どうしてそうなったかって話なんだけど、私って家を出る時、絶対に一番になるって言って出てきたのよ。まずは阪神って言ってきたのよね」

「ああ……なるほど」

「でも今、私は重賞に出走すらしてない。これはどうなってるの、って話なわけ。ちなみに私が重賞に出たらどうなるかだけ一回聞いても良い?」

「誰が来ても相手にならないでしょ」

「……ん、うん。それで、お願いがあるんだけど」

 

 

 結構しおらしくなっているスカーレット。あら可愛い。でも結局彼女はダイワスカーレットなのよね。この後何を言うのか手を取るように解る。女の子の可愛らしいお願いでないことだけは絶対に確か。

 

 

「一月ってどこかの重賞に出られる?」

「あー……うん。そう言うと思ってた」

 

 

 今のところスカーレットはジュニアレースに一切出ていない。これがスカーレットにとってどれだけの苦痛かというところは、私も結構考えている。一番狂いのスカーレットが、そもそもレースに出ることすらできず、クラシックの注目ウマ娘を語る上で一切出てこない。

 

 いまだスカーレットの評判は見た目人気と、スカウト前のものしかない。つまり、能力こそ恐らく高いが気性が悪くトレーナーとしてはちょっと……ウオッカの方が良いよね、といったものが残っている。

 

 

「完全に抽選になっちゃうから、あんまり一月の重賞はおすすめできないのよね。適当なオープンに出るのが良いと思って」

「抽選を当てられるなら?」

「まあ……京成杯? フェアリーステークスもまだ登録間に合うかな。ちょっと近いけど、GⅢなら多少疲れが残ってても勝てると思うし」

「ふーん……そう……ねぇ……」

 

 

 膝の上のスズカとブルボンを撫で回しながら返す。本当は、スカーレットのレースは私が決めて直前に言うくらいが良いとは思っていた。スカーレットってば気合いが入りすぎる。掛かっても勝てる実力はあるけど、だからといって毎回掛かっていたらいつまでもレース勘が身に付かない。

 

 

「マスター。私は」

「ブルボンは大阪杯。弾かれることは無いと思うし、出たければ二月にどこか選んでも良いわよ。経験として一個くらい出すから」

「トレーナーさん、私。私は? 府中300000mとかどうですか?」

「出走者一人でレース不成立ね」

 

 

 私の両手が二人に取られた。スズカが手癖で右手を取り弄び始めると、ブルボンが真似をして同じく遊び始める。単純に暇なので指を開いたり折り曲げたりして遊ぶスズカと、手を導いて自分に触れさせるのがお気に入りらしいブルボン。

 

 

「私のレース勘が無くなったらどうするんですか」

「元々無いでしょ」

「辛辣……」

「そういうの無しでも圧倒的に速いんだから何でも良いじゃない」

「褒めれば良いと思ってません?」

「事実を言っているまでよ」

「んふ……解ってるじゃないですかぁ」

「そりゃあね」

 

 

 私の右手を抱いて急にご機嫌になるスズカ。そして、しばらくしてスカーレットが蓋を取って一気にはちみーを飲み干した。カップをテーブルに叩き付けて、私に対して指をさす。

 

 

「じゃあシンザン記念にするわ」

「え……いや、流石に無茶……」

「フェアリーステークスが行けるならシンザン記念も行けるでしょ」

「まあ……そうだけど。そんなに焦ってもしょうがないと思うわ。もうここまでやっちゃったんだし」

 

 

 直前が過ぎる……けど、一応登録はできるし抽選の対象にもなれる。ルール上は。やりたければやれば良いけど……そんな急な。

 

 

「良いのね? ちなみにシンザン記念に出るならスパルタは終わりだから。調整期間に入るわよ」

「……最後に一回だけ良い? それで終わりにするから」

「ダメに決まってるでしょ」

 

 

 はあ、とため息をついて、ぐっとソファに寄りかかる。そのまま逆さまに私を見ると、本当に嫌そうな顔をして食い縛った歯を見せてきた。いー。

 

 

「じゃあクイーンカップにするわ。ママも走ってるし」

「……そんなに?」

「焦ってもしょうがないんでしょ?」

「……まあ、そうなんだけど」

 

 

 教育方針、考え直そうかな。




11月から12月上旬は忙しくなるので更新が遅れるかもしれません。
ですが甘え癖が出るので更新できないとは言いません。よろしくお願いします。
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