走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
ウマ娘にとって、クリスマスというのはあったり無かったりする。というのは、トレセン側も収入を気にしているのか、年末の大一番、ウマ娘にとっても最大レースである『有馬記念』をクリスマスにぶつけるからである。
クリスマスは家族でトゥインクルシリーズを見よう! とばかりに、かなり力を入れた独占番組も配信される。もちろんレースは昼なのでその部分は録画になるけど。そのため、有馬記念の結果は即時報道されない。グランプリウマ娘を使った販促も翌日からだ。
そんなクリスマスの夕方。私はスズカを連れ立って街に出ていた。
「はぁーっ……わあ、息が白い……」
「雪も降るかもって話だからね。風邪ひかないようにね」
「大丈夫です。温かくしてますから」
流石にこの鬼のように寒い中変なファンサも無いだろうとのことで、スズカの変装も少なめだ。ウマ娘用ニット帽と、マフラーも口元が出るか出ないかまで深く巻いている。白と緑と勝負服ツートンコートは少しぶかぶかで着られている感も否めない。
「雪、降って欲しいですね」
「好きなの?」
「ええ、雪は音を吸うんです。静かに走れるんですよ」
「そうなんだ。まあ静かなイメージはあるよね。ホワイトクリスマス」
流石に年末は人も多い。トレセンはメインの区からは外れているとはいえ東京ど真ん中にあるから仕方無いけど。その点スズカを連れるのは簡単だ。何せ勝手にスズカがこちらに身を寄せてくるのだからはぐれることもない。
「走りにくそうだけどね、雪で滑って」
「少しは滑りますけど……でも、気持ち良く走れますよ」
「凄いなあ、ウマ娘は」
確かに冬のレースや札幌のレースだと雪のターフを平気で走るもんね。でもどうだろう、整備された芝やダートとは違わない? とは思うよ。
さて、外に出てきたのはスズカとケーキを買うためである。というのも、ブルボンがクリスマスを祝うためその用意をさせて欲しいと申し出てきたのだ。もちろん、むしろ祝うのはこっちの仕事だからと言ったのだけど是非やらせてくれと言われたので好きにさせている。
一方で暇になった私達は準備を見ているわけにもいかないだろうとケーキを買い、ついでに少しだけスズカが走るためにこうして出てきたのである。
「トレーナーさんも走ってみたら解ります。風を切る感覚、流れていく景色、どんどん自分の世界が広がって、どこか何かを越えていくような気がするんです……」
「私のスピードじゃそうはならないだろうなあ」
スズカの手を握り人混みを避けながら、私達はそこそこ有名らしいケーキ屋に向かう。一応予約の電話は入れてあり、お金だけ払い大きめのホールケーキを無事に手に入れた。
「……足りるかな、これ」
「ケーキは気持ちですから。そんなにたくさん食べませんよ」
「そう……なの」
でも、三人でホールケーキは多いと思うな、私。甘いものは嫌いじゃないけど、ケーキなんかショートケーキ一個でいいもん。
「……あっ、見てくださいトレーナーさんっ」
「おお……降ったねえ……」
サンタ服の店員さんに元気良くメリークリスマス! と見送られ外に出ると、ちょうどホワイトクリスマスが始まった。ちらほらと降り始めた雪がスズカの鼻先に落ちて、スズカがそれを拭う。
「この後が楽しみです」
「……クリスマスパーティーが? ランニングが?」
「もちろんラ……どっちもです」
「即答してほしかったなあ」
早速情緒が情熱に負け始めたスズカ。だけどまあ、今日は頭を撫でながらウマ耳を弄るくらいで許してあげよう。
「あ、う、ふふっ、く、くすぐったい……」
「せっかく後輩が準備してくれてるんだよ? もっと楽しみにして?」
「わ、わかって、わかってますよっ、冗談、冗談じゃないですか、ふへへ、わふふっ」
「変な声」
大通りを抜けて、車を止めていた駐車場に。暖房を切って、冷えた車内のまま車を走らせる。
基本、私とスズカはノンストップで話したりはしない。別に二人とも口が多いわけでもなし、特にスズカは走ることしか考えていないので今も窓から外を眺めている。カーナビから流れるクリスマスソングを聞きながら向かったのは、府中にある有名なランニングコース。
私はスズカについていけないけど、まあスズカはポンコツではあるが優しい子だ。ウマ娘用ゾーンから出てぶつかるなんてことはないと思うし、少しずつ積もりつつある雪のせいか、ランナーなんてろくすっぽいやしない。
「滑らないでね、スズカ」
「大丈夫です。小さな頃から何度も走ってますから」
「雪の日に?」
「雪の日に、です」
倒した車のシートでストレッチを手伝いつつ。スズカは言っていませんでしたっけ? なんて少し惚けた表情で言った。
「小さな頃、雪の日に外に出て、走って……それが本当に気持ち良くて……それから走るのが好きなんです」
「そうなの?」
「はい。思えばあの日から、自分だけの世界を追いかけているような気がします」
「へえ……走れれば何でも良いと思ってたけど」
私がそう言うと、スズカはむっとわざわざ声に出して、私のことを残念な子だと思ってませんか、なんて答える。思ってるよ? 今まで何度もね。
