走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「こんにちはスズカさん!」
「いらっしゃいスペちゃん。適当に座ってね」
「こんにちはスペ先輩! 上着預かりますよ!」
「え、怖……」
ある日。ちょっと学園に用があったので、そのついでにエルナトに来ています。この間出張に出たトレーナーさんから貰ったお土産を持って部屋に入ると、スカーレットさんが私の上着を取ろうとしてきます。
「じ、自分でやりますよ?」
「いえいえ! 私がやりますよ!」
「な、何? 何ですかこれ!」
「最近ライスさんがうちに来ないから、スカーレットさんが後輩力を持て余してるの。好きにさせてあげて」
「チーム直属の後輩でもここまでしないですけど……怖いですよもはや」
出会い頭の一発を食らった気分ですが、ここの人達がみんなどこかしらおかしいことは既に解っているし、申し訳無い気持ちはありますがとりあえず上着を預かってもらいます。ちょっと引くくらいウキウキでハンガーに掛けるスカーレットさん。いや怖いって……真面目な人だとは思ってましたけど、ここまでなんて……。
「あ、これ、私のトレーナーさんが買ってきたやつなんですけど、皆さんで食べてください。私は食べちゃダメだって言われたので」
「じゃあなんで受け取ったの?」
「せめて匂いだけでもって思って……」
「じゃあスペ先輩も十分怖いですよ」
ちょうどおやつの時間なので、三人がそれぞれ箱の中身を見て一つずつ持っていきます。羨ましい……三人ともあんまり太らない体質なので、こういうケーキとか、そういうのの制限が無いんですよね。
スズカさんはイチゴの乗ったショートケーキ、ブルボンさんが生チョコのケーキ、スカーレットさんがモンブラン……お腹が空いてきました……お昼あんなに食べたのに……。
「いただきます……あ、美味しい。甘い……」
「ありがとうございます、スペシャルウィークさん。ちょうどエルナトのお菓子が無く、誰かが買いに行こうと話をしていたところでした」
「それはちょうど良かったです」
「私が行きたかったですけど……」
「え?」
「いえ何も」
三人がそれぞれ紙のお皿と使い捨てフォークでケーキを食べ始めました。私も食べたい……でもトレーナーさんの食事制限を破るのは個人としても先輩としても……うぐぐぐ。こ、これでは誘惑に負けてしまいます。話題を逸らさないと。
「と、ところでトレーナーさんはどちらに?」
「ああ、トレーナーさんなら今日はお出掛けよ」
「へえ。珍しいですね、一人でなんて。お仕事ですか?」
「ううん。合コン。でももうすぐ帰ってくるわ」
「えっ」
合コン……合コン? あの人が? スズカさんが好きで好きでたまらないあの人が?
「一口分の交換を提案します、スカーレットさん」
「良いですよ。あーん」
「あー……ん」
それってスズカさんは何も思わないんでしょうか? 以前セイちゃんが、トレーナーさんが女の人と出掛けてたって泣きそうになってましたけど。セイちゃんとトレーナーさんはまだ付き合ってないけど、スズカさんとトレーナーさんはもう付き合って……るんだっけ? 私達が勝手にそういうことにしてるだけかな。
「え、合コンって、合コンですか? 恋人を探しに行く、あの?」
「ええ。高校の同級生が、どうしてもって。トレーナーさん綺麗だし、トレセンに勤めてるって言うと男の人がたくさん集まるらしくて」
「へえ……え、スズカさんは何かこう、止めたりしなかったんですか?」
「……? どうして?」
フォークを咥えて首を傾げるスズカさん。スズカさんも交換しませんか、と二人と食べさせ合いっこを始めてしまってそれ以上答えが無さそうなので、私が続けます。
「こう……他の人とそういう関係になったら、とか。無いとは思いますけど」
「大丈夫よ。トレーナーさん、私のこと大好きだから。他の人なんて見ないわ」
「凄い信頼……」
「そう? 二人もそう思うでしょ?」
「まあ」
「はい」
……確かにまあ、想像はできません。あの人がスズカさんの他の人を好きになるところ……うーん……例えば──
『あの、トレーナーさん』
『あ、スズカ、ごめんね? 今日いきなりだけど会いたいって言われちゃって。悪いんだけど、急いでるからまた後で良い?』
『え、あ……はい。解りました。いってらっしゃい……』
『ごめんねー。じゃあまた明日ね、スズカ』
『あの、明日は……』
『あー、たぶんそのまま泊まりで昼まで寝てると思うから、明日は自主練でよろしく!』
『……解りました……』
──みたいな?
