走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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高熱で倒れた経験は1回か2回しかないです。


一番頑張る、ダイワスカーレット

 

「はっ……はあっ……」

 

 

 スカーレットを後部座席に寝かせ、転がらないように固定してジャケットをかける。私の家に連れていき、そこでギリギリまで看病を行う。スカーレットに誓った以上、そしてスカーレットの夢を砕く権利を与えられた以上、私も全力で当たらなければならない。

 

 

 まずは現状を整理しよう。

 

 今は木曜日の夜。スカーレットは40℃前後の高熱で意識すら曖昧になっている。タイムリミットは日曜の朝、スカーレットが起きるまで。いくらウマ娘が走るために生まれた種族とはいえ、病み上がりで即起きて走るのはあまりにも危ない。朝起きて少しでも長く身体を動かすことが必要になる。昼ではダメだ。

 

 そして、そのタイミングで、少なくともスカーレットが「自分は健康である」と思えるほど回復していなければならない。この子は賢い子だ。私が嘘を言えば気が付くだろう。逆に、私がどうなろうと判断さえ下してあげれば後は勝手にこの子が動く。家を出られればトレセンから東京レース場まで回って勝手に出走できるのだ。レース場にトレーナーがいなければならないなんてことはない。

 

 

 では現実的に、それが可能かどうか。信号待ちの度にスカーレットを見てしまう。本当に辛そうだ。これがどうにかなることがあるのかといえば……正直、限りなく無理だ。

 

 そもそも、ウマ娘は人間より身体が強い。スズカがそうであるように、または雨や雪のなかでもレースを決行するように、彼女達はそう簡単に体調を崩さない。そんななかでの病気は、『ウマ娘の免疫を超える特有の特定種類の病気』か『肉体的疲労や精神的ストレスで免疫が弱まっている』のどちらかであることが多い。

 

 

「……先に家かな……スカーレットを寝かせて……まず薬局か……冷蔵庫を……確認しなくてもいいか……」

 

 

 前者なら私には何もできない。ブルボンも言った通り、私は医者ではなくできることといえば看病の域を出ない。

 

 だから、賭けるしかない。スカーレットの熱は後者であって、かつ、この昼間二つ夜三つでスカーレットが病気に打ち克つこと。それしかこの子をレースに出す択は無い。

 

 

「大丈夫……絶対に大丈夫だからね……」

 

 

 祈る。スカーレットが勝つことに。そしてそのために、私はできる限りのことをする。前提はスカーレットがただ弱っているだけだという点。回復させるためにあらゆる手段を講じる。一旦私の健康とかは考えないものとする。看病する側の身体の心配など人権あってこそ。ウマ娘に誓ったトレーナーに人権はない。

 

 

 一度スカーレットを家に戻し、とりあえず寝かせて買い出しへ。解熱剤、頭痛薬、胃腸薬、吐き気止め下痢止め栄養剤などウマ娘用のものを買い込む。その足でスーパーへ向かい、大量に食料も買う。

 

 スカーレットの回復頼りである以上、何よりも大切なのはスカーレットのストレスを少しでも軽減するとともに、栄養を与え続けることだ。人間には三食が精々でも、ウマ娘ならそれができる。

 

 スカーレットがいつどのタイミングで起きていられるか解らない以上、起きたタイミングでその時摂取できる最大限の栄養を与える。ふらついているなかではトイレすら危ないし、多少ならともかく汗をかきすぎればただ不快なだけだ。吐いたりすればそれこそ論外。水分補給だって好きなタイミングでできた方が良い。隣に水筒でも良いけど、溢した時が怖いし。

 

 つまり、スカーレットを常に見張り、世話を焼き続けることがマストだ。そのうえで、当日に私がいなくても何とかなるようにもろもろの根回しを済ませ、当日ギリギリでやるためのリハビリメニューは、当日の体調や使える時間ごとに場合分けすることも必要だろう。やることは多い。

