走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「じゃあスズカ、覚悟は良い?」
「嫌です……」
「じゃあこっちで勝手に決めちゃうわよ」
「嫌です……!」
「凄いよねスズカさんは。ライスこういうテレビって出たこと無いなぁ」
「私がいつか出る際はライスにも出演していただきます。最大のライバル兼親友として」
「良いけどその紹介はやめてほしいな……照れて話せなくなっちゃう……」
ある日。自室に三人、テレビ局から貰った資料をテーブルに並べて、私とスズカは炬燵に並んで座っていた。たまたま暇になったということで、ブルボンは向かいでライスシャワーとみかんを食べる係を全うしている。今日は今度の密着ドキュメンタリーに向けて、スズカの一日の予定を決める日だ。
正直テレビと言うのは八割九割が台本であって、完全アドリブなんてことは無いと言って良い。特にスズカ達レースウマ娘はどこまで行っても芸能人ではない。現在も隔週で放送されているブルボンのラジオもしっかり台本があるし、スズカが行ったときも割と言うこと聞かれることは決まっていたらしい。
で、今回は特に、一日密着するということで、制約なんかもたくさんあるし、撮りたいシーン、入れたいシーンも要求されている。もちろん嘘はいけないが、スズカの場合はそれも方便、ありのままの姿を見せてしまうと私もただでは済まない。
「じゃあ朝から言っていくから」
「はい……」
一応このことはスズカにも許可は取ってあるし、スズカ自身もメディアで生きていくのが一番楽だと理解しているはずだ。スズカの場合ドリームリーグに行かないということは公表しているため、今年で卒業することが確定している。もちろん大学課程を修めるのも選択肢の一つではあるが、それとは別に、女優やらモデルやら、そっち方面のスカウトもたくさん来ている。
ウマ娘はいつまでも若く美人な種族である。特にスズカは癖のない美人さんなので、需要は大いにある。それこそ肌を見せなくても大丈夫なくらいに。
そういうのもあるから、テレビの仕事だって大切にはなってくる。もちろん私が養っても良いけどね。そしていつの日かスズカが結婚しおえった時に旦那さおえっんに引き継げばいおえっい話なんだから。それに、私生活についてこられる分にはそんなにストレスではなさそうだし。
「まず導入だけど、六時ごろから自主トレとしてランニングを一時間とってあるわ」
「……もう一声」
「オークションじゃないのよ。ダメです」
「そんな……いくら何でも一時間は短すぎます。せめて三時間くらいないとこう、気持ちが乗り切らないですよ。それに走ったり止まったりするんですよね? 耐えられませんそんなこと……生殺しです」
「そこを何とか、ね?」
どちらかというとスズカが嫌がっているのはこういうところだ。あくまで撮影であるため、ある程度走っている最中にカメラ映えするように速度を落としたり、話すために止まったりをしなければならない。そうでないとウマ娘にカメラは付いていけないしね。
スズカにとって、走れないことと走ることを満足する前に中断させられることは同等のストレスになりうる。そして今回はそれを避けられない。だからこそ、走っても良い、と言われておきながらスズカはかなり凹んでいる。
「別にトレーニングとかは言わなくて良いから。走るのが好きだから走ってますで良いから、ね? あんまり長く走ると真似されたときに困っちゃうから。未来ある後輩のためよ」
「うぅ……せめて五時間……」
「なんで最初より増えてるのよ」
「ブルボンさんって白いのも取るよね。嫌いなの? 栄養あるらしいよ」
「把握しています。ですが……ミカンは橙色であるべきですし、食物繊維は足りています。毎日便つ」
「そこまで聞いてないから」
朝寮を出るところからスタートして、ランニングから朝食。トレセンの学食にスペースを設けてブルボンやスカーレット……まあチームの後輩と食べることになる。
「ちょっと待ってください。ということは私は寮に帰らなきゃいけないってことですか?」
「そりゃあね」
「でも撮影は三日間ですよね? その間毎日ですか?」
「んー……まあ、一応ルール上は泊まっちゃダメだからね、寮以外には」
「そんな……」
そんな、と言われても。肩に寄りかかりウマ耳でぺしぺしと私を叩くスズカ。既にフジキセキもヒシアマゾンもエルナトへの言及はやめて久しい。それが二人の判断によるものなのか、スズカが何か働きかけたのかは不明だ。まあ、ウマ娘寮にトレーナーが行く方が圧倒的に問題だし、外泊届はそんなに厳しく取り締まられるようなものじゃないけど。
いじけて唇を尖らせ、私の胸を揺さぶって遊び始めるスズカ。どう見ても納得していないが、まあ、別にやろうと思えば夜抜け出せばいいのだ。よくやってるでしょ、スズカは。ランニングのために。
「良いじゃない。早起きして寮に帰れば」
「でも……トレーナーさんとゆっくり朝ごはんが食べたいです……」
「解ったから。じゃあその日は四時に起きてスズカの分だけ作ってあげるから」
「本当ですか……?」
「本当本当。四時半から食べて六時から撮影しようね」
「どっちが速く剥けるか競争する?」
「良いでしょう。負けたら飲み物を取りに行くということでよろしいですか」
「良いよ。ライス速いよ?」
「器用さで私に勝てると思わないことです」
朝食と午前の動きはそれくらいかな。基本的には授業を受けたりってだけだからね。授業中のスズカは……まあ、あんまり集中して授業は聞いていないだろうけど、その辺はいいや。休み時間とかもスズカなら普通に過ごすだろう。ちょっと交友関係は変わってるけど、授業をサボって走りに行ったことはない。
