走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「スカーレット! 残り500! あと一バ身離しなさい!」
ある日。スカーレットのフェアリーステークスに向けて追い切り中。後ろから一定ペースで追ってくるブルボンから逃げつつ、ノールックでバ身差をコントロールするトレーニングである。あんまり身体能力のことは考えていない。
というか、何ならトレーニング自体はあんまり必要ないとすら思っている。いやもちろん、アスリートとしてするべきラインのトレーニングはあるし、ちゃんとやるけど、このレースに向けてどうこう、なんてのはない。今の時点で出走したってスカーレットが負けるはずがない。
それでもこうしてやっているのは……まあ、スカーレットのやる気が留まるところを知らないからだ。あの子の負けん気はスズカを超えている。
スズカの目標は最速孤高、スカーレットの目標は一番。つまりスカーレットのその衝動はスズカよりも対象が広い。何となくマトモに見えているが、一番おかしいのはあの子だとスズカも言っていた。それに関しては全員が全員自分がマトモだと思ってるからあてにはならないけど。
で、そんな情動を持っていて、それを普段から優等生の皮で隠しているのがスカーレットであるが、最近ちょっと、まあその……かなり短気になってきている。気が立っていて、当たりも強い。
「もうちょっと圧力かけてブルボン。一バ身外出てレベル7まで上げましょう」
ブルボンが着けたイヤホンに指示を入れる。この煽り耐性の低下は、スズカによく見られる症状だ。走るのを禁止すると、スズカは煽り耐性がゼロになる。普段から『遅い』という言葉に反応してウマ耳を絞るけど。
で……まあ、本来スカーレットについては掛かろうが何しようが良い。スタミナを補強して掛かっても勝てるようにはしている。ただまあ、困ることもね、あるから。
「っはぁっ!! はぁっ! はっ! はあっ!」
「お疲れスカーレット。目標達成ね。少し休んでクールダウンを」
「もう一本!」
「いえその、クールダウンを」
「良いから! まだできるでしょ!」
こういうところ。帰ってくるなり次に行こうとするスカーレットをスズカが力ずくで止めてくれる。
「ダメよスカーレットさん。トレーナーさんがダメと言っているんだからダメ」
「スズカさん……次止めたら先週のスズカさんのランニング履歴を細かく話します」
「もう一回走らせてあげてください、トレーナーさん」
「あなた弱すぎるわ。先輩の威厳を見せてよ」
エルナト唯一絶対の鉄の掟、それは私のトレーニング指示に必ず従う、というものだ。私にできることがそれしかないので、それをしないならこのチームにいる意味がなくなる。
まあ現実にはそれを無視して自我を突き通そうとするのが三人娘のいつものムーブだけどね。それにしても最近のスカーレットはそれが露骨だし、昨日ついにこっそり夜中ランニングに出ていってしまった。自分で言っててなんだけど、唯一絶対の掟すら守らせられない私って一体何なのよ。
「あなたがこっそり走ってなければこんな脅し大したことないんじゃないの」
「走って……ないですけど」
「じゃあほら、スカーレットにガツンと言ってあげなさい」
「スカーレットさん……勘弁してください……今スカーレットさんのせいで追い詰められてます」
「自業自得でしょ」
半ば自白したスズカを膝に乗せて貧乏揺すりでガタガタ言わせながら肩を強めに揉んでおく。平気な顔でドリンクを呷るブルボンにそういうことは期待できないし、ちょっと強めの言い方になってしまうので私がやることにする。
「スカーレット。今日は終わりよ。それと後で昨日のランニングについても話があるから」
「でもスズカさんは走ってるじゃない……!」
「ほらスズカのせいで説得力がゼロになっちゃうでしょ!」
「ゃぁゎぁ」
スズカの頭を掴み私のお腹に叩き付ける。同時に首元を擽り鳴かせつつ、スカーレットを説得しないと。
「とにかく終わり。レースに疲れを残したら困るでしょ」
「残らないわよこれくらい……!」
「それを判断するのは私よ。ブルボン、クールダウンを手伝ってあげて」
「はい。行きましょうスカーレットさん」
「……明日はもっとやるから!」
