走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
それはそうと八割くらいは書けてたのでお待たせした割にはうすあじです。申し訳ありません本当に。
「はーっ……はーっ……はっ……」
「お疲れブルボン。ここが限界ね」
「あり……げほっ、ぐ……ぉぇ」
「喋らなくていいから」
ある日。今日はブルボンの限界トレーニングの日。スカーレットは残念ながら友人との約束があり欠席。比較的落ち着いているスズカを連れて、またブルボンを気絶寸前まで追い込んでしまった。
長年の研究により、ウマ娘ごとにトレーニング許容量があることは何となく解っている。消耗しやすいかしにくいかの話だ。で、それとは別に、体力を限界まで消耗した後に何が起こるかもそれぞれによる。
「水……またかける? そろそろ普通に飲めるんじゃない?」
「……」
首を振るブルボン。仕方無いので仰向けの顔面に水筒をひっくり返す。相変わらず好きね、これ。
ブルボンの場合、消耗しきるとペースが大幅に乱れる。逆に言えば、それだけしか起こらない。速度は平均的には下がるのだろうが、瞬間速度は上がったり下がったりする。
スカーレットは暴走気味にペースを大幅に上げるという特徴を持つ。ウマ娘の一流二流と関係あるんだろうか……それでいうとうちの子達は全員一流なので参考にはならないかな。
「スズカ」
「はい」
ブルボンを気にかけつつスズカに目配せをすると、歩いてどこかに消えていく。最近はもう気にしない振りも面倒なので、どうせ少し離れたところにいるだろうライスシャワーを気にするようにしている。
本当ならライスシャワーのことを見る必要はないが、彼女はブルボンに良くしてくれたわけだし、大規模チーム勢を本人の承諾を得て管理する分には問題も起きない。というか、本人の承諾を得た範囲なら他のチームだろうと免許さえ持っていれば違反にはならない。
しばらくして、ライスシャワーを連れてスズカが戻ってきた。横になっていたのだろう、ジャージには芝や泥が付着しているが、完全に倒れて起き上がれないブルボンと違いふらつくこともなく隣を歩いている。
「こんにちは、ライスシャワー。調子はどう?」
「えっと、あの……はい、大丈夫です……」
「良かった。ブルボンが回復したら二人でストレッチをしてね」
「はい……」
相変わらずライスシャワーはブルボンをストーキングして、同じようにトレーニングをやっている。ブルボンの坂路とライスシャワーの坂路は意味合いが違うからちょっと騙しているような気持ちがあるわね。
いつも同じようにやっているし、場合によってはそのまま倒れていることもあるようなので、こうして一応見ることにしている。普段はやらないけど、これに関しては私の非も無いわけじゃないから。
「それにしてもライスシャワーは本当に丈夫ね。身体は何ともないの?」
「え? うーん……な、何ともないってことはないですけど……」
ブルボンを横抱きに持ち上げて、スズカに少し汚れを叩いてもらう。片付けは既に終わっているので、荷物を持ったスズカ、ブルボンを抱く私、そして普通に歩いているライスシャワーでトレーナールームに帰ることに。
「疲れてるなあ、って感じです」
「それだけ……? 見てブルボンを。落ちる寸前だけど」
「何かこう、疲れてるしとっても辛いんですけど、気を失っちゃうとかそういうのは無いかも?」
「丈夫なのね。ブルボンさんやスカーレットさんは大体倒れちゃうけど」
そんなスズカの一言に引っ掛かったらしい我がチームのスパルタ担当ミホノブルボン。私に抱き上げられたまま拒むように動き出した。
「降ります」
「何ブルボン、危ないでしょ。私も楽勝で抱えられてるわけじゃないのよ」
「降ろしてください」
「ダメよあなた倒れちゃうから」
「倒れません。ライスが倒れないのですから、ライスに勝つためにはこの程度で倒れていてはなりません」
じたばた暴れるブルボン。抱っこを拒否する赤ちゃんかな? でも仕方無いので降ろしてあげる。すると、やはり回復が足りていなかったようでずるずると廊下で倒れそうになって、後ろの私に寄りかかった。脇を支えると、座るように吊り下げられる。
「ほら」
「ブルボンさん、危ないよ」
「む……マスター。私は耐久力において自信があります。ライスよりもです」
「いやあ無理でしょ流石に」
ブルボンはエルナトでは間違いなく消耗耐性が一番高い。それは間違いない。間違いないが、ライスシャワーは明らかにそれを越えている。なにせブルボンと同じことを長らくやっていて、しかも私のようなケア要員がいなかったわけだ。そんな状態でよく今まで生きてこれたものだと感心する。