 

 

 カメラやマイクは家にある……あって良いものかは知らないけどあるので、隣の部屋で監視はできる。考えうるスカーレットの要望に全て応えられるように備え、残りを資料作成に充てればギリギリ間に合う……かも。やってみないと解らない。事務能力に優れているわけじゃないのだ、私も。

 

 

 とにかく、勝算なんて度外視で頑張らないと。荷物を全て積んで、眠るスカーレットの近くにカメラとマイクを備える。ここからだ。大丈夫。約束は守るからねスカーレット。私があなたをオークスに連れていく。必ず、この命に代えても。それが無理でも、あなたが心から、お前が悪いと私を責められるように。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 おきた。

 

 おきた? たぶんおきてる。からだがつらい。

 

 

 あたまがいたい。おなかも。きもちわるい。めがかすむ。

 

 あつい。さむい。わけわかんない。おでこつめたい……

 

 

「おみず……」

 

 

 くらい。ここどこ……? トレーナーのいえ……? 

 

 トレーナーと、スズカさんのにおい。いつもしってるやつ。ベッドだ……じゃあ……トレーナーが……わたしのために……

 

 

 なら……なんでもいいか……な……? 

 

 

「お待たせスカーレット。お水よ。こっちの補水液は飲める? スポーツドリンクもあるけど」

「のめる……」

「偉いわスカーレット。はい。ゆっくり、落ち着いて飲むのよ」

 

 

 みず……トレーナーがいる……こっぷ……すとろー……

 

 

「何か食べられそう? お粥と……おそばとか……」

「にんじん……」

「解った。シチューにしたから今持ってくるわね」

 

 

 やったぁ……

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

「んぅ……」

「あ、スカーレット起きた? ごめんね、遅くなって。シチュー、温め直してくるね」

「といれ……」

「解った。立てる? ここでする?」

「いく……」

「気を付けてね」

 

 

 っ、ぁ……あたまいったい……ふらふらする……

 

 

「おっとっと。大丈夫? 連れていってあげるわ。よいしょ……っと。痛くない?」

「うん……」

 

 

 トレーナー、つめたい……

 

 

「ふふ。ちゃんとくっついてね。冷たいでしょう」

「うん……」

「良かった」

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「おなかすいた……」

 

 

 いまはひる……? よる……? ずっとねてたから……なにも……

 

 

「お待たせスカーレット。ご飯は何が食べたい? どれくらい食べられそう?」

 

 

 トレーナーだ……まだすこし、きもちわるいかも……おなかもいたいし……あんまり、たべられない……

 

 

「ちょっとだけ……」

「解った。じゃあ軽く食べましょうね」

 

 

 

 いまなんじ……? ねたりおきたりでおかしくなりそう……あたまがおもい……

 

 いいにおいがしてる……? ごはん……

 

 

「少し身体を起こしましょうか。飲み物はどうする? お水? ジュースもあるわよ」

「おみず……」

「ん。飲みたくなったらすぐ言ってね。ドリア、少し冷ましたけど熱かったら言って。あーん」

「あー……ん……んむ……んぐ……」

 

 

 おいしい……

 

 

「おいしい……」

「良かった。食べられるだけ食べてね」

「うん……」

 

 

 あったかい。トレーナー……ぉぇっ

 

 

「げほっ! げほっ!」

「っ、大丈夫スカーレット。はい落ち着いて、ゆっくりで良いからね」

 

 

 つらい……きもちわるい……もうやだ……

 

 

「大丈夫、泣かないでスカーレット。一回汗を拭きましょうか。トイレは大丈夫? 今タオルを持ってくるからね。シーツも替えましょう」

「うん……」

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 めがさめた。

 

 あせがきもちわるい。どれくらいねてたかな。

 よるかな……ひかりがもれてないし……

 

 

「……といれ」

 

 

