走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「トレーナーさん? 起きてくださいトレーナーさん」
「ん……ん……?」
ある日。朝、揺り動かされて起きる。この家では誰が来ていようと私が一番起きるのが早いので、誰かに起こされるという経験は滅多にない。目を開けると、にこにこのスズカがいた。いやいるのは当然なんだけど、ランニングウェアでいた。
「……なに、その格好は」
「またまた。昨日言いましたよね。しばらく私がこの家を仕切りますって」
「……ああ、言ってたわねそんなこと。あれ本気だったんだ」
「当たり前です。私はいつでも本気です」
生意気なことを。
確かに昨日、スズカとそんな話をした。曰く、自分が生活を管理して、少しでも自分の有用性を示したいのだとか。そんなことしなくても一旦同棲はするんだけど、何となく意地になっているのかもしれない。
退院後しこたまトレセンやらその他の偉い人に怒られ、始末書を書き、減給まで食らった。ただの体調不良ならともかく、私は対外的にはスカーレットのレースを無視して家でエナジードリンクやら何やらを個人の趣味で飲んで倒れたバカとなっている。自分で言っててクビにならなくて良かったまであるわこれ。
……まあ、私としても誰が勘付いていて誰が何も気付いていないのかは解らないけど。気付かれたら気付かれたで責任問題なので困るけどね。
で、無事に家に帰ってこられたわけだけど、その上で家という密室で怒られ、そこからこういうことになっている。説教の流れで同棲の話になり、どうせスズカに家の管理はできないと言ったらこれだ。
「こんな朝早くに起こす必要ある?」
「朝の挨拶じゃないですか」
「こっちは起こさないの?」
「こんな時間に起こしちゃったら申し訳ないでしょう」
「は?」
何を監視するかは知らないが、監視兼審査役としてブルボンとスカーレットも来ている。私を挟むように寝ているブルボンを指すと、スズカは心底解らない、みたいな顔をした。なお、名前を呼ぶとブルボンが反応してしまうので名前は呼べない。
「私は良いの?」
「解ってませんねトレーナーさん。これは必要なことなんですよ」
いつの間に抜け出して着替えたのか、すぐにでも走り出せる格好で、腕の中のスズカが聞き分けのない子供を見る目を向けてくる。何よこの子ムカつくわね。
「普段私が早朝走りに行くことがありますよね」
「こんなバカみたいな時間に行かないでよ」
なおまだ三時。頭おかしいの?
「走ることで充足感を得るにはですね、まずは走ることが大切です」
「は?」
「それに加えて、トレーナーさんと触れ合えたらもっと素晴らしいことですよね?」
「理解できない理屈を当然のように語らないで。私はジャンキーじゃないのよ」
「私もジャンキー呼ばわりは普通に傷付きますよ」
パジャマのボタンを外さないで。
「普段は走った後戻ってきて朝ごはんまで寝ることができますけど、今日はそれができません。私が作るので」
「はあ」
「なので走る前に触れ合うことにしました。大事ですよ。大事」
自ら露出させた谷間の上あたりを撫でてくるスズカ。お返しにまだ鳴っていない目覚まし時計のアラームを切りつつ、裾から入れてスズカの背中に押し当てた。
「ひゃんっ」
「そんな理由で起こさないで」
「トレーナーさんは私が気持ちよく走ること以上に大切なことがあるんですか? この後眠れるんだから良いじゃないですか」
「そういうことじゃないのよね」
時計を投げ捨て素手で背中を擦りつつ、膝でお腹の辺りを攻撃してみる。ふんっとちょっと力を入れただけで腹筋に弾かれた。ぱしぱしと私の胸を叩いてから、転げるように逃げていく。
床に転がりすぐに立ち上がると、床に準備して置いていたらしいランニングバッグを持った。別に走るなとは言わない……私の入院中は走っていなかったらしいし、それは良いけど、それはそれとしてその勝ち誇った顔はムカつく。
「じゃあ走ってきますから。ご飯は帰ってきたら作りますからゆっくり待っていてくださいね」