「あまり適切な未来予測とはいえません」
「それだとトレーナーさんが職務放棄のクズじゃないですか」
「というかトレーナーさんは夜更かししても必ず五時とか六時には起きるわよ」
……ちょっと想像力が足りなかったみたいです。いや、こんな想像力いらないですけど。
「じゃあどんな風になるんですか?」
「スズカさんに対する態度がそのまま移行するものかと」
「そんなカップルいたら嫌ですけどね私。スズカさんだからギリ許せますけど」
「え、際どい? 私……」
「結構」
そうかしら、と最後の一口を食べるスズカさん。再びブルボンさんから一口貰ったところで、ふと、箱に残った最後のケーキを思い出したようです。
「最後の一つも食べて良いの?」
「良いですよ。全部私のなので」
「そう……誰が食べる? 二人は食べたい?」
「食べたいです」
「できれば」
「……じゃあ何かで決めましょうか?」
そう言って、ケーキが冷蔵庫にしまわれました。戻りつつ棚からシューズを取り出すスズカさん。
「なんで走ることでしか決められないんですか」
「ダメ?」
「ダメでしょう、勝手に走ったら」
「でも、これはケーキ争奪戦であってランニングではないから」
「それを定義するのはスズカさんではありません。辞書です」
「言葉の意味は移り変わるものよ」
「たった一人で世界を変えられるとでも?」
「トレーナーさんは私の脚は世界一だって」
「今スピードは関係無いです」
シューズをスズカさんから取り上げて縛り付ける二人。ロープとこの行動が自然に出てくるこのチームはヤバいと思います。この光景を見てその程度にしか思わない私も。
「まだ何もしてないじゃない……」
縛られたスズカさんも大して抵抗せず、何もなかったかのように起き上がりました。でも、走りたがりになったらスズカさんはこれ以上無いほど厄介なので、これも仕方の無い措置かな、とは思います。私も止めるのは疲れますし。
それで、ケーキです。誰かが食べるんですから早く食べてくれないと、今も良い匂いがして頭がおかしくなりそうです。糖分が、糖分が足りない……最後に甘いものを食べたのは一昨日です。
「トランプとかどうです?」
「うちでトランプやるとブルボンさんが絶対勝つのよね」
「ボードゲーム系は全部無理ですね。まあ? 次やったら勝てるかもしれないし? 私はやっても良いですけどね、ブルボン先輩?」
「やってみますか」
「……っ」
確かにブルボンさんボードゲーム強いからなあ……じゃんけんが一番公平なのかな。挑発なのか首をかしげたブルボンさんの頬をスカーレットさんがつねります。効いていないようで、ふふん、と誇ったままですが。
ちょうど三人が良い勝負ができるものが無いんでしょう。走りも……まあ、こんなことを言っては何ですが、あまりにもスカーレットさんが不利です。今年がクラシックですよね? いくらなんでも、今既にスズカさんと競り合えるなんて聞いたら私が泣きます。結構血の滲む努力をしているつもりだったので。
……私はやっても良いですけどね。今なら勝ちの目もあると思いますから。ここから半年はそれを確実にする期間です。
「あみだくじにしましょう」
「ブルボンさんはパターンを全部覚えられるじゃない」
「じゃんけんにしますか?」
「ブルボンさんが後出しするかもしれないし」
「ブルボンさんのことを一体何だと思ってるんです?」
ロボットみたいだ何だと言ってますがウマ娘ですよね。流石に。時々可愛い一面もありますし。
「ではにらめっこにしましょう」
こんな感じで。
「良いわよ。三人同時で良い?」
「いや……そ……うですね。それが一番平等かな……?」
確かに。スズカさんは良くも悪くもいつも同じような顔してますし、ブルボンさんも割とそんな感じです。スカーレットさんはいつも元気いっぱいの笑顔ですから、ついに互角の勝負が見つかったんじゃないですか? これ。にらめっこ。