良かった良かった。スカーレットも解ってくれた。悪態なんか誤差みたいなものよ。私は普段スズカの圧にも動じない強いトレーナーなのだから、所詮クラシック初期のスカーレットの圧に負けるはずがない。
立ち去っていく二人を見送りつつ再度スズカの背中や腕を撫でていると、ちらりとこっちを見るスズカ。ちら。一旦伏せて。ちら。一旦伏せて、ちら。あら可愛い。
────
「ねえトレーナー。出走者のファイルってどこにやったの?」
「鞄に入ってるけど……」
「借りるわね」
「え? 今から?」
自宅。スズカと一緒にコタツでゆっくりしているところ、お風呂上がりのスカーレットが顔だけ出してきた。もう十時を過ぎている。忘れがちだがスカーレットはまだ中学生。そろそろ二十歳になるスズカとは寝る時間が違う。それに、本番たるフェアリーステークスも三日後だ。
「今日はもう寝なさい。身体を壊すわ」
「平気よ。慣れてるから」
「寝不足での授業と寝不足でのレースは違うわ。とにかく寝なさい」
「……勝手に取るから」
私の指摘にちょっと眉を顰めて出ていくスカーレット。反抗期の娘がいたらこんな感じなのかしらね。出走者チェックも何度かやったし、今さらやる意味もないと思うけど。
このところ毎日何かやっている気がする。今日も放っておいたら夜中に抜け出すんだろうか? そのためにこっちに泊まっている節もありそうだし。
「いつ何とかしてくれるんですか? 心配なんですけど」
と、隣のスズカ。置いてあるみかんを口に運びつつ、私の口にも無理矢理放り込んでくる。
「別に。レースが終われば気付くわ」
「そうですか? 夜ちゃんとお話しした方が良いですよ? ……夜は私、外に出ていますから。真面目なお話でしょうし」
「良いのよ、気を遣わなくて。話すにしてもスズカは寝ていれば良いじゃない」
「……? 何を言ってるか解らないです。それじゃ私の走る時間が無いじゃないですか」
「あなた本当に心配してる?」
「してますよ。でも心配することと私が走ることは両立しますよね。徹夜で話し合ってもらって良いですよ? 明日は学校休みます」
「無茶苦茶言うなあ」
「言ってません。ただ走りたいと言っただけです」
くすくす笑って私にくっつくスズカ。狭い。ドキドキする。暑い。でも力ずくで来られると抵抗できず、そのまま寝転がされる。私の腕を勝手に枕にしたスズカが私の胸を叩きつつ目を閉じた。
「お休みなさい」
「……ここで寝れば何かあった時部屋から出るふりして外に行けると思ってるでしょ」
「……そういうのを見抜くトレーナーさんは嫌いです。いつもみたいにもっと鈍くなって良いんですよ」
「私があなた達のことで鈍かったことがある?」
「……そうですね」
────
レース当日。しっかりエルナト総出で応援に来ている。体操服に着替えたスカーレットは既に掛かりまくっている。マトモなトレーナーとマトモなウマ娘の関係なら恐らくちょっとお説教が入るくらいには入れ込んでいる感じがするわね。
しかし、もちろんここはマトモなチームではない。今のスカーレットの状態が良くないのは間違いないが、多少気持ちが乱れた程度でGⅢに勝てないようなのはうちにはいない。今回は将来GⅠに絡みそうなのも出てきていないし。
「準備は良い、スカーレット」
「当たり前でしょ……! 勝つ、勝つ……絶対に勝つ……ッ」
スカーレットは勝つ。そして、勝てば全て解決する。今のスカーレットは要するに自信を無くしているのだ。私が伝える数字上の強さは知っていても、比較対象が二人の怪物なので実感が追い付いていない。でも、勝てば全部解る。
「一つだけ言っておくわね、スカーレット」
今回はあまり刺激しない方が良いだろう。いつもの会話はしない。スカーレットも求めてこないし。
「しっかり噛み締めて走りなさい」
「……はァ?」
何を言っているか解らない、といった風に目をギラつかせて出ていくスカーレット。同時にスズカがモニターをつけた。
「見ます?」
「まあ……別に見なくても良いけどね。勝つし」
「そうですか」
「ところでマスター。今度ライス達と遊園地に行く約束をしまして、引率をお願いします」
「良いけど」
スズカもブルボンも一切心配していない。スカーレットに興味が無いなんてことはないはずなので、よほど私のことを信じてくれているか、あるいは、二人からしてもスカーレットが負けるとは微塵も思っていないかどちらかだろう。
……え? 興味はあるよね? 大丈夫よね?
