走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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まさかスズカよりスピードに狂った奴が来るとは恐れ入りました。

もっと実装が早ければ、船に乗っていたのはお前かもしれない。そうだろライトオ。


エネルギーをチャージするサイレンススズカ

 

「出張……ですか」

「うん。ちょっとだけね」

 

 

 ある日。一緒にお風呂に入りつつ来週のデートの約束をしようとしたスズカに、私は出張の予定を告げた。私の上に座るスズカがふっと振り向く。

 

 

「どれくらいですか……?」

「一週間」

「一週間」

「うん」

 

 

 ぐっと全身を伸ばし、後頭部を私に押し付けてくるスズカ。シャンプー直後なのでタオル越しでも良い匂いが……しない。ウマ娘用のシャンプーの匂いは私には解らない。押し付けて嗅いでみても一切解らない……スズカの体臭すらちょっと解らない。

 

 スズカのことだし、あまり事前から言うと準備を整えて出張先まで走って着いてくるとか言いかねないので、出発二日前の夜に話したんだけど、思ったより平気そうにしている。

 

 

「じゃあその間は寮ですね」

「そうね。大丈夫? ちゃんと毎日生活できる?」

「私のことを何だと思ってるんですか? 生活力がゼロだと思ってません?」

「だと良いんだけどね」

 

 

 私の腿に座り胸を張るスズカの肩を強めに揉む。マッサージのためにタオルをかけているが、どんなに握力をかけても当然何でも無さそうにしている。ぎゅっと密着してくるスズカ。

 

 別に生活力は心配していないけど、一週間で誰かに迷惑をかけないかだけが気がかりなのよね。ランニングとかランニングとかランニングとか。

 

 

「もう、トレーナーさんがいないときはちゃんとしてますよ」

「私がいるときもちゃんとしてもらって良い?」

「じゃあ走ってきて良いですか?」

「唐突なことを言わないで」

 

 

 まあ大丈夫か。エルナトにいない時のスズカは大して問題児ではないというか、ちょっと走ることしか考えていなくて人の話を聞いていないだけだから、その辺は信頼している。むしろスズカの友達の方がヤバい。マチカネフクキタルとかね。

 

 ただ、一週間私がスズカのことを見られないということで、走る走らないの交渉の余地を一切奪ってしまうのは少し心苦しい。スズカもじゃれてるんじゃなくて、毎回本気で心のそこから走りたいと思っているわけだし。

 

 

「一週間のうち一回だけ走りに行っても良いから」

「良いんですか!?」

「うん。その代わり二人のトレーニングもちゃんと見てあげてね」

「はいっ。トレーナーさん大好きです」

「それは良いけどちゃんと考えて走るのよ。初日で走って泣いて電話してくるとかやめてね」

「私のことを赤ちゃんだと思ってませんか?」

「計画性はいくつになっても大事よ」

「確かにそうですね。じゃあこれから走ってきます。一回しか走れないのはトレーナーさんがいない一週間ですよね? 今日はノーカウントですよね」

「待ちなさい」

「尻尾……尻尾を引っ張るのはやめてください……」

 

 

 

 

 ────

 

 

 

「それで、三日で限界ですか」

「限界って言わないで……」

「これが限界でなくて何なんです?」

 

 

 委細省略、記録者、ミホノブルボン。本日はマスターが出張中につき、マスター宅にはスズカさんしかいません。何故マスターがいないのにスズカさんがこちらに来ているかは不明です。

 

 しかし、スズカさんが「是非一緒に食事をしたい」とおっしゃったのでマスター宅に集合することになりました。私が調理を終え、食事中、スカーレットさんは明らかにスズカさんに対して呆れの感情を持っているようでした。

 

 

「ただちょっと、寂しくて死にそうなだけだから……」

「それを限界って言うんじゃないですか?」

「でもトレーナーさんのところに走りには行ってないし」

「低すぎますよ、ハードルが」

 

 

 マスターの出張先は中京だそうです。阪神レース場からですら走って帰ろうとするスズカさんですから、府中から中京までなら問題は無い、はずですが……かなり理性的なようです。

 

 問答無用でランニングを始めることも想定されており、マスターからも対応マニュアルを伝えられていますが、どうやら使用する必要はありませんね。

 

 

「ぐぐぐ……」

「ビデオ通話とかしたらどうです?」

「会いたくなるからダメ……今ギリギリだから……」

「ギリギリと限界はこの場合ほぼ同義ではないでしょうか」

「これは違うの、走っちゃいけないっていう気持ちと走っても良いっていう理由のギリギリだから」

「まあ……何でも良いですけど」

 

 

