走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
サブタイトル付け忘れてました。
「花見をしませんか、トレーナーさん」
「良いわね」
ある日。トレーナー室でゆっくりしている時、スズカがそんなことを言い出した。
スカーレットも桜花賞を勝ち、桜も真っ盛りだ。満開の桜とは対照的にブルボンは意識を失っているし、何故かそれに途中まで付き合ったスカーレットも虫の息だけど。
「東京か……思い切って地方に行くのも良いかもね」
それにしてもお花見か。久しぶりね。家族と行った以来かな。そういう場所には詳しくないから、とりあえず色々調べてみるところからかな。
「それで、候補地なんですけど」
乗り気な私に気を良くして、私の隣に来て私の手ごとマウスを動かし始めるスズカ。都内のお花見スポットの検索履歴を呼び出して適当に回し始める。一応仕事用のパソコンだから、私に無断で使うのはやめようね。まあこっちは私の自腹だから規定違反とかにはならないだろうけど。
しかし流石は『景色』に一家言あるスズカ。表示される場所はどこも綺麗だ。個人的にはスズカやみんなと一緒なら大体楽しいとは思うんだけど、スズカにとってはそれと同じくらいどんな景色かが重要なんだろう。
「で、色々考えて、ここが良いかなって」
「……待って。これはお花見スポットじゃなくてただの河川敷でしょ」
「お花見に一番大切なのはどれだけお花が綺麗かです」
「限度があるわ。誰もいない場所でレジャーシートを広げるのは流石に恥ずかしいって」
「……?」
何を言っているか解らない、と首をかしげるスズカ。元々羞恥心は薄い子だけど、まさか性的なこと以外でもどうでも良いと思ってる? それとも別の何か?
「みんながいるスポットが良いわよ」
「でもそれだと困りませんか? 人混みは」
「まあそうなんだけど……そこは変装するとか、それを言い出すとどこにも行けなくなっちゃうし」
「いえ、そうではなくて」
仕方無いから教えてあげます、くらいのテンション感で私の肩をぽんぽんと叩くスズカ。ムカつく顔してるわ。可愛いのが腹立つ。ウマ娘っていっつもそう。顔が良いからってはっちゃけても許されると思ってるでしょ。許す。
「人混みでは走れないですよ」
「お花見、却下」
「なんでですか……!」
わざとらしく頬を少し膨らませてずいっと近付いてくるスズカ。ムカつくので頬っぺたを片手で挟んで、ふしゅ、と空気を抜いておく。ぴろぴろともう片手の指で尖った唇を弾く。
「走りたいだけじゃない」
「なんですか? トレーナーさんは花見を何だと思ってるんですか?」
「みんなで桜を見ながら美味しいものを食べて楽しく過ごすことよ」
「語るに落ちましたね。私は『景色』が見たい。トレーナーさんはご飯を食べてお喋りしたい。どちらが『花見』の定義に近いかは明白です」
「いつ私がどこに落ちたってのよ。あなたが見たいのは桜の景色じゃなくて桜色が視界の端に流れる景色でしょ。花はおまけじゃない」
「言ってはいけないことを言いましたね。良いですか、景色というのは日々移り変わるものです。季節によって違った顔があるんですよ世界には。それを見ないでどうして生まれてきたんですか。景色が流れるのなんていつも通りなんです。問題はその流れる景色に何が流れるか。それは星かもしれないし草木かもしれないし花かもしれないですけど、何にせよ重要なのはまず走ることなんです」
「語るに落ちたわねスズカ」
「むぎゅ」
そのままスズカを胸に叩き付ける。平和な悲鳴をあげるスズカが黙るまで何度も繰り返し、最終的に恨めしく見上げながらがじがじとブラウスのボタンを齧るスズカ。お腹のボタンを開けないで。着崩れるでしょ。
「良いじゃないですか。私が走ることでトレーナーさんに不都合があるんですか?」
「あなたの脚が心配になるっていう不都合はあるわね。あなたにはずっと健全に走ってほしいから」
「んー……む」
私の膝に落ち、見上げてご機嫌に笑うスズカ。なおこの場合の『健全』とは、概ね趣味のランニングは法定速度を守り脚に負担がかからない程度で行うという意味だ。普通のウマ娘がそうしているようにね。
……ああ、スズカが法定速度を守っていないとかそういう話じゃなくてね? 本人のランニングの景色的にはどう考えても守ってないけど、スズカは守っているって言ってるし、そのことで問い合わせもないし警察からの連絡もないから。私は信じてるわ、とりあえず。
「そんなこと言っても誤魔化されませんよ。健全に走ることと今私が走ることは両立するはずです」
「もう今になっちゃってるじゃない。お花見の建前はどうしたの」
「考えたら走りたくなってきました。今日とお花見の日に走ります。トレーナーさんのせいです」
「ええ……」
他責思考も甚だしい。私のせいで何だというのか。腰に手を回して抱き付いてくるスズカを撫で、イヤーキャップを外す。手の届く髪束を編み込んでいく。
お祝いムードのなか阪神レース場から走って帰ってこられなかったことは私にも非はあった。いや、本来そんな非があるわけないんだけど、まあスズカと関わるにおいては非と認めざるを得ない。
「良いんですか? 私が風情を理解できないモンスターになっても」
「今も割とそうじゃない?」
「そんなことないですよ。気持ち良く走る、大好きな人と過ごす、素敵な景色を見る。ほら風情です」
「本質は金! 女! 酒! とかと同じよね」
「なんてこと言うんですか」
ただ、それとスズカを走らせるかどうかはまた別の話だ。