「ではコールします」
「あの掛け声、コールっていうんだ……」
「にーらめっこしーましょ」
こんな棒読みのにらめっこがあるんだ。
「わーらうーとまーけよ」
「あっぷっぷ」
決着は一瞬でした。
刹那、スカーレットさんが割と乙女失格な感じに表情を歪ませ、そして、残りの二人が変顔なんてする気が無いと解り二秒で顔を戻します。そして、ルールを知ってるのか知らないのか少し微笑んだいつもの表情だったスズカさんがその早変わりに「くくっ」と噴き出し、ふふん! と勝ち誇ったスカーレットさんは当然ここで失格です。つまり。
「ブルボンさんの勝ち!」
「やりました」
「……はっ!? ちょっと! ずるいじゃないですか! ちゃんとにらめっこしてくださいよ!」
「ご、ごめんなさい……一旦様子を見ようかと思って……も、もう一回やってスカーレットさん、さっきの顔」
「ぶっ飛ばしますよマジで!」
いやあ良い変顔でした。あれは私達六人でやっててもなかなか出ませんよ。主に変顔するのは私かエルちゃんですけど、過剰に煽り倒すとキングちゃんも本気でやってくれます。どんなに唆してもグラスちゃんはやってくれません。セイちゃんも。
なお私達の変顔のクオリティはセイちゃん曰く互角だそうです。あんまり嬉しくないですけど。
「ともかくケーキは私が頂きます。一口食べますか」
「今それどころじゃないです! スズカさんに変顔をさせないと私の気が収まりません!」
「ブルボンさんは……?」
「ブルボン先輩はいつもあんな感じだから良いんです!」
「私は……?」
肩を掴んでぐわんぐわん揺らすスカーレットさん。よほど悔しかったのか顔を真っ赤にして声を荒げます。クスクス笑っていたスズカさんでしたが、しばらくして笑い終えると、ブルボンさんに一口貰いつつ、なおも掴みかかるスカーレットさんをパワーで投げ捨てます。
「しょうがないわね。ちょっとだけよ?」
「え、やるんですか?」
「んー……まあ、ちょっと可哀想かなって」
「へー」
「スペちゃん? スマホはしまって」
はっ……つい……。
「行くわよ」
スズカさん、エルナトだといつにもまして楽しそうです。スズカさん中心の場所だからってのもあるのかな。それに、普段私達といる時は結構その……たぶん気にしてないと思いますけど、六人+一人みたいになることもありますし。
でも、こうしてスズカさんが楽しく過ごして、あのトレーナーさんと幸せに暮らすことで、巡り巡ってスズカさんの走りの切れ味が上がると思うとぞくぞくします。今度トレーナーさんを拝み倒したら併走させてもらえないかな。
「あっぷっ──」
ガチャ
「ごめんスズカ! 時間かかっちゃった!」
「──ぷ?」
────
『あの、スズカさん』
「つーん」
『マジで、すみません本当に』
「ふーん」
『大丈夫よスズカ。可愛かったわ』
『トレーナーさんは余計なこと言わないでください』
元凶のスカーレットさん、トレーナーさん、そして何故か何も言われないのに付いていったブルボンさんを締め出して、半泣きで私に抱き付くスズカさん。ドアの外から懺悔の声が聞こえてきます。
「スペチャン……」
「あんなの変顔のうちに入らないですよ」
「スペチャン……」
「むしろ可愛かったですよ? ふくれ顔」
ドンッ(スズカさんが私を突き飛ばす音)
バタンッ(スズカさんが私を締め出す音)
スズカ:まったく女を捨てきれていない
ブルボン:やろうと思えば女を捨てられるし変顔が上手い
スカーレット:やや女を捨てきれないが変顔は上手い
スペ:変顔が上手い
エル:変顔が上手い
ツル:変顔が上手いが表情を変えすぎるとえずく
キング:別に上手くないが努力は伝わる
スカイ:気付いたら変顔しなくて良い流れになっている
グラス:女を捨てる覚悟もないし変顔も下手
トレーナー:変顔は下手だし女も捨てられない。舌出しのみのレベルを平気で変顔と言い張るタイプ