走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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雨の中を走るダイワスカーレット

 

「9989、9990」

「ぐぎぎぎぎッ……ぐぅッ……!」

「身体が上がってるわよー」

「んんんッ!!!!」

 

 

 ある日。スカーレットはオークスに向けて少し早いが集中トレーニングに入っている。仮にも2400mはスカーレットにとって未知の距離ということで、身体の調整とかスタミナの補強とかを中心に。今日は強めの雨っていうのもあるし。

 

 スズカとブルボンに肩を押さえられながらの腕立てに挑み、圧倒的負荷に全身から湯気を噴き出すスカーレット。夏も近付き早くも弱い冷房が入るようになったトレーニングルームはウマ娘達により湿度が高まってきている。

 

 

「上げて二人とも」

「はい」

「っぐ……ぐぎぎッ……!!」

 

 

 スズカとブルボンに負荷を上げるように伝えると、がくん、とスカーレットが体勢を落とした。歯を食い縛る音すら聞こえてくるようだ。二人ともスカーレットへの信頼があるので、私の思った以上、スカーレットの許容ギリギリまで力を強めたらしい。

 

 かはっ、と潰れるギリギリまでスカーレットが落ちる。その背中に乗る私も崩れ落ちそうになる。つい首もとに強めに体重をかけてしまったけど、まあ私の体重なんか誤差だろう。

 

 

「あと十回よスカーレット。それとも一回休む?」

「バカ言うんじゃないわよ……ッ!!! ぜッッッッッたいに嫌……ッ!!」

 

 

 少しずつ身体が上がっていく。流石ねスカーレット。負けん気でひたすらにやる気を出せる。時々褒めてもらいたい時も来るみたいだけど、褒め方を間違えると怒るし時々自信も無くす。じゃあ上から殴り付けた方が簡単だよねということだ。

 

 

「もう少し軽くします?」

「では20kgほど落としましょう」

「軽くしたら殺す……ッ!」

 

 

 9991。上がるものね。早いところ終わらせてくれないと、周りからの目が痛すぎるからさ。なるはやで。あと言葉は選んでね。二人とも笑ってるけど、一応先輩だからね。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「そこ立って、スカーレット」

「ん……早めにね」

「了解」

 

 

 トレーニング後。シャワーを浴びて、併設のちょっとした小部屋に。マッサージとか一人でのストレッチとかをする場所だけど、シャワー室や更衣室並のプライバシー保護がされている。

 

 私の前に、下着並の露出と薄手のインナーを着込んだスカーレット。当たり前のようにスズカとブルボンもいるが、まあ。

 

 

「じゃあまあ、あんまり動かないでね」

「ん」

 

 

 腕を少し浮かせて立つスカーレットをじっくり観察しつつ、腕や腿に触れる。これでも私はトレーナー、目に頼れない部分のチェックもできる。私の目では総合か平均かのステータスしか見えないので、全身のバランスは見て触って確かめないといけない。

 

 散々私には目以外の優位性は無いと言い続けてきたけど、よくよく考えるとこうして薄着になった担当にベタベタ触れて、関係を気にすることなくチェックができるのは明確に有利な点よね。言えば裸にだってなるだろうし。男性トレーナーではこうはいかない。

 

 

「どう?」

「んー……まあ、そうね、良い感じ」

「そんな曖昧なことある?」

「それ以外言いようが無いのよ」

 

 

 スカーレットはブルボンに増して肉付きが良い。それは二つの意味で。世の男性からして女として魅力的なのは誰よりもスカーレットだろうし、同性でもちょっとドキッとするくらいには良い身体をしている。胸やお尻、腿とかね。

 

 それはそれとして、ウマ娘としても素晴らしい。トモの張りややや下半身比重の重みのバランスもそうだし、身体の柔軟性も。上から女の丸みが被さっているが、その中にしっかり筋肉が詰まっている。

 

 

 これはブルボンもそう。スズカのような細身タイプとどちらが優れているかはまだ結論が出ていないけど。ウオッカも細めだし。

 

 どちらにせよ、スカーレットの仕上げはほぼ完璧といえる。あと数日で完成し、それを維持するのもスカーレットの意思の強さがあれば簡単だ。

 

 