 すこしあたまはかるくなった。ねつは……ずっとあるかも。わからない。さむいし、あつい。ずっときもちわるくて、ずっとおなかがすいている。くちのなかがちょっとすっぱい。

 

 

「お待たせスカーレット。立てる?」

「たてる……」

「よし。じゃあ少し頑張ろうか」

 

 

 トレーナーがきた。たったらきゅうにつらくなる。ふらふらしてトレーナーにくっついた。つめたい。それと、あまい。いやなあまいにおいがする。

 

 ……? かるい……? トレーナーが……なんか……へん……。

 

 

「何か食べられそう?」

「……たべる」

「じゃあ汗を拭いて着替えてからご飯にしましょう。熱は……うん、まあ……大丈夫。この前より下がってるから」

 

 

 あたまをなでられる。といれにいって、ちがうへやにもどされる。ぜんぶぬいで、たおるでふかれる。ずっとなにかしゃべってる……ゆっくり、しずかで、あたまがいたくなくなる……

 

 

「きょうは……」

「ん?」

「きょうはなんようび……?」

「まだ金曜日よ。ゆっくり休んでね」

「うん……」

 

 

 あといちにちだけ……こんなに、あついのに……

 

 

「何も心配しなくて良いからね。ご飯を食べましょう。いっぱい食べれば必ず治るからね。痒いところはない? 汗疹は……大丈夫か。冷感シートも替えましょう。新しいタオルも持ってくるから」

「うん……」

「良い子ね。大丈夫。私の言う通りにすれば、絶対に大丈夫だからね。解った?」

「ん……」

 

 

 トレーナーがごはんをもってきた。たべさせてくれる。おいしい……おなかすいた……

 

 

「んっ……もうちょっとたべる……」

「解った。偉いわスカーレット。すぐに持ってくるわね。少し待ってて」

「うん……」

 

 

 おなかすいた……ねむい……つかれた……

 

 オークスに……オークスにいかなきゃ……トレーナー、が……かてるって……なおれば……それで……

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 あたまがいたくてめがさめた。

 

 たおれたときよりいたい。われそう。

 

 

「っ、は、ぃ……ぃぅっ……たすけてトレーナー……」

 

 

 なんで……なおってるんじゃ……あついしさむい、きもちわるい……ぜんぜんなおらないじゃない……あたし、わるくなってる……れーすにでられない……! 

 

 

「起きたのスカーレット」

「トレーナぁ……あたし、はしれない……!」

「あらあらどうしたの。泣かないでスカーレット。大丈夫。絶対に大丈夫だから。何か甘いものでも食べましょうか。ケーキとクッキー……あとチョコレートもあるわ。もちろんにんじんもあるけど……」

「どうしよう……ッ!」

「よしよし。心配いらないわ。私がいるでしょう?」

 

 

 なでてくれる。だきしめられる。やっぱりつめたい。へんな、きらいなあまいにおい。でも、トレーナーのにおいはする。そうだ……トレーナーが、あたしをつれていってくれるって……

 

 だから、トレーナーのいうことをきけば……きっとトレーナーが……なんとか……

 

 

「おねがい……」

「当たり前でしょう。あなたのトレーナーなのよ。何も考えずに寝ていなさい。何かあったらすぐに呼んで。絶対に駆けつけるからね」

「うん……!」

 

 

 トレーナーだ……わたしの……トレーナーが、いったんだもん……ぜったいって……わたしが、オークスに……

 

 いっても、いいって……

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

 

「ごめんね、スカーレット」

 

 

 ベッドで身体を起こした私に、トレーナーは心底申し訳なさそうに言った。私の前で深々と頭を下げる。

 

 

「……そう、ダメだったの」

「ごめん……っ、私も、精一杯、やったんだけど……どうしても、あなたは、走れる身体じゃ……」

 

 

 震える声、心底私に申し訳なくて、たった今トリプルティアラを逃した私を哀れむような視線。必死に、心から謝っているのが解る。

 

