走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
朝起きて感想ゼロ件で、ついに需要が無くなったか……と愕然としてました。
「そろそろバレンタインのこと考えます?」
「あ……そうね。そうかも。予約取れなくなっちゃうし」
一月二十五日、快晴。記録者、ミホノブルボン。本日はマスター不在につき、オーダー:『自主トレーニング』となります。
私は以前購入した全身ギプスを着用しただ座っているのみですが、関節を伸ばそうとする特注のバネの負荷はこれまでにないレベルが検出されています。商品注意書の『決して人間には使用しないでください』の切実さが窺えます。なるほど、これをもしマスターが着用すれば、全身の関節が逆に折れ曲がるでしょう。
「とりあえず日付だけ決めて家庭科室の予約だけ取っちゃおうか。お休みの日は……」
「こっち見ないでください。確認できるわけないですよね」
「ブルボンさん覚えてる?」
「はい。二月中の、トレーニング予定の無い日でよろしいですか」
「そうね」
「開示します」
スカーレットさんはダンベルトレーニング。片手で50kgなので低負荷でしょうか。会話の余裕もあるようです。スズカさんは全身重りの上プランシェ、さらに毎度倒立まで戻っています。流石のバランス感覚と言わざるを得ません。筋力上は我々でも同様のことが可能でしょうが、ぶれることなく回数を重ねるには力不足です。
二月のトレーニング・オフの日付を列挙します。今回はバレンタインデーに向けて、ですので、第一候補は二月十三日のマスターの出張日でしょうか。
「前日は予約も殺到しそうですね」
「まあ今から予約すれば大丈夫だと思うけど……その前のオフは?」
「二月七日です」
「そうなりますよね。頼んで休みをずらします?」
「しかし二月十二日のトレーニングは特別メニューです」
「じゃあダメですね。絶対にずらせません」
予約は私にはできませんので、一度トレーニングを中断してスズカさんが行います。トレセンの家庭科室は調理器具が少し古めかしく私でもそのほとんどを扱うことができる、という利点があります。
マスター宅の調理器具は全てがかなり新しく──以前、私用にデチューンしたキッチンコーナーを作る計画もありましたが、マスターが数秒考えた後却下しています。自宅に我々の選んだ家具が増えることを危惧しているようです。手遅れであろうとは思いますが、スズカさん曰く「あと数か月だから」とのこと……数か月後、何が起こるのでしょうか。
「予約……うーん……朝一番が良いかしら。ちょっと早すぎるような気もするけど……」
「別に多少早いだけなら大丈夫じゃないですか?」
「そうよね。じゃあ予約しておいたから、ブルボンさんよろしくね。朝九時半からだから」
「了解しました。当日の起床時間、調理開始時間はメニューによります」
「あー……何作ります?」
「そうねえ……」
マスターの好みに合わせるのが無難でしょうか。マスターはあまり甘いものを好みません。普段飲んでいるコーヒーも、ウマ娘の味覚からすればほとんど甘味の無いものを呑むことがあります。果実を中心にしたものや、コーヒー系統……チョコレートも甘味の少ないものを選ぶのが無難でしょうか。
「甘くないものが良いんですかね?」
「そうね……ビターチョコで何かするか、お砂糖を控えるとかコーヒークリームをメインにするとかで抑えていけば何とかなるかしら。ブルボンさん、何か適当にレシピを……って言っても難しいかしら」
「レシピの検索については書籍でも行えるので問題ありませんが……実際の味については解りかねます」
「そりゃそうですよね」
「じゃあ食べに行きましょうか。今日、この後」
「え? 今からですか?」
「ええ。もう終わるでしょ?」
「まあ、トレーニングは大丈夫ですけど」
と、いう会話がありまして。
「食べ放題を三つ……はい。全員ウマ娘です。はい、大丈夫です。はい」
「あ。先輩、ドリンクバー付いてないみたいです」
「じゃあドリンクバーもお願いします。一時間更新で。はい、お願いします」
スイーツバイキングに来ています。早速注文を済ませた後、各自……私の分はスズカさんが持ってきてくれます。冷却設備及びドリンクバーを破壊するわけにはいきませんので、毎回、外食時は私にできることはありません。ずらりと甘味の少ないスイーツが並べられます。料金が高く制限時間が短いことからウマ娘からは好まれない店ですが、品数は飛び抜けていますので味見には最適です。
トレーニング後ですので空腹……嗅覚、視覚情報からさらにそれが煽られ、欲求が……くぅ。
「「「いただきます」」」
手を合わせまして。
もぐ。
……なるほど。
「どう?」
「美味しいです」
「そう……」
「小学生みたいな感想……」
すぐには解りません。もっとたくさん食べなければ。
「私達も食べましょうか。ブルボン先輩止まらなくなっちゃいましたし」
「私達は食べたいだけですよね、この会」
「食べないか食べるかなら食べた方が良いじゃない。それに、これでちょっと太っちゃったらそれを理由に走らせてもらえるかもしれないし」
「ああ……なるほど」
しばらく食べ進めていると。
「あのー、すみません、み、ミホノブルボンさんですよね?」
「んぐ……ん、はい。ミホノブルボンです」
ファンの方に話しかけられました。変装は簡素なものなのですから気付かれるのは想定内です。男女カップル……私より少し年上、大学生からマスター程度でしょうか。バッグを漁り、恐らく筆記具を探している黒髪の女性の方。視線から察するに、金髪の男性の方はあまり詳しくないのでしょうか。