……あと最初と最後は一緒ね、それは。
────
「おはようございます」
「おはようございまーす。で、だから今度お願いします先輩」
「了解しました。タスクを追加しておきます」
「それはおかしいですよ。走行欲は三大欲求より優先されるべきです」
「すみません、こっちは今来たところなので、第一声からぶっ飛ぶのはやめてもらっていいですか」
「三大欲求は概ね満たされなければ死ぬものです、スズカさん」
「私は死ぬの。今にも死にそうだもの。三大欲求は走行欲睡眠欲トレーナー欲って前にも言わなかった?」
「知ったことじゃないんですよね、そんなもん」
二人が来て、早速スズカに食って掛かってくれた。一応一線でもあるのか膝から起き上がり、私の横に寄り添って座る形に戻るスズカ。二人は普通にトレーニングがあるので、荷物を整理した後はトレーニングのために着替えることになる。それを見て、さらにスズカが燃え上がった。
「どうして……絶対に私の方が走りたいのに……」
「別に二人は走りたくてトレーニングをするんじゃないのよ。速くなりたいからトレーニングをしているの」
「じゃあ私も速くなります……」
「あなたはこれ以上速くならないから」
「やってみないと解らないじゃないですか……!」
二人が何の対策もしないので、私が立ち上がって代わりにカーテンを閉める。支えがなくなったスズカがソファに崩れ落ちていき、うつ伏せになってばたばたと脚を動かす。尻尾がびゅんびゅん振られている。触ったら痛そう。
「そもそもがおかしいんです……風情のために走ろうって話だったはずです」
「何言ってるんですか? スズカさんは」
「風情を勘違いしてるのよ」
「勘違いしてません。誰が何と言おうと走ることは風情です。景色なんですから風情に決まっています」
「強情だなあ」
順調に準備を終えた二人。スズカは理性と本能が戦っているらしく、服を脱ごうと掴んだまま止まっている。勢いで脱がなくて良かったわ本当に。まあ脱いだって走らせることはないけど。
「有史以来ランニングが『風情』に含まれたことは無いかと」
「一つくらいあるはずよ。『走ることは素晴らしいから全ウマ娘がやった方がいい』と詠んだ歌があったりしない?」
「少なくとも百人一首にはありません」
「百人一首を暗記してるんですか?」
「クラスで議題になった結果です。『ミホノブルボン、百人一首暗記など一時間あれば可能説』です」
「大丈夫? それはいじめられてない?」
「合意の上でのチャレンジ企画です」
スズカはまだ高まったままだけど、それでも二人のトレーニングはしないといけないので私も準備を始める。一応手伝おうとしてくれるスズカだったが、どうも本能に負けつつあるらしい。用意しようとするトレーニング用品がことごとく自分の物だった。シューズもタオルもスズカのお気に入りね。
「スズカ?」
「はっ……ち、違うんですよトレーナーさん。これはその、ただちょっと走ろうと思っただけで」
「何一つ違わないじゃないですか」
「何に対しての言い訳だったの、今のは」
トレーニングウェアの二人に挟まれ、頭がおかしくなってしまったらしい。いや、いつも通りかな……まあ良いや。大人しくさせるためにまた鋼鉄シューズでも履かせよう。ブルボンに頼んで取り出させスズカにちらつかせる。頬を膨らませて自分のシューズを盾にするみたいに持ち、ふよふよと謎の動きを始めるスズカ。
「甘かったですね。既に私はシューズを持っています。このまま走り去っても良いんですよ」
「ドアにはスカーレットがいるけど」
「ブルボンさんは難しいですが、スカーレットさんを退かすのは簡単です」
きっとスカーレットを睨むスズカ。こっちには向いていないが、恐らくとんでもない威圧感を放っているのだろう。これに耐えるにはレース慣れと揺るがない自信がどちらも必要で、スカーレットには耐えられない……はずだったけど。
「む」
「……なんすか? 言っておきますけど圧で勝てると思わないでくださいね。アタシもうそんなんでビビんないですから」
口調。それと一人称。まあスイッチを入れないと耐えられないあたりはまだまだね。もちろん耐えているだけでも立派だけど。スズカもかなり困惑しているみたいで、しばらく無言のやり取りが続いた後、強引に走って突破しようとしてあえなく二人に捕まっていた。
「ステージギミックとしてなら走っても良いわよ。どうする?」
「フリーランニングがいいです……」
「じゃあ走らないのね?」
「走らないとは言ってません……」
「定刻です。行きましょうマスター」
「っし……今日こそ私の方が粘りますからね、ブルボン先輩」
「良いでしょう。かかってきなさいスカーレットさん」
今日も頑張るか……次はブルボンの天皇賞、それが終わったらスカーレットのオークスだってある。止まってはいられない。私達は先頭を走り続けるしかないのだ。そうしなければ負ける。ライスシャワーなり、ウオッカなり、悔しいけどスペシャルウィークなり、怪物の末脚に追われる立場にいる。
どこまでそれに気合いで太刀打ちできたものか……頑張れ、ブルボン、スカーレット。
「あの、最後に確認なんですけど、どうしても外でのフリーランニングはできませんか? 何なら夜でも良いですよ。今は一旦トレーニングを手伝って、夜にランニングでどうでしょう」
「なんでそれで行けると思ったの」
「スズカさん、バカ言ってないで手伝ってください」
「ぇぅ」
あとスズカ。応援するまでもないだろうけど、一応ね。
次々回、天皇賞。