走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
ピンポーン
「お客さん?」
「ん……誰だろ。スズカの友達なら勝手に入ってくるはずだし……」
「アンタもうちょっと警戒しなさいよ。若い独身女性でしょ」
「銃以外ならウマ娘がいれば何も起きないから大丈夫よ」
「ウマ娘を暴力装置だと思ってるでしょ」
ある日。休日を自宅で過ごしているとチャイムが鳴った。特に何をするわけでもなく普通にうちに入り浸っているスカーレットが応対しようとして、良くないので諦める。トップウマ娘の所在は隠した方が良いしね。
玄関まで出ると、ドアの外に嘘みたいな大きさの段ボール箱があった。ドアを通るかもギリギリのそれを見て、ピンと来る。そういえばこんなの届くって連絡来てたな。いつものグッズの試供品だけど、いざ来てみると物凄い迫力ね。
「ありがとうございまーす……はーい……スカーレットー! ちょっと手伝ってー!」
「なになに? どうしたのよ……うわっ何これ」
「新しいブルボンのグッズ」
「こんな大きさのグッズが存在して良いわけないでしょ」
煎餅を咥えつつリビングから廊下を覗くスカーレットが引いている。私もちょっと引いた。数字の上ではちゃんと聞いていたけど、実物はヤバい。まだ箱は開けてないのに感じ取れる迫力。
スカーレットに持ってもらって中まで運び入れて封を開ける。ちゃんと保護されたでっかいでっかいぬいぐるみが出てきた。特大ぬいぐるみ、どきゅーと、ミホノブルボンver.である。
「ええ……本当にグッズじゃない」
「ね。びっくりよ。世の中にはこういうのがあるのね。他の子もあるみたいよ」
「えぇ……? いる……?」
「……まあいらないけど。大体全部グッズは貰ってるし……思ったより大きかったな……」
こたつに座りぐったり中のスズカより大きなサイズのデフォルメされたブルボンが鎮座している。処分方法や洗浄方法の説明書はしまっておいて、これは……どうしよう。寝室に置いとく?
「どうするんですか? それ」
「どこかに置くわ。寝室とか」
「ええ……それに見られながら寝るんですか?」
「まあ所詮ぬいぐるみだし」
「まあそれもそうですね……」
「え? 受け入れるんですかこれ?」
そりゃスズカがこんなんでごちゃごちゃ言うわけないでしょ。走ること以外どうでも良いんだから。基本的に家具は……いや待てよ、よく考えるとスズカって家具に関しては割と口を出してくるし新調したりするな。うちの家具、結構スズカチョイスが多いような気がする。どうして。
「お話聞いてたけど、これってかなり人気じゃないと作られないみたいじゃない? 私はこういうの無いし……ブルボンさんもきっと喜ぶわ」
「へー……いや知ってましたけど、スズカさんのどきゅーとが無いの意外ですよね。実績的にはありそうですけど」
「不思議よね」
なんでこっち見るの。スカーレットも知ったような顔しないで。私何もしてないから。その大きさのぬいぐるみが全国に配られるのは私の気分がよくないとか思ってないから。マジで話が来てないだけだから信じて。
……それに私にはスズカ本人がいるし。そんなんでどうこう思うようなことじゃないし。うん。困るのよね、そういう邪推をされちゃあね。
「まだ何も言ってないけど」
「ふふふっ。んー……ちょっと気分が良いので走ってきますね。上着上着」
「……黙りなさいスカーレット。座りなさいスズカ」
────
ある日、寝る前。せっかくなのでどきゅーとをベッドに乗せてみることにした。
「お? おー……お゛っ……」
「声汚なっ」
「抱き心地が良い……」
「……へー」
抱き付くとこれがたまらなく気持ちが良い。大きくて柔らかいし力を入れても大丈夫。部屋の暖かさを吸って適度に温度があって、材質がすべすべでちょうど良い。これは見付けちゃったわね、私の抱き枕。
「そんなに良いんですか?」
「スズカも抱き付いてみれば解るわ」
「……ん」
私とは反対側から抱き付くスズカ。するとそのまま眠ってしまった。
「相変わらずの寝付きね」
「気持ちいいもの……スカーレットもやる? 癖になるわよ」
「やめとく。人としてダメになりそう」
床から呆れ顔で見ていそうなスカーレット。でも仕方がない。小さい頃に抱いていたぬいぐるみみたいな感じ……良いねえ。
その夜から、ベッドにミホノブルボンがいることになった。本物のブルボンは割と寮に帰るので。
────
「んー……」
「んー……」
「トレーナーさ──あ、もう寝てる……」
「んー……」
「まったく……もうっ」
「トレーナーさん? あの」
「んん……」
「……あの」
「トレーナーさん、今日は──」
「んふ……」
「その、トレーナーさん?」
「トレ──」
「むぐ」
「……はあ。ふー……ふぅ。ふーっ……はぁ……」
そんなある日。突然にスズカがキレた。
