走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
『スズカさん……ちょっとご相談があるんですけど』
「え? うん。どうしたの?」
ある日。お風呂を済ませ、ぽかぽかで寝る準備をしている時のこと。通話画面の中で、髪を下ろしてベッドに正座するスカーレットが、結構真剣な顔でスズカに問いかけた。
『ブルボン先輩って確か、ルドルフ会長とかブライアン先輩と併走したんですよね、クラシック前に』
「そうね。プレゼントが思い付かなくて」
『それって……スズカさんが副会長と仲が良いからですか?』
「まあそうね。エアグルーヴにお願いしたわけだから、友達だからってのはあるかも」
私に髪のケアをさせつつ自分で尻尾を手入れするスズカ。足の間に座らせているけどほかほかで気持ちが良い。ウマ娘の体温は高くて素晴らしい。湯たんぽに向いてる。あと抱き枕。
『……私もお願いしたりできますか?』
「え? うん。良いわよ。お願いするだけなら……誕生日プレゼントの前払いってことで……」
スズカに咥えて貰っていたヘアゴム、それから大きめのシュシュでスズカの髪を結って纏める。その後、今日は必要ないな、と思いつつもそのままの流れでマッサージへ。
頼まれたスズカは即答すると自分のスマホを取り出し、私に乗られつつエアグルーヴとのメッセージアプリを開く。
「ブライアン先輩はたぶん誘えばいつでも走ってくれると思うわ。ルドルフ会長は……忙しいかなあ」
かなり頻繁にやり取りをしているらしい二人のLINEに、『今度また生徒会との併走を頼んでも良い?』という書き込みが追加される。すると、割とすぐに既読が付いた。
「はっや」
「マメなんですよエアグルーヴは」
『誰とだ?』『スカーレットさん』と続く。確かブルボンの時は、自分で言うのも何だけど、私が「三冠確実」と豪語していたからこそ、あの二人が来てくれたわけで。ということは、今回もスカーレットがトリプルティアラを勝ち取れるという保証が必要かも。
基本的にあの三人も暇じゃないしね。それに、併走したい生徒もいっぱいいるはずだ。
『明日会って話そう。ちょうど学園に行く用がある』
『良いわよ。スカーレットさんはいた方がいい?』
『いていい』
が、そこはシビアな現実というか……トップウマ娘はトップウマ娘と引かれ合うのだ。格下との併走は『サポート』だが、同格との併走は『トレーニング』になる。スズカもそう、ブルボンもそう、そしてスカーレットもそう。強ければ強いウマ娘と併走が組めるからさらに実力差が開く、というのがトレセンの闇である。
一応時間を決めておき、スズカの『よろしくね』LINEスタンプが送られ、スズカの『任せて……!』スタンプが返ってくる。エアグルーヴのスタンプも作れば良いのに。
「明日会えるかって」
『もちろんです。ありがとうございます』
「エアグルーヴに言ってあげて。それじゃあ寝るわね。文面もそのまま送っておくから」
『あ、はい。お休みなさい』
メッセージを転送……と思いきやスクショで回し、スマホを放り投げて私を押し倒すスズカ。定位置につくと、手を伸ばしてリモコンで部屋の電気を消す。
それからいつも通り私の腕の中に収まると、しばらくもぞもぞと微調整をして、はあ、と一息つきつつ私の胸に抱き付いた。おでこをすりすりして、気持ち良さそうに、んー、と鳴くスズカ。
「ねえスズカ。私トイレ行きたいんだけど」
「今収まりが良いので明日にしてください」
「いやいや……放してスズカ。もう二十代も後半だからさ。流石にまずいって」
「私は嫌いにならないので」
「そういう問題じゃなくて……!」
私の尊厳が。
────
「すまんスズ……カ……何してるんだ」
「お仕置き中よ」
「そうか……何をやらかしたんだ」
「待ってエアグルーヴ。一言目くらいは私を擁護してくれても良いんじゃない? というかお願い、助けて。本当におかしくなりそうなの」
翌日。朝三時にギリギリ目覚めることができたので尊厳は守られたが、元凶たるスズカはお仕置きのためVRゴーグルを着けさせられている。
音を切った状態ではあるが、山間部を駆け抜けるロードバイクの主観映像を流している。音があると暴走してしまうが、一応まだ制御できる範囲だ。はっ、はっ、と浅い呼吸を繰り返しているし全身が痙攣してはいるが、まあたぶん大丈夫だろう。
「大丈夫よ。映像で人は死なないわ」
「拷問の映像を見ながら液体を垂らされるとショックで死んでしまうそうです。つまり私も同じです。ランニングの映像を見ながら風に当たると死にます」
「風は無いじゃん」
「私の心には吹いてるんです……!」