明確にライスシャワーに負けたことでむくれるブルボン。スズカが面白がって膨らんだ頬をつつく。ふしゅ、と空気が抜けると、ブルボンはふふ、と自信ありげに小さく笑った。
「ライス。あなたは忘れているようですね。ミホノブルボンには特殊コード入力による強化モードがあります。今お見せします」
「こらこら。そんな気軽に命を捨てようとしない」
「ぅぉぁ」
強化モードとはあれだろう、菊花賞で見せたやつ。あの瞬間ブルボンの怪我率は異様に跳ね上がり、その瞬間だけライスシャワーを上回っていた。本来勝てない勝負をひっくり返した代償として病院送りになったわけだが、まさか任意に発動できるのだろうか。
「どうでしょうね? 私はできますよ、天皇賞の……あっごめんなさい、そんな泣きそうな顔しないでください。やらないですから」
「冗談ですマスター。私も今後レース外で発動させるつもりはありません」
「そこは今後一切やらないって言いなさいよ」
解ってはいたことだけど、ウマ娘はみんなこんなんだ。小さな勝負ならともかく、大切なレースやライバルや、それらに勝つためならそこで死んでも構わない、というのが割と多くいる。私は死んでまで勝ってもしょうがないと思うし、そう思ってるウマ娘も中にはいるだろう。だけど、それを本気で言ってるウマ娘が多いというのは事実なのだ。
もちろん、そうならないように、そうしなくてもライスシャワーに勝てるようにするのが私の仕事だけど。
「まさかライスシャワーはできないわよね?」
「何の話ですか……?」
「知らなくて良い話よ」
できたら不味いし。
────
「やっぱりこう、走るために生まれてきたんだなって感じはするんですよ」
「いつも言ってるわね、それ」
「いえ、真面目な話ですよこれは」
トレーナールーム。流石に疲れたのかライスシャワーも眠ってしまっていた。ベッドで並んで眠る二人が起きるまで、私とスズカはソファでいつも通り雑談に興じていた。
「可能な限り速く走れるようにプログラムされてるんだと思います。でも、私達は自分の限界に気付いていないわけです」
「哲学的ね」
「ですね。だから、一度速さを知ってその扉を開けてしまったら、もうその扉は開けられるようになるんですよ」
両手で両扉を作ってぱかぱかと開いたり閉じたり。天皇賞のスズカ、菊花賞のブルボン……そして、私が昔から観測していた『爆発力』。それらについて、スズカは自覚的らしい。
もちろん、他のトレーナーだって自分の担当の力の引き出し方について把握しているのは間違いない。だからこそスペシャルウィークのトレーナーは彼女の退路を絶ったし、フクキタルのトレーナーも色々難儀しているわけだ。
それも含めて実力とするトレーナー達と、それを『実力以上』とする私のどちらが間違っているかは解らない。しかしいずれにせよ、そこには何かが存在するのだ。
「だから、私も走ってると解るんです。普段のランニングじゃなくて、勝負服を着た時のターフのやつです。トップスピードに乗って、あぅ……」
「真面目な話じゃなかったの」
「ぃっ……すみません、つい」
想像してトリップしかけたスズカを抱き寄せて額を弾く。
「トップスピードに乗ると、こう、あ、私あと一段速く走れるんだ、って気付くんです。もちろん、それをやっちゃいけないことは解ってますし、やらないですけど……うん、そうですね、走れるんです」
「……ありがとうね、スズカ。ごめんね」
「……別に、それは良いんですけど」
気にしているのかいないのか、変わらない表情のスズカ。慈しみ頭を撫でると、空いている方の手を引いて首もとに当てた。心拍は上がっていなかった。
「だから、ブルボンさんもそうだと思います。私とはちょっと違うのかもしれませんけど」
「どうして?」
「私が世界で一番速いからです。トレーナーさんが言ってくれたように」
んー、と気持ち良さそうに目を細め、私にもたれかかるスズカ。くりくりと顎下のところを指で突く。ふふ、と口角が上がった。
「だからまあ、そうですね……ブルボンさんは私より賢いですから、全部解っててやってるんだと思いますよ。それに、本当にできるかはまだ解りません。気持ちが入って覚悟を決めないとできないかもしれませんし」
「……本当に申し訳無いわね」
「ん、ちゃんと反省して責任を取ってくださいね……あ、変な意味じゃないですよ」
「まだ何も言ってないけど?」
「その責任は私にお願いします」
「ぶつわよ」
スピードの向こう側は、ウマ娘の限界までスピードを高めたスズカがたどり着いた場所。ブルボンの自壊は、一時的にライスシャワーに勝てるところまで速度を上げるために必要な行為だ。