「トレーナーさん。起きてください」
「んー……」
「起きないとベッドごとひっくり返します」
「怖い……」
いつも通りどきゅーとブルボンに抱き付きながら寝ようとしていたところ、どきゅーとを挟んで反対側からスズカの声。今日は洗ったばかりなのでいつもより良い感じだったんだけど、私がそれを放すと床に投げ捨てた。
「おかしいですよね」
「何が?」
「この世界が」
「広いなあ……うわっ」
スズカがぐっと私を引き寄せて、そのまま引きずって押し倒した。暖房がまだ効いていないからかスズカの身体から少し蒸気が見える。私に股がったまま両手で頬を包む。ひえっ近い……
「トレーナーさん。人間とウマ娘には解消しなければならない三大欲求がありますね」
「食欲、睡眠欲、あとは性欲か排泄欲よね?」
「走行欲、睡眠欲、トレーナー欲です」
「ぶっ飛びすぎてるって」
「みんなそう言いますよ。聞いてみてください」
「スカーレットに聞くわ」
「彼女は例外です。前に言いましたよね。私に走ることを禁止しておいて、トレーナーさんまで奪うんですか? と」
よくされるわその話。スズカの顔が近付いてくる。歯磨き粉のいい匂いがする。次いで垂れてきた髪の私と同じコンディショナーの香り。ふーっ、とゆっくり、ゆっくり私の耳元まで降りてくる。
顔を撫でる手のひらがもぞもぞ動き回りながら私の耳まで来て、指の腹で耳たぶやら穴の表面をなぞる。目がかなり怒っている。このまま殺されるんじゃないかという気迫を当てられドキドキしてきた。
「でもスズカ、一昨日私に黙って抜け出したわよね」
「星が綺麗だったのでそれは関係ありません」
「でも」
「それ以上反論したら何するか解りませんよ」
黙るしかなくなった。
「良いですか。トレーナーさんがご飯を毎日食べるように、私は毎日走ってトレーナーさんを抱かなければいけません」
「抱くって言い方はやめない?」
「は?」
「何でもないです」
あんまり意地悪するとスズカはこうなる。今回に関しては意地悪した覚えはないんだけど、よほどご立腹らしい。有無を言わせない迫力で少し起き上がり私の目を覗き込んだ。綺麗な瞳……吸い込まれて飲まれて死んでも良いかも。
いや、呑気なこと考えてる場合じゃないな。こっちとしては何のこだわりもないからじゃあ明日からいつも通りに寝ましょうね、で終わる話だけど、暴走状態にあるスズカは話を聞くつもりがないらしい。参ったね。
「つまり今私は飢えています。飢えたウマ娘に与えたらどうなるか? ということですよね」
「……今から私、殺される?」
「……反省しているようですしとりあえず許します。絶対に動かないでください」
言われた通り動きを止める。数秒間、私と顔を合わせて何か考え込んでいたスズカだったが、ゆっくり私にもたれ、そのまま私の上で目を閉じた。流石に上に乗られたまま寝るのは厳しいんだけど……まあ、良いか。スズカにしてはよく我慢したって感じよね。
「トレーナーさんの一番は私ですよね?」
「当たり前でしょ」
「言動の不一致は嫌われますよ」
いっそ嫌ってくれると心労が一つ減るんだけど。
「嫌わないであげます。でもそれはそれとして怒っているのでしばらく口は利きません」
「そう……いつまでできるか見物ね」
「ふん」
ひとしきり終わったのかな、と思って上から下ろし、いつも通りの格好に戻って生身のウマ耳を弄る。頬を膨らませていたスズカも少しずつ緩んでいき、首元を擽ったあたりでふにゃふにゃに戻ってしまった。
「甘やかしても誤魔化されませんよ。私は怒っています。婚姻届かランニング1000kmで手を打ちます。トレーナーさんに選ばせてあげます」
「じゃあ手を打たなくて良いわ。無理やり納得させてあげる」
「トレーナーさんには無理です」
「どうかしら」
ふいっと目を逸らしたスズカの顎をとって私を向かせる。パジャマ、そしてベッドの中というノーガードの状態でスズカが私に勝てるわけがないでしょうに。案の定私の擽りに負けて悶えた挙句ベッドから落ちていくスズカ。床に転がっていたブルボンどきゅーとが物凄い勢いで叩きつけられた。勝てないからって力で解決しようとしないでよ。
ちょっとムカついたので再びブルボンを抱いて寝る。すぐにスズカが私ごと投げ捨てた。そして、一人で掛け布団を独占すると、転がる私に対してちらっと開けて、そのスペースを叩いた。
「ん」
「……はいはい」
されるがままにスズカに抱きしめられる。私の左足を両足で絡めて私の顎に入り込み、前からの羽交い絞めを受け、骨が軋む中で我慢してスズカの頬を撫で目尻をなぞる。ん……と軽い声と共にしばらくより密着しようとしてきたスズカだったけれど、しばらくするとそのまま眠りについた。
「お休みスズカ」
これくらいで済んでよかった、と深く安心しつつ、私は、どきゅーとブルボンの処遇をどうするべきか一晩中考えて気を逸らすのだった。