「じゃあ純度100%の妄想じゃないか」
危ない薬でもやってそうな悶え方をするスズカは置いておいて、私の隣には緊張のあまり挨拶を忘れているスカーレット。別にエアグルーヴは初めてじゃないし、何ならスズカ繋がりでよく話しているはずだけど、どうやらこの訪問を面接か何かだと思っているらしい。
「それでエアグルーヴ、本題なんだけど」
「……ああ。併走の話だったな。とりあえず様子を見ようかと来てみたんだが……大丈夫か? スカーレット」
「は、ははははははいっ!」
「緊張してるのよ。なにせGⅠ2勝、オークスウマ娘の面接だから」
「お前の先輩はGⅠ6勝と三冠ウマ娘だろう」
「二人は普段が普段なので……」
「そうか……まあ……そうだな……」
遠い目をするエアグルーヴ。実際問題エアグルーヴは歴史的名ウマ娘ではあるのだ。あの二人と、これからのスカーレットがそれを越えてしまうというだけで、並のウマ娘では手も足も出ないのは間違いない。
それに、彼女がこうして支持や畏怖を集めているのは戦績だけの話でもないし、スカーレットがどっちに緊張するかといえばエアグルーヴだろう。
「まあ安心してくれ。さっきも言ったが面接という話じゃない。むしろ私が話したいのはこっちだ」
「私? そうよね。私よね」
「ああ。どうなんだ、ダイワスカーレットは」
「そうねえ」
もちろん、この評価が高ければ高いほど承けてくれる可能性も上がるんだろうし、実際エアグルーヴもそのつもりだから私に聞いているんだろう。
ただ、だからと言って嘘はつけない。エアグルーヴは私より賢いし、ウマ娘の敏感さなら浅知恵による嘘なんてすぐ解る。嘘をついてもエアグルーヴに嫌われスカーレットを傷付けるだけだ。
「トリプルティアラの大本命だと思う」
「……ッ!?」
「ほう」
なのでちゃんと本当のことを言わないと。
「こんなことを言ってはなんだけど、スカーレットは稀に見る才能の持ち主なの。それこそエルナトでも一人抜きん出てる。まず距離適性が良いのよね。あんまり長い距離は苦手かもしれないけど、1600から、そうね、2600くらいまでは問題なく走りきれると思う。今のところまだスタミナは足りてないけど、それでもティアラ路線のウマ娘にしては圧倒的ね。スピードは元々同世代でも抜けてるから、今走ってもスタミナが弱点になる前に圧勝しちゃうと思うわ。というか、もちろんそういう適性も素晴らしいんだけど、それ以上にスカーレットの魅力は勝負根性と身体の出来よね。見ての通り凄く体つきは恵まれてるんだけど、しっかり柔軟性もあるしこう見えてかなり絞れてるのよ。特に走らせると解るんだけど、これはブルボンとも似たようなところがあって、スズカみたいに細身で身軽に走るのも良いんだけど、重めの身体で走ると競り合いとか重バ場に強くなるのよねやっぱり。走りに迫力と安定感があるというか。あんまり本人は嬉しくないかもしれないけどそもそも迫力がある子だから、合わせると番手に構えても前を抜きやすくなるのよね。圧力を振り撒けるっていうのはレースではもはや特技と言っても良いレベルだと思うし。それで勝負根性もあるから、脚の残り方で負けていてもスピードと気合いで抜かせずに粘れるというか。そもそも逃げ先行が選べるっていうのも一つ強いポイントよね。スズカやブルボンは逃げしかできないから、まあ本人に通用するかは置いておいて、二人より前に出るっていう明確な対策があるのよ。でもスカーレットは先行策もとれるから無理に前に出なくても勝負できるし、後ろから抜く子の気持ちをある程度理解しているからそんじょそこらの先行相手には負けないの。だからスカーレットに勝つにはもたつかずにコーナーで抜けて直線で並ばずに一気に抜かないといけないんだけど、それって外を回されるしインを突いてるスカーレットより圧倒的に不利じゃない? そう考えるとスカーレットの気性と能力ってぴったり合ってるというか、前に前に出る掛かり癖もそれでリードをとれるなら上等だし、スタミナが切れても根性で残れるからそう考えるとスムーズに前に出られればその時点で勝ちが決まったようなところもあるのよ。そう考えると直線短めのコースは圧倒的有利よね。それにスカーレットの根性とパワーがあれば急坂でも対応できると思うし、できるようにパワーもしっかり鍛えてるから東京や京都でも問題なく押し切れるだけの実力があると思うの。それに私がいればトレーニングで怪我なんてさせないから、トリプルティアラも必ずとれると信じてるわ。というかずっと才能才能言ってきたけどね、スカーレットは努力も凄いのよ。あのブルボンに並ぶようなトレーニングは並のウマ娘が耐えられるようなものじゃないし、しっかり疲れきっていても立ち上がる気合いがあるのよ。