スズカの評価はこれ以上上がらないし下がらない。スズカがどんな子でも、どんな選択をとっても、私にとっては走るのが好きで、速くて、厄介でポンコツな愛バだ。
「これは違うな、なんて走りだってあるんですよ?」
「たとえば?」
「えぇっと、たとえば…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………行ってきます、トレーナーさんっ」
「おいこら」
ジャージのスズカが車を降りて素早く走り出す。まったくあの子は……何度見ても惚れ惚れするスタートダッシュだ。二歩目、三歩目からもう既に自分の世界に入っているんだろうなあ。
……寝るか。どうせ走り出したスズカは止められないし、戻ってくるのを待つしかない。こういう時エンジンを止めても死なないから冬は良い。上着をさらに増やして、私はその場で眠りについた。
スズカ、時間通りに帰ってくると良いなあ。
────
『…………さん?』
『……レー……さん……?』
『トレーナーさん、起きてください』
「ん……ああ、スズカ……早いね」
「もうっ。一時間で帰ってこいって言ったのはトレーナーさんですよ?」
「ごめんごめん……」
スマホのアラームより先に、スズカに揺り起こされて目を覚ます。欠伸を噛み殺しつつスマホを見ると、なんとぴったり一時間。まさか、スズカがランニングを自分の意思で切り上げてきた……? そんなはずが……
「……んぅ……」
いや、切り上げたなこれは。外に未練があるのがありありと伝わってくる。ちらちら外を見て、後ろで尻尾がぶんぶんと振られている。
「ちゃんと我慢できたんだ」
「その……ブルボンさんが用意をしてくれてますし……」
「偉いねえ」
「はふ……」
ぎゅっとスズカを引き寄せ、頭を撫でつつ抱き締める。良いことをした時は褒めてあげましょう。私はそう習いました。確か何かのペットの講習の話だけど。
「まだ走りたいんですよ……?」
「クリスマスプレゼントはあるけど……」
「走る方が良いです……」
「じゃあそれもあげようかしらね」
まあ、クリスマスだし良いか、なんてシートに寝転びながらすりついてくるスズカを撫でる。ちなみにスズカとブルボンへのプレゼントは先週買ってある。スズカにはとあるメーカーの最新シューズを抽選で当てたのでそれを、ブルボンはまだちょっと好みが解らないのでタイマー付きの腕時計を買ってみた。トレーニングにも使えるし。
……値段的には結構差があるけど、スズカはそんなの気にしないでしょたぶん。
「じゃあ帰ろうかスズカ。ちょうど良い時間だし」
「はいっ」
一頻りスズカを可愛がってから、私達はトレセンへと帰っていった。
そして。
「ジングルベール、ジングルベール、すずがーなるー」
今日はーたのーしいークリスマスー……
私とスズカはブルボンの超がつく棒読みのクリスマスソングを聞きながら、ブルボンが作った料理の数々を食べていた。
凄いなこの子……スズカも私も料理はできるけど、クリスマス料理なんか家庭料理のレパートリーじゃないし、そもそもものの二時間で完璧に用意したのがヤバすぎる。美味しいし。ここまでやってもらうと、何故か歌だけやたらと完成度が低くても全然気にならないわ。
「わあ……」
それにスズカは笑顔で楽しんでいるようだし何よりだ。ブルボンも私達を楽しませたいと言ってくれていたし、みんなが幸せな空間が広がっている。素晴らしいことだ。これぞクリスマスって感じ。
「ご静聴ありがとうございました。続いて、マスターとスズカさんにプレゼントがあります」
「あ、私もあるわ」
「私もあります」
と、同時にプレゼントを二つずつ取り出し、それぞれが贈り合う。ブルボンが進行に歪みが発生しましたと結構はっきり言ったけど、それは想定しておこう? スズカはともかく私は大人だからさ。そりゃあげるでしょプレゼントくらい。
ブルボンからは二人ともに洗剤のセット。スズカからは二人ともに……ランニングシューズ。
「……スズカ?」
「ぇぅ……その、貰って嬉しいものをあげようと思ったんですけど……どうしてもこれしか思い付かなくて……」
「私は嬉しく思います。実用性の観点から見ても適切なもの……つまり、『ベストチョイス』です」
「たくさん買い置きしてなければそうなんだけどね」
まあ、まあ……プレゼントなんて内容はどうでも良いのよ。大事なのは贈ったっていう事実だからね。
こうして、私達はブルボンのクリスマスを満喫したのだった。
……ただし。
「我慢よスズカ。頑張れっ頑張れっ」
「うぅぅ……走りたぅ、ぅっ、ゃぅっ」
「ぁむ、む……」
有馬記念を見た瞬間からはついにスズカが我慢できなくなってしまい、勝手にシューズを履いて走り出そうとしたのを止めた。スズカは私の膝の上でうつ伏せになって、背中を太鼓みたいに叩かれている。
インタビューからレースの映像まで食い入るように見つめるブルボンが料理を残さず平らげようとしている。
「雪……雪が……ぁっ、ぁっ、ぁっ」
「雪が降ってるねえ」
でも、こっちの方がスズカらしくはある。私はどこで走らせてあげようかなと考えつつも、温かくなったスズカの背中を叩き、撫で回していった。
なんでか知らないけど曇らせたい気持ちもある。幸せな一時を書いたからか……?定期的にIFのBADENDを挟んでいきたい。シリアスも許してくれるって聞きましたけど?