走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
ダービーはそんなちゃんと触れるつもりはないので、レースはあと宝塚のみとなります。最後までお付き合いいただけると幸いです。
「やっぱり、私が働いてトレーナーさんが家事をするのが良いと思うの」
「はあ」
「実際問題トレーナーさんが本当にトレーナーを辞めてくれるかは半々だと思っているのね。何ならトレーナーは辞めるけどトレセンは出ないとか言いそうじゃない?」
「それは……言うかもしれないですね」
「でしょ? でも、これ以上背負ったらトレーナーさんが危ないじゃない」
スカーレットのオークスの翌日。私はまだ病院にいた。もうすっかり体内の諸々は抜けているんだけど、他の要因も無いわけではないので、一応経過を見るという目的で二日間入院してほしいとのことだった。
少し無茶をしすぎてしまったかもしれない。私が倒れちゃしょうがないのよね。ギリギリ日曜日の朝までいけると思ったんだけど……やっぱり、眠くなる前から少しずつ色々飲んでおくべきだったかな。一気に飲むと急性中毒が怖いし。
で、入院中はもちろん仕事は回されてこないので、ひたすら病室で休むことになる。既に授業なんか自由になっているスズカは特別に許可を貰って面会時間いっぱいここで過ごしてくれているし、日が沈むギリギリになりオフだった残りの二人も来てくれた。
「でも、私にできる仕事って何だろうと思って。あんまり色々気にしてこなかったけど、モデルとか、タレントとか、せっかくの知名度だし使わないのはもったいないじゃない」
「今でもそういうお仕事って頂いてますよね?」
「まあ、一応。これでも『スズカには向いてないかも』って言ってトレーナーさんがだいぶ選んでくれているのよ。でも、私が養わなきゃいけないならそっちになるわね。あとは賞金もあるし」
ただ、スカーレットのためとはいえ完全に意識を失うような急性中毒はまずかった。スズカがとんでもなく怒っている。もちろん理解はしてくれている。スカーレットのトリプルティアラがかかっている状態での私の決断は間違っていなかった。
それはそれとしてめちゃくちゃ怒られたし、今もこうして何となく私は無視されている。普段怒らない人を怒らせると怖いという良い見本だ。全部私が悪いけど。
「そもそも、私たぶん家事ってできないと思うのよね。絶対に走りに行っちゃうから」
「何を誇らしく言ってるんですか」
「でも、お仕事はちゃんとやらなきゃって思うじゃない。迷惑もかかっちゃうし。これなら我慢できると思うの」
「一生ですよ一生。大丈夫なんですか?」
「一生はやめて……わ、わかった、何も言わないから、落ちる落ちる」
「そうなのよね……」
私への罰なのか何なのか知らないけど、スズカは三人が揃うとおもむろに人生設計について語り出した。私が口を挟むと腕に巻き付いた尻尾がぐっとベッドから引きずり下ろそうとしてくる。
とんでもない非道だ。反論の機会を奪うなんて横暴の極み。しかし私の腕が大事なので反論はできない。人間は非力だし私は愚かだから。
「逆に、私は毎日走って、トレーナーさんが家事と仕事をするっていう選択肢もあると思う」
「無いですよ。何の逆だったんですか今のは」
「私がトレーナーさん無しでは生きていけなくなれば、優しいから一生一緒にいられるかなって」
「とんでもない案を出しますね」
「あまりにも怖すぎるわ」
一切ふざけている様子もなく、ひたすら将来設計を語るスズカ。怒っている以外の感情が本当に読めない。あと自分を犠牲にしすぎね。もうちょっと自分を大切にして。将来結婚しても生活を全部委ねちゃダメよ。そんな奴とは結婚させないけど、いざとなれば逃げられるように生活手段は一つ二つ持っておきなさいね。
「私もトレーナーさんのご飯が食べたいし……二人もそうよね?」
「なんで私達もそこに住んでいる前提なんですか」
「住まないの?」
「住まないです」
「住んでも良いのに。私は気にしないから」
「別に遠慮してるとかじゃないです」
基本的に相づちはスカーレットで、ブルボンはほとんど話さない。時々私の方を見たり、手に持った大容量のエナジードリンクを飲んだり。体が心配だからそういうのは飲まないでほしいな、私。