真面目で一生懸命だしセンスもある。完璧よね。唯一懸念点があるといえばウオッカね。あれは才能一点勝負なら頂点に近いと言っても良い逸材だと思うけど、でもスカーレットと違って戦法が後ろ好みっぽいから安定感に欠けるし、スカーレットほどの常勝無敗感はないというか、解る? 調子が乱高下するタイプなんじゃないかなあと思うのね。アルテミスも阪神も実力通り勝ったけど、その前の条件戦は正直負けるような相手じゃなかったって感じだし、単純な実力勝負でも互角かスカーレットが上だって……これは私の願望だけど、スカーレットなら誰が相手でも勝てるって信じてるし、それを可能にするだけの精神力があるわ。もちろんウオッカも例外じゃなくて、直接対決も不安こそあれ勝率としてはスカーレットの方が高いと思う。これはスズカやブルボンにも並ぶ可能性のある逸材よ。何なら今この時点でもエアグルーヴと良い勝負ができるんじゃないかしら。決して格下相手で得られるものがない、なんて勝負にはならないと思う。何なら仕掛けが遅れればエアグルーヴでも普通に負けかねないくらいの食い縛りができ」
「ちょっと表出られますかァトレーナーさん!!!!」
スカーレットに引きずられ部屋の外へ。痛い痛い痛いマジでちぎれちゃう腕がちぎれちゃう本当にみしみし言ってるってマジで! ちょっと!?
「……むぅ」
「どうしてそこで不機嫌になるんだお前は……」
「私あれされたことない……」
「されたいか?」
「エアグルーヴはされたくないの? 自分のトレーナーさんに」
「それは………………まあ…………されても良い」
「でしょ?」
────
「何のつもりよアンタ……」
「な、何……? 何怒ってるのスカーレット……」
「自分の胸に聞いてみたらァ……?」
中に声が聞こえないところまでそのまま私を引きずり、尻尾をびんびんにして私に迫るスカーレット。耳こそ絞っていないが明らかに怒っている。肘で壁に押し込めて超至近距離でメンチを切ってきた。
私の胸を指差そうとして、お互いのそれが邪魔でできなかったのでその指をそのまま私の頬に突き刺すスカーレット。煙が出そうなくらい顔が赤い。
「し、失言があったとかなら言ってくれれば二度と……」
「鈍感気取ってんじゃないわよこのバカ。たらし。おたんこにんじん」
「顔が怖いわよ……?」
「誰のせいだと思ってんのよ……ッ!」
いい匂いするなあ。
「全部本当のことでしょ」
「~~~~ッ!!! そういうところだって……!」
私の胸元にぐっと寄りかかり、そのまま強めのドアノックばりに私を殴るスカーレット。壁に押し込まれているので、跳ね返りで後頭部ががこんがこん当たって痛い痛い。
「バカバカバカ……ッ!」
ひとしきり私を攻撃した後、辺りを見回し私から離れ、指を今度こそ私の胸に突き立てた。うーっ、と顔を真っ赤にして歯を食い縛る。胸に穴が開きそう。
「二度とああいうことは言わないで」
「ああいうことって……どれのこと?」
「全部! 人前でああいうことを言うなってんのよ……! こっちがどんな気持ちでいるのか解ってるの!? いい、本当にもうやめて。次やったら先輩の前でもグーで行くから」
「それでダメージが入るのはスカーレットだけじゃない?」
「問答無用ッ!」
「いったぁっ!?」
ごつん! と頭突きを受けた。死ぬほど痛かった。
────
「失礼しました先輩! ちょっと連絡事項を思い出しまして!」
「いや……そうか。まあ、ここに来た時点で何が来ても流そうとは思っていたからな。気にするな」
「あ……りがとうございます……ッ」
部屋に戻り。この期に及んでまだ何とか猫を被ろうとしているスカーレットだったが、普通に何かを察した目をされ顔を引きつらせた。そりゃそうでしょ。どこの誰が連絡事項思い出したくらいでトレーナー引きずって部屋から走り出すの。
まあ、良いんじゃない。エアグルーヴとはたぶんこれからも話す機会は多いだろうし、彼女は口も固いだろうし。本性がバレても問題ないんじゃないとは思うけどね。
「それで、どう? 解ってもらえた? スカーレットの強さを」
「それは十分解った。まあ、何だ。実はさっき二人には頼んである」
「そうなの? ありがたいけど、話が早いわね」
「スズカはこれでも考え無しじゃない。誰彼構わず会長の手を煩わせるような真似はしないだろう。ブライアンは……まあ、あれは良い。いつ誘っても走る」
大変そうね、と言葉をかけてみるが、スズカよりマシだと返されてしまった。そのスズカは私達が部屋に帰ってきたあたりでお仕置きに飽きたらしく全部外して私の隣でにこにこと話を聞いている。
……いや、お仕置きに飽きたって何?