 本日の献立は、全ての味付けにニンニクを使用した圧倒的ガーリック料理で統一されています。人間が摂取すれば恐らく病院送りでしょう。どうせ三人だけならと好奇心からこうしましたが、既に鼻が麻痺して嗅覚が消えています。

 

 スカーレットさんが揚げた唐揚げが無くなってしまいました。マスターがいる時は決して出てこないニンニク入りの唐揚げだったのですが……むむむ。

 

 

「スカーレットさん」

「唐揚げなら作れませんよ。もう材料が無いので」

「私……が、は、はし、走って……買いに……」

「悲しきモンスター過ぎる……こんなの食べた後に外に出られないでしょう、いくらスズカさんでも」

 

 

 唐揚げに限らず、スカーレットさんが嫌がるのでマスターはニンニクを使いません。四人全員が食べるのなら口臭は誤差ではないかと思いますが、それを言うと「女を捨てるな」と説教が始まるので控えておきます。

 

 仕方無いので代わりにサイコロステーキを食べましょう。スカーレットさんの目の前ですが、あまり食べていないようなので私が食べても問題ないはずです。

 

 

「先輩!? 食べ過ぎじゃないですか!?」

「そんなことはありません。適正量です」

「唐揚げ、三十個作ったんですよ! 私三個しか食べてないんですけど! ステーキは私に譲ってくれたって良いじゃないですか!」

「……それは、ん……先輩に譲るべきですね? スカーレットさん」

「食べ物の恨みは恐ろしいですよ……!?」

 

 

 怒りながらも茶碗を差し出すとよそってくれるスカーレットさん。調理担当が私、その他雑務がスカーレットさんと役割分担は完璧です。スズカさんはそれどころではありませんので業務無しですが。

 

 

「むぐぐ……ねえブルボンさん、何か気を紛らわすもの、ない……?」

「食事で無理なら万物で不可能では」

「そこを何とか……今ニンニクが身体に入ってモチベーションが……!」

「何でも上がるじゃないですか、モチベーション」

 

 

 スズカさんの食事スピードが通常の二倍から三倍ほどに増加しています。摂取カロリーも……これは本日のメニューの問題もありますが、普段より倍増しています。

 

 何らかの対応策を……いえ、スズカさんが自ら何とかするでしょう。それに、マスターが帰宅しなければ根本的な解決も不可能です。

 

 

「トレーナーさんが足りない……風が足りない……」

「トレーナーはあれじゃないですか? 上着でも抱き締めてれば良いじゃないですか」

「それは人として終わる気がして……」

「とっくに終わってると思いますけどね」

 

 

 頭を抱え悶えるスズカさん。そういえば、マスターは一週間で一度だけ走る権利をスズカさんに付与しているはずです。

 

 

「今使うのはもったいないと思って……ま、まだギリギリ耐えられるし、本当に無理になったときのために……」

「なるほど」

 

 

 権利は即座に行使すべきだとは思いますが……そういえば、ライスもいつか使うかもしれないと言って色々なものを部屋に残しているようですし、そういうものなのでしょうか。確かに、スカーレットさんもルドルフ会長、ブライアン副会長との対戦権を残しています。個人的にはブライアン副会長との対戦はおすすめしませんが。

 

 

「ふぅっ、ふーっ……」

「もう食べないんですか? 食べちゃいますよ?」

「良い、た、食べて良いから、もっと私に話しかけて……今八割なの……」

「ほぼ負けてるじゃないですか」

 

 

 会話、会話……エルナトフルメンバーでも私はあまり話しませんが……スズカさんのためです、試みましょう。

 

 

「スズカさん、以前話していた遊園地ですが、ジェットコースターが改修につき使用不可となったようです」

「そ、そうなの……残念ね、に、日本一速いとかっていう触れ込みだったものね。まあでも、ジェットコースターはうるさくて気分が良くないからあんまりよね」

「メリーゴーランドは平常運行です」

「良かったわね、でもメリーゴーランドはずっと前に誰かいて落ち着かないのよね」

「スズカさん、遊園地は娯楽施設です。ランニングの代替ではありません」

 

 

「スズカさん、新しい土曜ドラマ見ました? 人間がウマ娘役やってるやつ」

「え、ええ、トレーナーさんと一緒に。あれでしょ、走れなくなったウマ娘がトレーナーさんと二人三脚で後輩を育てるやつ。でも、ランニングシーンに迫力が無くて……トレーナーさんが隣にいなかったら大変なことになってたかもしれないわ」