────
『──一着はダイワスカーレット! ダイワスカーレットです! まったく他を寄せ付けないままのゴール! これは物凄いウマ娘が現れましたダイワスカーレット!』
歓声の中に私はいた。やたらと声を荒げる実況がターフまで聞こえてくる。
「はっ、はっ、はっ……」
不思議と疲れていない。まだまだ走れる、という確信があった。スパートを終えて、確かに全力を出したはずなのに、どこか余力のようなものがある。
「勝てた……?」
スタートの時。私のスタートはイマイチだった。あんなスタートじゃスズカさんには勝てない。だけど、外枠から番手に構えるつもりだった私は先頭にいた。
中盤。私はつい掛かってしまった。それを直そうと落としすぎた区間もあった。ブルボン先輩ならあんな無様な走りはしない。だけど、誰も私についてこなかったし、惑わされている様子すら聞こえていた。
スパート。私はかなり脚を使っていた。思ったより伸びなくて、トレーナーに顔向けができないと思った。だけど、私はぐんぐんみんなを突き放していた。
負けたらウオッカに何て言えば良いのか、なんて思った。でも、私はこんな簡単に勝ててしまった。
『ダイワスカーレット、素晴らしい走りでした。これはティアラ路線にも期待ができそうです』
トレーナーは、私を物凄く評価してくれる。あの二人がいるのに、私が一番才能がある、だなんて。私はトレーナーを信じてジュニア女王を諦めたのに、ずっと私は、どこかそれを信じていなかった。
だって、私って弱い。ブルボン先輩みたいに冷静ではいられないし、スズカさんみたいに自分を貫いていられない。周りが気になって、すぐにダメになる。それに、脚も遅くて、なんて、思ってたのに。
「おめでとー……びっくりしたよスカーレット……凄く速かった……」
「ねー……あー……ちょっと手応えあったんだけどなー……!」
「悔しーっ!!!! 揺さぶられたっ!!!!」
そうだったんだ。そうなんだ。
……そっか。
────
「あ、いたいた。スカーレットさーん」
「お疲れさまです、スカーレットさん」
なかなかスカーレットが戻ってこないので、地下通路まで迎えに来た。スカーレットは通路の途中で立ちすくんでいた。一応怪我とかは無さそうだけど……まあ、やっと解ってくれたんだろう。
レースは終始スカーレットが支配していた。というか、結果的にスカーレットがそうしていたというのが正しい。スカーレット自体の走りは正直ボロボロだったんだけど……当初の予想通りそれでも勝った。
圧倒的に身体能力で勝っていれば適当に走っても勝てる。スズカがその一番の例である。そして、スカーレットはその他大勢のウマ娘にはそれができてしまう。普段は比較対象が壊れてるだけで。
「スカーレット、お疲──」
どん、と私に突っ込んでくるスカーレット。スカーレットにしては珍しく、ただただ普通に私に抱きつき、肩に顔を押し付けた。
「──スカーレット?」
「……トレーナー、あのね、私、ね」
震えた声で、背中に回す力が増していく。ぐり、とちょっとだけさらに押し付けて、スカーレットは呟いた。
「強かったん、じゃない……」
「私、強いじゃない……」
「当たり前でしょ」
「……そう、よね……ずっと……そう言ってたわよね……」
綺麗なままのツインテールを撫でる。レース前より、心拍も体温も落ちていた。しばらくそのままでいたけれど、少しするととん、と私を突き放し、その流れで後ろにいた二人を両手で巻き込んだ。
「……これで、追い付きました?」
「誰に?」
「スカーレットさん。私は三冠ウマ娘です」
「……ですよね。うん、そうですよね」
スカーレットがくっくっと笑い、強く二人を抱き寄せた。
「痛、す、スカーレットさん? 痛い痛い痛い」
「スカーレットさん。スカーレットさん? 骨が、骨が」
「二人はそういうムカつくことを言うんですよね……!」
あら微笑ましい。
「肩が、腕が壊れる、壊れる……」
「耐久……限界……」
「すぐに二人に勝てるようになりますから。まずはトリプルティアラ、それからいつか直接対決でも」
ぐるっ。ばんっ!!!
「は?」
「スカーレットさん……マスターも認めていますので、あなたの実力を卑しめることはしません。が、私は常に成長していますので、理論上それは不可能です」
「……ひぇっ」
一転攻勢、二人に壁際に追い詰められるスカーレット。沸点が低すぎるのよね、本当に。
「戻るわよ。部屋でやりなさい部屋で」
「まったく。ダメですよスカーレットさん、滅多なこと言っちゃ」
「戦力差の分析は正確にお願いします、スカーレットさん」
「あーっ!!!! ぜっっっっったいに一番になる! トレーナー! やるわよ! 特別トレーニング!」
「えっ」
「私にもお願いします、マスター」
えっ。
思ったより慢心フラグっぽくなっちゃいましたが、トレーナーは決してウオッカ相手に勝てるとは言わないので問題ありません。