「私はトレーナーさんに合わせるから、大体月に二回くらい家を空けてくれれば良いはずよ」
「マジで聞かなかったことにします。いくらスズカさんでも訴えますよ」
「ねえ待って。今何の話してる? ねえスズカ。こっち見なさい」
「……」
「解った。ごめん。こっちを見ないで」
これ以上は考えないようにしよう。死にたくなるから。私が強めに言うたびに微笑んでこっちを見るスズカに対してはそれ以上強くは出られない。
「子供もトレーナーさんが欲しいなら必要よね。まだちょっと、女同士は私達には間に合わないだろうから、養子とかになっちゃうのかしら」
「調べてるんですか? そういうの」
「ええ」
くそっ今すぐここから逃げ出したい。
「迎え入れるならウマ娘ですか? ヒトですか?」
「うーん……悩みどころよね……本当はどっちでも良いと言いたいところなんだけど、二人揃ってウマ娘に詳しいんだから引き取るのならウマ娘じゃない? なんかこう、社会的に。ヒトの夫婦には無理なことだってあるし」
「ああ……」
「ねえブルボン。一気飲みはやめない? 私怖くなっちゃうから」
「健康を害さない範囲です。問題ありません。体調を崩す前に自制します」
「そう……なんだ……」
強くなりたい。私はそう思った。
────
「確かにそうよね……子供の教育に悪いかも」
「そうですよ。親が毎日仕事も家事もせず走り回ってたら愛想尽かされますって」
「じゃあやっぱり私が働くしか……」
絶対に家事はしたくないらしいスズカ。料理の面が大きいのかな。流石に私が上手すぎるし、スズカもそれを気に入ってくれているんだもんね。でも養子を引き取った前提で動き方を決めるのはやめない?
「トレーナーさんはどう思います? やっぱり働きたいですか? トレセン以外なら働いても良いですよ」
「もうやめましょうスズカ。私が悪かったわ。こんなことをして何になるの? 見なさいブルボンを。エナジードリンクでお腹がぱんぱんよ」
「けぷ」
あら可愛い。
「夢ではなく現実を見ましょう」
「それをトレーナーさんが言うんですか? どうして自分が倒れたか覚えてます?」
「それは……その、本当に申し訳ないです」
「私が今どんな気持ちか解ります? 一番トレーナーさんに効くのは何かなと考えた結果がこれだった私の気持ち」
「正直面白い」
「決めました。退院次第トレーナーさんにお酒を飲ませます」
何をされるの、私。具体性の無さが逆に怖い。
「……唆した私も申し訳なくなってくるので、そろそろやめませんか」
しかし、ここで救世主スカーレット。その言葉にだいぶ流れで私を刺していたスズカも飽きてくれたらしい。腕から尻尾が離れ、代わりにスズカ本体が腿に倒れ込んできた。
「はあ、トレーナーさんの匂い……仕方ないですね。心の広い妻なので許してあげます」
「いや妻では」
「ん?」
「こ……心の広い妻で……幸せです……」
笑顔で腕を掴むのはやめて。
「あ、堕ちた」
「堕ちてない!」
「堕ちてない奴は堕ちてないって言わないのよ」
教え子からのパワハラを受けて屈してしまった。私との力の差を考えて欲しい。栗毛の教え子はそのまま腿にご機嫌に突っ伏して私の足を撫で始めた。指でとことこしないで擽ったいから。
「いつか必ず教え子達のウェディングドレスの写真を見るんだから……!」
「せめて直接見なさいよ。良いじゃない、私とブルボン先輩は見せてあげるわよ。ね、先輩」
「……私に他者との共同生活が可能だとは思えませんが、もし婚姻関係を結ぶことがあれば必ずマスターにご挨拶に伺います」
「私はあなたの親じゃないのよ」
「お父さんもその方が良いと言うでしょう。ところで今度実家で親戚を招いて食事会をするようですが、是非マスターにも出席を、と」
「……参加費が有料でお土産無し、絶対に泣かない、ブルボンを貰ってくれという話をしないと約束してくれるなら考えておくわ」
「断りの連絡をしておきます」
決意を新たにしたところで、そろそろ面会終了なので帰るように促す。しかしふと見ると、この数秒でスズカが寝息を立てていた。私の手をとって握りながら、足を少し揺すっても反応がない。
……スズカも、ここ数日であまり寝られていなかったみたいだから。他でもない私のせいでね。