「ブライアンは承けるとして、会長がどうされるかは解らん。そもそも直接頼めば良いじゃないかとは思うが」
「私が頼んだら圧みたいに……ならないか。シンボリルドルフって教員やトレーナーより発言力あるもんね」
「それで良いのか……? まあ、会長はそれだけのお方だからな」
シンボリルドルフを褒められた方が自分を褒められるよりも嬉しそうなエアグルーヴ。いつの間にかスズカが提供したらしい紅茶を口にして、タイミング良く鳴ったスマホを取り出す。
「……ああ、ほら見ろ。ちょうどブライアンだ」
「おっ」
画面を見せてもらう。『やる』『いつやる?』『できるだけ遅くしてくれ』とナリタブライアンから連絡が来ていた。怖い……できるだけ遅くっていうのがなお怖い。ブルボンとやり合ったときの二人の眼光、本当に怖かったんだからね。
「……こういう奴なんだ。やるなら会長が先だな」
「ねえ待って。続き来たけど」
「ん?」
『サイレンススズカも頼めないか』『ブルボンとも再戦したい』と続けてきた。ええ……? ナリタブライアン、戦闘狂が過ぎるって……。
なお私としてはあんまり一緒には走らせたくない。特にスズカ。恐らくスズカとナリタブライアンが勝負したら二回目はナリタブライアンが勝つだろう。だからやりたくない。その後が怖いというのもあるし、スズカが負けるところも見たくないし。
「とりあえず今回はスカーレットだけでお願い、エアグルーヴ。適当に誤魔化しておいて」
「簡単に言うな」
「そのうちブルボンは行かせるから」
「頼む。二週間くらいに一回思い出したかのように聞かれるんだ。スズカは……」
私を見るスズカ。
「スズカはナリタブライアンとは走らないで」
「私が負けるってことですか?」
「そうは言ってないでしょ」
これ以上何か言われても誤魔化すのが面倒なのでスズカは抱き締めて黙らせておく。膝に乗せて頭を撫でると一気に静かになっていった。
「あの! え、エアグルーヴ先輩と走ることは……」
「……私か? まあ……構わないぞ。それも含めて予定は調整しておく。悪いがこっちの予定で動かさせてくれ。年度終わりは少し忙しくてな」
「もちろんです! よろしくお願いします!」
立ち上がって最敬礼まで頭を下げるスカーレット。おー、と私の膝の上で拍手を始めるスズカ。こいつは……という視線が向けられるも当然意に介さない。私の手をとって遊び始めた。
スカーレットVSエアグルーヴかあ……まあまだ勝率は怪しいかもね。でもスカーレットならゼロじゃない、かもしれない。エアグルーヴはレースが上手いからラッキーパンチは起きないだろうけど、それでももしかしたら? いや、怪しいか……?
────
また後で、とエアグルーヴは部屋を出ていった。それと同時にスカーレットは気が抜けて顔を覆って大きく背もたれに寄りかかり、あーっ! と適当に声をあげた。
何だかんだスカーレットも中学二年生、まあ怖いわよね。思ったより淡白に終わっちゃったけど、ただそこにいるだけでプレッシャーがね。
「良かったわねスカーレットさん」
「どうしましょうスズカさん……私副会長に挑戦状叩き付けちゃいました……」
「あれってそういう認識なの? 後輩のお願いにしか見えなかったけど……」
「うぅ……」
「大変なのね……色々」
業を背負ったウマ娘ばっかりだ。相対的に一番やりやすいのはブルボンかな。それでも一回スイッチが入るとダメなんだけど。
「でも大丈夫。エアグルーヴは優しいから。多少無茶を言っても許してくれるわ」
「あなたはエアグルーヴを困らせるのやめなさいな」
「困らせてませんよ。勝手に困ってるんです。私が走ることは私で完結するじゃないですか」
「友達になんて言い種……」
でもたまにスズカはエアグルーヴに連れ歩かれているし、振り回され方は対等……なわけないか。エアグルーヴにはこれからもよろしくしてあげてほしいわ。卒業後も、きっとスズカ達ならみんなに囲まれるだろうし。