走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
スズカさん誕生日おめでとうございます(激遅)
スズカさんの誕生日ということで、スズカさんの可愛いところを見せたかったんです。なお本編でのスズカさんの誕生日は上記の通り少し後です。
「はいブルボン。じっとして」
「……っ、ふ、~~~っ」
「息は止めなくて良いから」
ある日。天皇賞も間近に迫り、私はブルボンを鍛えるべくスパルタに及んでいた。
いつものことだけどブルボンの気合い乗りも良く、果たしてこの子のモチベーションが落ち込むことが今後あるのだろうか? と思ってしまう。
「もう一本いけそうね。スズカ、スカーレット」
「はい」
「脱がせますよ先輩」
息も絶え絶えになって倒れ込むブルボンが上着を脱がされ、うちわで扇がれながら口元に酸素ボンベを押し付けられていた。やる気が漲れば漲るほどブルボン達は追い詰められていく。規定タイムは既に対ライスシャワーを想定したものになっていて、正直相当しんどいと思う。
珍しくブルボンも帰ってきてリザルトを報告せず、呼吸に精一杯になっている。怪我率こそごく僅かなので休ませればまだ走れるが、心なしか目の焦点が定まっていないような気がする。
「じゃあブルボン、次は-0.2秒くらい落とせば良い? それとも同じタイムでやる?」
「……っ、ぁ……」
「先輩が落とすわけないでしょ。何その質問」
「ちょっとした雑談じゃない。本気で言ってないわ」
そんな状態でも一切ブルボンのことを庇おうとはしない二人。ブルボンが答える前にスカーレットがこっちを睨み、答えさせるためにスズカがボンベを外していた。実際問題落とすわけはないけどね。
「もう少しかかりそうね……そういえば、今日もライスシャワーはいるの? 二人は解る?」
「え? うーん……いや、こっちから見えるところには……」
「ライスは……いません……」
仮想敵かつメイン敵のライスシャワー。ブルボンがトレーニングをしているときは基本的にいつも遠くで同じことをしているイメージだけど、残念ながら人間である私の索敵範囲外にいるらしい。捕捉にはウマ娘の目と耳が必要になるが、どうやら今日はいないらしい。
「二週間ほど前から休学し……失踪しています……」
「えっ、大丈夫なのそれは」
「軽々しく言いますね」
「問題ありませ……ひゅっ、ひ、ふひゅっ」
「あ、無理して喋らなくて良いから」
何の失踪? トレーニング? まさかライスシャワーが今さらブルボンから逃げるとは思えない。天皇賞には間違いなく来る……とは思うんだけど、心配は心配だ。あの子の『死ななければどんなトレーニングをやっても良いと思っている度』はブルボンやスカーレットの比じゃない。天皇賞当日、大怪我をして発見されるとかないよね?
場合によっては様子を見に行かなければならないかもしれない。一応大人としてね。詳しい事情をブルボンに聞こうとすると、それを察知したのかブルボンは再びボンベを外してはっきりと言った。
「ライスは天皇賞に来ます……必ずです……ですので、それを前提にトレーニングを実施してください……」
「……ブルボン」
来てほしくないなあ……って言ったら怒られるんだろうなあ。気持ち悪くなってきた……帰ったら胃薬とか頭痛薬とか飲まないと……。
やっぱり何度見たってブルボンが勝っている。間違いない。ライスシャワーは『ただの一流』であって、ブルボンがいなかったら三冠を取っていたか? といえば断言はできないくらいの能力ではあるのだ。
だけど、やっぱり……ああ、本当に戦いたくない。私はブルボンに無敗でいてほしい。できればスズカとも戦わずに。でもそうもいかないのよね……こういうところが怖いのよ、この子達は。
「……そろそろ良いかな。立ちなさいブルボン。ラスト一本いくわよ」
「了解しました。ではスカーレットさん、よろしくお願いします」
「本当にやるんですか……? 普通に怒られますよマジで」
「もっとも効率的な手法と判断したまでです」
「まあ、良いですけど……」
スカーレットがやっているのを見て気に入ったのか、ウェアの裾を縛ってお腹を出すスタイルをやるようになったブルボン。スカーレットに立たせてもらうと、ぐっと身体を捻って準備運動をしつつすたすたとターフに戻っていく。
「よっと」
「えっ」
気分だけでもとトレーニングウェアを着たスズカの上着を脱がせてから、スズカ本人を私に押し付けてくるスカーレット。なんだなんだ。というかスズカを脱がせないで。露出が増えると風を感じて走りたくなるらしいから。
しかし、走りたくなる衝動の高まりと同時に私に抱き付いたことで一旦混乱状態になったらしいスズカ。よく解らないけど手を回す。ばくんばくんと既に心臓が走る準備を終えていた。耳元に感じる吐息に熱が入っている。
「あの、何……」
「ちなみにスズカさん、ちゅーとかってできます?」
「何言ってんの?」
「初めてが人前はちょっと……」
「生々しいこと言わないで? しないから」
「じゃあ大丈夫です。そしたら一旦離れてもらって」
ぐっと引っ張られスズカが離れていく。何がしたいのマジで。
「あっ……」
私から引き離されスイッチが入ったり切れたりを繰り返しているらしいスズカ。今日は暖かくて天気も良いものね。それはそうなるわよね。あんまりにもブルボンが真面目だったから使命感で頑張っていてくれていただけで、空気が緩んだらそうなるわ。我慢できなくなる前に上着を着せてあげてほしい。
「マスター。スタートの合図をお願いします。私が走り出したらストップウォッチを遅滞無く動かしてください」
「えっ……あ、うん」
とりあえずブルボンの要求に従ってストップウォッチを持つ。じゃあえーと……とにかくスタートさせれば良いのかな?