 私の熱が下がらなくて、オークスには出られなくなった。トリプルティアラは私の夢。トレーナーにそれを託したけど、トレーナーは結局それを叶えられなかった。だから、それをこんなに謝ってくれている。

 

 

「……解った。でも、一つだけ教えてほしいの」

 

 

 確かに、まだ頭は痛いし身体がふわふわと落ち着かない。変な寒気が止まらないし、むかむかと胸の奥に何かが詰まっている。到底本調子ではない。こんな体調で走れば危ないし、こいつの判断は間違っていない。

 

 それでも、私はこいつに問いかけた。

 

 

「もし、私がオークスに出ていたら、勝っていたと思う?」

「それは、もちろん」

 

 

 トレーナーは、媚びるような目で言った。

 

 

「必ずあなたが勝つわ。だってあなたは」

 

 

 私の一番の、自慢のウマ娘なんだから。

 

 

「……そう」

 

 

 いつも通りのトレーナー。何をする気か両腕を広げて、私を抱き締めようとする。ごめんなさいと呟きながら、私に寄りかかってくるそいつを、私は。

 

 

「……なるほど、これも運命ってやつね。さながらアンタは運命の悪魔か、もしくは私自身の弱気ってところかしら」

 

 

 なにがなんでも、私をオークスに出したくないらしい。別の世界のダイワスカーレットもこうだったのかしら。だとしたら、どうなったのか聞いてみたいところね。別にどっちでも構わないけど。

 

 強くそいつを押し返す。これはトレーナーではない。正直、頭はふらついていて、今ここにいることが夢とも現実とも私には言えない。だけど、たった一つ、こいつがトレーナーではないことだけは解る。だから夢だ。だって、だってトレーナーはこんなことは言わないから。

 

 

「アイツが……私を一番だなんて言うわけないでしょうが」

 

 

 もし私がアイツの一番になれたなら、私はどんな気持ちで頑張れば良いの。アイツが一番と言うってことは、私がウマ娘の頂点ってことじゃない。

 

 

「アイツが、そんな目をするわけないでしょうが」

 

 

 アイツは私に誓ったのだから、もし私がオークスに出られないとすれば、それはアイツのせいになるはずじゃない。ううん、私がどう思っていても、アイツはそう思うはず。だったらアイツのとるべき表情は、もっと自分を責めるものであって私を哀れむはずがない。

 

 

「……バカね」

 

 

 そして何より。アイツが私に誓って、精一杯やったと言うのなら。精一杯やったけど無理だったなどと言ったのなら。この私に、チームエルナトを率いるトレーナーとして私にそれを言ったのなら。

 

 

「アンタがそういう人だったら、もっと楽だったのに」

 

 

 アイツが平然と健康であるはずがない。少なくとも私達にとって、精一杯、どんなに頑張っても無理だったというのはそういう意味だから。つまり、こんなことを言う時点で、私には確信がある。

 

 

「……ま、無理なら無理で、嫌味の一つでも言えれば良いか」

 

 

 賭けたのは私だもの。そうでしょ、トレーナー。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「んん……ぅ……」

 

 

 何か変な夢を見た気がする。

 でもまあ、嫌な気分じゃない。体調は最悪だけど……ちょっとだけ意識ははっきりしてきたかも。まだ熱はあるし、かなり身体は重いけど……まあ一旦、って感じね……

 

 カーテンの隙間から明かりが射し込んでいる。昼みたい。日曜日なら朝起こされないわけはないし、金曜日なことはないだろうから、土曜日の……二時くらいかな。

 

 

 おでこに載せられていた濡れタオルはまだめちゃくちゃ冷たいまま。脇の下や太ももの冷感シートも。取り替えてすぐなのね。結構汗ばんでいてシーツが気持ち悪い。ほとんど寝たきりだったけど、私って何回着替えさせられたのかしら。