「……何か目付きがいやらしくない?」

「教え子を変な目で見るトレーナーがいるわけないでしょ」

「だそうですよ、ブルボンさん」

「お父さんに聞いておきます」

「例外を出すのは卑怯よ」

「担当ウマ娘とそのトレーナーの婚姻率は現実的な数字かと」

「一桁%はいないも同然でしょ」

 

 

 にやにやしないで。スパルタするわよ。

 

 

「一回スカーレットさんでも良いですよ。それで何でも良くなって最終的に私に戻ってきてくれたら」

「何の話?」

「何の話だと思います?」

「私を生け贄に使うのはやめませんか」

「じゃあブルボンさんでも良いですよ」

「構いませんが、その場合は私とスズカさんの間に序列を設定します」

「……!」

 

 

 裏切られた、という表情のスズカ。ブルボンが本気なのかどうなのか解らない。私はスズカで精一杯なので、できたらこれ以上は勘弁して欲しいんだけど。

 

 

「もう良いわよ。とりあえず全部見たから」

「じゃあ明日はランニングね!?」

「ううん。明日は腰元ね」

「なんでよ!」

「そのうちやらせてあげるから」

 

 

 追い切りとしてランニングはさせる。ブルボンとスカーレットにとってあのランニングは自信をつける手段でもあるのだ。二人に限ってそんなことはないだろうけど、無根拠な自信や見下しよりずっと良い。『これだけ頑張ったんだから自分は強いはず』だって素敵な原動力だよ。ねえブルボン。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「調子も良さそうですし、オークスはスカーレットさんの勝ちですか?」

「そうね。まあ九割勝てるでしょう」

「それは良かった」

 

 

 その夜。珍しくうちにはスズカしかおらず、二人でゆっくりと過ごしていた。お風呂あがりのスズカの髪を乾かしている間に、スズカが穏やかに問いかける。スズカ自身、私が何と言おうがスカーレットのことは信じているだろう。この子は他人の強さに興味を持たないが、推し量ることはできる。

 

 私の前に座り、私の腰に尻尾を絡ませるスズカ。私としても、スズカが安心していることはとても大事だ。スズカは私より人のことを見ているし、私は所詮人間だ。ウマ娘にしか解らないことはある。

 

 

「心配?」

「ウオッカさんのことがありますからね。少しだけ」

「まあ、出走してきたら危なかったでしょうね」

 

 

 ダービーにこだわってくれて助かった……なんて言ったらスカーレットはめちゃくちゃ怒るんでしょうね。

 でも、あの二人はライバルとしてことあるごとに張り合っているし、スカーレットとの勝負のためにダービーを捨ててオークスに来るなんて言われたらめちゃくちゃ困るところだった。出走登録ギリギリまで安心はできないけどね。

 

 

「本当に、本人には言わないでくださいね。殺されますよ」

「そうでしょうね。解ってるわ」

「スカーレットさんにこのことを伝えられたくなかったらランニングの許可をください」

「命はダメでしょ命は。それは脅迫じゃない」

「こっちだって命懸けなんですよ。そろそろ走らないと爆発して死にます」

「嘘つかないのーっ」

「ぐっ、ぅっ、ぅぁっ」

 

 

 額を持ってスズカを私に叩きつける。髪の手入れを終わらせる間にスズカも尻尾のケアを終わらせ、ケアセットを片付けて部屋の隅へ滑らせた。手元のリモコンで常夜灯に切り替え、私を持ち上げてベッドへ投げ捨てる。

 

 

「もう」

「ふふん」

 

 

 薄い掛け布団を被ると、隣にスズカが滑り込んでくる。もぞもぞと身体を動かし私の腕と胸の中、定位置に収まった。そして、スマホを取り出すとゆっくりとスクロールし始める。

 

 

「んー……んむむ」

「珍しいわね、スマホ」

「記事が出たんですよ。スカーレットさんの」

 

 

 へえ。ネットは早いわね。記事の確認はたづなさんに任せているから気付かなかった。目が悪くなりそうなので電気をつける。スカーレットはいくつかインタビューも受けていてその範囲では記事も確認できるけど、まあその、マナーの悪いメディアなんかはそもそも取材もせずに勝手に書いたりするし。

 

 

「それで、何の記事なの?」

「オークスの予想です」

「スカーレットでしょ?」

「はい」

 

 