問題は午後だ。トレーニングに密着。これがもはや一番のメインコンテンツになる。とはいえ、私ができることはそんなに多くない。一般的なトレーナーができることしかできないから、走らせたり、筋トレしたり。プールはやらない。スペシャルウィークやエアグルーヴにも既に話が行っているし、ブルボンとスカーレットもいる。普通のトレーニングのように見せかけることができるだろう、たぶん。
「トレーニングはタイム走と坂路かな」
「どれくらいできるんですか……?」
「普通のウマ娘と同じくらいのレベル」
「三十本くらい……?」
「普通って知ってる?」
「遊園地に行く件ですが、ライス。フラワーさんのご両親から許可が下りたようです。お泊り可能です」
「本当? やったぁ。じゃあホテルの予約もしておくね」
「就寝時と起床時のビデオ通話が条件だそうです。それと、できればマスターを連れて行くように、と。女性同伴で、とのことです」
「ああ……そうだよね。じゃあ予定を聞いてからだね」
「坂路は三本ね」
「そんな……」
「夜もランニングしていいから。一時間」
「んぐ……ん……むぅ……」
走る時間を追加していく。冷静に考えれば何も解決はしていないが、それにもかかわらず、とりあえず走る許可を出されているという事実に心が躍ってしまうスズカ。朝三暮四というか……まあ、総合時間は増えてるし良いでしょ。良くないのは解ってるけど、良いでしょう。
嬉しいやら悲しいやらで自分の感情を見失い、私の脚元に寝転がってくるスズカ。お腹辺りに顔を埋めてむぐむぐと何か呻いている。正直朝と夜に走らせるのもあんまり真似してほしくないけど、流石にスズカが可哀想だし。取材の前日と後日にも目一杯走らせてあげないと。
へにゃへにゃのウマ耳を立たせてあげて、撫でつつ諸々を纏めていく。学園エリアと寮での過ごし方は学校側に任せているので良くて、こっちは……まあ、それくらいかな? 細かいトレーニング内容なんて説明しても仕方無いし。ああ、後はあれよね、間に挟まるインタビューも考えておかないと。
スズカのメディア用インタビュー、無限にやったけどね。あとはブルボンとスカーレット……スカーレットってもしかして、エルナト唯一のアドリブインタビューができる子なんじゃない? 嬉しい嬉しい。
「どうやって回ろうか。ライスいっぱい調べたから、ブルボンさんなら一番たくさん回れる回り方解るよね?」
「任せなさい。ですが、当日の混み具合等も考慮する必要があります。リサーチを行います」
「やったぁ」
「じゃあ後でインタビューの話もしようね、スズカ。これはいつも通りだけど」
「ぁむ……」
「噛まないで。あとお腹を出さないで。寒いから」
「トレーナーさん痩せました? 走って来て良いですか?」
「媚びるなら欲望を隠しなさいな。あとちゃんと痩せたからもっと褒めても良いわよ」
────
「もちろんやるわ!」
「ああ、そうよね。スカーレットはそう言うと思ってた」
スズカとのトレーニングはブルボン、スカーレットにとっては結構貴重だったりする。特にNPCギミックスズカではなく、普通に勝ちに行くスズカとのそれは本当に滅多に無い。今度やってもらうという話をすると、うっきうきで受け入れてくれた。
「嬉しそうね……私は悲しいけど」
「ストレスがかかった方がスズカさんは強いって知ってますから。そのまま悲しんでくれていいですよ」
「人の心が無い……」
「そうと決まればそのためにトレーニングをしないと! やるわよトレーナー!」
「なんで?」
ふふん! と勝ち誇った顔でぱくぱくと唐揚げを平らげるスカーレット。この子の食欲、最近留まるところを知らないわね。成長期かしら……いやまあ、年齢的にはまごうこと無き成長期だけど。
「スズカさんと走れるんでしょ?」
「うん」
「その時、無様な走りはできないじゃない」
「……まあ、そうね」
「私は全然追い縋ってこない方が嬉しいけど……」
「じゃあスズカさんとのトレーニングに備えてトレーニングをしないと!」
「そこが解らないのよね……気合入れる程度で良いでしょ」
「バカ!」
「ちゃんと理論を付け足さないとただの罵倒じゃない」
やる気満々だなあ。どうしようかな、これ。まあ、やりたければやれば良いか。二月の重賞もあるし。スカーレットもちゃんと重賞ウマ娘にしてあげたいしね。何もしなくてもウオッカ以外に負けることはそうそうないだろうから……スカーレットがチューリップ賞に出てウオッカとやりたいとか言わない限り大丈夫だけど。
スカーレットがやるならブルボンもやらせないといじけちゃうなあ、面倒だなあ本当に……なんて考えつつ、やる気が不調まで下がっているスズカを撫で回す。ウマ娘にはあるまじき食欲の無さで私と同じくらいのタイミングで食べ終わっていた。しばらく走らせてあげよう。別にトレーニングをたくさんやるわけじゃないから効率的にはやる気なんて無くて良いけど、私の精神衛生上良くないからね。
「じゃあスズカ、今日からしばらく夜は走ってきて良いわよ」
「え……本当ですか?」
「うん。日付が変わるまでには帰って来てね」
「はぁぁぁああ…………!!!」
ぎゅんぎゅんとやる気が上がっていく。同時に立ち上がると、服を脱ぎ捨てながらクローゼットに飛びついた。勢いで下着まで脱ぎ捨てているので慌ててクッションを投げつける。また正気を失ってからにこの子は。
「ぐぇ」
「下着を着ける。防寒はちゃんとする。GPSとライトを着ける」
「はい……」
「言わなかったらこの勢いで外出たんですか? 死にますよ」
「つい……急がないとと思って……」
油断も隙も無い。この分だとどうせ日付が変わっても帰って来ないし、明日のベッドもぐちゃぐちゃになっていることだろう。
……というか翌日、実際そうなった。