 

 こまめに汗を拭いてくれていると思うけど、それにしても熱が高すぎて汗をかきすぎたみたい。

 

 

「はあ……んー……」

 

 

 少し起き上がるくらいの体力は戻ったけど、どうしても身体に力が入らない。今にも倒れて眠ってしまいたいくらいに怠くて、意識がはっきりしているだけで本当にしんどい。熱があるからか目が潤んで仕方がないし。

 

 

「のどかわいた……」

 

 

 枕元に飲み物の一つもない。それどころか、タオルを冷やすための桶もない。よく解らないけど、喉が痛くてあんまり大きな声が……ちゃんと呼ばないと……

 

 

「おはようスカーレット。調子はどう? 何が飲みたい? お水? ジュース? スポーツドリンクもあるわよ」

「え……あ、うん、それにする……」

 

 

 どうしようかな、なんて思っていると、トレーナーが入ってきた。お盆にいくつものボトルを載せて、コップに注いでストローを差した。

 

 

「はい、スカーレット」

「……ありがとう」

 

 

 隣の部屋にいたとして……というか、ドアの外にいたって今の声が聞こえるはずがないわよね。ベッドのどこかにカメラか、盗聴器でも仕込んでいるのかしら。きっしょ……くはないか。大声を出さずに済んだし。

 

 ボトルを差し出してくれたのでそのまま飲む。ずっと身体が水分を欲していて、一気に飲み干してしまった。吐き気が少し治まっているだけかなりマシかな。

 

 

「ご飯は食べられそう?」

「ん……たべるわ」

「解った。すぐに持ってくるわね。何か食べたいものはある?」

「ん……うどんとか……」

「解った」

 

 

 ストローを放して鼻が利くようになった瞬間、どうも……こう、甘い匂いがした。嗅ぎ慣れない、どちらかというと嫌な感じの甘ったるい気持ちの悪い臭い。変なジュースやお酒みたいな、顔をしかめるやつ。

 

 それに、何となくだけどアイツ、化粧してた……? どこかに出掛けていたのかな。

 

 

「お待たせ、スカーレット。一人で食べられる? 食べさせてあげようか?」

「いい……へいき」

 

 

 お出汁のいい匂いで変な匂いが消えた。部屋が明るくなって、トレーナーの顔がよく見える。やっぱり、お化粧をしてる……? 

 

 

「少し濃いかもしれないから、そうだったら言ってね。お出汁を持ってくるから」

「ん……だいじょうぶ……」

 

 

 確かにかなり濃い味だ。うちは……うちじゃない、トレーナーの家はスズカさんに合わせて少し薄味気味なんだけど、やっぱり私が病気だからかな。いつも通り美味しいことは美味しいし。

 

 

「ねえ、トレーナー」

「ん?」

「なんか……へんなこうすいとかつけてる?」

「ううん……? 別に何も……」

「そう……」

 

 

 かき消されてはいるけど、近付くと感じる。何だろう……少なくともこの家では感じたことはないし……まあ、害はなさそうだけど……トレーナーがさせてるってことは。

 

 

「足りなかったら言ってね」

「ん……」

 

 

 というか、うどんが出てくるのも早すぎない……? おつゆを作り置きしてあったのかな。それにしても麺が早すぎるような。ちゃんと具も入ってるし、変なところはないし……。

 

 

「食べ終わったら体を拭いてシーツを替えましょう」

「わかった……」

 

 

 私がおかしいのかもしれない。ずっと体調は悪いままだし、鼻がおかしくなっちゃったのかも。そんなこともあるか。

 

 うどんを食べ終えて、ベッドの上で脱がされ体を拭いてもらう。お風呂に入りたい……でも我慢。あと一日。今日寝て起きて、体を治してシャワーを浴びる。

 