「はあ……ごめんね二人とも。スズカは私が何とかするから、二人で先に帰っていてくれる?」
「ん……解った。行きましょう、ブルボン先輩」
「はい。ではマスター。お大事に」
いつもより少し乱れたロングヘアを手櫛で流し、忘れてきたのかむき出しになっていた、昨日からずっとへたりこんでいるウマ耳に触れる。スズカが寝息を当てた場所がじわじわと温かくなる。二人が出ていくと同時に、平和な息遣いだけになる。握られたままの手を動かそうとすると、ぎゅっと引き寄せられる。
ぽんぽんと頭を撫でると嬉しそうに口元が緩む。少しお肌が荒れ気味かな。私は必死だったけど、スズカはそうではなかった。だから余計なことを考えてしまうのだ。
「……ごめんね、スズカ」
私、本当に反省しているわ。もちろん、また同じことを頼まれればきっとやってしまうと思うけど、でも、前も言ったみたいに、少なくともあなたが素敵なパートナーを見つけるまで一緒にいられるように、元気でいるからね。
「ありがとうね。大好きよスズカ」
ぴこん、と立ち上がったウマ耳に、私はそっと語りかけた。
────
「んー……んー?」
「何してるんですか?」
「表情の練習……?」
しばらく寮に帰ることになったの、と言って、珍しくスズカさんが寮にいます。予告無しで来たのでスズカさんのベッドは割と物置になってしまっていて、二人で私のベッドに寝ることになっていますが。
特にすることもなく、何となくくっついて欲しそうな感じだったので、スズカさんを後ろから抱き締めるみたいにしてベッドに座っています。指で自分の目尻をぐいぐいとつり上げているスズカさん。
十中八九何かがあったんでしょう。長くスズカさんを見ていますから解ります。そして、それを自分から言ってこないということで、私も事情そのものを聞いたりはしません。
「怒ってる顔は怖くないですよ」
「……やっぱり?」
「作っているのがバレバレです」
後ろからスズカさんの頬に触れたり肩に顎を乗せたり。うーん、と首を傾げて、ぐっと私を上から見てきます。
「どんな顔が良いと思う?」
「相手はトレーナーさんですか?」
「ええ。どうせ反省しないだろうから、私がちゃんと怒ってあげないと」
「本当にそうですね……」
何をしたんでしょうか、トレーナーさん。オークス直前ですしそれ関連……でも、スズカさん曰くスカーレットさんはとても順調だそうですし……今さら彼女に注力したくらいでスズカさんが嫉妬するとは思えないし……。
スズカさんの頬をむにむにとしながら考えます。スズカさんは気のいい人なので、普通に怒っても演技が見え見えで怖くないんですよね。これは顔の問題ではなくて、なんであれスズカさんがそういう怒り方はしないという信頼の話です。
そうですね、私からして、どんな怒り方をされるのが怖いかって……スズカさんとか副会長さんとかトレーナーさんとかグラスちゃんとか……
「笑顔で、有無を言わさず喋り続けるのが一番怖いと思います」
「……それってスペちゃんの経験?」
「そうです!」
「もうちょっと怒られないようにした方がいいと思うわ、私」
「エルちゃんより怒られてませんよ」
「比較対象がね……」
終わったあとにみんなで遊びに行くくらいで良いですよね。スズカさんとトレーナーさんの関係に首を突っ込むだけ無駄ですし、そういう深刻さではないような気がしますし。
「ところで、スペちゃん私が冷蔵庫に入れてたプリン食べた?」
「……わ、私にやらなくても良いんですよ……?」
「良いのよ。私が帰ってこないから腐らないようにしてくれたんだものね?」
「まあそう……ん? じゃあ私悪くないですよね」
「……それもそうね」
元々、人を威圧するときのスズカさんは真顔かちょっと笑ってるくらいですし。あ、威圧するって言っても本人は無意識で、本当に、人を煽る目的で喋るのは私とか、一部仲が良くてそれに強めに反発できる人に限られるんですけど……
いずれにせよ、今回は何も無く終わりそうです。スズカさんマイスターの私が言うのだから間違いありません。トレーナーさんは……よく解りませんが反省した方がいいと思います。たぶん。
なおトレーナーさんは狂人なのでまあまあ反省してません