「わあ! ファンなんです、えっと、何かにサインを……て、手帳忘れた……アンタ書くもの無い? 私いくらでも買うけど」
「いや、別にあげるよ。まだ大したもの書いてないし。新しいのあるし」
「感謝……ッ」
「ああ、うん」
手帳が手渡されましたので、サインを書くことにします。マスターとの話し合いのうえ決定した、筆記体をベースに記号等を少しだけ付け足したサインです。スズカさんのそれより少し華美なものですが、ライスやフラワーさんのものよりややシンプルなもの。書き終えて手渡します。もちろん、「いつもありがとうございます」の一言を忘れないように。
すると、黒髪の彼女は息を荒くして隣の方の肩を叩き始めました。どうやら本当に解っていないようで、男性が小突き返します。それを察して、私達の紹介が始まりました。あまり大きな声を出されても困るので、席の横のところに座っていただきます。
「この方はミホノブルボンさん。史上六人目の三冠ウマ娘さん」
「三冠」
「とにかく歴史に残るってことよ」
「ああ……え? お二人は?」
「こちらがサイレンススズカさん。現役最強って言われてる方」
「あっ最強。それは凄いわ……」
む。
まあ良いでしょう。三冠という栄誉は確かにウマ娘レースを知っている者にとっては圧倒的な名誉ですし、それはマスターも認めてくださっています。当然、知らない方にとっては大した栄誉ではありませんし、それよりも解りやすい、最強という称号の方に価値を見出すのは理解できます。不機嫌になるようなものでは……むむ。
「えと……」
「ああ、こっちはダイワスカーレットさん。今年ティアラに進む子です」
「こんにちは。ダイワスカーレットです。良ければ応援よろしくお願いします」
「へー! すみません、ティアラ路線はあんまり詳しくなくて……」
「やっぱ強いんですか?」
「バカ! 聞き方ってもんがあるでしょ!」
スカーレットさんが気分を悪くしたのが解ります……が、エルナトとして近い距離で生活しているから解るだけでしょう。間違いなく一般人には気が付けません。流石はスカーレットさん、表情を隠し営業用笑顔のまま応対を続け……ると思われたところ、スズカさんが割って入りました。
「とても強いですよ。今年のティアラ路線はスカーレットさんが主役だと思います。ぜひ応援してくださいね」
「は、はい! レース見に行きますね!」
「ありがとうございます!」
視線だけでスズカさんに何か言いたげなスカーレットさん。二人はお礼を言って離れていきました。次走と、次走であるフェアリーステークスの開催レース場の確認をしていましたので、本当に来るのでしょう。スカーレットさんのファンが増えることは喜ばしいことです。スカーレットさんもファンが多ければ多いほど良いというタイプのウマ娘ですから。
「スズカさん……ありがとうございます」
「え、何が……?」
「まさかスズカさんが私のこと、強いって言ってくれるなんて」
「トレーナーさんも言ってるもの」
「スズカさん自身もそう思ってくれてますよね?」
不安げにスズカさんを見るスカーレットさん。
切り分けたショートケーキを口に運び、おしぼりで拭うスズカさん。流れるようにカステラにフォークを突き刺し一口で飲み込むと、オレンジジュースを一息に飲み干し、そのままドリンクバーのため立ちあがり、補充を済ませて戻ってきます。
「スズカさん?」
「ちょっとお手洗いに行ってくるわね」
再び席を外すスズカさん。戻ってくるとプリンを食べながら、ふう、と一息つきました。それから、スカーレットさんに少し微笑みかけます。
マスターが時々目を奪われ立ち止まる笑顔です。スズカさんがそれを自覚しているかどうかは不明ですが。
「ええ」
「何の間ですか、今のは」
マスター曰く、スズカさんは本質的に独善的で、自己中心的なウマ娘である、と。心の底では自分が一番速く強いと思っているが、培われた良心や社会性、優しさがそれを覆い隠しているから正常な言動が可能なのだそうです。
つまり、気を遣うかどうか、親しいかどうかでそれらのオブラートは消え、本性が見えるということです。
「トレーナーさんはそう言ってるわ」
「スズカさんの意見を聞いてるんですけど」
「……あむっ」
「ドーナツに逃げないでください」
無言で食べ進めるスズカさん。スカーレットさんも早々に諦め、今度は私に……フォークに刺したベリーを差し出しながら問い掛けます。
「ブルボン先輩はそう思いますよね」
「あむ」
ステータス:『幸せ』。追加の食事を進めます。
「先輩!?」
「はい」
「私のこと強いと思ってますよね?」
……なるほど、これがお笑いにおけるテクニック、オペレーション、『天丼』。ライスが時々クラスで要求される例の──実行します。
「そうですね。スカーレットさんは強いウマ娘であると思います」
「ですよね! ブルボン先輩大好き!」
「マスターはそう評価しています」
「……ふー……」
「あっ」
私のショートケーキが奪われました。これはいけません……とも思いましたが、バイキングなので無関係でした。また持ってきていただきましょう。
「ぜっっっっっ……たいにフェアリーステークス、二人も見にきてくださいね……絶対に見返しますから」
「そうですか」
実際、現在の状態ならともかく、同じ時期の比較であれば、私はスカーレットさんを見下すほどの能力はありませんが、スカーレットさんのやる気が出たならば何も言わない方が良いのでしょう。私は三冠ウマ娘ですので、コード:『空気を読む』を習得していますから。