「もう……スカーレットも寝てるんだから気を付けてね。踏まないでよマジで」
「来るとき蹴っちゃいましたけど起きなかったので大丈夫です」
「……ぶっ飛ばします。今から」
「えっ」
……めちゃくちゃ起きてるじゃない、スカーレット。
────
「今何時か解ってますか、スズカさん」
「絶対に許されません」
「ごめ……ごめんなさい……」
数時間後……というか九時間後、正午。スズカが二人の前で正座させられていた。ソファに座り足を組むスカーレットと、その真似をするブルボン、今にも頭を踏まれそうな位置に座らされているスズカ、キッチンからそれを眺める私。
「スズカさんが言ったんですよね。今日の家事は全部やるって」
「言いました……」
「そのせいで朝ごはん抜きなんですけど。何してたんですか」
「ごめんなさい……つい、走っていたら忘れてました……」
お昼時までスズカは帰ってこなかった。まあ知ってた。スズカのランニング欲はスズカの意思とは無関係のものであって、そう簡単に制御できるものではない。人の命や友人との誓いのレベルまで行って初めてギリギリ我慢できるというものなのだから、思い付きの決意など風の前の塵でしかないのだ。
せっかくだし律儀に待ってみたものの、本当に帰ってこなかったので普通に説教を食らっている。何ならお昼時に帰ってきたのも、家事を思い出したからではなく自分のお腹が減ったからだろう。帰ってきたときも、
『はあ、たくさん走りました……』
『お帰りなさい、スズカさん』
『ちょっと顔貸してもらっても良いですか? スズカさん』
『……あっ』
だったし。忘れるなそんなもの。
「落とし前を要求します」
「美味しくなかったら午後も説教ですよ」
「はい……今作ります……」
相変わらずスズカのカーストは低い。飯の恨みは恐ろしいということだろうか。トレーニングはしていないし、人間同様の暮らしをしていれば一食抜いたくらいでどうこうなることはないけど、それはそれとしてね。
ウマ耳をへたりこませてキッチンに向かうスズカ。食材は私が買ったものだけどね。帰りに何か買ってくるかと思ったらこれよ。まだまだ子供ね。
「そんなに怒らないであげて。あれはランニングに囚われた悲しき獣なのよ」
「アンタが一番刺してるじゃない」
「スズカさんはウマ娘です。理性があるはずです」
「スパルタに囚われた獣と一番に囚われた獣が言うと重みが違うわね」
「アンタは人生を囚われそうだものね」
「……」
「……」
「お互いに弱点を突くのは自傷行為と同義ではないでしょうか」
何、この誰も幸せにならない会話は。
────
「できましたよー」
「あ、ありがとうございまーす」
「用意をします。マスターはここでお待ちください」
「え? あ、うん……」
三十分ほど経って、スズカによる昼食が出てきた。冷やし中華だった。また料理の腕が出にくいもの作ったわね。
「置きに行ってるわねスズカ」
「い、良いじゃないですか……美味しいですよ冷やし中華は」
「人間サイズなんですけど」
「トレーナーさんに作ってるんだからこれで良いんですよ」
「スズカさん。具材が二種類しかないのはどうかと思います」
「ハムが無かったんです!」
文句たらたらの二人。普段は食事に文句を言う子達じゃないし、作ってもらって文句を言うものじゃないけど、今日に限ってはスズカも悪いし、監視役として呼ばれた以上二人に多少言われるのも覚悟の上のはず。残念ながら言われるがままね。
準備を三人がやってくれたので、目の前に出されたものを目の前に出された食器で食べるだけの人になってしまった。麦茶も注いでもらっちゃって悪いわね。とりあえず一口。いただきます。
……うん。
「市販のタレね」
「はい、そうですけど……何かありました?」
「いや、家事ができるって誇るなら自作するのかなって勝手に思い込んでて」
「……あっ」
そんなこと忘れる? 普通。
「でも美味しいわよ、市販なだけあって」
「ちょうど良いですよね。市販だから」
「審査役、ミホノブルボンです。100点と言わざるを得ません。これがこの麺にとっての理想のはずです。市販ですから」
「そんなに言う……?」