 ついでに貼り付いていた冷感シートも交換。下着も替えて、さらさらのパジャマに着替える。トレーナーに寄りかかりながら部屋を出て、隣の部屋に敷いてあった布団へ。こうやってシーツを交換しているわけね。

 

 

「寝る?」

「うん……」

 

 

 横になると目蓋が重くなる。こうやってずっと寝て起きてを繰り返していたんだろうか。でも、それで、身体が元に戻るなら、私は……

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 はっと、目が覚めた。すぐに体を起こす。変わらずシーツは湿っていて、手を置いただけでも少し濡れる感覚すらあった。

 

 だけど、ずっとあった身体の違和感はもう無かった。

 

 

「……治った……?」

 

 

 ずっと寝ていたからか、ちょっと身体は怠いかもしれない。でも、自分で熱がある感じはしないし、頭痛も引いた。吐き気もない。試しに首をぐるりと回してみても、特に何も感じられなかった。

 

 

「治った!」

 

 

 壁掛けの時計がよく見える。朝の九時。まだ午前中だ。これから身体を動かし始めても、夕方発走のレースになら問題なく出られる。間に合ったんだ。治せた。私、オークスに出られる! 

 

 

「い、いや、まだ解らないわ、判断するのは私じゃないし……ね、トレーナー」

 

 

 部屋のどこかにあるであろうマイクに向かって語りかける。私はトレーナーに託したのだ。まあ? どんな返事が返ってくるかは解りきっているけど? 一応トレーナーの判断を聞くべきよね? 

 

 記憶は断片的でほとんど覚えていないが、確か呼び掛けたらすぐに来てくれたはず。うきうきで駆け入ってくる姿が想像できるわね。何て言ってやろうかしら。

 

 

 ……あれ? 

 

 

「……トレーナー?」

 

 

 入ってこない。聞こえていない? 電池切れとか、もしくは機材トラブル……いや、耳を澄ますとかすかに機械の駆動音が聞こえる。それに、トレーナーに限ってそんなミスをするはずがない。

 

 外出中とか……いやでも、アイツが私を置いて外に出られるとは、いや、食べるものとか無くなればそりゃ外にも出るか……

 

 

 なんにせよ、いつまでも薄暗いこの部屋にいても仕方がない。ちょうど喉も渇いていたことだし、こっちから会いに行ってやろう。居眠りとかしていたらそれはそれで面白そうだし。そう思ってベッドを降り、部屋の扉を開ける。

 

 ──するとすぐに、鼻が曲がるような臭いが襲ってきた。

 

 

「……なに……? 何の臭い……?」

 

 

 臭いによって記憶が呼び起こされる。これは、あの臭いだ。トレーナーからたまに臭ってきた、甘ったるい変な臭い。気分を悪くする人工的な甘さに鼻を覆い、廊下から、リビングとキッチンがあるそこに足を踏み入れる。

 

 

「トレーナー、これって何の……」

 

 

 臭い、と続けようとして、喉が思い切り締まった。

 

 

 私自身、体調を崩すようなことをした覚えはない。スパルタでそうなるなら今ごろ私は死んでいる。つまり、私はオークスに出られない運命だったのかもしれない。

 ブルボン先輩も、菊花賞で負けることをそんな風に称していたような気がする。それを打ち破るために、先輩は死んでもおかしくないほどの傷を負った。じゃあ、仮に私のこれらが運命だったとして、それを打ち破るために何を支払うべきか? 

 

 

「とれ……な……」

 

 

 吹き零れて止まったキッチン。そして、原色と蛍光色ばかりの飲み物の缶がたくさん転がって、飲みかけだったらしい最後の一本から液体が溢れ、しゅわしゅわと炭酸が立ち上っている。

 

 そして、床に、私のトレーナーが、うつ伏せに倒れていた。

 

 

「ぁ……」

 

 

 

 ──私は、既に支払っていた。息が詰まる。私の声を聞いていたイヤホンだけが、ちかちかと光っていた。

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