「じゃあ行くわよ。よーい──」
「スズカさん」
ブルボンが、こっちまではっきり聞こえる声で呟いた。
「マスターにとっての一番は私です。そして、世界で最も速いのも私です」
「……ッ」
「──スタート……!!??」
今何、え、何て言った? 反射でボタンだけ押したけど、え、とんでもないこと言わなかった?
「うっ」
「ブルボンさん……ッ!」
……嘘でしょ。
────
「しんどい……」
「しんどいのはこっちです。またやられました。何度も言ってますよね? 走れると思って走れないのが一番傷付くんです」
「走ったでしょ」
「複数人で走ることは走ったにカウントしません」
その夜。ブルボンは食事もあるのでうちで引き取り、お腹いっぱい食べさせて寝かせた。最近は本当に連日やってるから、何よりも精神的な消耗が大きいんだろう。ライスシャワーに勝つというモチベーションが消えることはないけど、それとこれとは別だし。
全部が終わってリビングでスズカとゆっくりする時間。そろそろお風呂上がりは汗をかく季節、スズカのパジャマも軽装になってきている。Tシャツに短パンは露出が多くてちょっとドキッとする。いや、これを着る前の姿だって見てるんだけどね。
「ブルボンも必死なのよ。確かにライスシャワーの気迫を体験するにはあれしかなかったんだろうし。認められてるわよあなた」
「この場合認められてるのはスピードじゃなくて威圧感ですよね? 別に嬉しくないですけど」
「またまたぁ」
「嬉しいわけないですよね」
私に寄り掛かって脚の間でスマホを触るスズカの身体にマッサージを施しつつ、ウマッターの返信を眺める。他愛もない質問から私とのこと、ド級のセクハラまでスズカへのメンションは多種多様だ。相変わらず朝の挨拶を夜に返すのはやめないのね。
「あ、誕生日おめでとうございます、って」
「惜しい……」
まあウマ娘の誕生日って大体この辺だけど。調べればスズカの誕生日なんてすぐに出てくるでしょ。
「スズカも二十歳になるのね……感慨深いわ。歳はとりたくないわね」
「世の中の二十代後半に怒られますよ。鏡見て言ってください」
「でもほら、最近抜け毛とか白髪とか」
「……みたいですね」
ウマ娘アンチエイジングにも限界はあるということだろうか。確かにまあ、トレセンにもおじいさんトレーナーもいるし。おばあさんはいないしみんな若々しい気がするけど……葵とかいまいくつ? たづなさんとか理事長とか。やっぱウマ娘アンチエイジングに限界はないわ。私が特例だこれ。
「大丈夫ですか? 無理してませんか? さっきもお薬飲んでましたよね」
「え? あー……うん、大丈夫よ。ちょっとお腹が痛くなっただけ。悪いものでも食べたかな」
「……大丈夫なら、良いですけど」
体調が悪いくらいで止まっていられない。だって私はブルボンのトレーナーなのだ。何としてもライスシャワーに勝ちたい。だから無理を承知で特別メニューを連日やる。それを了承したのは私だ。
ぎゅっとスズカを抱き締める。しんどい。だってそうでしょ、ここまでやったって、ブルボンがどんなに頑張ったって、ライスシャワーに勝てるとは思えない。菊花賞の時はまだ希望があった。だけど、どうしても今回はそうは思えない。
ライスシャワーは来る。そして、ブルボンごと私を轢き殺す。ブルボンはあんなに頑張ってるのに。報われるべきウマ娘なのに。ずっと勝ち続けてもおかしくないほどの子なのに。それでも勝てない。
「普通のトレーナーはさ、みんなこう思ってるの。私が贅沢なのよ。今までブルボンが蹴散らしてきたウマ娘にもトレーナーがいて、血の滲むような努力をして、平気な顔をしたブルボンに同じことを思ってる」
ブルボンも、ライスシャワーも、それに相応の努力をしている。スズカ、ブルボン、スカーレット……私の子達には天才しかいない。頑張って頑張ってそれでも勝てないなんてことはなかった。頑張れば勝てる。だから、本当に頑張らなきゃいけないのは私だった。
何よりも、きっとブルボンだって気付いている。ライスシャワーの強さに私よりも先に気付いたのはブルボンだ。ブルボンは今、勝てない勝負のために命を削っている。私が削らせている。
「だから、私も頑張らなきゃ」
「……そうですか。じゃあ好きにしてください」
スズカの側からも私にくっついてくる。身体を捻り正面から抱き付くと、そのままカーペットに私を押し倒した。
「今日はもう寝ましょう。眠くなってきました」
「……そうなの? そうは見えないけど」
「じゃあ走ってきます」
「何が『じゃあ』だった? 今」
「ウマ娘は走るか寝るか好きな人に抱き付くかのどれかをしていないといけないんです。今はトレーナーさんに抱き付いていて、眠くもない。だったら走るしかないですね」
「種族崩壊待った無しね」
私の胸元に突っ伏して、ちらり、ちらり。ぴこんぴこんとウマ耳が動いて、しばらくしてぺたんと倒れた。なんか全体的に不機嫌だったような気はするけど、機嫌が直ってよかったわ。
「寝るならベッドに行きましょう」
「ぁぃ……」
「お休みスズカ。よいしょ」
まだ起きてはいるけど寝るモードになったスズカを抱き上げる。明日からも頑張らなきゃ。これが終わればしばらく楽になる。もう数日だ。ブルボンのご飯と明日の準備をして、少しお仕事も終わってないからそれもやって……また日付回っちゃうなあ、これは。