まあ全然悪いことじゃないけどね。ブルボンの言う通り、売ってる麺に一番合うように企業努力がされているものだし、一旦それが正解よ。ただ、スズカが今やると手を抜いたようにしか見えないってだけで。
「そんなんじゃトレーナーと結婚できませんよ」
「……良いわよ。私が何もできなくてもトレーナーさんは貰ってくれるから」
「家事と仕事のバランスは夫婦にとって離婚事由にもなりうる障害です」
「結婚を前提に語らないで。しないから絶対に」
人間の一人前なので三人は半端じゃないスピードで食べ終わり、私待ちになる。もちろん双方そんなことは解っているので申し訳ないとかはないものの、三人の会話に私が混ざるのはちょっとな、とはなる。
「ちなみに家事はまだお昼ごはんしかしてませんけど大丈夫そうですか?」
「へ、平気よ。たくさん走ったからこれからやれば全然終わるわ」
「晩御飯はウマ娘としての量を要求します。この後ランニングを行いますので」
「えっずるい……」
「何がずるいんですか」
実際一週間くらい掃除できてないのよね。スカーレットの看病で忙しかったし、帰ってきた初日……昨日はそんなことする余裕がなかったし。今日はしっかりめに掃除しなくちゃと思っていたところなんだけど。
「もちろん、やりますよ。任せてください。でもちょっとくらい手伝ってくれますよね?」
「そりゃまあ」
「審査役、ミホノブルボンです。警告です。マスターが手伝うことは禁止します。私とスカーレットさんに直接タスクを割り振る形式のみ許可します」
「ちょっと手伝うくらい当たり前じゃない?」
「アンタがやると何だかんだ甘やかして全部やるからダメ」
ちょうど私も食べ終わったので、食器を持ってスズカがキッチンへ連行されていった。私は何もするなと言われてしまったので適当にテレビでも見ることに。
……いや心配ね……やっぱり私も手伝った方が良いんじゃないの? スズカだけに負担させるのは違うでしょう。きっとそうよ。
「ねえスズ」
「マスターがタスクを負担することは認めません。レギュレーション違反です」
「良いから座ってて。そこから動いたら説教よ。スズカさんが」
「ええ……?」
────
「疲れました……」
「はいはい。お疲れさまスズカ」
当然晩御飯もスズカが作るわけで、しかもウマ娘の量を作るとなるとかなり調理も面倒になってくる。トレーナー達は慣れているし当然のようにこなすけど、本来普通に重労働なのだ。
しかも、スズカは朝から走っていたわけで、そうなるとあのお昼御飯じゃ足りるわけがない。実質二食抜きで家事をこなしたスズカは、審査員二人の入浴中案の定私にすり寄ってきた。
「これで解ったでしょう。人には向き不向きがあるのよ」
「解りました……結婚したらトレーナーさんが働いて家事もやってください……」
「結婚はしないわ。絶対に。それをやってくれる旦那を見つけなさい」
ソファの私の膝に身を投げ出して腰元に抱き付くスズカの背を擦り、ウマ耳を撫でる。尻尾を大きく振りながらお腹へ頭突きを繰り返すスズカ。あんまり鼻を鳴らさないでね恥ずかしいから。
「そんな人いませーん」
「スズカくらい可愛いウマ娘なら選び放題よ」
「その言い方の時は嘘でも中身の話しません? 私の取り柄が可愛いだけみたいじゃないですか」
「……?」
「笑って誤魔化さないでください。速さがあるでしょう速さが」
「それは中身って言わなくない?」
痛い痛い痛い。頬を引っ張らないで。遅いとは言ってないでしょ今。
「良いですモテなくて。トレーナーさんが私のこと大好きですもんね」
「その認識じゃ困っちゃうわね」
「私は困らないので」
「そう……」
「あっおっおっおっ」
膝上のスズカをリズミカルに突き上げつつ、お見合いでもして無理にでも彼氏を作ろうかな、なんて考えていた。
なお何度も言ってますがスズカは普通に家事はできます。能力比べをするならお手伝いとメイン労力のラインギリギリのスカーレット、家電縛りのブルボンなので比較対象に恵まれているとも言えます
トレーナーはトレーナーなのでその気になれば小さな小学校くらいなら1人で給食室と用務室をこなせます