スズカはともかく、ブルボンのそれは、ブルボンがもっと強ければ済む話なのだ。ブルボンの問題のほとんどは、私の気持ちによって解決される。もっと私が心を鬼にして頻繁にブルボンを限界まで鍛え上げれば……まあ、ライスシャワーはそれすら貫通してきそうだけど。
とにかく、夏のようなトレーニングを毎日やり続けることで、少なくとも必要性を減らすことはできる。ブルボンはいざとなれば代償付きで速くなれるからと慢心するタイプではないし、私がやらないでほしいと言っていることも理解しているはずだ。
「普段のトレーニングだって普通と比べれば大分厳しいですし、毎日スパルタは現実的にできないってことも解ってると思いますよ」
「……だとしてもね」
「ふふ」
スズカの雰囲気から、真面目な話をそれ以上するつもりが無いことが解る。ぽんぽんと私の膝を叩き、そのまま仰向けに身体を投げ出した。頬に伸ばした私の手を掴んで口元に当てる。
「ちなみにライスさんはどう思う?」
「えっ」
「……すやすや~……」
「いやいや」
起きてたの。全然気付かなかったという気持ちと、何故か寝たふりでいけると思ってるライスシャワーに呆れる気持ちと、ライスシャワーの素敵な声から繰り出される「すやすや」ボイスに不覚にもドキッとしたときめきが一挙に押し寄せる。
え、起きてた……聞かれたかなこれ。限界を超える方法がある、しかもそれを任意に……まあリスクはあれど、任意に限界を超えられる方法をライスシャワーが聞くと良くない。ブルボンの勝ちの目が下がる。
「起きてたなら言ってくれたら良いのに……」
「ごめんなさい、聞いておけば何かヒントになるかなって……」
「いつも思うけどあなた結構図太いわよね」
チームの部屋でも私の部屋でも慣れたら普通に過ごしてるものね。ライスシャワーって名前書いたプリン、私の家で冷え冷えになってるけど大丈夫そ?
「え、ブルボンも起きてる?」
「ブルボンさんは寝てます」
「そっか……そう……」
すっと起き上がるライスシャワー。根性がありすぎる。この短時間では当然回復しきらず怪我率も高いままだ。それは変わらない。だけど、限界の状態でなお動く能力が高い。
「今の話はあんまり気にしないでね」
「え、でも……」
「これでライスさんが怪我したら、トレーナーさんが悲しんじゃうでしょ」
「……ごめんなさい、それでも私、ブルボンさんに勝ちたいので」
「……」
「……」
私に膝枕されながらじっと見つめるスズカ、まったく怯まずに見返すライスシャワー。今でもブルボンやスカーレットが一瞬怯む視線に晒されながらも退かない彼女に私が引いている。強すぎる。なんだこの子。
……実際あってほしくはないけど、ライスシャワーの走り方について私は口を出せる立場にはない。エルナトで連れ帰っているのも気持ちの問題だ。
「……一応聞いておくけど、決戦をどこか適当なGⅡにしてくれたりはしない?」
「ライスは日経賞から天皇賞に行きます。ブルボンさんも天皇賞には来てくれますよね?」
「そうよね……」
「そんな真面目な顔で格好悪いこと言わないでください。ブルボンさんに泣かれますよ」
だって怖いし……。
「でも、大阪杯には行かないです。今のライスじゃまだ勝てないですから。まだ気持ちもできてないし。でも、天皇賞で必ず決着をつけます。今度こそ必ず、悔いのない勝負をします」
「……どこに悔むっ」
「そう。頑張ってね」
どこに悔いがあるのか、と聞こうとした私の口をスズカが塞ぐ。二人とも真剣勝負をしたのだし、そこに悔いはないと私は思うけどね。ブルボンは倒れたけど、それは全力を出した結果だし。どこまで鍛えたところであのお手軽限界突破手段がある限りブルボンはそれを選ぶだろうし。
「……ライスもうちょっと寝ますね」
スズカで慣れていなかったら間違いなくちょっと怯えてしまうような眼光が一瞬見えた。普通に図太く二度寝を始めたライスシャワーに末恐ろしいものを感じつつ、口から頬に手をずらしてそのまま近付いてきたスズカの顔を払う。どさくさに紛れて何を。
たぶん言われなくても解ってたと思いますよ、とスズカは言う。だったらそうなのだろう。スズカの見る目はそれなりに正しい。ふふん、と自慢げに笑うスズカの肩に額を乗せる。
「私頑張るからね」
「ブルボンさんに言ってあげてください」
「ブルボンに直接言ったら過剰に頑張りそうじゃない」
「確かに」
くすくすと笑った。三月からブルボンはまた走り始める。地獄の道を行ってなお、その先に怪物が待っているのだけど。
UAFスズカさんイベント、公式から狂気がお出しされたって感じしますね。