「そりゃまあ、人間ですからしょうがないですよ。次回からウマ娘も走り始めるんじゃないですか? あ、でもメイクとかあるしそんなに本気では走らないかも」

「私だったらすっぴんになっても良いから全力で走るのに……」

「もうちょっと外見に気を遣ってください」

 

 

「私の……私の中のニンニクが暴れてるわ……走らないと身体がめちゃくちゃになりそう……」

「じゃあランニング権を使えば良いじゃないですか」

「使わない……まだ我慢する……!」

「解りました。ではテレビゲームでもしましょう。スカーレットさんが接待プレイをします」

「し……わ、解りました、す、スズカさんのためですから、い、一回や二回負けるくらいのことは……うぐぐぐぐ……」

「私が悪かったのでこれ以上厄介な状況を起こすのはやめてください」

 

 

 その後も、我々はスズカさんを宥めつつ、眠るにあたっては三人をロープで密着させるなど、どうにかスズカさんが耐えられるように尽力しました。レース以上の疲労度でした。切実に。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「それで、結局使わずに一週間我慢したの」

「はい。煽りすぎました」

「ミスったわ。ごめんトレーナー」

 

 

 寂しさに震えつつ一週間を耐え家に帰ると、完全に目が決まったスズカがいた。私のいないエルナトで含めた完全拘束をされるのは流石のスズカも初めてだろう。手枷足枷がよく見るとウマ娘用だ。本気ね。

 

 しかし、まさかスズカが一週間我慢するとは……三日くらいで我慢できなくなって三回くらいは走りに行くと思ったのに。別に許す準備をして帰ってきたのに驚きだ。これはたくさん褒めてあげないといけない。

 

 

「おいでスズカ。偉かったわね、よく我慢」

「……トレーナーさん」

 

 

 猿轡を外し、手枷を取ったところで、スズカの右手が私の首を掴んだ。ぎらりと目が輝いて、とんでもない圧力で呟く。

 

 

「走りに行ってきます。今からです」

「え、あの、す、スズカ?」

「何があっても日付が変わるまでは帰ってきません」

 

 

 まだお昼だけど? 

 

 

「帰ってきたらトレーナーさんのご飯を食べて一緒にお風呂に入って二人で寝ます。これは必ずです。してくれなければ怒ります」

「……うん、解った。用意をしておくね。偉いわスズカ、よく頑張ったわね」

 

 

 レース中レベルの気迫を振り撒きながら私に要求をぶつけるスズカ。恐らく断れば喉を引きちぎられるだろう。何なら今拘束を解除するのに手間取った瞬間力が強まっている感じすらある。

 

 

 ただ、もちろん怒ることではない。別に何でもないときに殺されても怒りはしないが、今回についてはスズカにとって快挙とも言える単独一週間我慢である。何事にもご褒美は必要だ。

 

 手枷足枷を外し、グルグル巻きのロープを解いて、完全にスズカを解放する。その瞬間、スズカがぱっと立ち上がり、その勢いのまま私を押し倒した。

 

 

「わっ」

「ん──ー……んんんん……はぁ……」

 

 

 完全に背中に手を回し、私の胸に顔を埋めるスズカ。大きく息をつき、顔を擦り、数秒間呻いた後、飛び起きて外へ走っていった。

 

 

「……わお」

「アンタ次はスズカさん連れていったら? トレーナーの仕事でしょ? 怒られないわよたぶん」

「……そうかも?」

 

 

 遠くで着替えのドタバタとドアが乱暴に開けられる音がした。まあ間違いなく日付が変わってもしばらく帰ってこないだろう。頑張ったんだから仕方無いか。とにかく私も帰ってきてすぐだし、シャワーとか……というか普通に眠いわ。正直限界だしさっさと、ん? 

 

 

「マスター」

「……えっ」

 

 

 ブルボンも何故かくっついてきた。ウマ耳が開いているのは撫でられ待ちの合図である。背中からも、ぽすんと感触が来た。

 

 

「頑張りました」

「……そう。ありがとうね。助かったわ」

「……」

「スカーレットも、ありがとう」

 

 

 二人の頭をぽんぽんと撫でつつ一週間を労う。何だかんだ一週間も全部自主トレにするのは初めてだし、一切声をかわさないことも無かった。

 

 

「明日は二人とも死ぬまでやろうか」

「本当ですか」

「ええ。頑張ってくれたからね」

「っしゃ!」

 

 

 自分で言ってて終わってるなあこのチーム、と思ったが、今日くらい良いだろう。二人と一緒にソファに座り、んー、と大人しく撫でられるさらさらの髪の感触を味わいつつ、私はそのままゆったりと眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 なお三十分で叩き起こされた。汗臭いからシャワーを浴びろと。何よこの子ら。

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