 今回はそういうタイプ。適当記事の中にも種類はある。今回は、適当に勝敗を予想するタイプのものだった。とはいえ、その中でも世の中のスタンダードをそのまま書くタイプだったので、勝利予想は当然スカーレットになっていた。

 

 

「スピード、パワーともに申し分なし。距離延長の影響も無し」

「適当言ってるわね。うちのトレーニングに記者の見学なんて来てないのに」

「ですねえ」

 

 

 ひたすら妄想を書いているだけだが、その結果スカーレットをべた褒めしているのはむしろ不自然にすら感じる。必要以上に他のウマ娘を下げている様子も無いし、これはギリギリトレセンからの差し止めもかからないかもね。

 

 しかし、この記事はスカーレットに見せないために差止めをお願いしようかな。スカーレットの勝利を確信する文章の後に、あの子の神経を逆撫でするような文が綴られている。

 

 

「でも、ウオッカさんがいたら話は別、府中の長い直線ではウオッカさんが圧倒的有利、だそうです」

「……まあ、そうねえ」

 

 

 普通に考えればそれは当然だ。桜花賞の時点でレース直後の疲労度は明らかにスカーレットが上だったし、着差もそう大きくはなかった。それが府中になればどうなるかは明白といえる。

 

 私としてもそれはそう思う。でも、現実としてウオッカはオークスには来ない。スカーレットもそう言っていた。ウオッカがダービーに行くと一度宣言したなら、後からそれを覆すようなダサい奴じゃないと。

 

 

「ウオッカさんが来たら勝敗はどうなりそうですか?」

「それでも、五分だとは思うけどね。スカーレットも素晴らしいウマ娘ではあるから、一方的に負けるなんてことにはならないわ」

「ですね。凄い子ですからね」

 

 

 出てきても良いようにはしているけど、出てこないに越したことはない。私のスタンスからすれば、そもそもスカーレットの負けん気に期待して送り出すようなことはしたくない。

 

 私のメンタルが揺らぐと、決まってスズカが気付いてくる。さらにくっついて、私の胸に顔を埋めるようにしてぐりぐりと抱き締める。んん、と悪戯っぽく笑って、手を伸ばして私の頭に触れる。

 

 

「じゃあ大丈夫ですね」

「……うん。大丈夫。考えるべきは秋華賞よ」

 

 

 はあ。しっかりしなくちゃ。きっとスカーレットは勝てる。私が信じなければならない。この子達は私の心くらいすぐに読んでしまうので、私がどこか不安になっていれば即座にそれが伝わるだろう。スズカやブルボンはそれ込みでやっていける感じはあるが、スカーレットはまだ解らない。

 

 

「その時はその時です」

「そうね。その時はその時」

 

 

 強めに抱きつくスズカ。私もスズカの髪をすき、うなじのあたりを指で触れる。ぐっと私の位置まで上がってくるスズカ。そろそろ眠くなったろうので目を覆うように額を撫でると、それに合わせて目を閉じて、電気を消してスマホを放り投げた。

 

 

「お休みスズカ」

「お休みなさい、トレーナーさ──」

 

 

 ぴーんぽーん、と家のチャイムが鳴った。ほんの少し不機嫌になったスズカだったが、ぴこんぴこんとウマ耳を揺らし、何かに気付いて私の手を引く。明かりをつけて二人で部屋を出て玄関まで行くと、ちょうどドアが開いた。

 

 

「スカーレット……?」

「あー……濡れたわ……シャワー浴びるわね。何か食べるものってある?」

 

 

 割とずぶ濡れのスカーレットがいた。見るからに不機嫌で捲し立てる姿を見て、ああ、ウオッカと喧嘩して飛び出してきたのね、と一瞬で気付くのであった。

 

 

「夫婦喧嘩みたいですよね」

「となるとうちは実家扱いされてるのかしら」

 

 

 結構頻繁に駆け込んでくるしね。まあ、実際の夫婦でこんな頻度で家出したら離婚ものだと思うけど……。

 

 

「大変ですよね、娘が短気だと私達は」

「嫁面しないで」

「まあ許してやりましょう母さん」

「夫面もしないで」

 

 

 浴室へ向かうスカーレットは聞こえているんだかいないんだか、とにかく何か簡単に作ってあげようと二人でキッチンに向かうのだった。




ウオッカ怖いねえ怖いねえ…
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